81 - 「街へと引き返す者1」

 竜語りドラゴンスピーカー7名、グレイフォックス3名、そして、ギルド職員の3名とスフォーチを加えた計14名は、拉致されたアンラッキーのメンバーを連れ戻すべく、土蛙人ゲノーモス・トードの痕跡を追っていた。今は地下洞窟をハイペースで進んでいる。


 だが、一向に土蛙人ゲノーモス・トードと遭遇しない現状に、スフォーチの不安は増していくばかりだった。



「ロ、ロアさん、本当にこの道で合ってるんですよね?」



 数分おきに同じ質問を繰り返すスフォーチに、ロアはその薄茶色の尻尾を、羽虫を払うようにパタパタと左右に振りながら答えた。



「さっきからうるさいですにゃあ。信用できにゃいなら、勝手に好きな道を進めばいいにゃよ」


「で、でも、土蛙人ゲノーモス・トードはさっきから一匹も……」



 尚もしつこく食い下がるスフォーチに、ロアの耳が逆立つ。



「あのにゃ〜」



 剣呑な雰囲気を出し始めたロアに、スフォーチがしまったという顔で焦った。そんな二人のやり取りを見かねたフェイスが、スフォーチの肩を優しく叩きながら会話に割って入る。



「まぁまぁ、そんな焦んなって。不安なのは分かるが、その不安を仲間にぶつけても足の引っ張り合いになるだけだ。それに、俺もこの進路で間違いないと思うぜ? さっきから土蛙人ゲノーモス・トードの悪臭が強くなってきてるからな」


「そ、そうですか…… すみません」



 フェイスに諭されたスフォーチが申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べる。それで話が落ち着くかと思えば、ここには意地の悪い性格が約一名存在していた。



「はぁ〜。なんで私達が、こんな礼儀知らずな餓鬼のお守りをしなくちゃいけないのよ。ローズヘイムの法を犯して勝手に自滅するならまだしも、無関係な私達の命まで危険に晒して、それで何? 命を危険に晒してまで手伝いに来てる私達を信用できない? 本当可笑しい。笑っちゃうわね。そうだ! いいこと思いついたわ。ライト、もう見つからなかったことにして私達だけで引き返しましょう」



 ソフィーのその言葉に、スフォーチが顔を青くする。その他のメンバーもまた、ソフィーの発言に目を丸くしていた。始めは冗談のように思えたのだが、ソフィー自身、話しながら怒りが込み上げてきたのか、後半は本気の声色になっていたからだ。


 すかさずソフィーの隣にいたライトが宥めにかかる。



「ま、待ってくださいソフィー姉さん。 今引き返したら、この人達に迷惑がかかりますよ。それに、ヴィクトルさんがなんて言うか……」


「元々、私達に迷惑をかけてる側に迷惑をかけたところで文句は言わせないわよ。お互い様ってこと。それに、ヴィクトルには勝手に言わせておけばいいの。重要なのは、私達が命を張る理由がそこにあるかどうかよ」


「で、ですけど……」



 ライトは、ヴィクトルが寄越したギルド職員の一人で、ソフィーの秘書兼弟子という立ち位置らしく、ソフィーに常にくっ付いて歩いている。


 絹のようにしなやかで、光沢のある美しい金髪を短く切り揃えており、睫毛が長く、瞳は大きい。露出の多いソフィーとは対照的に、肌の露出が少なく、全体的に少年のような格好だ。女の子にも男の子にも見える。


 ライトが困っていると、熊の狩人ベアハンターのリーダーである、髭もじゃのワーグが助け舟を出した。



「儂は、ギルドマスターがうちのクランのリーダーと何かしら契約があって、お主たちを寄越したのだと思っていたんじゃが……」


竜語りドラゴンスピーカーのマサトね…… はぁ…… そうだったわ…… あの子が噛んでるのよね……」



 マサトの名を口に出したソフィーは、何かを思い出したのか、酷く疲れた顔をしながら、軽く目を瞑りやれやれと頭を振った。


 その変化に、ライトが怪訝な顔をする。



「ソフィー姉さん、竜語りドラゴンスピーカーのリーダーと…… その、また・・何かあったんですか?」



 ライトの疑いの目に、ソフィーがジト目で返す。



「なぁ〜に? あなた、師匠である私を疑ってるの?」


「前科がありますから」



 きっぱりと答えるライトに、たじろぐソフィー。



「どうせソフィー姉さんのことだから、言えないような内容なのは理解してます。追及はしないので安心してください」


「うっ…… ライト、あなた絶対に何か勘違いをしているわ」


「じゃあ教えてください」


「言、言えないのよ! もう! 分かったから!さっさと探して帰るわよ!」


「……やっぱり」



 ライトにジト目で返され、ソフィーはその追及から逃れるように歩みを早めた。


 そのやり取りを、複雑な気持ちを抱きながら見守っていたのは他の女性陣だ。



「なんだい、うちのリーダーはギルドのサブマスターにまで手を出してたのかい? 大したもんだねぇ」


「ちょっとマーレさん! なんてこと言うんですか! ま、まだそうと決まった訳じゃ……」



 マサトを甲斐性のある男だと勝手に評価しているマーレに、その可能性を必死に否定しようとしているパン。


 そしてやっかむセファロ。



「あんなエロい身体の美人に手を出すなんて! なんて羨ましいんだ! 爆発してしまえっ! そしてもげろっ! もげてしまえっ!」


「本音が漏れてるでござるよ」


「セファロ、最低ね」



 呆れるラックスとジディ。



「なっ!? なんでオレが責められる!? 責められるべきは実際に羨まけしからんことしたマサトの方だよね!?」


「マサト殿に掛けられてるのは疑いというだけで、それが本当なら責められても仕方ないと思うでござるが……」


「いやいやいや! あれは限りなく黒でしょ! だってほら、あちゃー、あの日飲み過ぎてやっちゃった晩の事かーみたいな顔してたよ!? ねっ!? ちゃんと見てた!?」


「想像力豊かでござるな……」


「はぁ…… その想像力で自分を客観的に見れたらいいんだけど…… セファロじゃ無理かなぁ」


「はぁ、残念でござる」


「なんで二人して溜息ついてらっしゃる!? な、何か溜息つかれるような要素あった!?」


「はぁ……」


「はぁ……」


「お、おーい」



 張り詰めていた緊張の糸が一気に緩む。


 だが、それも一瞬だった。



「静かに! 何か来るにゃ!」



 先頭を歩いていたロアの言葉により、再び全員に緊張が走る。


 魔法により数メートル先まで照らされた地下通路。その光の届かない更に先から、ペタ、ペタと何かが歩いてくる音が聞こえ――、止まった。



「ライト、光を更に奥まで伸ばせるかしら」


「はい、いけます」


「お願い」



 ライトが手に持っていた杖を先へと差し向け、魔力マナを込める。三日月の形状をしたヘッドが淡い光を放ち、次の瞬間、先ほどまで闇に包まれていた通路から、闇が後退していく様子が見えた。



土蛙人ゲノーモス・トード!?」



 闇から取り残されるように現れたのは、一人の土蛙人ゲノーモス・トードだった。


 そしてその土蛙人ゲノーモス・トードの背後には、荷車の上で眠る四人の人間の姿が。



「み、皆!? く、くそっ! よくもバラック達をッ!!」



 我を忘れ、土蛙人ゲノーモス・トードへと飛び出そうとするスフォーチを、咄嗟にフェイスが掴んで止めさせる。



「待て! 無闇に飛び出すな!」


「で、でも! あいつらが!」


「分かってる! だが、ここで出方を間違えれば本当に取り返しのつかない事になるぞ!」


「は、はい」



 ここまで嫌な顔せず、優しくフォローしてくれたフェイスの突然の気迫に、スフォーチが我を取り戻す。



「すみません…… おれ、皆の姿を見たら……」


「分かってる分かってる。だが、今はおれっち達に任せておきな」


「……はい、お願いします」



 後ろに引きつつも、自分の無力さに悔しさを噛み締めるスフォーチ。


 すると、土蛙人ゲノーモス・トードが何やら話し始めた。



「攻撃しないでほしいぎゅ。私はマサト王の使いで来たんだぎゅ」



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