82 - 「街へと引き返す者2」

 土蛙人ゲノーモス・トードの言葉に反応する一同。皆が「王」という言葉に引っかかりを覚えたが、己の疑問を解消するために無闇に質問を投げる者はいなかった。事前の打ち合わせ通り、ワーグが代表して質問を投げかける。



「儂等は、そのマサトがクランリーダーである竜語りドラゴンスピーカーのメンバーじゃが…… 何かお主の言葉を信じる証拠はあるか?」



 こういう事態になったときの対処は事前に打ち合わせしてあり、交渉事は竜語りドラゴンスピーカーの管理を任され、かつ熊の狩人ベアハンターのリーダーでもあるワーグが担当することとなっていた。この辺の手際の良さは、さすがBランククランだとソフィーも評価している。



「証拠は持っていないぎゅ。でも、伝言を預かってるぎゅ。この四人を連れて早くローズヘイムへ引き返せと言っていたぎゅ」


「引き返せ? それはどういう……」



 不穏な空気に、竜語りドラゴンスピーカーの面々が武器を握り直す。



「マサト王は我ら土蛙人ゲノーモス・トードの王を負かし、新たな王になったぎゅ。だけど、その現場を目撃した者は全員じゃないぎゅ。その場にいた1万くらいはマサト王の配下に下ったけど、その場にいなかった残りの仲間は、赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングに従ったまま、ローズヘイムへ向かったぎゅ」



 その新たな事実に最も驚いたのは、竜語りドラゴンスピーカーでもグレイフォックスでもなく、冒険者ギルドのサブマスターであるソフィーだった。



「どういう事なの!? 彼が土蛙人ゲノーモス・トードの新たな王!? ローズヘイムに土蛙人ゲノーモス・トードが侵略!? もっと詳しく教えなさい!」


「ソ、ソフィー姉さん! お、落ち着いて!」



 腰にしがみついているライトを引きずるように前進するソフィー。だが、そのソフィーをマーレが止めた。ソフィーの顔の前には、マーレが愛用する長剣が出され、その進路を遮っている。



「あんたの出番はまだだよ。ここはあたしらに任せな」


「あらあら、あなた誰の顔の前に剣を向けているのか分かっているのかしら」


「さぁ、誰だったかね。冒険者のルールも知らないギルド職員なんて聞いたことないさね。ましてやそれが冒険者ギルドのサブマスターなんてことは……」


「ぐっ……」



 ソフィーは自身の行動の不味さに気付き、苦虫を噛み潰した表情になる。その表情に、マーレはやれやれと軽く溜息をついた。新人ならまだしも、冒険者ギルドのサブマスターともあろう人物が、冒険者のセオリーを無視して暴走しようとしたのだ。呆れたのはマーレだけではなかった。パンはマーレの行動に一人ハラハラしていたが。



「サブマスター、落ち着いてくださいにゃ」


「そうです、落ち着いてください!」


「分かったわよ! 私が悪かったわよ!」



 ロアとライトにダメ押しされ、しぶしぶと引き下がるソフィー。


 マーレのアイコンタクトを受け、ワーグは再び質問を続けた。



「いくつか質問させてほしいんじゃが、マサトはなぜ土蛙人ゲノーモス・トードの王なんかに?」


「知らないぎゅ。突然現れたマサト王は、古き王、赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングを倒し、そのまま我らの王に君臨されたぎゅ。私はマサト王の命令に従っただけだぎゅ」


「うむ…… その命令なんじゃが、後ろの四人を渡して引き返せと言っていただけか?」


「そうだぎゅ。一人は猛毒にかかって死にそうだったところを、マサト王の紅い秘薬で命を繋いだと聞いたぎゅ。解毒は済んであるぎゅ。今は安静にさせるために眠らせてあるだけだぎゅ。起きたら本人達から詳しく聞けばいいぎゅ」



 その説明を聞き、ワーグがスフォーチへと顔を向ける。スフォーチはバラック達が生きていることに感激し、瞳に涙を浮かべていた。



「うーむ。ローズヘイムへ向かった土蛙人ゲノーモス・トードはどのくらいか分かると嬉しいんじゃが」


「恐らく、5万以上はいると思うぎゅ」



 その数に、全員の目が大きく見開かれた。



「5万じゃと!?」


「だから、マサト王は早く引き返せと言ったんだぎゅ。ああ、忘れるとこだったぎゅ。マサト王が、自分が到着するまで持ち堪えてほしいと言ってたぎゅ」


「う、うむ。それであれば納得できるが……」



 アンラッキーのメンバーを救助するという目的は達成した。マサトの事は気になるが、マサトがマジックイーターであることは竜語りドラゴンスピーカーでは周知の事実である。そのマサトであれば、土蛙人ゲノーモス・トードの王になり、土蛙人ゲノーモス・トードを新たに従えたとしても不思議ではない。



「何を迷っているの!? 阿呆な餓鬼を助ける目的は既に達成したでしょ!? 早くローズヘイムへ引き返しましょ!」


「ソ、ソフィー姉さん!」


「ロアもそう思うにゃよ。ローズヘイムが危険なら早く伝えに戻るにゃ」



 ソフィーとロアが引き返すことに賛成する。ライトはオロオロしている。



「おれっちももう引き返していいと思う。スフォーチの仲間は無事に回収できたし、さっきのがマサトっちの言葉であるなら、特に違和感は覚えなかったかな。きっとまたおれっち達が度肝を抜かれるようなことしてるんだろうよ」


「かっかっか! そうさね。リーダーならやりかねないさね。土蛙人ゲノーモス・トードの嫁候補を連れてきたとしても不思議じゃないよ」


「いや、姐さんそれはおかしいでしょ。さすがに……」


「あん? フェイス、あんた最近言うようになったんじゃないのさ?」


「マーレさんもフェイスさんも話を脱線させないでください! ワーグさん、わたしも引き返すことは賛成です。マサトさんは留守の間、屋敷をよろしくと言っていました。だから、わたしたちがあの屋敷を守らないと!」


「パンちゃんは、ローズヘイムの危機より、マサトっちとの屋敷優先なのか……」


「え? あ、ち、違います! そういう意味で言ったんじゃないです! フェイスさん! こんなときにからかわないでください!」



 マーレ、フェイス、パンも引き返すことに賛成。ワーグはこの時点で既に方針を決めていたが、念のため三葉虫トリロバイトとグレイフォックスにも意見を言わせることにした。



「早く帰って虫の養殖場作りの続きがやりたい」


「己の欲望に忠実過ぎるのも問題でござるな…… 敵がローズヘイムに迫っているのなら、引き返すのが良策」


「ワーグさん、私達も帰還に異論はないです」



 三葉虫トリロバイトも異論なし。だが、意外にもグレイフォックスが異を唱えた。



「そ、その土蛙人ゲノーモス・トードの言葉をそのまま信じるんですか? これ以上先に進まれるのが嫌で嘘をついてるだけじゃ…… ぼ、僕は反対です」


「お、おいらも……」


「あたしも…… 土蛙人ゲノーモス・トードがマサトさんの名を利用してるだけかも知れないし…… マサトさんに直接会わないことには……」



 その意見に、ワーグも一理あると頷く。だが、ワーグよりも早くソフィーが反論した。



「任務の目的は何だったかしら? その足りない頭で、よーく思い出しなさい? 今回の任務の目的は「馬鹿の救助」よ。その馬鹿にマサトは含まれてないわ。これ以上の深入りは危険よ。引き返しましょう」


「そ、そうですけど……」



 ソフィーの威圧プレッシャーに、デクストが顔を引きつらせる。


 そこに痺れを切らした土蛙人ゲノーモス・トードがまた口を開いた。



「人族は同胞の危機を見過ごす薄情者だったのかぎゅ? マサト王はここから更に数日進んだ王の間にいるぎゅ。マサト王に会ってたらローズヘイムは先に消えてなくなるぎゅ。それでもいいなら付いてくるぎゅ。止めはしないぎゅ」



 そう言い残すと、土蛙人ゲノーモス・トードはまたペタペタと足音を立てながら、いった道を引き返して行った。



「ちょ、ちょっと待って!」


「いい加減にしなさい」



 土蛙人ゲノーモス・トードの後を追おうとしたデクストを、ソフィーが手をかざして止める。その瞳に光はなく、冒険者ギルドのサブマスターであり、尚且つAランカーでもあるソフィー本来の圧がそこには存在していた。



「ワーグ、早く決断して頂戴。私は冒険者ギルドのサブマスターとして務めを果たさないといけないの。分かるわよね?」


「うむ、すまんかった。皆、引き返すぞ! 儂が荷車を引く。グレイフォックスとスフォーチは荷車を後ろから押してくれ。後は行きと同じ陣形で進む」



 ワーグの決断に、グレイフォックスのメンバーも結局しぶしぶ従う。


 スフォーチはすかさず荷車に走り寄ると、仲間の無事を真っ先に確認した。



「よ、よかった…… 皆生きてる…… 皆、無事だ…… よかった…… ううっ……」



 目から零れ落ちる涙を袖で拭きながら、仲間の無事を喜ぶ。


 フェイスはそんなスフォーチの肩を軽く叩き、労いの言葉をかけた。



「お疲れさん。仲間の命を救ったのは、どうやらマサトっちみたいだが…… スフォっちがおれっち達を動かしたのは事実だ。それは誇っていいと思うぜ?」


「ばぃっ!」



 鼻水と涙で変な返事を返したスフォーチを、笑う者はこの中にはいない。


 パンとセファロが貰い泣きし、パンはマーレに、セファロはラックスとジディに、それぞれ背中をポンポンと優しく叩かれている。


 スフォーチの言動に苛々させられていたソフィーとロアですら、仲間との再会に男泣きしているスフォーチを見て自然と笑みを浮かべていた。


 ワーグが荷車を引き、一行はいく道を引き返して行く。


 道中、フェイスが「なぜマサトっちは、おれっち達がここに来ることを知ってたんだ?」と疑問を投げかけたが、その問いに答えられる者は誰もいなかった。




 一行の足音が洞窟から消え、洞窟内が再び暗闇と静寂に包まれる。


 そこには先ほどの土蛙人ゲノーモス・トードが、一人暗闇に包まれた道を進んでいた。


 すると、突如薄っすらと灯りが灯り、その通路を照らす。壁には無数の幾何学模様が、光に反射し、時折白く輝いて見えた。



「くっくっくっ…… 下手な芝居でも意外と気付かれないものですね。私の変装が上手いのか、はたまた弟子の出来が悪いのか。まぁ恐らく後者でしょう。全く、こんなことでは一生私を見つけることは出来ませんよ、ソフィー」



 独り言を呟く土蛙人ゲノーモス・トード


 水晶に映る姿は、醜い土蛙人ゲノーモス・トードではなく、黄金色に輝く長髪に、色白で美麗な顔立ちをしていた。



「これで舞台は整いました。後はマサト君次第です。願わくば、被害が大きくなる選択をしてほしいものですね」

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