99 - 「月明かりのレイア」


「マサト、奴を助けるのか?」



 風通しの良くなった窓際に立ち、一人で外を眺めていると、レイアが声をかけてきた。



「正直、ちょっと迷ってる」


「意外だな。私は迷わず助けると思っていたが」


「はは、俺もそう思うよ。俺のことだから、見たら当然助けたくなる訳で」


「そうだな。お前はそういう奴だ。だから屋敷に篭っていたのだろ? 見たら助けたくなるからとかいうくだらない理由で」



 その言葉に驚き、俺は隣まで歩いてきたレイアを見つめた。



「驚くようなことか?」


「はは、お見通しか。さすがはレイアさん。でも、くだらないってまた辛辣な」



 苦笑いを浮かべる俺に、レイアは腕を組みながらこちらに視線を向けた。



「見なければ、視界に入らなければ、お前はそれでいいのか?」


「それは、良くはないけど……」


「じゃあ、なぜ助けない」


「うーん…… なぜかと聞かれると、中々答え難い……」


「自分で理解していないのか?」


「どうだろ…… 理解していないと言われれば、そうなのかも知れない。でも、踏ん切りがつかなかったのは、仰る通りです…… はい」



 俺の言葉に、レイアが少しの間黙った。


 俺を見つめる瞳に避難の色はなく、俺の真意を探るような感じだった。



「躊躇った理由は何だ? やれることをやるんじゃなかったのか?」



 薄桜色の瞳が、じっとこちらを見つめている。



「そう、だね。やれることをやる。確かにその予定だったけど……」


「その予定だったけど?」


「想像してたのは、土蛙人ゲノーモス・トードを退治するまでで、その後のことまで考えてなかった」


「そうか。だから、今考えているのか?」


「そう。俺、頭あまり良くないからさ。予め、こうしよう! って決めたこと以外は躊躇しちゃってさ…… 正直、どこまで踏み込んでいいのか、分からなかったんだよね。もう少し、自分の行動による影響を、想像できる人間だったらよかったんだけど……」



 再び二人の間に沈黙が流れる。



「フッ、くだらないな。実にくだらない」



 そう吐き捨てたレイアは、言葉とは正反対の、優しい表情で、俺へ悟すように語りかけた。



「今のお前は中途半端だ。お前は土蛙人ゲノーモス・トードから街を救った。滅ぶ運命だった街を救った。勿論、神がかり的な力でな。だが、その戦いで傷付いて苦しむ人を助けるのは躊躇すると言う。その影響を想像できないからと。私が言いたいことが分かるか?」


「……はい、何と無く」


「はぁ…… 私からして見れば、街を救った時点で、お前が心配するような懸念はどうでも良い些事になったと言いたいんだ。今更、何人住民を救おうが、結果は変わらない。お前を崇める奴は崇めるし、お前を利用しようとする奴は、そのまま利用しようとするだろう。何も変わらない。もう変わった後だからな。そう、全てが変わった。お前の力の影響で、全てが変わった後なんだ」



 惚ける俺に、レイアは仕方のない奴だなとでも言いたげな表情で窓枠に寄りかかり、頬肘をついた。



「マサト、お前の力の影響を、その余波を予想できる奴がいるとすれば、それは神か何かだぞ?」



 レイアは揶揄うような表情を見せた後、優しく目を細める。



「なら、何を躊躇う必要がある。助けたいのであれば、助ければいい。お前には、それを貫くだけの力がある。違うか?」



 俺は呆気に取られていた。



「驚いた…… 俺はてっきり、レイアには、安易に人を助けるなと言われるとばかり……」



 俺の言葉に、レイアは軽く鼻で笑いながら、外へと視線を移す。


 屋敷の敷地には篝火がたかれ、その周囲には屋敷に入りきれなかった者達や兵士が、火に当たって身体を温めながら談笑している。



「私は、な…… マサト、お前の影響で変われた。いや、変わりつつある」



 そう語るレイアの眼は、ここにはない、どこか遠くへ向けられている気がした。


 尚もレイアは言葉を続ける。



「人の命を奪うことでしか生きられなかった私に、お前は人の命を救う意味を…… 人から頼られ、感謝される喜びを教えてくれた」



 冷たい風が吹き込み、風がレイアの銀色の長髪をふわっと舞い上げる。



「お前がいたから、だから変わろうと思えたのかもしれない」



 そう言うと、優しく微笑みながらこちらへ顔を向けた。



「お前の好きなようにすればいい。いや、助けたい気持ちがあるなら、迷わず助けるべきだ」



 レイアが一歩、俺へと近付く。



「ただ踏ん切りがつかないだけなら…… ただ背中を押してほしいだけなら…… 私が何度でもその背中を押してやる。支えてやる」



 レイアのおでこが当たる。


 息のかかる距離に、綺麗な顔立ちの美女がいる。


 その美女の両手が、優しく俺の頬を包み込んだ。



「私がお前を支える。だから、お前はお前の好きなように動け」



 お互いが自然と瞼を閉じると、月明かりで出来た影が重なった。


 お互いの息遣いが聞こえる。


 再び距離をあけたレイアの瞳は、色っぽくも怪しく輝き、その頬はほんのり朱色に染まっていた。


 髪をかきあげる仕草が、とても愛おしく感じる。



「フッ、私が背中を押さなくても、結局、お前は同じ道を選ぶ。遅いか早いかの差だけだ。どうせお前のことだ、既にどう助けるか考えているんだろ?」



 微笑みながらそう話すレイアは、月明かりを浴びた銀髪がきらきらと輝いていて、とても綺麗で、それでいてどこか儚げに見えた。

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