98 - 「招かれざる客」

 勝利の角笛が吹き鳴らされ、停戦を伝える早馬が、マサトの配下に加わった土蛙人ゲノーモス・トードと共に街中を駆け巡る。


 屋内や地下へ潜っていたことで、マサトが起こした奇跡を見逃した土蛙人ゲノーモス・トードと、マサトの配下に加わった土蛙人ゲノーモス・トードとの間で何度か戦闘はあったが、それもすぐ様鎮圧された。


 土蛙王の右腕であり、土蛙人ゲノーモス・トードの精鋭を従える希少種――トードンが配下に加わったのがよかった。トードンには、責任をもって俺の指示を全軍へ周知させよと命じてある。真紅の亜竜ガルドラゴンの咆哮を真近で浴びたせいか、トードンは凄く順従だった。


 死んだ土蛙人ゲノーモス・トードは、最も死体の多かった北門の外へ並べられ、冒険者達が素材の剥ぎ取りを順次行っている。負傷者の救助や、街の復旧が優先だという先入観があったのだが、どうやら街の復旧に当てるための戦利品も同等に重要とのことだった。腐敗が進むと素材としての価値が下がるらしい。それは分かるが、人命救助と同等とは……


 窮地を救った英雄として、俺が討伐した分の取り分は後程相談させてほしいと、ヴィクトルから直々に話があった。取り敢えず了承してある。


 ローズヘイムの地下通路へは、配下の土蛙人ゲノーモス・トードを多数送り込み、土蛙人ゲノーモス・トードが得意とする土魔法による地盤修復を急がせた。


 街の中央にポッカリと空いた大穴も、今では元通りに平坦にならされている。まさにチート土木作業員。これはこれで重宝するかも知れない。


 土蛙人ゲノーモス・トードが街を修復する姿を見た住民が、不安や怒り、戸惑いや疑問などがごちゃ混ぜになった表情でその作業を見守っていた。


 勿論、土蛙王が逃げた大穴へも多数の土蛙人ゲノーモス・トードを調査隊として送り込んだ。だが、まだ行方が分からず終いだ。発見出来たとしても、土蛙王が強者であることは変わりないため、調査隊が返り討ちに遭う可能性もある。まぁ何もしないよりはマシだろう。


 不幸な報告もある。


 ローズヘイムの領主であり、ローズ家当主であるティー・ローズ公爵が戦死していた。


 土蛙王の出現した大穴の真上にいたらしい。運が悪かったとしか言えない。突如足場を失ったティー公爵と、その近くにいた護衛の兵士達が落下。その上に大量の土砂が流れ込んだことによる窒息死だと知らされた。


 その報告に、そこへ居合わせた全員が失意に暮れた。


 ティー公爵の側近――パークスは、中央広場での戦闘後、行方不明。


 王国アローガンスの現女王――フロン・ジャ・シャロウ女王陛下は、未だ眠ったまま。外傷はないが、土蛙王との接触による精神ダメージの方が大きいのではないかとのことだ。


 そして、その側近のレティセという戦うメイドさんは危篤状態にある。街に残っていた癒し手ヒーラーにより追加の応急処置は済んだものの、これ以上の回復は王都にいる上位の癒し手ヒーラーに見せるしかないと診断された。顔色が酷く悪い。一刻を争う状況にあるのは確かなのだが、絶対安静であるということもあり、王都までの馬車移動には耐えられないだろうとのことだった。


 だが、俺には新たに解放されたデッキ――「礼拝堂警備員」がある。


 確かこの中に回復魔法を使えるモンスターカード――ならぬ、人族のカードがあったはずだ。


 流石に、人前で人族を召喚するのは気が引けたため、人気のない場所まで真紅の亜竜ガルドラゴンの背に乗って移動し、仲間を連れてくるという体を取ろうと思って機会を窺っているのだが、中々抜け出せずにいる。


 土蛙人ゲノーモス・トードがローズヘイムにいる間は、この場にいてほしいと強く懇願されたせいだ。


 特にオーリアという騎士団長からの監視が厳しい。


 しきりに睨んでくるので、俺は何度か彼女の視界から消えようとした。その度に「どこへ行くつもりだ!」と怒鳴られた。そのまま無視して逃げたら、鬼の形相で追って来られ、しまいにはトイレの中まで付いてくる始末。訳が分からない。


 女王様を見てなくて良いのかと聞いても、「そう言って私を煙に巻こうとしても無駄だ。私がいる以上、貴様の自由にはさせない!」と理解に苦しむ発言をされた。何が理由で、彼女は俺をここまで疑い始めたのか。それが知りたい。


 身動きが取れないので、仕方なく、今は王都からの増援を待っている。


 だが、本当に増援なんてくるのだろうか?


 良い機会だったので、いっそのこと真紅の亜竜ガルドラゴンに乗って様子を見に行こうかと提案したら、皆から凄い剣幕でやめてくれと猛反発を受けた。流石に傷付いた。なので、今は真紅の亜竜ガルドラゴンと共に大人しくしている。


 まぁ真紅の亜竜ガルドラゴンの姿を見て、増援が引き返してしまったら元も子もないというのも理解している。なので、真紅の亜竜ガルドラゴン灰色の翼竜レネには暫く飛行禁止令を出して待機させた。二匹共、隠れて土蛙人ゲノーモス・トードの死体を嬉々として貪っているので今のところ大人しい。本当に好物なのだろう。ネスの里で食べた土蛙人ゲノーモス・トードの肉は、確かに柔らかくて美味だったが……


 王国アローガンスへは、近衛騎士団クイーンズガードの団長――オーリア・クト卿が使い鴉を送った。残念ながら、まだ返事は来ていない。


 竜語りドラゴンスピーカーの面々は、幸いなことに全員無事だった。流石に無傷とはいかなかったが、ネスが用意してくれた傷薬で事足りた。余った傷薬は全て他の負傷者へ分け与えたため、既に手元には残っていない。フェイスやマーレは、その傷薬を見て驚いていた。何やら高価な物だったらしい。それを無償で分け与える判断をした俺に、「ちょ! マサトっち正気か?」「かっかっか! 相変わらず豪気だねぇ」と言って笑っていた。一度言い出した手前、引っ込めることも出来ず、価値を聞いてしまうと後悔しそうだったのでそのまま何も聞かずに手離した。後悔は…… 少ししている。


 一つ気掛かりなのは、ワーグ達が土蛙人ゲノーモス・トードを追ってガルドラの森へ侵入した際、その地下通路で土蛙人ゲノーモス・トードに「ローズヘイムで待て」と言われたとかなんとか不思議なことを言っていたことだ。


 俺はそんな指示した覚えはないと言ったが、その土蛙人ゲノーモス・トードは確かにそう言ったと言う。何だろうか。預言者? ゲノー辺りの未来予知ができる土蛙人ゲノーモス・トードがいるとかだろうか。真相は分からない。謎だ。



「神、復ぎゅうが終わりまぎゅた」



 トードンがその大きい身体を屈めて報告に来た。



「えっ、もう終わったの? 早いな。じゃあ…… 次はどうすっか……」



 次の命令を考えていると、隣にいたレイアが、腕を組みながら口を挟んできた。



「マサト、お前がこの都市を占領するつもりがないのであれば、土蛙人ゲノーモス・トードは即刻全て巣へ帰すべきだろう」


「まぁそうだよね。王都から来た援軍と交戦になっても危険だし。でも治安とか大丈夫かな。土蛙人ゲノーモス・トードに巡回させるとかもできそうだけど…… いや、厳しいか。生理的にも心情的にも…… それをやらせるならゴブリンを召喚した方が安心か」


「たとえお前が召喚したゴブリンでも、私は難しいと思うぞ。この都市もそうだが、王都アローガンスと、その周辺国は亜人に対してかなり排他的だ。そしてゴブリンなどは亜人というより、魔物という認識の方が強い。それを快く思わない者や勘違いした者に襲撃され、別の火種になるのがオチだろう」


「難しいかぁ。仕方ない。じゃあトードン、残りの土蛙人ゲノーモス・トードを全て連れて巣に帰れ。その後の指示は追って…… いや、そうだな…… ゲノー経由でシュビラが出す。ゲノーにはシュビラを頼れと言伝も頼む。それでは行っていいぞ」


「ゲロ、ギュー!」



 命令を受けたトードンが屋敷の外へ出ていく。その後、ローズヘイムに居た土蛙人ゲノーモス・トードは全て北へと去った。


 だが、それを見計らったかのように、招かれざる客が押し寄せてきた。


 ぞろぞろと、武装した兵士達が屋敷の敷地内へと侵入してくる。



「女王陛下はどこでごさいますの!? 隠しても無駄ですのよ!?」



 厚化粧とケバケバしいドレスを着た婦人――ヒュリス・ローズが、お抱えの兵士を連れて屋敷の敷地内まで怒鳴り込んできた。


 突如、武装した兵士達が雪崩れ込んできたため、フロンの護衛として付近に待機していた近衛騎士団クイーンズガードの面々が、素早い動きで侵入してきた兵士達の動きを制した。


 一触即発の状況に、場に緊張が走る。



「な、なにしますの!? 無礼ですわよ!? ローズヘイムの領主に向かって!」



 ヒュリスが喚いたが、近衛騎士団クイーンズガードの精鋭達が婦人の剣幕に動じることはなかった。彼らは女王直轄の精鋭であるため、相手がたとえ公爵夫人だとしても、彼らの信念が揺らぐことはない。


 すると、軽んじられたと勘違いしたヒュリスが顔を真っ赤にしながら叫んだ。



「わたくしのローズヘイムがこんなにもむちゃくちゃにされて! 夫も見殺しにされて! 全ては王国が援軍を渋ったせいですわ! 王国はこの責任をどう取るおつもりですの!?」



(凄い剣幕で迫るおばさん出てきたな…… これまた見るからに厄介そうなのが……)



 ふと視線をオーリアに向ける。王国の責任ということは、オーリアが崇拝する女王の責任ということだ。これにオーリアがどう反応するのか気になった。


 意外にも、オーリアは騒ぐ夫人へ視線を向けているだけだった。


 ……いや、手の拳が強く握り締められ過ぎて色が変わってる。これは相当怒っている。



「レイアさんレイアさん、あのおばさんあのままでいいの?」


「私に聞くな。あんな者放っておけ」



 あんな者呼ばわりとは。レイアは相変わらず切れ味鋭い。


 こんな時こそヴィクトルの出番だろと思ったのだが、ヴィクトルはヴィクトルで忙しいのか、冒険者ギルドへ既に戻っている。


 この屋敷に残っているのは、負傷者、家を失って行き場の無くなった者、親を失った子供達。それに、女王様とその配下達だ。勿論、竜語りドラゴンスピーカーの面々もいる。


 そう考えている間も、婦人はヒートアップし続け、あることないこと騒ぎ立てていた。



「そう、そうですわ! 女王陛下自ら戦地へ訪れるなんて考えれば考える程おかしくはありませんこと!? も、もしや! わたくしたちからこのローズヘイムを奪うために女王陛下自らが画策し……」


「黙れッ!!」


「ひぃっ!?」



 思考があらぬ方向へ脱線し、暴走し始めたヒュリスを、オーリアが大声で叫んで黙らせた。



「それ以上は聞くに堪えません。公爵婦人とは言え、女王陛下への侮辱罪に問います。私の気が変わらないうちに引き返しなさい。私は近衛騎士団クイーンズガードの団長オーリア。フロン女王陛下に代わり、あなたへ警告します」


「ぶ、侮辱罪!? 警告!? あ、あ、あなたこそ失礼ですわよ!? ここはローズヘイムです! わたくしの領地でそんなことが許さ……」


「ここは王国の領地です。ひいては女王陛下の領地でもあります。あなたはその領地を貸し与えられたに過ぎません。もしやそんな当たり前の事すら忘れてしまわれたのですか?」


「うっ……」


「それに、ローズヘイムの領主であるティー公爵は勇敢にも戦い、戦死されてしまいました。爵位はティー公爵にありましたが…… ヒュリス様、あなたにはありません。仮にあなたが爵位を受け継ぐとしても、女王陛下のご承認が必要となります。あなたには長男が居たはず。順当に行けば、爵位はその長男に引き継がれるはずです」


「そ、そんなことは知っています! 馬鹿にしないでくださるかしら!? 息子が帰ってきたら正式に抗議させていただきますからね!!」


「では、私からも。なぜローズヘイムに存在する常駐兵がこんなにも少なかったのか。度重なる王国からの出兵命令を拒否しながらも、なぜここまで守りが手薄になっていたのか。北の要所として、ガルドラの地の防衛を任されていたにもかかわらず。王国への虚偽の報告がなかったかどうか、王国側としても審議させていただく必要があるようです。そのことを覚えておいていただきたい」



 オーリアの言葉に、ヒュリスがわなわなと震えている。そして声にならない叫びを零しながら、オーリアを強く睨み付けると、プイッとへそを曲げた子供のように顔を背け、そのまま踵を返して去っていった。


 ヒュリスの後を追って退出する兵士達の顔もどこか不安気だった。一歩間違えば、王への反逆罪にもなりかねない。それに加担している可能性を感じたのだろう。不安になって当たり前だ。


 ヒュリス達が完全に視界から消えると、オーリアが溜息とともに少し俯いたのが見えた。その瞳は愁いを帯びているようだった。



「ああいう権力者がいると、国政も大変そうだ」


「実際、大変だろうな」


「それよかあのおばさん、恨みを色んなところから買い過ぎて、暗殺とかされそうな人だったね」


「どちらかと言えば、金にモノを言わせて暗殺者を雇う側だろうな。ああいうタイプは」


「なるほどねぇ。確かにそんな感じだ。ああ、そういえば、ワーグ達が闇の手エレボスハンドって言う闇ギルドと交戦しそうになったって聞いたんだけど、レイア何か知らない?」


「……何? 初耳だ。それで…… 交戦したのか?」


「いや、交戦まではしてないってさ。と言うのも、竜語りドラゴンスピーカー闇の手エレボスハンドで不戦協定があったとか。本当に何も知らない?」


「…………」



 黙り込むレイア。無言は肯定と取るべきか。その顔はどこか落ち込んでいる。



「すまない。黙っていて。私が手を回した」


「おお! やっぱりね! そんな気がしてたんだよ。レイアじゃなければヴィクトルあたりかなぁと考えてはいたんだけどさ。でも、レイアのお陰でワーグ達が助かったよ。ありがと」


「……ぅ」



 俺に褒められると思っていなかったのか、レイアは目を丸くしながら俺を見返した。そしてその顔を真っ赤にすると、恥ずかしそうに目を逸らした。



「後で俺にも闇の手エレボスハンドの人達を紹介してよ。暗殺ギルドとか凄く興味がある!」



 俺が軽い感じでお願いすると、今度は驚いた表情でこちらへ振り向き、すぐ様睨み付けるように目を細めた。



「何を企んでいる?」


「いやいや、誤解誤解。何も企んでないって。単純に興味があるだけ。だってレイアの元同僚でしょ?」



 再び目を大きく開いて驚くレイア。最近、表情豊かになったなぁとしみじみと実感する。



「なぜ、元同僚だと?」


「ワーグ達から聞いた情報から推測しただけなんだけど、闇の手エレボスハンドってかなり有名な闇ギルドらしいじゃん? そのギルドが不戦協定を結ぶなんて、普通なら考えられないことなんだってよ。でも、レイアが元闇の手エレボスハンドのメンバーで、その闇ギルドのギルドマスターと知り合いだったって言うなら、十分可能なことなんじゃないかなぁと思って」


「…………」



 また無言になるレイア。だが、今度は言葉を失ってるという表現が近いだろうか。


 少しの間をおいて、レイアが急にククッと笑い出した。



「マサト、お前は時々…… 極稀に鋭いときがあるな。そうだ。お前の言う通りだ」


「極稀にって…… まぁいいか。じゃあ後で紹介を」


「断る」


「ええー……」


「冗談だ。だが、拠点を捨てた彼らを見つけるのは難しいな」


「そっか。まぁそのうちで良いよ」


「そうだな。機会があれば会わせよう」


「じゃ、その辺は任せた」


「ああ。だが、私と闇の手エレボスハンドの繋がりは……」


「分かってる分かってる。禁句だろ? 知らなかったことにしておくよ」


「助かる」



 俺とレイアが話していると、俯きながらオーリアが屋敷へと入っていった。女王様が寝ている書斎へ向かったのだろう。


 代わりに兵士が二人程こちらへ近付いてきた。



「……監視は付けるのね」



 俺の苦笑いを見た兵士の二人が、申し訳無さそうに頭を下げた。


 その後、屋敷の敷地内では、土蛙人ゲノーモス・トードの肉を使った炊き出しが行われた。


 近衛騎士団クイーンズガードの兵士達と、竜語りドラゴンスピーカーの面々、それにアンラッキーのメンバーが炊き出しを振舞っている。



土蛙人ゲノーモス・トードの肉を食べるって、結構主流なのね……」



 お椀によそられた肉をフォークで突き刺しながら呟くと、隣にいたベルが反応した。



「美味しいよ? マサトは蛙のお肉嫌い?」


「いや、美味しいのは認めるけどね。つい、人間と同じように二足歩行で歩くだけじゃなく、人間と同じ言葉を喋る生き物の肉を食うというのに、抵抗を感じちゃって」


「へぇー。マサトが生まれた場所ではそういう生き物を食べる人いなかったの?」


「そもそもそういう生き物がいなかったかな」


「そうなんだぁ。今度、マサトの育った場所へ行ってみたいな」


「行けるようになったら連れてってあげるよ」



(行けるようになれば、ね……)



 だが、俺の言葉を聞いたベルはというと、頬を染めて満面の笑みを浮かべながら、「うん! 約束だよ!」と言って腕を絡めてきたのだった。


 マーレが「妬けるねぇ」と煽り、セファロが歯を食いしばりながら親指を下に向けている。


 ワーグは大笑いしながら酒を呷り、パンは赤い顔をしながらチラチラとこちらを盗み見ている。あっ、飲み物零した。


 フェイスの「ピューピュー」という指笛が場を煽れば煽るほど、ベルと反対側にいるレイアから放たれる殺気が増しているようで怖かった。


 因みに、トレンはやることが山程あると言って、新たに加入させたというマーチェを連れて街を駆け巡っている。何をしているのかは不明だ。


 屋敷の中は負傷者や避難民で溢れかえっているため、外で机を並べて皆で炊き出しを食べている。


 星が見え始めた空の下、皆で食べる料理は格別に美味かった。


 不幸な目にあってる者もいるため、騒いでは不謹慎になるんじゃないのかと気が引けたのだが、むしろこういう時は、率先してでも大いに騒いで活気を分け与えるべきだと言われた。


 文化や環境の違いだろうか。そういうものだと思うことにした。


 炊き出しはとても好評で、多くの住民が屋敷を訪れることになった。


 来る人、来る人、俺にわざわざ挨拶に来ては、何度も何度もお礼を述べて帰っていった。どこぞのアイドルの握手会みたいなことになっていたが、大半の人が涙を目に浮かべながら感謝してくれたので、悪い気持ちはしなかった。しかし、何で皆が俺のことを知ってるんだろうか? 不思議だ。


 そのまま事態が好転するのかと思っていたのだが、土蛙人ゲノーモス・トードとの戦争が残した傷跡は、想像した以上に深かったことに、この後気付くことになる。



 その日の夜、レティセの容態が急変した。



 全身が痙攣し、白目を剥いて口から泡を吹き出したのだ。


 しかし、ローズヘイムにいる癒し手ヒーラーではどうにもできない状態だった。


 見守るしかない現状に、皆が肩を落とす。


 楽にしてあげようと言う声が出る中、それを拒否するかのように毅然とレティセを見つめるオーリア。


 その彼女の瞳には、涙が溢れていた。


 俺は、その涙を見たことを後悔するのだった。


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