91 - 「空を駆ける」
「うーん…… やっぱりまだちょっと臭うな……」
地上へ戻ってきたマサトは、朝日を浴びながら、
故に、彼らには引き続き地下で生活してもらっている。ただ一人を除いて。
「マサけろ、凄いけろ! だんだん明るくなってきたけろ! まだ明るくなるけろか!?」
マサトの隣では、薄い桜色の肌をした睫毛の長い
因みにケロりんと名付けたのは俺だ。仲間に瀕死の傷を負わされたトワレは、死ぬ間際まで
「そっか。ケロりん地上に出たことなかったんだよな」
「そけろ。ずっと自分の部屋に居たけろ」
その言葉を聞いてとても切なくなったが、
「里から出なければ安全だけど、一人でどっか行くときは必ず誰かに行き先を言うようにね」
「わかったけろよぉ。何度も言わなくても大丈夫けろ。あっ! あっ! あれは高級食材の蝶々けろ!? 生で見たの初めてけろ! た、食べていいけろか!?」
「いいよ〜」
「やったけろぉー! 蝶々待つけろよー!」
ケロりんがはしゃぐ度に、フローラルな香りが風に運ばれて流れてくる。それだけでここ一帯の空気が澄んだような気持ちになった。
「やっぱケロりん連れてきて正解だったわ」
「何か言ったけろ?」
「いや何も」
暫くケロりんと集落を散歩した後、すぐさまネスに呼び出された。集会所には既にシュビラやレイア、ベルも同席している。
「マサト、この緊急時にどこに行っていた?」
「いや…… ケロりんに里の案内を……」
「そんなことは他の者に任せればいいだろう!」
「えー……」
開口一番、レイアに小言を言われる。
(レッドポーションの最後の残りをケロりんに使ったことをまだ怒ってるのだろうか…… それとも月の障り?)
「小娘は生理ではないぞ、旦那さま」
「ぐわぁー!? 思考読むの反対! そのチート何!? やめて!? お願いだから! そしてそれ声に出さなくてもいいよね!? 念話でいいよね!?」
「くふふ」
シュビラが小さい手を口に当ててクスクスと笑う。悪戯が成功して喜ぶ子供のようだ。
一方で、レイアは相変わらず顰めっ面している。あっ、溜息を吐いた……
「マサト、お前が追い出した
その言葉を聞いて嫌な汗が出る。
(あ…… これやばい奴だ…… 完全に忘れてた……)
「どこへ、向かったんでしょうか……?」
「はぁ、ロサだ。と言っても、私らが里へ引き返している最中に落とされたようだ。今はローズヘイムへと進んでいるらしい」
「マジか……」
「えっ!?」
ベルが絶句している。
やっちまった……
調子に乗ったツケがきた……
でももし何万という
俺たちで何とかできた?
いや、夜襲もある。
あの数なら里一帯の地下を掘り進めて里自体を沈めることもできたはず。
それをやられたら俺でも召喚でも手が出せない。
じゃあ攻め込むこと自体は間違いじゃなかった?
どうすれば正解だった?
「旦那さま、たらればを考えるよりも先に、これからどうするかを考えるべきではないかの?」
「そ、そうだね。ベル、すまない……」
「謝らないで。マサトのせいじゃないよ。わたしなら大丈夫だから」
ベルが気丈にも笑ってそう言ってくれたが、顔は少し青い。ロサの村には、ベルと親しかった住人もいたはずだ。なぜこうなることを事前に予測できなかったのか、自分の短慮さに腹立たしくなる。
すると、それまで様子を窺っていたネスがこほんと咳払いをしてから話し始めた。
「ロサの村のことは残念ですが…… マサト君が
「うーん、そうは言ってもねぇ……」
「全てを完璧にこなそうなど自惚れぬことです。それと、事は急を要します」
「うっ…… そすね…… 自惚れっちゃ自惚れか…… で、急なこととは?」
「ローズヘイムのことです。客観的に見ても
それは薄々感じていた。というよりも、この世界において人間――人族は基本的に弱い。すんごく弱い。唯一、その繁殖力と道具を作り出す知能で生活圏を広げているらしいが、1人1人の身体能力は
「
(俺ならやれる、よな? 数万の
俺の言葉に、他の3人が頷いた。
じゃあこの後の作戦を話し合おうと言おうとした瞬間、頭に直接思考が流れてきた。配下のゴブリンからの念だ。シュビラも同様に感じたようで、こちらを見ている。
「やばい、既にローズヘイムが
「既にそこまで侵攻していましたか…… そうなってはここにいる戦力をローズヘイムへ向かわせても間に合いませんね…… ですが、空からならまだ間に合うかもしれません」
「空からか」
レイアを見ると、意図が伝わったのか、喜びを噛み締めたような顔で頷いた。きっと頼られるのが嬉しいのだろう。段々とレイアが何を望んでいるのかが分かるようになってきたみたいだ。
シュビラも居れば心強いが……
「われはお留守番じゃな。一人では何もできぬ。旦那さまの足手まといにはなりたくないからの。それに、ゴブリンへの指示だけならわざわざ出向かずともここでできるのだ」
「そうか、分かった」
やけに素直で物分りがいいことに少し違和感を覚えたが、シュビラの言うことももっともだと思ったのでここで留守番してもらおう。街中でゴブリンを大量召喚してその指揮をシュビラに任せようとも思ったけど、それだけなら里に居ても可能なのか…… って、凄いチートだよな? それ。
後はベルか……
「わたしは…… 行きたい!」
言うと思った。
ロサの村のこともあるし、仲間のことも心配なんだと思うが、連れて行って大丈夫か少し不安だ。というより、
「ベルはあまり危険な場所には連れて行きたくないけど……
「それなら大丈夫! マサトがいない間、
「……えっ? レネ?」
どうやら、ネネに預けていたレッサードラゴンの卵が羽化し、みるみるうちに成長して空を飛べるまでになっていたらしい。そしていつの間にかその背に乗って飛行訓練していたと…… ドラゴンの成長恐るべし。いやいや、それ以前にそんな幼竜に乗ってテスト飛行だなんて、なんて危ないことをしてるんだこの子は!?
「わ、分かった。じゃあベルは
「うん!」
「俺とレイアは
「ああ!」
「分かりました。念のため、私が調合した傷薬や万能薬をいくつか持っていってください。今用意しますので」
その後、俺はベルに火の加護を
ただ、こいつのパラメータは 1/1 (攻撃力1、防御力1)なので、少し心配だ。流れ矢とかに当たって死ななければいいが……
俺の心配を察したのか、
準備が整い、里の皆が集まった広場から飛び立つ。
里に連れてきたプーアとウィークがスネークに乗りながらこちらに手を振っている。その隣にはラミアのミアが。彼女も今回ばかりはお留守番だ。さすがに人族の前に見せる訳にはいかない。ネネも元気いっぱいに飛び跳ねながら手を振っている。ガル、ポチ、ゴリは見上げているだけだ。ネスと目が合うと、お互いに頷きあった。
「よし! いっちょローズヘイムを救いに行きますか!」
「そうやってすぐ調子にのる。お前の悪い癖だ」
相変わらず、レイアは手厳しい。だが、不謹慎ながらも何故かワクワクしてしまうのだ。超越した力を手に入れ、その力で人々を救う勇者のような真似事ができる。恐怖心はいつの間にか薄れ、身体に心地よい高揚感が流れていた。
「雨雲が凄いな…… あ、てかもう雨降ってきた。火の加護には不利だよなぁこれ」
「元々、
「それもそうだけど。雷も鳴り始めたら、俺らも危険じゃない?」
「雷か…… 確かに厄介だな。その時は地上へ降りるしかなくなるか」
状況が刻一刻と悪くなっていく。だが、不思議と危機感はない。むしろ全能感が心地よいくらいだ。これも
「おい、マサト! 聞いているのか!?」
「え? ああ、ごめん、聞いてなかった。何?」
飛行中とはいえ、風の魔法で風圧を防いでいるため、背中にぴったりとくっついた状態で騎乗しているレイアの声が聞こえない訳はない。雨も凌げて便利だ。なのでレイアの言葉は普通に聞いてなかっただけなので、素直に謝った。すると、腹に回されていた腕が一瞬強く引き締められる。
「うぐっ……」
「この後、どうするのか何か作戦はあるのか?」
「取り敢えず、
「分かった。私はどうする?」
「
「分かった。だが、必要と判断すれば私も地上で戦う」
「それでいいよ。判断はレイアに任せる。むしろ頼んだ」
「ああ、任された」
もうすぐでローズヘイム上空だ。
雨脚が酷くなり、今にも雷雨へと変わりそうな気配があった。
空から見下ろしたローズヘイムの城壁周辺には、アリほどの大きさの点々が大量にあり、その多くが城壁を登っていくのが見える。
城壁や街の至るところから黒々とした煙が上がり、ローズヘイム側の被害も大きいことが分かった。
そして極めつけは、市街中央に空いた大穴である。
「なんだ、あれ…… まさか…… あんな巨大な穴を掘ったのか?」
「そのようだな…… 」
ローズヘイム中央に空いた大穴からは、大量の
真紅の
北の城門は、城壁の上も下も
街の至る所に
「ほぼ壊滅状態じゃないか…… あと数時間ももたないだろこれ……」
「ああ、間に合ったと言っていいのか微妙なところだな」
「全てを助けるのは無理だとしても、やれる限りのことはしよう」
「そうだな」
俺は追尾していたベルへ予め決めておいた合図を送ると、
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