98 - 「招かれざる客」
勝利の角笛が吹き鳴らされ、停戦を伝える早馬が、マサトの配下に加わった
屋内や地下へ潜っていたことで、マサトが起こした奇跡を見逃した
土蛙王の右腕であり、
死んだ
窮地を救った英雄として、俺が討伐した分の取り分は後程相談させてほしいと、ヴィクトルから直々に話があった。取り敢えず了承してある。
ローズヘイムの地下通路へは、配下の
街の中央にポッカリと空いた大穴も、今では元通りに平坦にならされている。まさにチート土木作業員。これはこれで重宝するかも知れない。
勿論、土蛙王が逃げた大穴へも多数の
不幸な報告もある。
ローズヘイムの領主であり、ローズ家当主であるティー・ローズ公爵が戦死していた。
土蛙王の出現した大穴の真上にいたらしい。運が悪かったとしか言えない。突如足場を失ったティー公爵と、その近くにいた護衛の兵士達が落下。その上に大量の土砂が流れ込んだことによる窒息死だと知らされた。
その報告に、そこへ居合わせた全員が失意に暮れた。
ティー公爵の側近――パークスは、中央広場での戦闘後、行方不明。
王国アローガンスの現女王――フロン・ジャ・シャロウ女王陛下は、未だ眠ったまま。外傷はないが、土蛙王との接触による精神ダメージの方が大きいのではないかとのことだ。
そして、その側近のレティセという戦うメイドさんは危篤状態にある。街に残っていた
だが、俺には新たに解放された
確かこの中に回復魔法を使えるモンスターカード――ならぬ、人族のカードがあったはずだ。
流石に、人前で人族を召喚するのは気が引けたため、人気のない場所まで
特にオーリアという騎士団長からの監視が厳しい。
しきりに睨んでくるので、俺は何度か彼女の視界から消えようとした。その度に「どこへ行くつもりだ!」と怒鳴られた。そのまま無視して逃げたら、鬼の形相で追って来られ、しまいにはトイレの中まで付いてくる始末。訳が分からない。
女王様を見てなくて良いのかと聞いても、「そう言って私を煙に巻こうとしても無駄だ。私がいる以上、貴様の自由にはさせない!」と理解に苦しむ発言をされた。何が理由で、彼女は俺をここまで疑い始めたのか。それが知りたい。
身動きが取れないので、仕方なく、今は王都からの増援を待っている。
だが、本当に増援なんてくるのだろうか?
良い機会だったので、いっそのこと
まぁ
王国アローガンスへは、
一つ気掛かりなのは、ワーグ達が
俺はそんな指示した覚えはないと言ったが、その
「神、復ぎゅうが終わりまぎゅた」
トードンがその大きい身体を屈めて報告に来た。
「えっ、もう終わったの? 早いな。じゃあ…… 次はどうすっか……」
次の命令を考えていると、隣にいたレイアが、腕を組みながら口を挟んできた。
「マサト、お前がこの都市を占領するつもりがないのであれば、
「まぁそうだよね。王都から来た援軍と交戦になっても危険だし。でも治安とか大丈夫かな。
「たとえお前が召喚したゴブリンでも、私は難しいと思うぞ。この都市もそうだが、王都アローガンスと、その周辺国は亜人に対してかなり排他的だ。そしてゴブリンなどは亜人というより、魔物という認識の方が強い。それを快く思わない者や勘違いした者に襲撃され、別の火種になるのがオチだろう」
「難しいかぁ。仕方ない。じゃあトードン、残りの
「ゲロ、ギュー!」
命令を受けたトードンが屋敷の外へ出ていく。その後、ローズヘイムに居た
だが、それを見計らったかのように、招かれざる客が押し寄せてきた。
ぞろぞろと、武装した兵士達が屋敷の敷地内へと侵入してくる。
「女王陛下はどこでごさいますの!? 隠しても無駄ですのよ!?」
厚化粧とケバケバしいドレスを着た婦人――ヒュリス・ローズが、お抱えの兵士を連れて屋敷の敷地内まで怒鳴り込んできた。
突如、武装した兵士達が雪崩れ込んできたため、フロンの護衛として付近に待機していた
一触即発の状況に、場に緊張が走る。
「な、なにしますの!? 無礼ですわよ!? ローズヘイムの領主に向かって!」
ヒュリスが喚いたが、
すると、軽んじられたと勘違いしたヒュリスが顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「わたくしのローズヘイムがこんなにもむちゃくちゃにされて! 夫も見殺しにされて! 全ては王国が援軍を渋ったせいですわ! 王国はこの責任をどう取るおつもりですの!?」
(凄い剣幕で迫るおばさん出てきたな…… これまた見るからに厄介そうなのが……)
ふと視線をオーリアに向ける。王国の責任ということは、オーリアが崇拝する女王の責任ということだ。これにオーリアがどう反応するのか気になった。
意外にも、オーリアは騒ぐ夫人へ視線を向けているだけだった。
……いや、手の拳が強く握り締められ過ぎて色が変わってる。これは相当怒っている。
「レイアさんレイアさん、あのおばさんあのままでいいの?」
「私に聞くな。あんな者放っておけ」
あんな者呼ばわりとは。レイアは相変わらず切れ味鋭い。
こんな時こそヴィクトルの出番だろと思ったのだが、ヴィクトルはヴィクトルで忙しいのか、冒険者ギルドへ既に戻っている。
この屋敷に残っているのは、負傷者、家を失って行き場の無くなった者、親を失った子供達。それに、女王様とその配下達だ。勿論、
そう考えている間も、婦人はヒートアップし続け、あることないこと騒ぎ立てていた。
「そう、そうですわ! 女王陛下自ら戦地へ訪れるなんて考えれば考える程おかしくはありませんこと!? も、もしや! わたくしたちからこのローズヘイムを奪うために女王陛下自らが画策し……」
「黙れッ!!」
「ひぃっ!?」
思考があらぬ方向へ脱線し、暴走し始めたヒュリスを、オーリアが大声で叫んで黙らせた。
「それ以上は聞くに堪えません。公爵婦人とは言え、女王陛下への侮辱罪に問います。私の気が変わらないうちに引き返しなさい。私は
「ぶ、侮辱罪!? 警告!? あ、あ、あなたこそ失礼ですわよ!? ここはローズヘイムです! わたくしの領地でそんなことが許さ……」
「ここは王国の領地です。ひいては女王陛下の領地でもあります。あなたはその領地を貸し与えられたに過ぎません。もしやそんな当たり前の事すら忘れてしまわれたのですか?」
「うっ……」
「それに、ローズヘイムの領主であるティー公爵は勇敢にも戦い、戦死されてしまいました。爵位はティー公爵にありましたが…… ヒュリス様、あなたにはありません。仮にあなたが爵位を受け継ぐとしても、女王陛下のご承認が必要となります。あなたには長男が居たはず。順当に行けば、爵位はその長男に引き継がれるはずです」
「そ、そんなことは知っています! 馬鹿にしないでくださるかしら!? 息子が帰ってきたら正式に抗議させていただきますからね!!」
「では、私からも。なぜローズヘイムに存在する常駐兵がこんなにも少なかったのか。度重なる王国からの出兵命令を拒否しながらも、なぜここまで守りが手薄になっていたのか。北の要所として、ガルドラの地の防衛を任されていたにもかかわらず。王国への虚偽の報告がなかったかどうか、王国側としても審議させていただく必要があるようです。そのことを覚えておいていただきたい」
オーリアの言葉に、ヒュリスがわなわなと震えている。そして声にならない叫びを零しながら、オーリアを強く睨み付けると、プイッとへそを曲げた子供のように顔を背け、そのまま踵を返して去っていった。
ヒュリスの後を追って退出する兵士達の顔もどこか不安気だった。一歩間違えば、王への反逆罪にもなりかねない。それに加担している可能性を感じたのだろう。不安になって当たり前だ。
ヒュリス達が完全に視界から消えると、オーリアが溜息とともに少し俯いたのが見えた。その瞳は愁いを帯びているようだった。
「ああいう権力者がいると、国政も大変そうだ」
「実際、大変だろうな」
「それよかあのおばさん、恨みを色んなところから買い過ぎて、暗殺とかされそうな人だったね」
「どちらかと言えば、金にモノを言わせて暗殺者を雇う側だろうな。ああいうタイプは」
「なるほどねぇ。確かにそんな感じだ。ああ、そういえば、ワーグ達が
「……何? 初耳だ。それで…… 交戦したのか?」
「いや、交戦まではしてないってさ。と言うのも、
「…………」
黙り込むレイア。無言は肯定と取るべきか。その顔はどこか落ち込んでいる。
「すまない。黙っていて。私が手を回した」
「おお! やっぱりね! そんな気がしてたんだよ。レイアじゃなければヴィクトルあたりかなぁと考えてはいたんだけどさ。でも、レイアのお陰でワーグ達が助かったよ。ありがと」
「……ぅ」
俺に褒められると思っていなかったのか、レイアは目を丸くしながら俺を見返した。そしてその顔を真っ赤にすると、恥ずかしそうに目を逸らした。
「後で俺にも
俺が軽い感じでお願いすると、今度は驚いた表情でこちらへ振り向き、すぐ様睨み付けるように目を細めた。
「何を企んでいる?」
「いやいや、誤解誤解。何も企んでないって。単純に興味があるだけ。だってレイアの元同僚でしょ?」
再び目を大きく開いて驚くレイア。最近、表情豊かになったなぁとしみじみと実感する。
「なぜ、元同僚だと?」
「ワーグ達から聞いた情報から推測しただけなんだけど、
「…………」
また無言になるレイア。だが、今度は言葉を失ってるという表現が近いだろうか。
少しの間をおいて、レイアが急にククッと笑い出した。
「マサト、お前は時々…… 極稀に鋭いときがあるな。そうだ。お前の言う通りだ」
「極稀にって…… まぁいいか。じゃあ後で紹介を」
「断る」
「ええー……」
「冗談だ。だが、拠点を捨てた彼らを見つけるのは難しいな」
「そっか。まぁそのうちで良いよ」
「そうだな。機会があれば会わせよう」
「じゃ、その辺は任せた」
「ああ。だが、私と
「分かってる分かってる。禁句だろ? 知らなかったことにしておくよ」
「助かる」
俺とレイアが話していると、俯きながらオーリアが屋敷へと入っていった。女王様が寝ている書斎へ向かったのだろう。
代わりに兵士が二人程こちらへ近付いてきた。
「……監視は付けるのね」
俺の苦笑いを見た兵士の二人が、申し訳無さそうに頭を下げた。
その後、屋敷の敷地内では、
「
お椀によそられた肉をフォークで突き刺しながら呟くと、隣にいたベルが反応した。
「美味しいよ? マサトは蛙のお肉嫌い?」
「いや、美味しいのは認めるけどね。つい、人間と同じように二足歩行で歩くだけじゃなく、人間と同じ言葉を喋る生き物の肉を食うというのに、抵抗を感じちゃって」
「へぇー。マサトが生まれた場所ではそういう生き物を食べる人いなかったの?」
「そもそもそういう生き物がいなかったかな」
「そうなんだぁ。今度、マサトの育った場所へ行ってみたいな」
「行けるようになったら連れてってあげるよ」
(行けるようになれば、ね……)
だが、俺の言葉を聞いたベルはというと、頬を染めて満面の笑みを浮かべながら、「うん! 約束だよ!」と言って腕を絡めてきたのだった。
マーレが「妬けるねぇ」と煽り、セファロが歯を食いしばりながら親指を下に向けている。
ワーグは大笑いしながら酒を呷り、パンは赤い顔をしながらチラチラとこちらを盗み見ている。あっ、飲み物零した。
フェイスの「ピューピュー」という指笛が場を煽れば煽るほど、ベルと反対側にいるレイアから放たれる殺気が増しているようで怖かった。
因みに、トレンはやることが山程あると言って、新たに加入させたというマーチェを連れて街を駆け巡っている。何をしているのかは不明だ。
屋敷の中は負傷者や避難民で溢れかえっているため、外で机を並べて皆で炊き出しを食べている。
星が見え始めた空の下、皆で食べる料理は格別に美味かった。
不幸な目にあってる者もいるため、騒いでは不謹慎になるんじゃないのかと気が引けたのだが、むしろこういう時は、率先してでも大いに騒いで活気を分け与えるべきだと言われた。
文化や環境の違いだろうか。そういうものだと思うことにした。
炊き出しはとても好評で、多くの住民が屋敷を訪れることになった。
来る人、来る人、俺にわざわざ挨拶に来ては、何度も何度もお礼を述べて帰っていった。どこぞのアイドルの握手会みたいなことになっていたが、大半の人が涙を目に浮かべながら感謝してくれたので、悪い気持ちはしなかった。しかし、何で皆が俺のことを知ってるんだろうか? 不思議だ。
そのまま事態が好転するのかと思っていたのだが、
その日の夜、レティセの容態が急変した。
全身が痙攣し、白目を剥いて口から泡を吹き出したのだ。
しかし、ローズヘイムにいる
見守るしかない現状に、皆が肩を落とす。
楽にしてあげようと言う声が出る中、それを拒否するかのように毅然とレティセを見つめるオーリア。
その彼女の瞳には、涙が溢れていた。
俺は、その涙を見たことを後悔するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます