101 - 「癒し手の召喚」


 ローズヘイムから真紅の亜竜ガルドラゴンの背に乗り、ガルドラの森へと向かう。


 目的は癒し手ヒーラーの召喚だ。


 ……と言っても、ガルドラの森に用がある訳ではない。


 念の為、人目のないガルドラの森で召喚しようと思っただけだ。



(どういう設定で行くべきか…… いきなり凄腕の癒し手ヒーラー達がやって来ても納得できる設定…… うーん)



 暫し考える。



(凄腕の癒し手ヒーラー故に、人里離れて暮らしていた者達で、それを味方に付けた。とか、どうだろう? いや無理があるか)



 何案か考えた結果、結局「放浪先でスカウトしてきた癒し手ヒーラー達という設定」でいいや!と、面倒になって思考を放棄した。



 成るように成る!


 成るようにしか成らない!



 適当なところで森の中へ着地すると、俺はさっさと詠唱を開始。



(まずは一番召喚コストの少ない奴から……)



礼拝堂の癒し手ヒーラー・オブ・チャペル礼拝堂の癒し手ヒーラー・オブ・チャペル礼拝堂の癒し手ヒーラー・オブ・チャペル礼拝堂の癒し手ヒーラー・オブ・チャペル、召喚!」



 白い光の粒子が現れ、次々に人の形を作っていく。



(次は…… やっぱりポーション作れる奴がいいよな)




熟練の薬学者マスター・アポセカリー熟練の薬学者マスター・アポセカリー、召喚! 」



(あっ……)



 そこまで召喚してある事に気付き、急いでステータスを開いた。



<ステータス>

 紋章Lv25

 ライフ 44/44

 攻撃力 99

 防御力 4

 マナ : (虹×20)(赤×3130)(緑x100)

 加護:マナ喰らいの紋章「心臓」の加護

 装備 : 心繋きずなの宝剣 +99/+0

 補正:自身の初期ライフ2倍

    +1/+1の修整

    召喚マナ限界突破11

 *猛毒カウンター1



 魔力マナの変動がない。


 ということは……


 新たに解放された「礼拝堂警備員」デッキのマナカード(白)の枚数を確認する。


 だが、どこにもマナカードの表示は見当たらなかった。



(あちゃー。補充されたマナカード(白)、20枚全て使い切っちゃったか。まぁ(虹)マナも20あるし、大丈夫だろ。大丈夫だよね? でも、どこかで(白)マナ得られるモンスター見つけて狩らないとなぁ。そのうち召喚出来なくなりそう)



 そう考えつつも、召喚するのを忘れていたアーティファクトを召喚する。



卯の花色のマーブルダイアモンド、卯の花色のマーブルダイアモンド、召喚」



 掌におさまるくらいの真っ白な宝石―― 卯の花色のマーブルダイアモンドを使い、その魔力マナでもう一体追加で召喚する。



戦場の癒し手バトルフィールド・メディック、召喚っと」



礼拝堂の高僧ハイプーリスト・オブ・チャペルまで召喚するか否か…… こういう力の配分って難しいよな…… (虹)マナは絶対に貴重だと思うし…… よし、取り敢えずここまでで、足りなかったらその時考えよう)



 召喚の演出が終わったのか、目の前に白いフードローブを身に纏った優しそうな女性が4人。


 冒険者風の格好をした青年が1人、年季の入った白っぽいローブをラフに着崩した少年と、白い無精髭を生やした白髪の老人が1人ずつ、目の前に立ってこちらを見ていた。



(女性が礼拝堂の癒し手ヒーラー・オブ・チャペルで、青年が戦場の癒し手バトルフィールド・メディック。それで残りの2人が熟練の薬学者マスター・アポセカリーか)



 すると目の前の7人が徐に膝をつき、頭を下げた。



「「「主よ、ご命令を」」」


「お、おう……」



 人間7人に同時に言われると、流石に気圧されるものがある。



(多少ビビっても仕方ないよね? うん、普通の人ならそう反応する…… はず。だって現代人だもの…… そういう経験ってない。政治家や軍のお偉いさんとかは慣れてそうだけど、自分一般市民ですし……)



 少し動揺しつつも、顔に出さないよう意識しながら、目の前に跪く彼らを観察する。



(なんだろ…… VRゲームとしてのMEと、現実世界でのここは、やっぱり違うんだな…… VRの時は人を召喚しても、ただの3Dモデルとしか感じなかった気がするし。当たり前だけど。でもこの世界では、召喚したこの人達も、息遣いを感じる立派な “人間” なんだよなぁ。とてもじゃないけど「肉壁になれ!」「俺のために死んでくれ!」とか言い難いな…… それだと駄目なのは分かってるんだけど……)



「じゃあ皆で日が昇るまで野宿。日が昇って移動できるようになったら、ローズヘイムまで歩きますよー」



 夜でも移動くらい出来るだろうと思って飛び出してきたものの、月明かりだけでは移動が困難な程に真っ暗闇で断念した。


 正直、夜の樹海を舐めてた。


 雨のせいか地面もぬかるんでて危ないし、心繋きずなの宝剣をライト代わりにすれば少しはマシだろうけど、他の7人がキツイだろうと思い、すぐ諦めた。


 手頃な枝を集め、真紅の亜竜ガルドラゴンの火ブレスで簡易的な焚火を作る。


 薪代わりにした枝や落ち葉は多少湿っていたが、流石は竜の炎。


 全く問題なく燃やすことができた。



 念のため持参してきた黒パン――硬くてパサパサのパンや、干し肉――よく噛めば美味しく感じるような気がする干し肉を配る。


 飲み物は…… ない。



(……忘れてた。これ絶対喉乾くよね。どうするべか)



 すると、青年が声を掛けてきた。



「鍋は自分が持ってるので、これでスープでも作りますよ」



 そう言うと、背中に背負っていた大きいリュックから鍋を取り出した。


 青年は、そのまま近くに転がっていた大きめの石を数個、焚火へと転がすと、即席の釜戸を作りあげた。


 そして、その石に鍋を載せ、手をかざすと何やら詠唱を始める。



「万物に宿りし母なる魔力マナよ、水の魔力マナよ、清らかな水と成りて、我の喉を潤し給え、 《 清水ウォーター 》 」



 青年の手の平から、水がとぼとぼと鍋へと注がれる。


 それを見た俺は、「おお」と言いながら手をパチパチと叩いて称賛した。



「そ、そんな大したことでは…… いえ、ありがとうございます」



青年が照れたように笑いながら、頭をぺこぺこと何度も下げた。


 鍋に水を溜め終わると、またリュックから何か取り出して鍋へと入れている。



「一応、非常食となる薬草や香辛料も幾つか持参してますので、それで味付けしますが、期待はしないでください」


「さすが戦場の癒し手バトルフィールド・メディック。異世界の衛生兵は、こういうことにも長けてないといけないのか……」



 手際よく香草スープ?を作る青年を、皆で静かに見守る。


 そんな俺達の側へ、真紅の亜竜ガルドラゴンがのそのそと移動すると、大きな欠伸をしながらドスンと腰を下ろした。


 真紅の亜竜ガルドラゴンの下敷きになった草木がバキバキと音を立てて弾け飛ぶ。



(うぉっ!? 身体がでかいと動くだけで衝撃でかいな。それがまぁ頼もしくもあるけど)



 近くに腰を下ろしたガルを撫でつつ、俺は彼らに気になっていたことを質問した。



「そういえば、お互い自己紹介はいらない?」



 俺の質問に青年が答える。



「はい。皆さん初対面だと思いますが、不思議とどういう方なのか知ってます。本当に不思議です」



 すると、干し肉をクチャクチャと噛み始めた老人――熟練の薬学者マスター・アポセカリーの一人が会話に加わった。



「本当に不思議じゃな。お前さんに呼ばれたことは理解しているんじゃが、その直近まで自分が何をしていたかは思い出せん。寿命を全うした気もするし、昨日まで新薬の開発に研究室に篭っていた気もする」


「それは僕も同じです。でも…… これは夢とか妄想とごっちゃになってるのかも知れませんが、この世に未練があった僕に、神様が少しのチャンスを与えてくれたような気がしてるんです」


「ほぅ、坊主もか」


「おじいさんも?」


「あ、自分も同じ感覚が残ってます」


「私もです」


「私も」



 急に会話が盛り上がり始めた。


 すると、白いフードローブを頭から被っていた女性――礼拝堂の癒し手ヒーラー・オブ・チャペルの一人が、上目遣い気味に俺の方を見ながら口を開いた。


 その頬はほんのりと朱色に染まり、瞳には焚火の光が写り込み、キラキラと輝いて見える。



「それもこれも、マサト様のお導きがあったからこそ。迷える私達をこの世にお導きくださったからこそなのですね」


「そ、そうなの、かな?」



(返答に困るな…… 俺は使えると思ってカードから召喚したに過ぎないし…… そんな高尚な考えなどない。……本人達には言えないけど。しかしなぁ、その容貌で両手を祈るように合わせてこっちを見つめられると、本当に神にでもなった気分になるよ…… 宗教の教祖様とかこういう感覚なんだろうか)



 それからは、青年が作ったスープを頂きながら、彼らにそれぞれの素性を聞いて時間を潰した。


 戦場の癒し手バトルフィールド・メディックの青年は、名前をロイという。年齢は22。最後の記憶は、戦場で負傷した兵士を治療していた気がするとのこと。茶髪で垂れ目、見た目は細身だが、衛生兵なだけあって洗練された筋肉の持ち主なようで、肉体的にも精神的にも芯の強さを感じた。


 熟練の薬学者マスター・アポセカリーの老人の方は、名前をエドワード。年齢は忘れたらしいが、多分、60〜70歳あたりだろう。白髪だが、顔に老化の衰えを感じさせる弱さは見えない。生え際はかなり後退しており、綺麗なM字型だ。短髪ではあるのだが、何故か後頭部の髪だけが少し長く、尖っている。見るからに頑固爺さん風だったが、召喚補正なのか意外に話せる爺さんでもあった。


 もう一人の熟練の薬学者マスター・アポセカリーの少年は、名前をフレードリッヒという。凄く博学そうな少年だ。年齢は13歳。好奇心が強く、近くに生える雑草を採取しては、「これは何て言う草だろう」とか一人でぶつぶつと呟きながら周辺を調査していた。時折、鑑定呪文を唱えては、調べたことをメモに記したりと勤勉だ。


 最後に、礼拝堂の癒し手ヒーラー・オブ・チャペルの女性4人だが……


 先ほど、上目遣い気味に俺を拝んでいたのがクララ。薄卵色のゆるふわヘアーがフードから少し出ている。垂れ目の女性。きらきらした瞳を絶えず俺に向けてくるので、非常にやり難い。色っぽいけども。


 他にも、気の強そうな釣り目がちの瞳に、灰白色かいはくしょくのストレートヘアーが特徴的なシエナさんや、緋色ひいろのウェーブヘアーが目を引く、やけに色気のあるカルメさん。後、若緑わかみどりのショートヘアーに、童顔のキュリさん。


 胸の大きさは、カルメさん≒クララさん>シエナさん>>>キュリさんの順だろうか。


 因みに女性陣は誰一人年齢は口にしなかった。


 まるで始めから年齢など聞かれていなかったかのように……


 それこそ、全員が示し合わせたかのように何も答えなかった。


 多分、10~20代だと思うが……


 怖いので詮索はしていない。



 能力についても色々聞いた。


 1日でどれくらいの負傷者を癒せるか聞いたところ、重傷者じゃなければ数十人は大丈夫という回答も得た。


 嘘ではないだろう。


 頼もしい限りだ。



 熟練の薬学者マスター・アポセカリーのエドワードとフレードリッヒからは、この世界での薬草の知識が揃うまではあまり力になれないかもしれないと申し出があったので、二人には気にせず調査と研究に没頭してほしいと言ってある。


 屋敷に戻り次第、研究室の手配もせねば。


 特にお金には困っていないけど、新薬の開発や上位ポーションの量産が出来れば、いざという時に助けになるかも知れない。


 やることは山積みだ。



(新たに商売を始めるのもありだな。財力があるに越したことはないし。癒し手ヒーラー達と共に教会立てて、新たな教えを説くのもありか。って、それやったら本当に教祖様だなぁ)



 表向きはローズヘイムを拠点に地盤固めすることになるだろう。


 その裏で、ネスの里と土蛙人ゲノーモス・トードの住処を要塞化できれば安心だ。



(あれ、そうなると…… 結局金と人手が大量に必要になるのか? 土蛙人ゲノーモス・トードであれば人手は足りてるけど、夢を大きく持つと金がいくらあっても足らないのか…… となると、本格的に商売を始めるのもありだな。後でトレンに相談しよ)



 結局、6万もの土蛙人ゲノーモス・トードが配下になったようだし、数の暴力にも、十分対抗できる戦力が整ったのは運が良かった。


 だが、土蛙人ゲノーモス・トードが、ワイバーン一匹で瓦解してしまう脆さを含んでいることも忘れてはいけない。一応、その弱点は俺がいることで補うことはできるものの、過度な過信は禁物だ。


 とは言え、ゴブリンだけだと150体にも満たなかったので、数に対抗できる数の力は凄く重要だ。


 まず第一に、安心感が全然違う。



「さて、そろそろ移動しますか」



 日が昇ると、ローズヘイムへ向けて移動を開始した。


 道中、女性陣が歩きにくそうにしていたので、女性の4人は真紅の亜竜ガルドラゴンの背に乗せて移動することにした。


 真紅の亜竜ガルドラゴンがいるお陰か、モンスターの襲撃は一切ない。


 気配すらない。


 数時間かけてローズヘイムへと戻ると、なぜか西門ががっちりと閉められていた。



「あれ、可笑しいな…… 開けておくように言っておいたのに」



 西門の前で立ち止まると、城門の上部の出窓が開き、鉄格子越しに怒鳴り声が響いた。



「立ち去れ! 貴様のような侵略者に、このローズヘイムの地は二度と踏ません! ここはボンボ様が統治される都市だ! さぁ分かったらとっとと消えろ! せめてもの情けで矢で射殺さずにおいてやる! 慈悲深いボンボ様に感謝することだな!」



 ――ドンッと、鉄でできた窓が乱暴に閉められる。



「……えっ?」



 さすがの出来事に、俺は呆気にとられてしまった。



「ええー…… この数時間で一体何があったんだよ……」



 俺は頭を掻きながら、どうすっかなぁと次の行動を考え始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る