110 - 「トレンの戦場6」



「貴様! フロン様に何をする気だ!」



 卒倒したレティセを抱き支えていたオーリアが、マサトの行動に反応して声を上げ、抜刀した。


 蒼色の刀身が美しい剣をマサトへ向けて構え、背後へフロンを庇おうとするも、王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キングの光の剣が障害となって近付けない。それどころか、次第に大きくなる剣の円に、フロンから距離を取らないと危険な状態になってしまっていた。



「なら、先にその女王様を止めろよ!!」


「くっ…… 」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさぁあああい!!」



 フロンが叫び、光の剣とその背後の光が更に増幅される。



(あーーー! もう知らん!!)



 さすがに時間の猶予がないと判断したマサトは、この状況を打開するべく――決断した。



「 《 解呪ディスペル 》!! 」



 マサトの右手から虹色の粒子が溢れる。


 それは白色へと変化しながら、複数の線へと変わり、それぞれが曲線や螺旋を描きながらフロンへ向かって空中を走った。



「あああああああああ!!」



 フロンの絶叫とともに、光の剣が一斉に周囲へと放たれる。



(くっ!? 間に合え!!)



 光の剣が、マサトだけでなく、部屋の端にいたヴィクトルやドワンゴ、ソフィーにまで迫る。


 その刹那、時の流れがスローモーションのように遅く流れた。


 四方にゆっくりと飛来する光の剣。


 その光の剣とすれ違うようにしてフロンへと迫る白い光の線。


 不思議なことに、視線は白い光の線に集中しているのに、視界の端の情報が鮮明に把握できた。


 ヴィクトルは冷や汗をかきながら、両腕を目の前で交差するようにして身構えている。その表情は険しく、迫る光の剣を成すすべなく睨み、額には薄っすらと汗をかいていた。


 ドワンゴは壁際まで後退し、壁に張り付くように両手を背後の壁にぴたりとつけ、顎を上げるようにして顔を引攣らせていた。歯を食いしばり、迫る光の剣を焦りの表情で見据えている。


 ソフィーは頭を両手で抱え込み、目を瞑りながら悲鳴をあげているようだ。魔法使いソーサラーにとって、加護を消してしまう王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キングは恐怖でしかないのだろう。


 オーリアはレティセを抱えながら、光の剣を避けるようにして、そのまま壁際まで飛び退いていた。


 光の剣の一つがテーブルに触れると、障害物がなかったかのように通り過ぎていく。


 顔にも、胸にも、足元にも、光の剣が剣先を向けながら、無数に迫る。


 全てを躱すのは無理だろう。


 その発射台となるフロンからは、次々に新しい光の剣が生み出され、繰り返し周囲へと放たれている。


 この部屋にいる全員、もしかしたら、この屋敷にいる全員の適性や加護が消えるまで終わらないかもしれない。


 そう思えるほどの光景だった。



 そして――



 そのうちの一つがマサトの眉間に到達しようとした刹那、部屋全体を白い光が照らした。


 フロンの身体からは、まるで身体の内側から爆発でもするかのように、身体の外へ向けて、無数の白い光の放射が発生していた。


 フロンを中心として、白い光の粒子が、衝撃波のように周囲へ一斉に放たれ、消える。


 そして、次々に光の粒子となって霧散していく光の剣。


 部屋を照らしていた光源――王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キングを発動したフロンは、白い粒子を撒き散らしながら、その光を急速に消失させていった。



「……間に合った」



 解呪ディスペル能力解除ディスエンチャント効果が効いた。


 先ほど表示されたメッセージを見て、もしやと思ったが、やはり正解だった。


 恐らく、この世界の住人が言う適性や加護というものは、全て能力付与エンチャントの類いなのだろう。


 どういう原理で、人に能力付与エンチャントされるのかは謎だが、解呪ディスペル――能力解除ディスエンチャント効果で消せるという事実が分かったのは大きい。



(……能力解除ディスエンチャント、これチート過ぎやしないか)



 マサトに能力解除ディスエンチャントされたフロンが、呆気にとられた顔をしながら、自身の両手をボーッと見つめている。



(なんか気まずいな…… 勢いで消しちゃったけど…… 自業自得とはいえ…… やっぱ気まずい……)



 取り合えず、右手を下す。


 周りを見渡すと、ヴィクトルとドワンゴ、それにソフィーが、冷や汗をかきながら肩で息をしていた。


 オーリアは、レティセを床へ降ろし、恐る恐るフロンへと近づき、声をかけようとしている。


 マサトは背後へと振り向くと、呆気に取られて固まっていたトレンへ声をかけた。



「トレンさんは大丈夫ですか?」


「あ、ああ、大丈夫だ。す、すまない」



 円卓を挟んで、正面に立っているフロンを二人で見つめる。



「ちょっと悪いことしたかな」


「何言ってる。ボスがやらなきゃ、おれだけじゃなく、ヴィクトルやドワンゴ、それにソフィーまで適性や加護を失っていたんだぞ? 自業自得だ」


「まぁそうだけど……」



(そうは言ってもなぁ。命の危険まではなかった訳で…… 親の形見みたいなものを、年下の――高校生くらい? の女の子から、強引に取り上げて泣かしたみたいな罪悪感が酷いのですが……)



 視線の先のフロンは、手を握ったり開いたりしていた。時折、「ん! ん!」と声を出して、何かを出そうとしている。


 その動きは次第に大きくなり、眼からは大粒の涙が溢れ出した。


 その姿を見て、更に酷い罪悪感に襲われる。



「フロン様…… お怪我は」


「わ、私に何をしたの!?」



 フロンが叫んだ。


 オーリアの言葉すら耳に入っていないようだ。


 その顔は大切な物を失って号泣する、普通の女の子にも見える。


 少なくともマサトにはそう見えていた。



「……悪いけど、消したよ。さっき使った能力――王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キング



 マサトの言葉に、フロンの呼吸が一瞬止まった。


 涙で溢れた大きな瞳を更に大きく見開いて……



「……うそ」



 と、呟いた。


 いたたまれない気持ちになり、視線を下げるマサト。



「嘘よ! 王の血筋でもないあなたにそんなことができる訳ないわ! デタラメ言わないで!!」



 そう叫ぶと、フロンはバンッと机に両手を叩き付けた。



「フロン様……」



 憂いを帯びた瞳を向けるオーリア。



「返して! 私の適性を、私がシャロン王家の末裔である証を返してぇ!!」



 黙ることしか出来ないマサトに、フロンがとうとう泣き崩れた。



「返してよぉ…… お願いだから…… 私の…… お母様の…… たった一つの繋がりなんだから…… お願いよ…… お願い……うぅっ……」



 その姿に、もはや女王としての威厳はない。


 いや、元々女王の威厳など、その地位が見せていただけのまやかしに過ぎなかったのかもしれない。


 女王という地位さえなければ、フロンも年相応の娘と変わらないのだ。



――フロンがまだ幼かった頃。



 まだフロンの母、先代の女王――インディ・ジャ・シャロウが健在だった頃は、フロンも普通の女の子だった。


 偉大な母に憧れ、自分もいつか母みたいになりたいと願い、人一倍努力する頑張り屋の女の子。


 シャロンも唯一の娘を溺愛していたし、フロンもそんな優しい母を愛していた。


 その母を失ってからは、自身が母の代わり――母のような偉大な女王になるべく、脇目も振らず必死に努力を続けてきたつもりだ。


 自分を強く見せるため、偉大に見せるため、弱気になりそうになる気持ちに鞭打ち、歯を食いしばりながらも突き進んできた。


 そんな健気なフロンを、家臣達は笑顔で歓迎してくれた。



 “はじめは”



 フロンが政に興味を示し始めると、それまでの家臣達の態度が一変した。


 先代から仕えていた家臣達は、手のひらを返したように、フロンを疎み始めたのだ。


 家臣達は皆口を揃えて言った。



――先代の女王の頃は良かったと。


――先代の女王は、政に無関心でやりやすかったと。



 フロンは、良き女王となるため、民にとっての善政を敷こうと努力した。


 そのために、已む無く潰した貴族達の既得権益は数知れない。


 だが、甘い蜜を吸いたいだけの、自身の利権を守りたいだけの家臣達は、当然それを良しとしなかった。


 気が付けば、周りは敵だらけになった。


 母を失い、孤独な身となったフロンは、城の中でも孤立し始めた。


 それでもフロンは止まらなかった。


 いや、止まれなかった。


 女王の代わり――母の娘は、私以外にいないのだから。


 偉大な女王になる。


 それだけが彼女に取っての生きる目標だった。


 こうして、フロンの心の壁は、強く、厚くなっていった。


 だが、その心の内は、とても繊細で、心細いままだったのだ。



「うぅっ…… ううっ……」



 今まで堰き止めていたダムが決壊するように、それまで築いてきた壁が崩落するように、泣き崩れたフロンを、その場にいた面々はただ見守るしかできないでいた。



(まいったなぁ…… いや、お前が先に仕掛けて来たんだろ!とか言えないよなぁ…… どうすっか…… この場から立ち去りたいけど、ここ俺の屋敷だし…… さすがに一国の女王をここまで泣かしておいて放置する訳にもいかないよなぁ……)



 唯一、その状況を打開できたであろう侍女のレティセは、まだ気絶したままだ。


 フロンをこのような状態にしたマサトに対し、怒り狂うと予想されたオーリアだったが、意外にも悲痛な面持ちでフロンを見守っていた。


 こちらを攻撃してくる気配はない。



(仕方ない…… 代案になるか分からないけど、提案だけでもしてみるか…… 藪蛇にならなきゃいいけど……)



 早くこの場をおさめたかったマサトは、思い切って提案を持ち掛けてみた。



「一度消したものは、元に戻すことはできないけど……」



 そのマサトの言葉に、フロンが顔を一瞬あげると、再び顔を皺くちゃにさせた。


 オーリアが鬼の形相に変わる。


 その顔は、これ以上は許さないと警告しているような気迫を放っていた。



「だけど、俺が分け与えられる加護はある。それで……」



(それで…… 何だ? 和解しよう? 俺は被害者なのに? 何かおかしくないか……)



 マサトが自分の発言に詰まっていると、オーリアが少し怯えの残る表情のまま声を荒げた。



「王家の証である適性の代用品だと!? 貴様何を言ってるのか分かっているのか!!」



 オーリアの意見も理解はできる。


 だが、こちらは被害者なのだ。


 あれは正当防衛の何者でもない。


 それに、加害者側の主張に譲歩するのにも限界はある。


 まずは心からの謝罪があっての譲歩が望ましかったが、この異世界の王族なんて皆そんなもんかと考えたマサトは、その辺は拘るだけ無駄だと即座に頭の中を切り替えた。


 現世にも、そういう人間は腐るほどいた。だからという訳でもないのだが、そういう人間に対しては何を言っても無駄という、諦めの境地には既に達していたのかもしれない。


 そんなマサトでも、加害者が被害者に文句を言う権利はない、という事だけははっきりさせておきたかった。



「あれは正当防衛だ。先に仕掛けてきたのは彼女。その謝罪もなく、こちらの最大限の譲歩に胡座をかくようなら、俺は……」



(……どうする? まぁここまで来たら引き返せないか)



 肝心の所で言葉を止めたマサトに、皆の注目が集まる。


 マサトは視線を下げ、口を閉じた。


 その沈黙に、皆の不安が掻き立てられる。


 いつの間にか、フロンも泣くのを堪えながら、マサトの方を見つめていた。


 その間を意図せずに作ったマサトは、皆の注目が十分に集まったそのタイミングで、ゆっくりと視線をあげ、最後の言葉を口にした。



「俺は、あなたたちと決別する。戦争も辞さない」



 明確な宣戦布告を含めた最終宣告に、マサト以外の全員が狼狽えた。

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