65 - 「鬨の声」

(何これ…… くっせぇ……)



 急いで走ってきたマサトを出迎えたのは、ウシガエルを二足歩行にして巨大化させたような醜い蛙だった。


 ネスの里はというと、結界の中にもかかわらず立派な砦柵さいさくで囲まれており、柵を越えてくる蛙達をゴブリン達が必死に撃退しているが、どうやら数に圧倒されていて全てに手が回っていないようである。



(取り敢えず、こいつらを殲滅しつつネスさんを探そう……)



 同行していた火傷蜂ヤケドバチには、危険な状況になった住人がいれば助けるようにと命令しておく。一瞬、蛙相手だと分が悪いかな?と思ったが、そのときはそのときだと思うことにした。


 マサトは心繋きずなの宝剣を取り出し、背を向けていた土蛙人ゲノーモス・トードへ接近、すれ違いざまに斬り伏せていく。相変わらず手応えは全くない。


 胴体を真っ二つにされた土蛙人ゲノーモス・トードが内臓をぶち撒けて崩れ落ちる。その音に他の土蛙人ゲノーモス・トードが気付くが、振り返る頃には自身も真っ二つになり、地面に転がっていた。


 あっという間に周囲の土蛙人ゲノーモス・トードを殲滅してみせたマサトは、門が開くのを待たずに砦柵さいさくを飛び越える。


 砦柵さいさくから土蛙人ゲノーモス・トード達を迎撃していたゴブリン達にアイコンタクトを送り合いつつ、自身はネスのいる場所へと向かう。


 里の中にも土蛙人ゲノーモス・トードの死体が転がっているのが視界に入った。



(里の中にも蛙が侵入してんのか…… あと1日でも到着遅かったらヤバかったんじゃないか……?)



 移動中、目に付いた土蛙人ゲノーモス・トードを仕留めて回っていると、マサトの前にネスが現れた。どうやらネスの方から出迎えてくれたようだ。



(うおっ!? 相変わらず神出鬼没というか、気配なく現れるよね…… ネスさん……)



「マサト君、詳しい説明は省きますが、洞窟付近でシュビラ様が敵の主力と交戦中です。敵は無尽蔵に地中から湧き出てきます。恐らく数千以上はいるでしょう。君だけが頼りです」


「……え? あ、は、はぁ。何とかやってみます」



 ネスからの突然の君だけが頼りだ発言に呆気に取られるマサト。


 確かに自分くらいのチート能力を持ってないとこの状況を覆すことはできないだろう。ただ、それを相手に言われるのと、自分で思っているのとでは受け取り方が変わるのだ。



(普段言われ慣れてない言葉を言われると、たまに思考が追いつかなくなるよなぁ……)



 そんな呑気なことを考えながらも、洞窟の方へと急ぐ。


 しかし、危機感の薄いマサトも、洞窟側の状況を見て言葉を失ってしまった。



(な、なんだこれ…… うじゃうじゃと穴から這い出てきてんの全部蛙? きっも……)



 手頃な矢倉へ飛び乗り、高所から洞窟側を見渡すと、そこには多数の穴と、その穴から沸いて出てくる大量の茶色い蛙が目に付いた。


 ゴブリン達は地面に空いた穴をグループ毎に囲みつつ、なんとかその勢いを押し留めている状況だった。しかしその包囲を維持できるのも時間の問題だろう。それくらいに蛙達の勢いは凄まじいものに見えた。



(この状況を打開するにはどうすれば……?)



 マサトは悩む。


 ゴブリン呼びの指輪は赤マナが少ないので使えない。


 ゴブリンの持続強化+2/+2の能力を持つUR「ゴブリンの革命王オラクル」は、計8マナも必要なため、まだ召喚できない。



(ゴブリンの笛で少しでも戦力増やした方がいいか…… ん?)



 ふと、光の帯を揺らしながら、空中を漂うようにこちらへ向かってくる光の粒子に気が付いた。よくよく周囲を見渡せば、矢倉から見渡せる360°全てから、まるで光のドームを作るように光の帯が続いている。


 その光の粒子の一つが、マサトに追い付き、その身体へと取り込まれていく。そして次々とマサトに取り込まれていく光の粒子達。



(これ全部マナか! しかも赤マナってことは、もしかしてこいつら倒すと赤マナ入手できるのか!? よし、これなら……!)



 マサトは赤マナが30溜まるまで待ち、ゴブリン呼びの指輪を召喚することに決めた。前回暴走仕掛けたので30マナに抑えるつもりだ。



(出来れば肌が裂ける痛みは避けたいけど…… この際我慢するか……)



 手にじわりと汗をかく。


 どうやら身体は痛みを覚えていたらしい。少し躊躇してしまう。



「すぅ〜、はぁ〜。よし! いくぞ! ゴブリン呼びの指輪、召喚!!」



 召喚直後、赤白く発光する光の稲妻が発生し、手の平に出現した指輪へと吸い込まれていった。



(前回はここから暴走したんだよな。集束イメージ、集束イメージ……)



 手の平から発生する光と風の放出に圧倒されながらも、なんとか魔力マナの暴走を起こさずに召喚を成功させることが出来た。



(よ、良かった。30マナに抑えたのが良かったのか、イメージが良かったのか分からないけど、まぁ多分両方だろう。もしかしたら紋章のLvが前回より上がってることも影響してそうだ……)



 矢倉から飛び降り、ゴブリン呼びの指輪を使用する。


 指輪から光の粒子が散らばり、マサトを囲むように30体のゴブリンへと姿を変えた。



 ゴブリン 3/2(ゴブリン持続強化+1/+1、ゴブリン一時強化+1/+0)×30体



(よし、これで仕上げ!)



「 ≪ ゴブリンの鬨の声ゴブリンズ・バトル・クライ ≫ !!」



 詠唱直後、自分の口から突如雄叫びが上がり、一瞬焦る。



(自動発声!? 便利だけど、なんか変な気分……)



 マサトの雄叫びに呼応して、周囲にいるゴブリン、そして各所からゴブリン達の雄叫びが次々に上がった。


 そして輝き始めるゴブリン達。



 ゴブリン 5/4(ゴブリン持続強化+1/+1、ゴブリン一時強化+3/+2)×30体



(数値上ではワイバーンクラスまで強くなったはず…… これで押し返せるといいけど)



 召喚したゴブリン達を率いて、前進する。目的地は矢倉に登ったときに見えた大穴だ。


 地面からは鋭利な岩が飛び出し、至る所に地割れが発生している。恐らく、他の蛙とは見た目の違う大蛙の仕業だろう。シュビラが対峙しているのが見えたので間違いないはず。



「うっし! 行くぞ!」


 ――ガアアァァ!!



 マサトの号令に、ゴブリン達が雄叫びで呼応する。


 俺は宝剣を片手に走り出した。


 土蛙人ゲノーモス・トードを食い止めていたゴブリン達が、走ってきたマサトへ道を開ける。


 その中にシュビラの姿を確認。



「旦那さま、あとは任せたの!」


「おう! 任せろー!」



 目の前には背中に黄金色に輝く多数のイボを生やした二足歩行の巨大な蛙。



「ぎゅぎゅぎゅ、次はひ弱な人間かぎゅ? ぎゅふふふふ! 面白い冗談だぎゅ!」



 モストンはマサトを前にして涎を撒き散らしながら大笑いし始めた。



(あいつ、何がそんなに面白いんだろ…… まぁいいか。丸腰みたいだし、そのまま斬り捨てて終わり!)



 マサトには、敵を前に大笑いしているモストンが油断しているように見えた。だが、それこそがマサトの油断だった。



「 ≪ アースギュエイク ≫ 」



 モストンの突然の詠唱。


 残念なことに、マサトには詠唱に対しての知識が少なすぎた。故に危機感なく前進を継続してしまう。



 突如、足元の地面から突き出る鋭利な岩盤が、油断していたマサトの腹へと直撃。



「ぐほぉっ!?」



 走っていた勢いが、そのまま腹へ突き刺さった岩の先端に集中し、慣性により身体がくの字に折れ曲がる。



「ぎゅぎゅぎゅぎゅ!」



 仕留めたと確信したモストンの高笑いが場に響いた。


 普通であれば確実に胴体を突き破っていたであろう攻撃だったが、マサトは普通ではなかった。


 勢いを岩に止められ、そのまま地面へ尻餅をつき、仰向けに倒れるマサト。



「ぎゅぎゅ…… ぎゅ?」



 お腹を押さえてもがくマサトの姿に、モストンの高笑いが止まった。



(い…… で…… ぇ…… 息…… が…… でき…… ない……)



 腹への強烈な衝撃に、息が出来ずに悶絶すること数秒。痛みのピークが過ぎ、今が敵を前にした戦闘中だと思い出して素早く立ち上がる。



「ゆ、油断した…… 魔法厄介過ぎるな……」



 よくよく思い出せば、MEでのVRプレイも、この魔法による遠距離戦が全く上達しなかったので諦めた経緯があったのだ。それだけマサトはVRでの実戦経験がないとも言える。



(そういえば、高校のときに始めたボクシングも、結局相手のジャブを捌くのが全く上達しなくて毎回ボコボコにされたっけな……)



 自身のセンスのなさに改めて落胆しつつも、どうやってあのイボ蛙まで接近すればいいか考え始める。


 その間も、穴からは大量の蛙が湧き続けており、マサトが召喚したゴブリン30体も両サイドへ展開し、迫り来る蛙達の襲撃に対抗していた。



(もう一度、指輪を召喚してゴブリン達と共に突撃するか……?)



 先ほどから絶えず魔力マナが流れ込んできているため、赤マナが不足することはなさそうだ。



 そんなことを考えていると――



 《マナ喰らいの紋章 Lv9 解放》



 紋章がLv9に上がった。


 そして気になるボーナス表示が。



『過去に討伐したモンスターを1枚カード化できます』

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