102 - 「ローズ家の反乱、前編」
マサトが
手始めに各ギルドへ出向き、負傷者は
その上で、ローズヘイムの危機を救うためにドラゴンに跨り登場し、瞬く間に数万もの
また、これらの情報を隈なく人々へ行き渡らせるように、生き残った情報屋を探して雇い、大々的な宣伝も行なった。
結果、負傷者や家を失った者、腹を空かせた者までも
そして、この絶対強者となるドラゴンを飼い慣らす程のクランと理解すれば、布教した内容も信憑性が出ると、トレンは確信していた。
結果は、まさにトレンの思い描いた通りになったと言える。
夜通し走り回ったために力尽きたトレンとマーチェが、酒場の隅の机で転寝していると、マサトの噂をし始めた冒険者達の話が耳に入ってきた。
「おい、聞いたか? 空から降臨した天使の正体は
「情報が遅ぇな。今更知ったのか? しかもちょっと違ぇぞ」
「何だよ、知ってたのかよ。で、何が違うんだよ」
「天使じゃなくて神の使者だ」
「大して変わらねぇよ! 言い方変えただけじゃねぇか!」
「まぁな。しかし、あの光の木が魔法だって言うんだから驚きだよな」
「炎の翼に、光の剣。それに二匹のドラゴンを従えて来たんだろ? 確かに無茶苦茶だな……」
「本当に俺たちと同じ人族か?」
「俺は実際に会ったが、案外普通の好青年だったぞ。どちらかと言えば天使と言うより、戦士や武道家と言われた方がしっくりくる容貌だったな」
「お前、
「ああ。炊き出しやら負傷者の看病を無償で提供してたからな。才能のある奴は懐も広いよ」
「俺も一度会いに行っておくか」
「今は屋敷にいないみたいだぜ? 噂だが、
「ほぉ〜。英雄様々だなこりゃ。俺のとこのメンバーも大怪我しちまってさ、なのにポーションすらどこ探しても売ってねぇし、
「違いねぇ。ここの教会の連中は糞の役にも立たねぇからな。有事の時ほど法外なお布施を要求しやがる」
「ああ、太陽教会の連中か。あいつらロクなことしないよな。今回の
「奴らにとっちゃ商売敵だからな。稼ぎ時を邪魔されたとでも思ってんだろうさ。まっ、今となっちゃ誰も相手にしてないらしいがな」
「あの光景を見せつけられればなぁ」
「だな」
「それに加えて見返りを求めない慈善活動とくれば……」
「他の連中が、神だと崇める気持ちが少し分かる状況ってのがまたすげぇーよ」
「同感だ」
「そうだな。俺もそう思うわ」
「しっかし、
「ああ、俺も伝説上の存在だと思ってたぜ……」
「そうか? フログガーデン大陸の遥か東には、
「そう考えると、
「なぁ、マサトがアローガンス王国側に付くなら、ハインリヒ公国への強い牽制になるんじゃないか?」
「確かになぁ。
「結局のところ、ハインリヒ公国の魔導兵に対抗できるかどうかじゃねぇーか? あの国の軍事拡大は、すげぇ勢いだって話だからな。まぁ、強力なカードにはなりそうなことだけは間違いなさそうだが」
「じゃあ、仮にマサトがハインリヒ公国側に付いたらどうなる?」
「そうなると、アローガンス王国とハインリヒ公国の戦力差は決定的になるだろうな」
「間違いねぇ」
「おいおい、アローガンス王国はいつからこんなに危うい立場になったんだ?」
「そりゃあ、女王自ら
「
「その上、今回は
「アローガンス王国周辺には、敵が多過ぎたってことか」
「だな」
「まぁそういうことか」
その会話を半分眠りながら聞き耳を立てていたトレンは、冒険者達の考えに頭の中で指摘を入れていた。
(まるで分かってないな。6万もの
ブルリと身震いするトレン。
だが、その口元は笑っていた。
(ここまで来たら、いっそのこと自分達の国が欲しくなってくるな。既得権益で雁字搦めになって、身動きの取れなくなった国ではなく、全く新しい思想の国が……)
再び心地よい眠気に誘われたトレンだったが、その眠りは、勢い良く開け放たれた扉のぶつかる音で遮られた。
「お、おい! ボンボの奴が大勢の私兵を連れて
「
「女王陛下も居たはずだろ? 何する気だ?」
「何でも今回の
「何だとっ!!」
男の話を大声で遮ったのは、先程まで机に突っ伏して居眠りしていたトレンだった。
酒場にいた数人が、急に叫んだ人物が
「くそっ! ふざけた言い掛かりを! おいマーチェ! 起きろ!!」
トレンが、同じように机に突っ伏しながら、涎の湖を作っていたマーチェを叩き起こす。
「ふ、ふぇ? な、なに?」
「屋敷に戻るぞ! ボンボのバカが
「えっ? えっ!?」
まだ状況が掴めずにあたふたしていたマーチェの手を強引に引きながら、トレンは屋敷へと急いだ。
◇◇◇
息を切らしながら到着した二人。
その目の前には、屋敷の丘を見上げるように人だかりが出来ていた。
屋敷は兵士で包囲されている。
トレンは、無関係者を装い、野次馬の中の一人へ話し掛けた。
「この騒ぎは何だ?」
「ん? ああ、何でもボンボ様がヒュリス様と共に兵士を率いて
「へぇー…… それはまた…… ん? 何でだ?」
「何でも今回の
「
「いやいや、兄ちゃんよく考えてみろ。
「うーん…… それだけの証言で信じろというのは……」
「まだあるぞ、決定な証言だ。聞いて驚くな?」
「何だ? 勿体ぶらず教えてくれ」
「マサトはな、王都にある見世物小屋からラミアを奪ったそうだ。そのラミアを使って、ドラゴンや
「……あ、ああ」
興が乗ったのか、嬉々として知り得た情報を話す男に、トレンは真っ向から否定したくなる気持ちをグッと抑え、情報の吸い出しを優先した。
「それが真実なら一大事だな。真実なら。それで動きはあったのかい?」
「いんや。他にも、太陽教会が
(ボンボのバッグについているのは、太陽教会か。あの坊主供め……)
「そんなことまで…… 教えてくれてありがとよ」
「いい、いい。気にするな」
言いたいことを全て言えて満足したのか、男は上機嫌で頷いた。
そんな男へ、トレンは意趣返ししたくなり、去り際にこう言い残した。
「仮に、仮にだぞ? もしその内容がボンボの作り話だとしたら、それを聞いたマサトが何て思うか考えたか? 激怒してこの街を滅ぼそうとか思わなければいいが…… ギガンティアと同じように、ローズヘイムもドラゴンに…… ああ、そうなったらこの街は終わりだ…… 誰かボンボを止めた方がいいのかもしれないな……」
トレンの言葉に、男は途端にその顔を青ざめさせた。
たとえ先程の話が真実でも、真実でなくとも、
大義はどうであれ、強者が正義であるこの世において、ボンボの行動は自殺行為とも言える。
そして、それに便乗することの無謀さに気付いたのだろう。
「おれはボンボの野郎と心中するのは御免だ。何が真実なのか、何が善で、何が悪なのか分からないなら、おれは強い奴に従うね。選択を間違えたら…… 死ぬだけだからな」
その言葉に、男は更に顔を青くした。
二人の会話に耳を傾けていた者達も同じように顔を青くし、隣の者と顔を見合わせながら、今まで直視しようとしなかった不安を口にし始めた。
「な、なぁ、また
「
「ボンボも太陽教会も、何もしてくれなかったよな……」
「
「ボンボって、あのドラ息子だろ?」
「それにあのぼったくり太陽教会か……」
「俺たち騙されてるんじゃ……?」
「
「私も」
「ワシの孫も、今は
「おらの女房と子供も……」
「おれも……」
「私も……」
動揺は瞬く間に広がり、ボンボのプロパガンダに惑わされた住民達が目を覚まし始める。
誰かがボンボを止めろと呟き、それをきっかけに、マサトの擁護、ボンボの排斥へと風向きが変わっていった。
その様子を遠目で見届けたトレンは、呆気に取られるマーチェを連れて、ヴィクトルのいる冒険者ギルドへと向かうのだった。
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