111 - 「トレンの戦場、終戦」
「き、貴様正気かっ!?」
「マサト! よく考えるべきだ!」
「お、おいおいマサト殿、ちーとばかし話が飛躍しちまってねぇかい?」
「そ、そうよ。一度冷静になってから考えた方がいいわ。今はほら、頭に血が上ってるだけよね?」
オーリア、ヴィクトル、ドワンゴ、ソフィーが、それぞれ何か言っている。
だが、ここで引いても話が先に進まない。
「トレンさん、戦争になったらごめん」
隣で呆けていたトレンに、苦笑いで語りかけた。
話しかけられたトレンは、目を大きく見開くと、顔をくしゃっとさせて笑いながらこう言った。
「はっはは、いい、いい。気にするな。おれは、初めからボスについて行くつもりだったんだ。現に、全滅する寸前だったこの街を救ったのは、ボス――あんただ。そんなボスが新しい国を興すなら、おれは喜んでついてくよ。
「トレン、さん……」
「さんはいらない。トレンでいい」
「トレン……」
「ああ、それでいい」
トレンのその信頼の厚さに、涙がジワリと滲む。
その二人のやりとりを見ていたフロンが、音も立てずにスッと立ち上がった。
皆の視線が、今度はフロンへと集まる。
「あなたの気持ちは、分かったわ。取り乱して、ごめん、なさい。それに、子供のように、癇癪を起して、その、あなたに 《
フロンが、つっかえつっかえながらも、素直に謝罪の意を述べたことに、その場にいた全員が驚き、動揺した。
フロンの頬には、涙の跡があり、その瞳は前髪で隠れて見えない。
「わ、分かればいい、です」
不意打ちで謝られたため、謝罪を受けたマサトも動揺した。
だが、フロンはそんなマサトを気にした様子もなく、淡々と話を続ける。
「あなたの加護も、消えちゃったんでしょ?」
「あー、うん、そう。いや、はい。消えました。一つだけ」
つい少し前までは、怒りのあまり敬語を忘れてしまっていたが、一旦冷静になると、そのまま普通に話した方がいいのか、敬語に戻した方がいいのか分からず、変な言葉遣いになってしまうマサト。
だが、フロンだけでなく、この場にいた誰もが、そんな些細なことは既に気にならなくなっていた。
それだけの出来事がこの短時間に起きたのだ。もはや些細なことで目くじらをたてるような者はいない。そんな余裕も既になくなっていたともいえる。
「一つ……?」
「そう、背中から炎の翼が生えるエン…… 加護が」
「炎の翼…… あなたの加護はそれだけじゃないってこと?」
「詳しくは教えられないですが、他にもあります」
フロンが再び黙る。
(どこまで話していいのか、全く駆け引きって奴が分からん…… まぁいいか。言いたいことだけ言おう)
「……なんで、他の加護は消されなかったの?」
「何でと聞かれても…… 《
マサトの言葉に、フロンが息を呑んだのが分かった。
そのフロンの側で驚愕の表情を浮かべていたオーリアが、言葉を失っているフロンの代わりにマサトを問いただす。
「なぜ貴様は、それを知っている!? どうやってそれを知った!?」
(何だろ…… 知られちゃいけないような秘密だったのかな? もう消えちゃったんだから、どうでもいいと思うけど……)
「それは言えません」
「何だと!?」
尚もオーリアが噛み付いてくる。
「あなた方は敵になるかも知れない。俺の…… そう、俺の国と戦争になるかも知れない。そうなるなら、情報は与えないのが普通ですよね?」
「ぐっ!?」
感情を押し殺したマサトの視線と、その言葉に、オーリアがたじろぐ。
「オーリア、もういいわ」
「フロン様……」
フロンが、気落ちした様な表情に変わる。
そのままゆっくりと椅子に腰掛けると、机の上を見つめながら、呟くように静かに話し始めた。
「マサト、あなたにローズヘイムを与え、国としての独立を認めます」
「……えっ?」
マサトだけでなく、全員が驚く。
「フ、フロン様!?」
「それは……」
「こ、こりゃあ偉いこっちゃ……」
「ど、どういう展開なの……」
オーリアがフロンを気遣い、ヴィクトルとドワンゴ、それにソフィーが、この事実をどう受け止めればいいか分からず困惑する。
すると、トレンがフロンへと問いかけた。
「それは…… 本当に実現可能ですか?」
「可能よ。ここで一筆書いてもいいわ」
その言葉に、ヴィクトルとドワンゴが同時に「
おお」と唸る。
彼らにとっては新しい領主、いや、国王の誕生となるのだ。
まだローズヘイムに残ると決断した訳ではないが、ギルドを預かる長として、この土地に住む者達の面倒を見るという責任感は強い。
可能な限り、ローズヘイムの民にとって不利益なことにならなければ良いと考えてはいたが、あまりの事の大きさに、それが良いのか悪いのか、判断しかねてもいた。
「ただし、条件があるわ」
ゆっくりとフロンが視線を上げる。
泣き腫らした目元と、真っ赤に充血する潤んだ瞳が見えて、マサトの良心がちくりと痛んだ。
「条件とは?」
トレンが聞き返す。
「私に別の加護を与えること。それと、私とマサトが婚約すること。それが条件よ」
「「……はっ?」」
マサトとオーリアが、同時に呆けた声をあげた。
聞き間違いだと勘違いしたマサトが、思わず聞き直す。
「二つ目の条件が良く聞き取れなかったんですが、何て?」
「婚約よ。女王の私と、
こっちには問題大有りなんですが! という表情で、マサトはトレンへ訴えた。
だが、トレンはと言うと……
「分かりました。条件としては、互いに利のある良い落とし所かもしれません」
「えっ!? ちょ、トレン何言って……」
「ボス、大丈夫だ。言いたいことは把握してる。おれに任せろ」
「お、おぅ。わ、分かった」
自信満々のトレンに一先ず任せる。
「ローズヘイムに関する取り決めは、家臣や側室の選定なども含め、全てこちらの裁量で決めさせてもらいます」
(マジか…… 婚約には賛成なのかよ……)
結局、マサトをローズヘイムの王とすることで、その場は落ち着いた。
フロンはマサトの妻――王の妃となるのだが、ローズヘイムの政については、一切介入しないこと、そしてローズヘイムが復興するまで、王国側から適切な支援を約束することという大まかな条件を決め、詳細はレティセが目を覚ました後に、トレンやヴィクトル、ドワンゴ達で詰めることになり、その場は一時お開きとなった。
その後、フロンが自身の愚かな行動を酷く反省しているとのことで、ローズヘイムに対し、王国側からの無償支援が決まる。
正式な決定は、フロンが王国へと戻った後になるそうだが、契約内容をしたためた書簡を作った後、厳重に保管してある。書簡の封蝋は、王家の指輪印章で刻印されたもので、こっそりトレンの目利きで確認してもらったが、正真正銘の本物だった。まぁ当たり前だが。
これにより、ヴィクトルとドワンゴもこの街に残る決意をしたようだ。話によると、ソフィーは残留を嫌がっていたようなのだが、理由は分からない。
トレンからは、自国の資金源にもっと余裕がほしいと相談を受けた。王国からの資金援助を受けるつもりでいるらしいのだが、それでも復興と街の運営となると、些か不安らしい。
取り敢えず、当面の臨時金策として、
だが、
(……あれ? これもしかして希少価値そんなにないんじゃ…… ドラゴンじゃなくて、ワイバーンってだけでかなり変わりそうな…… ま、まぁトレンならどうにかしてくれるだろう)
後は、
一度、
因みに、
鉱石交易の件については、シュビラへ念を送ったのだが、返事はないので本当に届いているのかは分からない。少し不安だが、多分、大丈夫だろう。念の届いた他のゴブリン達に、手当たり次第伝言をお願いしておいた。
ついでに、ケロりんの体液を薄めたものを香料とした蛙水――ならぬ、フローラルな香りがする香水もいくつか試作して持ってきてほしいと頼んでおいた。きっと売れるはず。売れなくても自分で使うので問題ない。
復興が進んだら、学校を作り、識字率を上げ、雇用を増やして国を豊かにしたい。特産品も新たに作り出す必要があるだろう。区画整備も必要だ。想像するほど、実際はそんなに簡単にはいかないのかもしれないが。
だが、やらなければ何も変わらない。
やれることはとことんやってみようとは考えていた。
初めはローズヘイムを統治する立場になることを嫌がっていたマサトも、具体的に課題や改善策が明確になっていくにつれて、考え方が変わっていったのだった。
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