106 - 「トレンの戦場2」
間違いない。
女王陛下は、ボスの力の価値を正確に把握した上で、自国に組み込もうとしている。
ローズヘイムを与えるというのは口実で、実際はその力が欲しいだけだ。
首輪を付けて飼い慣らす、あるいは、政や戦争の道具として使い倒す腹積もりかもしれない。
いや、実際にそういう腹積もりなのだろう。
それ以外にマサトを領主とする理由が見当たらない。
(相手の望みは分かる。その重要性も。であれば、最大限の譲歩を引き出せるはず)
ローズヘイムは、
陥落寸前だったのだ。
復興には時間と金、そして多大な労働力が必要になる。
しかし、王国側がその支援を無償でしてくれるとは考えられない。
考えられる王国側の手としては、復興費に困ったマサトに金を貸し、その利息と引き換えにマサトの力を要求する。
こんなところだろう。
かといって、王国側からの支援なしで復興するには、資金が足りない。
ティー公爵の私財は、爵位剥奪とともに王国側が全て回収するはず、となると、街の復興費をおれたちで工面するしかなくなるのだが、この状況でローズヘイムに残った貴族達が金を出すとは考えにくい。
一時的に貨幣不足にも陥るかもしれない。
最終手段は、マサトから貴重な
正直厳しい。
労働力についてもそうだ。
問題はローズヘイムの立地にある。
この領地は、王都と然程離れていない。
つまりは、景気が悪くなれば、皆ローズヘイムを捨てて、王都へ移り住んでしまうことは明白なのだ。
人が減れば、労働力が減り、税収も減る。
その減った労働力を補うために、王国側から金で人を雇い入れる。
負のループだ。
卑しい貴族や商人達が、この流れに気付かない訳がない。
きっと、何かしら介入してくるはずだ。
ローズヘイムへ流れる労働力を独占すれば、容易に値をつり上げられる。
物流もそうだ。
ローズヘイムの物流は、必ず王都を経由する。
王都から人や物の流れを止められてしまうと、それだけで干上がってしまう。
以前のローズヘイムであれば、自給自足の基盤が機能していたからいいが、その基盤が崩壊してしまった今では不可能だ。
その状況で、王国側から明確な支援もなしに、この話をのむ訳にはいかない。
(静かに沈みゆく船を、おれたちに預けて修理させようとしても無駄だ。
王国側から、関税の免除や、物資や食料の援助、それに労働力の確保など、復興のために必要な最低限の負担は、王国側も負うべきだ。
こちらが納得できる明確な落とし所を聞き出せなければ、この申し出を受ける必要はない。
それでも、ボスの力があれば復興は可能だとは思う。
だが、それには王国側が協力的だという前提がある。
売れる物があっても、買う側がいなければ商売は成立しない。
新しく金を生み出す場所には、光に群がる羽虫のように、金に卑しい連中が真っ先に介入してくる。
そして、そういう者達は、それが自分達の利にならないと判断すると、決まって何かしら妨害や嫌がらせに走るのだ。
自分達の既得権益を守るために……
王都にはもちろんのこと、この状況になったローズヘイムにも、まだ多くの貴族が存在する。
自分を上流階級で特別な存在だと勘違いした無能な奴らだ。
成り上がりの領主相手であれば、奴らの格好の的だろう。
(おれは既に嫌というほど、貴族連中の汚いやり方に泣かされてきたからな。ここを見誤ると後で必ず厄介な問題になる)
ローズヘイムの領主が誰になろうと、この後の住民の行動は既に決まっている。
出稼ぎの労働者や、金のある者は王都へ流れ、残るのは金のない者と、それを食い物にしようとする者が大半になるだろう。
中には、故郷の復興に力を注ぐ者や、慈善活動に励む者もいるかもしれない。
だが、それは稀だ。
生活が厳しくなればなるほど、皆が皆、自分のことが優先になり、他者のことまで気にかける余裕がなくなってしまうのは、仕方のないことだ。
それが世の常でもある。
今までは、何の災害もなかったから直面せずにここまでやってこれた問題だった。
でも、今は違う。
このままでは、ローズヘイムは衰退の一途をたどる。
ローズヘイムへ全私財を投げうって復興に尽力した、先代のローズ公爵のような大貴族はいないのだ。
(ここはおれが戦う番だな。ボスがこの事実に気が付いているかは分からないが…… 少なくとも即答で断ったのだから、似たような理由が裏にあるはずだ。なら、参謀であるおれが女王陛下と交渉する)
トレンは、フロンから視線を動かさず、次の言葉を口にした。
「マサトは、既にアローガンス王国と同等、いや、それ以上の軍事力を保有していると、こちらでは判断しています」
その言葉を聞き、フロンが一瞬顔を歪めたのを、トレンは見逃さなかった。
(やはり既に把握していたか。まぁ当たり前か。だが、それなら対等に話ができるはず)
トレンは続ける。
「つまり、マサトは単独で国が作れます。国や貴族、富豪や豪商の援助もなしに、です。これがどれ程のことか…… 女王陛下であれば既にご理解されているはず。地上には数万もの
その事実を、ヴィクトルは難しい顔をしながら、ソフィーはやっぱりねという納得顔で、ドワンゴは驚きを顔に表しながら聞いていた。
ヴィクトルは既に把握していたのだろう。
そして、正面に座る女王陛下――フロンは、先ほどよりも鋭い視線をこちらへ向けてきていた。
(これは、交渉の場においては良い傾向だ。痛いところを突かれて反発していると判断できる。このままいけるところまで攻めよう。だが…… ふぅ…… さすがに女王相手に威圧されると、胃が痛くなるな…… とはいえ、泣き言を言うつもりはない。これからおれが戦うべき相手は、こういう地位にいる人達が相手になるんだ。早めに慣れてしまおう)
「それは理解したわ。それで、あなたは何が言いたいのかしら?」
フロンが先を促す。
少しの間を空けて、トレンは新たな決意とともにその言葉を口にする。
「マサトのような “
トレンのその爆弾発言に、フロンだけでなく、マサトまでもが驚きの表情を浮かべた。
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