95 - 「光の大樹」

「うおっ!? なんだ!? 銃弾!?」



 真紅の亜竜ガルドラゴンに跨り、竜語りドラゴンスピーカーの屋敷へと滑空していくと、突然、地上から銃弾のような弾丸が多数飛来した。


 そのいくつかが真紅の亜竜ガルドラゴンの身体や翼に当たり、真紅の亜竜ガルドラゴンが痛そうに身をよじる。


 その結果、体勢が崩れ落下。


 地上から湧き上がる歓声――ならぬ蛙の合唱が聞こえる。


 真紅の亜竜ガルドラゴンにとってはただの緊急回避だったが、側から見たら撃ち落とされた形に見えたのだろう。


 そういう俺も撃ち落とされたと一瞬焦ったのだから仕方ない。


 真紅の亜竜ガルドラゴンは、数メートル落下するように高度を下げたところで体勢を戻し、再び羽ばたき始めた。



「ビビった……」


「だ、大丈夫なのか!?」


「うーん、翼に当たったのが痛かったらしいけど。それだけみたい」


「そう…… なのか……さすがだな」



 しかし、対空魔法があるのは厄介だ。


 近付く程威力も上がるだろうし、当たりどころが悪いと真紅の亜竜ガルドラゴンも致命傷になり兼ねない。と、思う。いやもしかしたら大丈夫なのかもしれないけど、油断は禁物だ。


 それに、流れ弾がレイアに当たる可能性もある。



「あそこにいる蛙って…… 見た目はちょっと違うけど、地下洞窟で王様やってた奴だよね? 最後に逃げ出した…… 確か赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングって名前だったっけか」


「だろうな。背中に生える赤銅宝石サンストーンが何よりの証拠だろう。間違いないと思うぞ」


「じゃあ、あいつを仕留めれば終わりか……」



 さて、どう攻めるべきか。


 対空を潰すには土蛙王本体をどうにかしないと駄目だろう。


 口惜しいことに、真紅の亜竜ガルドラゴンは、火は吹けるが火の玉を放つことはできない。


 ……ん?


 火の玉?


 火マナを込めた分だけ威力が上がる大型魔法ソーサリー――通称、X火力と呼ばれる火力呪文 《 火の玉ファイヤーボール 》 は手元にある。


 だが、何マナでどのくらいの威力になるか分からない状況で、味方近くに撃ち込むのは流石に危険過ぎるだろう。フレンドリーファイアは御免だ。


 となると、炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイムが妥当なところか。


 前回同様、岩壁で防がれるかもしれないが、その間の時間稼ぎはできるはず。


 となれば――



「 《 炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイム 》!」



 掌を真紅の亜竜ガルドラゴンの前方――土蛙王のいる地上へと向け、呪文を唱える。


 すると、真紅の亜竜ガルドラゴンが開けた大口の先から、火の粉を撒き散らした紅い光の粒子が出現した。


 それは大口の前で螺旋を描きながら回転し、サッカーボール程の球体へと急速に膨張していく。


 ただの偶然ではあるが、側から見れば真紅の亜竜ガルドラゴンが口から火の玉を放とうとしているように見えただろう。


 地上にいた土蛙王が危険をいち早く察知し、迎撃しようと岩の弾丸を放ってきたが、先程よりも遠方を飛行する真紅の亜竜ガルドラゴンへ岩の弾が届くことはなかった。



「うへー、また撃ってきたよ。てか、ここまでは流石に届かないのか。意外に射程短いのかもな。じゃあ今度はこっちの番だ」



 狙いを土蛙王――よりも少し門側へ定め、まずは一発放った。



(狙いがズレて屋敷側に集まった味方へ着弾したら笑えないからな。ここは慎重に……)



 ――ギャォオオオ!!



 火の玉の発射と同時に、真紅の亜竜ガルドラゴンも咆哮をあげる。



(うおっ!? いきなり咆哮すんなって。ビビるから…… これ、ガルが火の玉を口から放ったみたいに見えるよな。絶対。ってかガルもノリノリ?)



 真紅の亜竜ガルドラゴンが咆哮する度に、俺の腹へ回されたレイアの腕が苦しいくらいにキツく締まる。



「レイア! このまま地上へ突っ込む! 着地したら即座に降りてレイアは屋敷の裏手を頼む! 俺はこのままあの親玉を倒す!」


「分かった! だが、油断だけはするな!」


「勿論!」



 自信満々に返答する俺に、背中でレイアが溜息をついた気がしたが、多分、気のせいだろう。


 放った炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイムの一発が地上へと着弾し、ドーンという爆発音とともに黒と赤の華を咲かせた。



「よし! 狙い通り!」



 直撃を受けた土蛙人ゲノーモス・トードは、恐らく原型をとどめていないだろう。


 その周辺、門の付近へ群がっていた土蛙人ゲノーモス・トードは、爆発の衝撃で吹き飛んだり仰向けに転がったりしていた。



「この精度なら!」



 俺は二発目、三発目も立て続けに放った。


 次の狙いは土蛙王だ。


 初弾の炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイムで動揺したのか、迎撃してくる様な動きは見られない。


 再び真紅の亜竜ガルドラゴンの口元から吐き出すように放たれた二発の火の玉は、火の尾を引きながら地上へ居る土蛙王目掛けて飛んでいった。


 その火の玉を追い掛けるように、真紅の亜竜ガルドラゴンが急降下する。


 土蛙王は迫り来る火の玉を避けるべく、自身を囲うようにドーム型の土壁を瞬時に構築して見せた。


 その土壁へ炬火の炎舞ロンド・オブ・フレイムが着弾し、再びドーン、ドーンと立て続けに爆発する。



(反撃は…… なし! よし!)



 地上十数メートルまで迫ったところで、真紅の亜竜ガルドラゴンがその雄々しい両翼を勢い良く広げ、急ブレーキをかける。



(ぐっ…… すげぇG……)



 突然の高負荷重力に、レイアが振り落とされないよう咄嗟にレイアの腕を掴む。


 だがそうすると自分の身体が支えられない。両脚で真紅の亜竜ガルドラゴンをがっちりと挟みつつ、自分の身体を支えるために、真紅の亜竜ガルドラゴンの背におでこを付けて必死に耐えた。


 間抜けな体勢だが、背に腹はかえられない。


 すると、再び真紅の亜竜ガルドラゴンの咆哮が大気を震わせた。心なしか先程よりも音が大きい。



 ――ギャァオオオン!!



「キャアッ!?」


「あっ!? ちょっ!? 動くとズレ…… お、落ちる!?」



 咆哮に驚いたレイアが体勢を崩し、それに釣られるようにマサトも真紅の亜竜ガルドラゴンの背より落ちる。



(うおおっ!? 高い!? まだ全然高いから!? 死ぬ死ぬ! 落ちたら死ぬ!!)



 地上まではまだ十数メートル。マサトであれば死なずとも済む程度の高さだったのかもしれないが、そこは現代人である。命綱なしのバンジージャンプとなれば、数メートルの高さですら死を連想しただろう。



(うがー!? まずいまずい!? あ! そうか! 飛べばっ!)



 すかさず背に意識を集中させ、炎の翼を出すイメージをする。


 そして全力で腹に力を入れた。


 直後、マサトの背から大量の炎が噴き出し、たちまち真紅の亜竜ガルドラゴンの両翼よりも大きな炎の翼を形成。その眩い限りの炎の光で、地上が赤と黄色の閃光色で染まった。


 敷地内にいた土蛙人ゲノーモス・トードだけでなく、人族全てがその輝きと神々しい光景に、息をするのも忘れて佇む。


 当の本人はというと――



(ブレェエエエーーーキィイイッ!!)



 墜落を回避するのに必死だった。


 背から出した翼を、文字通り全力で羽ばたかせるイメージで動かす。


 すると、再び身体にGがかかり、 途端に落下速度が落ちる。


 幸いレイアの腕をしっかり掴んでいたため、レイアも無事だ。


 そのまま減速しつつ、ふわりと着地。


 周囲を見渡すと、一番近くにいた兵士らしき風貌の男が後ずさりし、冒険者風の女が尻餅を着いた。


 その顔はあり得ないモノを見たかのように、左右に忙しなく泳いだ眼を見開きながらこちらを見つめていた。


 ……いや、眼だけじゃなくて全身震えてる?


 俺とレイアの横へ、真紅の亜竜ガルドラゴンが遅れて着地。ブフンッと火花を鼻から撒き散らし、胸を張りながらドヤ顔で周囲を睥睨している。


 すると、悲鳴をあげながら先程の二人が這々の体で後退した。


 後退した先には、炎に照らされて朱色に染まった顔をこちらへ向けて、唖然としている人達が……



(あ、ああ。これか。って、おわ!? すげー炎! こんな背中から炎大量に噴出した人間が空から降りてきたらそら驚くよな…… しれっと何事もなかったかのように消しておこう……)



 自身の背中を見て驚いたマサトだったが、幸いその驚きを表情に出さずに済んだ。


 そのまま努めて冷静に背中の炎を引っ込めると、横にいる真紅の亜竜ガルドラゴンへ指示を出す。



「ガルは屋敷周辺の蛙を掃除!」



 俺の命令にブフンッと一息吐くと、空中を小さな火花が舞った。


 真紅の亜竜ガルドラゴンは、畳んでいた両翼を再び広げると、その巨体を土蛙人ゲノーモス・トード達が多く立ち竦んでいた方角――屋敷の出口へと向き直し、その上体を大きく逸らしながら大きく息を吸い込んだ。



(って、何を!? あ! くそっまたか!!)



 真紅の亜竜ガルドラゴンの予備動作を事前に察知した俺は、耳に指を突っ込み衝撃に備える。


 それを見たレイアが、周囲の冒険者達へと声をあげた。



飛竜の大咆哮バインドボイスだ! 全員、耳を塞げーッ!!」



 レイアの叫びに恐怖で顔を引きつらせた冒険者達が、先ほどまでの硬直が嘘だったかのように素早い動きで耳を塞ぎ、身を縮めた。中には目を瞑るものも出た。




 ――ギャヴウォォォォォォォオオオオン!!




(ぐぐぐっ……)



 腹の底から全力で吐き出されたその大咆哮は、周辺の空気を大きく振動させた。


 地面が揺れ、屋敷が軋み、窓ガラスがパリーン、ガシャーンと次々に割れる音が微かに聞こえる。


 そして、飛竜の大咆哮バインドボイスの真正面に位置していたかまくら風の土の壁が、まるで風化したかのようにぼろぼろと崩れ、その中に頭を抱えて蹲っていた大蛙の姿を顕わにした。


 咆哮が終わると、ばたばたと事切れたように倒れる土蛙人ゲノーモス・トード達。



(……くはっ! なんて大音量だよ! 鼓膜切れなかったのが不思議なレベル! っと、これはチャンスか!)



 土蛙王を仕留めるチャンスだと判断した俺は、すかさず真紅の亜竜ガルドラゴンへ次の指示を飛ばす。



「ガル! 灼熱の火吹きフレアだ!!」



 瞬時に再び息を吸い込み、ブォォオオと灼熱の炎を吹きかける真紅の亜竜ガルドラゴン


 火が身近に迫ったことにいち早く気付いた土蛙王は、「ぎゅぇええ!」と奇声をあげて仰天しながらも、目の前に巨大な岩壁を瞬時に作り出した。


 真紅の亜竜ガルドラゴンの炎が岩の壁に阻まれる。



「ちっ、また地下に逃げられたら厄介だ。ガル! もういい! ガルは他の蛙を蹴散らせろ!」



 真紅の亜竜ガルドラゴンは炎を止め、地面を力強く蹴り、上空へ飛び上がる。そのまま広げていた両翼を羽ばたかせて空へと舞い上がった。


 その結果、真紅の亜竜ガルドラゴンが起こした風圧により、雨だけでなく地面の泥やら土が飛び跳ね、途端に視界が悪くなる。



「くっ…… 戦いづれぇ……」



 左手で飛び跳ねる泥を受けつつ、右手で心繋きずなの宝剣を取り出し、その光り輝く刀身を発現させる。


 そのまま駆け出すと、真紅の亜竜ガルドラゴンの炎を受け止めていた岩の壁が、白い煙をあげながらボロボロと崩れ落ちた。


 だが、その壁の先に居たはずの土蛙王の姿は見えない。



「マジかよ! また逃げたのか!?」



 急いで真っ黒に焦げた岩の壁だった残骸を上り、その先を見渡す。


 すると、そこには地下洞窟の時に見た大穴がぽっかりと空いていた。



「またかー! あいつ、しぶとすぎるだろ!」



 左手で頭を掻きながら考える。



(ど、どうする? 敵将は討ち損ねた。でもこれって敵前逃亡だろ? 王が逃げたなら手下の蛙も撤退してくれないかな? 無理かな?)



 次の一手をどうしようか悩んでいると、ゆっくりと動く何かが視界に入った。


 それは恐る恐る顔をあげようとしている。


 そして目が合った。


 そいつは巨大な蛙だった。



(こいつ…… 見るからにリーダークラスだよな? なら代わりに……)



 自然と笑みがこぼれる。


 すると、その大きな蛙が、全身を震わせながら後退りした。


 大きな瞳が忙しなく動いており、蛙であってもその顔に恐怖が浮かんでいることは一目瞭然だった。



(街の中まで入り込んだ何万もの蛙を殲滅するには人手が足りなすぎる。かといって、ここから追い出してもまた二次災害が起きそうだし…… 王は逃しちゃったけど、代わりに手下を指揮できそうな奴が目の前にいる。となれば、やっぱりあれしかないか)



 何かを決断したマサトは、その場から飛び上がると同時に、その背から再び炎の大翼を生やした。


 そして目の前にいる大蛙と、敷地の外にいるまだ意識のある土蛙人ゲノーモス・トードが見える位置まで上昇。


 徐に左手を天に掲げ、周囲に言い聞かせるように大声で叫び始めた。



「聞け! 土蛙人ゲノーモス・トードよ! お前達が崇拝する愚かな王――赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングは俺に恐れをなして逃げた! あろうことか部下であるお前達を見捨て、我が身可愛さに逃げ出したのだ!」



 真紅の亜竜ガルドラゴンの咆哮とはまた違った振動が、空気を伝って周囲へと伝わる。


 その声に、突如現れたドラゴンの襲来に慌てふためいていた土蛙人ゲノーモス・トード達が気付き、視線をあげた。


 真紅の亜竜ガルドラゴン土蛙人ゲノーモス・トードへの攻撃を止め、今はマサトの上空を旋回している。



「お前達は負けたのだ! 俺に! お前達の新たな王であるこの俺に!!」



 そう言い放つと同時に、マサトの背から生えていた炎の大翼がヴォヴォッと扇状に広がり、地上にいる者の顔を朱色に染めた。


 周辺で起きていた大混乱――土蛙人ゲノーモス・トード達の阿鼻叫喚は徐々に静まり、多くの者が空に浮かんだ “人の形をした何か” に釘付けになっていた。



(よし、掴みは上々…… これで仕上げだ!)



「これを見よ! これがお前達の新たな王である証だ! 《 灼熱の火鞭シアリング・ラッシュ 》 !!」



 マサトの左手に紅い光の粒子が集まり始め――その粒子はいくつもの線を型取り、まるで新芽がその茎を伸ばすかのように、数多の光の茎が上空へと向かって伸びていく。


 光の茎は更に数多の枝を生やす。


 その枝は蛇のようにうねうねと蠢めき、その先に無数の光の葉を付けた。


 光の葉の多くはすぐさま枝を離れ、火花のように雨が降り注ぐ上空をパチパチと舞い踊るように散っては、新たな光の葉を次々に生やしていく。



(まだ! まだまだ! これじゃあ小さい…… もっと! もっと大きく!)



 魔力マナを過剰に注ぎ込むように左手に意識を集中する。


 すると、光の幹がマサトの意思に応えるかのように上空へとその幹を伸ばし始める。


 そしてあっと言う間に炎の大樹となったそれは、今度は地上を囲うように、その周囲へと無数の枝を生やし始めた。


 それは瞬く間に街の上空を埋め尽くすほどに広がる。


 マサトの左手から上空一面に広がる光の樹冠。


 その光り輝く枝からは、パチパチと明滅する火花が、地上にいる土蛙人ゲノーモス・トードだけでなく、冒険者、負傷する兵士、逃げ惑う市民達へと等しく降り注いでいた。


 そして地上からは、土蛙人ゲノーモス・トードの亡骸から、紅色の粒子が光の帯を引きながらゆらゆらと舞い上がる。


 その紅色の粒子は、大樹へ吸い込まれるように四方から集まり始め、光り輝く大樹を更に覆うように上空を流れた。


 それは雨雲の下に、無数の星が流れているような光景だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る