104 - 「疑いの眼」
(悪いことしたかな…… いや、門前払いしようとしたあいつらが悪いよな。うん、そうだ。そう思うことにしよう)
城門は、
勿論、俺を締め出そうとした門番には「竜の背に乗って城壁を飛び越え、そっち側に行ってもいいんだぞ?」 と一言脅しはしたが……
(普通に考えれば、ガルに城門なんて意味ないことくらい分かりそうなもんだけど…… ああ、もしかしてこれが民度というやつなのか…… そういえば学校みたいな施設なかった気がするし。俺が国を持つ日がきたら、教育改革は必須だな。文化水準はやっぱり高めないと駄目だわ)
そんな妄想をしながら街中を歩くと、街の人が怯えたように道を開けた。
「大丈夫ですよー。このワイバ…… ドラゴンは俺の命令には絶対です。優しく接すれば危害は加えません」
マサトが警戒を解こうと言葉を投げかけても、街の人達の反応は変わらなかった。
(何か変だな…… まぁいいか)
マサトの隣を
すると、目の前から兵士の集団が駆け寄ってくるのが見えた。
マサトが身構えると、そのマサトに呼応するかのように、
「ま、待ってください! 私達は味方です!」
「そ、そうです! 私達は、ボンボに従う私兵を捕えにきました!」
「あなたは街を救ってくれた恩人です! ボンボはあなたを疑っていましたが、俺達は違います!」
「ど、どうか信じてください!」
状況がすぐ飲み込めず、つい
見られた
「う、うん? ああ、そっか。ボンボがなんか絡んでるってことは…… 何と無くイメージできてきた。そっかそっか、悪い。いきなり集団で迫ってきたんで、ちょっと警戒した。ガル、もういいよ」
それを「もう驚かさないでよね!」と脳内アフレコすると、ギロリと視線で咎められる。
(まさかガルまで俺の心読めるのか? マジ? いや、そんな…… えっ? マジ?)
それを見た兵士達は、何故か一様にホッとした表情を浮かべると、各々が移動を再開した。
大半の兵士は、マサトの横を通り過ぎて城門まで向かったが、そのうちの数名が、護衛兼案内役として屋敷まで同行することになった。
道中、マサトが不在の時に何が起きたのか、一部始終を共有してもらう。
「……と、いうことがありました」
「自ら死地まで援軍に来た女王に対して、謝罪と賠償要求って…… どこの世界でも似たようなことをする奴らはいるんだなぁ…… 絶対君主制みたいなこの国で、そんな奴らがいるのは意外だけど」
すると、その言葉を
「マサト様がお住いだった世界も、同じような方がいらっしゃったのですか?」
「うーん、まぁ、似たような人達は居たね。そういう人達が得するような世界だった気もする」
「それはさぞお辛かったことでしょう。私達でよければ、いつでもお側にお呼びください。マサト様をお慰めするのも私達の役得…… いえ、使命でもあります」
「……え? あ、うん…… ん?」
聞き間違い、あるいは解釈が間違ったのかと思い、動揺しながらも他の三人にも視線を向ける。
すると、カルメは色っぽい表情でこちらへウインクを飛ばし、キュリは満面の笑みでこちらを見てニカッと笑った。
そしてシエナは、頬をほんのり赤く染めながら、横目でチラッとこちらを盗み見ていた。
(ええ?
女性陣からの意外なアプローチに、妄想がいらぬ方向へ脱線しかけたマサトは、忘れろ忘れろと煩悩を振り払うように頭を振った。
そのまま歩くこと数分。
屋敷へと向かう途中で、トレンと合流した。
何もなかったか?と心配されたので、特に何もなかったと答えておいた。
それよりも、日に日に深くなるトレンの目の隈の方が心配だ。
ただでさえ体調悪そうな顔付きなのに、今では病人の域に達している。
「そっちは何かあった? 顔色がやばいくらい悪いけど……」
「色々、あった。だが、その話は後にしよう。一度、
「大丈夫。むしろ丁度いいかな。新しい仲間の紹介もしようと思ってたし」
「それなら良かった。今は女王陛下がこの街に居るからいいが…… 居なくなったら治安も悪化するだろう。その前に、
「そういうことか。了解」
俺の返事にトレンが頷く。その後、トレンは周囲を見渡すと、家の脇に隠れて怯えていたマーチェを引っ張り出した。
「マーチェ! いつまで隠れてんだ! 来い! ほら、いい加減慣れろ!」
すると、
「ひぃやぁっ!?」
目尻に涙を浮かべて悲鳴をあげるマーチェ。
一度、昨日の夜に軽く挨拶は済ませてあるので、これで二度目の対面だ。
初対面のときは、号泣されながら拝み倒されたので、強く印象に残っている。
……うん、弄られ体質の明るい子だとは思う。
そんな二人を連れて屋敷まで向かうと、屋敷の入口でヴィクトルとソフィーが待っていた。
「来たか」
「ヴィクトルもいるってことは、街全体に関わることか」
「そうだ。女王陛下が屋敷の応接間でお待ちだ。早く行くぞ」
「はいよ…… って、だからそれ俺の屋敷なんだけど…… 屋敷の所有権を持ってるっていう感じが全くしないのは何故だ」
マサトが一人ブツブツと不満を零しながらも、フロンの待つ応接間へ皆で移動する。
勿論、トレンとマーチェも一緒だ。
まぁ自分達のクラン拠点なのだから当たり前だが。
応接間には、各部屋から椅子が持ち込まれ、円卓を囲うように等間隔で配置されていた。
正面中央の奥には、アローガンス王国の女王であるフロンが座っており、その後ろに
そして、フロンの左手側には、立派な口髭を蓄えた筋骨隆々のおっさんが座っていた。
「遅かったわね」
開口一番、女王であるフロンが不満を露わにした。
(気の強そうな女王様だ。面倒なことはだけはどうかご勘弁……)
「申し訳ありません。外で
ヴィクトルがそう返すと、フロンへ軽く頭を下げた。
ソフィーはそっぽを向いている。
(おいおい…… 女王相手にその態度いいのかよ。仮にもあんたこの世界の住人だろ。そして冒険者ギルドのサブマスターでしょうに…… 立場とか関係ないんかね? この世界は。もしくは、元々性格がぶっ飛んでるだけとか。まぁ透明になってストーカーしてくる人だしなぁ……)
マサトがソフィーを心の中で酷評していると、フロンは気にする様子もなく言葉を繋げた。
「いいわ。早く会議を始めましょう。立ってないで座ったら?」
「はい、失礼します」
ヴィクトルとソフィーが、フロンの右側の席へ座る。
(あれでいいのか。案外、この世界の女王って、それ程厳粛な感じじゃないのかな? それならいいけど)
すると、フロンが俺に視線を向けてきた。
だが、黙ったままで何も話そうとしない。
(これは…… 俺が先に名乗るのを待っている? でも、この世界の礼の作法なんぞ分からんぞ…… うーん、まぁそれっぽい感じでいいか……)
片膝を折る。
所謂、騎士が忠誠を誓うときのイメージ――左膝をたて、右膝を地面へつけたポーズだ。
一応、右手も胸に当てておく。
視線は失礼にならないよう軽く伏せ気味に。
「女王陛下、初めまして。
マサトが頭を下げながらそう答えると、フロンは目を見開いて驚いた。
「い、いいのよ。謝罪はいらないわ。あなたが遅くなったことを咎めている訳じゃないもの」
フロンが少しあたふたしながら返答すると、レティセが「姫様」と小声で指摘したのが微かに聞こえた。
「こほん」と、分かりやすい咳払いで仕切り直そうとするフロン。
「私はフロン。フログガーデン大陸の北部、王国アローガンスを統治する女王よ。でも下手な口上はいらないわ。楽にして頂戴」
「はい、助かります。ですが、その前に……」
俺が立ち上がると、フロンは再び警戒したのか、力強い眼差しでこちらを見返した。
「何かしら」
「ローズヘイムには、治療を受けれずに苦しむ人々がまだ多く存在します。その人々のために、ベテランの
俺の言葉を受け、軽く息を飲むフロン。
(何だろ…… 時々あるこの微妙な間と反応は……)
マサトが少し怪訝な表情をすると、再び背後に立っていたレティセが「姫様」と発言し、それを受けたフロンが小さく息を吐いた。
「え、ええ。問題ないわ」
「では……」
俺は背後に立っていたトレンと、
まず、
一人を徹底的に治療するのではなく、広く浅く治療をするようにと彼らには説明してある。
まずは、全員に治療が行き渡ることを優先する。まぁ彼らなら問題ないだろう。
そして、
すぐに成果を上げられなくても、長期的に見たらかなりのアドバンテージになるはずだ。新薬の開発もどんどんさせようと思う。
屋敷の案内役はマーチェに頼んだ。
「は、は、はぃぃいい! い、命に代えてもか、必ず役目を果たしますぅうう!!」
「お、おぅ…… よ、よろしく」
(このマーチェの異常な反応…… どうにかならないのだろうか……)
チラッとトレンを見たが、トレンはトレンで額に手を当て、「駄目だこいつ」と呟いていた。
「トレンさん、彼らが必要とする物資は最大限工面して欲しい」
「ああ、分かった。マーチェ、資金箱は “三番” まで使っていい」
「あたいにお任せあれぇええ!!」
張り切り過ぎたマーチェが、
それを見届けた俺とトレンは、同時に溜息をつくと、円卓の椅子にそれぞれ腰掛けた。
俺はフロンと正面の席に、トレンは俺の右手――口髭のおっさん側に。
すると、トレンがそのおっさんへ手を挙げ、軽い挨拶を交わした。
「どうも、
「坊主とは毎日顔を合わせてる気がするぞ? 毎回場所は違うがな!ドゥワッハッハ!」
「ぐっ……
「ドゥワッハッハッハ! もうちっと鍛えたらどうだ? そんな軟弱な身体じゃ、鉄の一つも満足に打てんぞ?」
「いえ…… 何度も言ってますが、おれは商人なので鉄は打ちません」
(あのおっさん…… まさかドワーフ?)
マサトの視線に気が付いた
「マサト殿、ワシはドワンゴだ。ローズヘイムの商人ギルドで、
「ご丁寧にどうも、
「ドゥワッハッハ! 知っておる!」
マサトがトレンへと小声で尋ねた。
「ドワンゴさんって、もしかしてドワーフ?」
「そう。ドワーフだ。大酒飲みで、鍛冶に煩いむさ苦しい種族」
「ドゥワッハッハ! 軟弱な人族に言われたところで、痛くも痒くもないわい!」
(そういや、冒険者ギルドの
ドワンゴは場の空気を読まず、尚もマサトへ話し掛けた。
「話し合いをする前に、一つはっきりさせておきたいことがある」
「はい、何でしょう?」
「
ドワンゴが、探るような眼つきでマサトを見据える。
そしてドワンゴの発言に、ヴィクトルが「何?」と反応した。
すかさずトレンが反論する。
「違う。ボスはあの件には関与していない。あれはおれの独断で動いた。しかし、何故それを?」
「ドゥワッハッハ! 商業系ギルドのトップである
「まさか…… 想定の5割も買い占めできなかったのは、
「ドゥワッハッハ!」
豪快に笑うドワンゴに、苦虫を噛み潰したような表情のトレン。
そこへヴィクトルが口を挟んだ。
「その話が本当なら、
ヴィクトルが鋭い眼つきで、マサトとトレンを睨む。
だが、ヴィクトルの問い掛けには、ドワンゴが先に答えた。
「ヴィクトルよ、それは誤解だ。買い占めが行われたのは、
「……大量とは、どのくらいだ?」
「そうだな。買い占めても尚儲けが出るとなると、最低でも2000は
「4000の
ヴィクトルの眼つきが更に厳しくなる。
だが、ドワンゴは気にせず続けた。
「そうだわい。そして今回の戦争で出た
「そうだ」
「ドゥワッハッハ! ここまで坊主の予想が的中するというのも、不思議な話だわい! なぁマサト殿」
ドワンゴとヴィクトルが、マサトへ鋭い視線をぶつけた。
その眼は、明らかに「お前が全て仕組んだことじゃないだろうな?」と疑った視線だった。
その二人の視線を受けたマサトはというと――
「へぇー、それを的中させたトレンさんって凄い優秀じゃないですか。凄いな。俺でも
疑われていることに気が付いていなかった。
「ドゥワッハッハ! とんだ策士だわい! 全く読めん!」
「…………」
ドワンゴは豪快に笑い飛ばしたが、ヴィクトルは依然として疑いの眼でマサトを見つめていた。
すると、痺れを切らしたフロンが話に割って入った。
「もう話は済んだかしら?」
「おお、これはすまん!」
「女王陛下、失礼いたしました。お許しを」
女王陛下のいる場で、女王陛下を置き去りにして話を進めたことを詫びる二人。
その二人が素直に頭を下げたことで、フロンは彼らをさして咎めることはしなかった。
「分かればいいわ」
胸を反らしながら、鷹揚に頷くフロン。
少しの間をあけて、議題を話し始める。
「既に気付いているかもしれないけど、集まってもらったのは、ローズヘイムにとって、とても重要なことを話し合うためよ」
皆の視線が、フロンへと集まる。
「ローズヘイムの領主、ティー・ローズ公爵は死に、その跡取りは大罪を犯して今は牢屋にいるわ」
その事実に、皆が頷いた。
「つまり、今のローズヘイムには領主がいないの。その跡取りもね。なので、私はここで臨時の領主を決めようと思います」
フロンのその言葉に、ヴィクトルとドワンゴ、それにトレンが目を見開いて驚いた。
「……いいのですか? この街には、まだ他にも貴族の方々がいたはずですが……」
「奴ら、自分達抜きで重要な決議を進められたと知れば、後から小煩く騒ぎ出すぞ?」
ヴィクトルとドワンゴが続けて意見を述べようとしたが、フロンは手でそれを制した。
「先の窮地に、貴族本来の役目を忘れ、自身の保身に走った貴族なんて…… 不要な存在よ。気にする必要はないわ」
女王陛下にそこまで言われてしまっては、そういう訳にはいかないと言えず、ヴィクトルとドワンゴは二人で困惑した。
フロンは気にした様子もなく、視線をマサトへと向けると、予め用意していた言葉を投げかけた。
「
ヴィクトル、ドワンゴ、トレンが驚愕の表情でマサトを見る。
だが、その申し出の価値の有り難みを知らないマサトは、周囲の期待とは正反対の答えを口にした。
「……え? い、いや。別にいらない、です」
ヴィクトル、ドワンゴ、トレンがマサトの返答に更に驚くと、視線をすぐさまマサトと、反対側へ座るフロンへと向けた。
「な、な、な……」
そこには、想定外の出来事に、片目を激しく痙攣させながら青筋を浮かべたフロンと、瞳を全開に見開いた状態で固まるレティセ、それと、マサトを食い殺さんばかりの般若の形相で、鋭く睨み付けるオーリアの姿があった。
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