79 - 「救う代償」

 金色竜晶の輝きのみで照らされていた洞窟内は、今は灼熱の火鞭シアリング・ラッシュによって眩いくらいに照らされている。空中を蠢く炎の熱線と、密集した土蛙人ゲノーモス・トード達により、洞窟内の温度は急上昇し、蒸し風呂のようになりつつあった。



「あなた様がここに降臨なさることは、既に予言で知っておりまぎゅた。そのせいで、土蛙王には爪弾きにされておりまぎゅたが、我の占術 |白夢読み《デイドリーム 》が正しいことが、今、証明されまぎゅた。ここにいる者達も、我の言葉に従い、あなた様の命令を聞くでぎゅう」



 仲間から長老と呼ばれる、この種族最古の土蛙人ゲノーモス・トードは、名をゲノーという。


 白夢読みデイドリームと呼ばれる占術に長け、土蛙人ゲノーモス・トードの行く末を長年示してきた。


 だが、占術という不確かなものを嫌った赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングにより、地位を剥奪される。それでも求心力は失っておらず、赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングの支配の裏で信者を増やし、来るべき時に備えてきたというのだ。


 そして、実現する予言。


 この時をもって、ゲノーの地位は、赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングを上回った。現に、マサトにより土蛙王が一人で逃げ出したことは、ここにいる者全ての周知の事実であった。


 魔眼でゲノーの真意を聞き出し、そこに嘘偽りがないことを確認したマサト達は、ゲノーに土蛙人ゲノーモス・トード達を任せることに決める。


「ゴブリンの道案内」「ゴブリン召喚の大魔法陣」を召喚し、ゲノーとの橋渡し役兼、監視役兼、ゴブリン達の新しい拠点とするべく仕込みをしておく。



「取り敢えず、先導役にゴブリン達を召喚して置いてくから、何かあればゴブリンに従うように」


「ゲロ、ギュー!」



 ――ゲロ、ギュー!!



 ゲノーの言葉に続き、何千と集まった土蛙人ゲノーモス・トード達が一斉に声を合わせて敬礼する。まるで軍隊のようなその様子に、マサトが一瞬怯むも、何とか表情に出さずに踏み止まることができた。



(お、おお…… す、凄い迫力だ…… やっぱり数の暴力は怖いな…… )



 因みに 灼熱の火鞭シアリング・ラッシュは、既に消してある。



(後は、やっぱりこれだな……)



『過去に討伐したモンスターを1枚カード化できます』



(紋章Lv上がった恩恵か。えーっと、リストは、と……)



 ガルドラの岩陸亀

 ガルドラのジャガー

 ガルドラの剣牙獣

 ガルドラの火傷蜂ヤケドバチ

 ガルドラの鋼鉄虫スチールバグ

 ガルドラの岩熊ロックベア



(なんだか大したのいないな…… やっぱりこの中だと岩熊ロックベアが一番強いかな? 木蛇ツリーボアがいないのは、倒したときにカード化したからだろうか。あ、そういえばワイバーンも無くなってる。じゃあそういうことか)



 岩熊ロックベアを選択。



[UC] ガルドラの岩熊ロックベア 1/6 (緑)(3)

(赤)(1):火傷蜂ヤケドバチサーチ



 レアリティ、UC(アンコモン)の中型カード。(緑)マナ1と、無色マナ3の計4マナで、1/6(攻撃力1、防御力6)と、大したことのないカードだが、特殊な能力「(赤)(1):火傷蜂ヤケドバチサーチ」を持っていた。



(サーチって、そもそも山札が存在しないけど…… カード無くても召喚できるとか? いや、さすがにないか。それじゃあ強すぎる。良くて周囲にいる火傷蜂ヤケドバチを呼び寄せるくらいかな。後で召喚することがあれば使ってみよう)



 念のためステータスを確認する。



<ステータス>

 紋章Lv13

 ライフ 42/42

 *猛毒カウンター1

 攻撃力 99

 防御力 4

 マナ : (虹×8)(赤×668)(緑x100)

 装備 : 心繋きずなの宝剣 +99/+0

 召喚マナ限界突破7

 マナ喰らいの紋章「心臓」の加護

 自身の初期ライフ2倍、+1/+1の修整



(身体が七色に光ったから、なんとなく予想付いたけど、(虹)マナが6増えてるっぽいな。他に上がってるところはないから、(虹x3)が2回入っただけ? それにしても魔力マナのインフレが止まらない。これでX火力である火の玉撃ったら大陸ごと吹き飛ばせそう。その前に自分の身体が爆発するだろうけど)



「なんだ? また何か力が解放されたのか?」


「ああ、そっか。前に光ったときレイアもいたから知ってるのか。今回は岩熊ロックベアが召喚できるようになっただけだよ」


岩熊ロックベアか。気になってはいたんだが、その力の基準は何なんだ?」


「基準? 召喚できるようになるモンスターのこと?」


「そうだ」


「単純に、倒したことがあるモンスターかな」


「そうか。であれば、もっと強いモンスターを殺せば、それを召喚して従えることができるってことだな?」


「そうなるけど、土蛙人ゲノーモス・トードは召喚できないみたい」


「十分だ。ガルドラ連山に住むドラゴンを従えることができれば……」


「……え? さ、さすがにドラゴン討伐は早いんじゃないかな?」



 いつもは警戒を促す側のレイアが、突然ドラゴン狩りを勧めるようなことを言い出したので少し焦る。



(いや…… でも、ドラゴンいたら心強いよな…… またカード化のボーナスが出たら勿体無いし。一応、考えておこう)



「あ! そういえば、トワレは無事!?」


「あの桜色の蛙か」


「微かに臭いはまだするから、近くにいると思う」



 ミアが鼻をすんすんとさせながら、入口を指差した。


 そのまま3人で入口へと移動する。


 するとそこには、身体をボロボロにしながら横たわるトワレの姿があった。



「トワレ!」



 思わず叫ぶマサト。


 トワレの薄い桜色の身体は土で茶色に汚れ、身体の至るところに青痣やら裂傷が見える。


 そして、片眼が潰れて無くなっていた。


 潰れた片眼からは硝子体しょうしたい漏れ、ぐったりとした様子で口から舌を出し、力なく倒れている。



「そ、そんな……」



 心臓がギュッと締め付けられる。


 道中、可哀想だからと連れてきただけの関係だったが、自分が連れてこなければこうなることはなかったはず。


 自分を殺そうと向かってきた敵であれば、こうも罪の意識を感じることもなかっただろう。だが、暴力に怯えて一人孤独に耐え抜いてきた者を無理矢理連れ出し、あろうことか最悪の結果を迎えさせてしまったのは、紛れもなく自分のせいである。守ってやると言ったのに、実際は守ろうとしていなかった。護衛を付けて、最後の最後で置いて行ったのだ。その浅慮な行動の数々に、マサトは激しく後悔した。



「お、俺のせいだ…… ど、どうすれば…… ミ、ミア!」


「ダメ…… 身体の中がぐちゃぐちゃだよ…… 相当殴られたみたい……」



 ミアが悲しそうに下を向く。



「ぐ、ぐちゃぐちゃ? な、何か手が…… あ、ポ、ポーション!」



 街で買っておいたポーションをトワレに振り掛ける。だが、痣が多少消えるくらいで、潰れた片眼は元には戻らなかった。



「さすがに、傷が深すぎる。臓器の破損までは、その等級のポーションでは治せないぞ」


「そ、そんな…… あ、レ、レッドポーションが!」



 レッドポーションの残り半分、最後の秘薬を取り出したマサトの腕を、レイアが掴む。



「これから、同じようなことが何度も起こるぞ。だが、その薬はそれで最後だ。これからは、その薬で助けることができなくなる。それを本当に理解しているのか?」


「うっ……」



 いくらマサトでも、そのことは嫌というほど理解していた。だが、目の前で死に逝く者を見捨てられないのだ。命を天秤に掛けることはできる。誰の命が一番大切かどうかだって分かる。理解もしている。だが、それが目の前の命を見捨てるという選択肢に繋がらない。頭では解っているのに、感情が言うことを聞かないのだ。



「迷いがあるなら……」



 そうレイアが告げようとすると――



「わ、わたすの、ことは…… ヒュー…… 気に、しなくて、いいけろ…… ヒュー…… やっぱり…… ここからは、離れられない、けろ…… ヒュー…… 仲間を、見捨てようとした、罰が、当たったけろよ……」



 トワレのか細い言葉により、レイアは最後まで言わず、口をつぐんだ。肺が潰れているのか、息を吸い込むときにヒューと苦しそうな音が鳴り響く。



「トワレ……」


「マサけろ…… こんなわたす、誘って、くれて…… ヒュー…… 本当は…… 嬉しかった…… けろ…… ヒュー…… 初めて…… 誘われた…… けろ…… ギョフッ」



 トワレの口からは薄黄緑色の体液が漏れる。


 マサトは無駄だと分かっていながらも、必死に残りのポーションをトワレにかけ続けた。



「マサけろが、道中で、教えてくれた、村…… 行って、見たかった、けろなぁ……」



 その言葉を聞き、目頭が熱くなり、自然と涙が溢れ出てくる。



「少しの…… 間…… 一緒に…… いれて…… 楽しかった…… けろ…… 」


「ト、トワレ……」


「さよな、ら…… け、ろ……」



 その言葉を最後に、トワレの鼓動が弱くなっていく。



(俺のせいだ…… 考え無しに動いたせいでトワレがこうなった……)



 レイアがマサトの腕を離す。



(もっと考えるべきだった…… 少し考えればどうなるか、想像できたはずだ……)



 マサトが袖で涙を拭い、トワレをしっかりと見つめる。



(これで最後だ…… 最後にしよう…… たとえここがゲームの世界だとしても…… ちゃんと考えて行動しよう…… 足りない頭でも考えるのをやめたら終わりだ…… そのせいで仲間が傷付くくらいなら……)



 そして最後の言葉をかけた。



「……ごめん、トワレ。お別れだ」



 その言葉に、トワレが微笑んだ気がした。



(もう、誰もこんな目に遭わせはしない)



 マサトはトワレの身体に最後の薬を振り掛ける。


 赤い薬を。



(守ると決めたら、最後まで全力で守り抜こう)



 そして新たな名を呼んだ。



「トワレ、今日から君の名は……」



 レッドポーションはもう無くなった。


 これで同じように瀕死になった仲間は救えない。


 だけど、俺には召喚という巨大な力がある。


 これで皆を守ろう。


 守り抜こう。


 それが俺にはできるはずだから。


 頭の悪い俺でもできるはずだから。



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