64 -「異世界14日目:土蛙人の逆襲」

「蛙共も中々やりおるの」



 土蛙人ゲノーモス・トードによる夜襲により、ネスの里では夜通しの戦闘が行われていた。


 倒しても倒しても延々と湧き続ける蛙達に、ゴブリン達が1人、また1人と数を減らしていく。


 流石にまずいと感じたシュビラは、ゴブリン達に命令して洞窟の穴を塞ぎ、時間稼ぎを狙ったのだが、蛙達は既に洞窟から地上へ向かう穴を複数掘り進めていた。今では複数の穴から湧き出る蛙達をグループ毎に分かれて対処している。



「念のため、里の中心部は物理結界を展開しておきました。家の床から蛙が出てくるという事態にはならないはずです」


「ほぅ、それは頼もしいの。その結界で蛙共を追い返すことは出来ぬのか?」


「難しいですね。そこまでの強度はないでしょう。ですが穴の誘導は出来るかもしれませんね。それはやっておきましょう」



 ネスとシュビラが話し合いをしていると、その場に息を切らせたポチが走ってきた。涙目を流しながら両手で鼻を押さえている。



「ネスさぁあああん!! な、なんか物凄く強烈な悪臭が近付いてきまぁあああすっ!!」


「既に辺り一帯は酷い臭いですが…… 真打の登場と言ったところですかね」


「好都合だの。無尽蔵に湧き続ける雑魚相手は飽きてきたところだったからの」


「そちらは任せていいですか?」


「無論じゃ。われに全て任せよ。一瞬で蹴散らしてくれる!」



 シュビラはそう言うと脇に控えていた参謀ゴブを引き連れ、ポチが走ってきた方向へ歩き始めた。



「はよ、その場所に案内せい」


「えっ!? ええぇえぇえ!?」



 またあの場所に戻るのですかと、ポチが涙目で訴えたが、シュビラは取り合わない。


 ポチが項垂れていると、ネスが懐から麻布でできた小袋を取り出した。



「嗅覚の鋭いあなたには辛いでしょうが、もう少しの辛抱です。念のため、鼻が駄目にならないよう、この薬草を鼻に詰めておきなさい。多少はマシになるはずです」


「ありがどゔございまずぅう!」



 ネスから受け取った薬草を急いで鼻の穴に詰め込んだポチは、シュビラを目的の場所へ案内するべくシュビラの後を追って走っていった。




 ◇◇◇

 



 一方、土蛙人ゲノーモス・トード達は、ゴブリン達の異常な強さに対する動揺が大きくなっていた。


 先ほどから地上に出ては倒され、少しでも押し込んだと思えば出口の穴を潰されて…… の繰り返し。


 現場に到着した土蛙王の左腕、多イボのモストンは、直ぐさま運搬してきた岩喰い虫メガコツブムシを全て使い、地上へ出る穴を多方面に複数掘る作戦に切り替えた。



「相手は時間稼ぎゅに出たぎゅ。数では圧倒的にこちらの方が上だぎゅ。全力で押し込めば勝てぎゅ」



 多イボのモストンは、土蛙人ゲノーモス・トードの希少種の1人である。背中に生えるイボが多く、メスに比べて身体が小柄なトード種において、オスであるのにもかかわらず身体が大きく、身長が2mある。そして適性 < 身体強化:小 > < 外皮強化:小 > のダブル持ちという紛れもない強者である。


 だがモストンの予想に反し、地上への進攻は中々進まなかった。



「時間がかかり過ぎゅだぎゅ! もうよぎゅ! 我が出ぎゅ!」



 痺れを切らしたモストンが打って出る。


 モストンはまだ地上へ繋げていない一つの穴へ向かうと、両手を穴の天井に付け、詠唱を開始した――




 ◇◇◇




 ドォーンッという爆発音とともに、土煙りが東雲しののめの空に舞い上がる。



「わざわざ指揮官が殺されに出向いてくれるとは。蛙共が馬鹿で助かるの〜」



 シュビラの目の前には、直径6m程の穴が空いており、その穴を囲むようにゴブリン達が武器を構えて包囲している。


 土煙りの中から最初に姿を現したのは、身長が2m近くある巨大な土蛙人ゲノーモス・トードだった。


 手には赤黒い大鉈を持っており、その大鉈には血管のような赤いラインが、まるで生き物のように波打っている。何かしらの加護を受けた武器であることは容易に想像できた。


 巨大な土蛙人ゲノーモス・トードが口上を述べる。



「ゴブリン共よくぎゅげ! 我は赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングの左腕、多イボのモストンだぎゅ! 大人じ…… ぎゅわぁっ!?」



 モストンが口上を述べ終えるよりも速く、紅蓮ゴブが火魔法による攻撃を開始。モストンは突如放たれた火の玉に気付くのが遅れ、顔面に直撃して穴へと落ちていった。



「よ、容赦ないでずね……」



 鼻の穴に大量の草を生やしたポチが呟く。


 この場に騎士道に厚い者がいれば、シュビラのこの行動を咎めたかもしれない。だが、この場にはゴブリンと犬人しかいなかった。


 シュビラは腕を組んで穴を見つめている。


 すると、突如穴の中から黒い影が上空へ飛び上がった。



「ほぅ、さすがは蛙。ジャンプ力だけはあるようだの」



 ズシンと大きな音を立て、シュビラの前方にモストンが着地する。



「う、うわぁっ!? シュ、シュビラさん逃げてぇー!?」



 ポチが叫ぶのと、モストンが目の前にいるシュビラに向けて大鉈を振り上げるのはほぼ同時だった。


 モストンが不敵に笑う。



「最初の獲物はお前だぎゅ!」



 モストンが右手に握っていた赤黒い大鉈を振り下ろす。



「甘いわっ! ≪ 遺物破壊クラッシュ ≫ !!」



 モストンが振り下ろした大鉈を、シュビラが片手で受け止めるような形になる。


 その瞬間、ポチはシュビラが鉈で真っ二つになる幻影を見た。恐らくモストンも同じものが見えたであろう。しかし、実際はモストンが振り下ろした鉈が粉となり、空中へ消えただけだった。



「な、なにをしぎゃぁ!?」



 驚くモストンへ、再び紅蓮ゴブが放った火の玉が再び炸裂する。


 モストンが体勢を崩している隙に、シュビラは後方へ下がりつつ、ゴブリンへと命令を出した。



「奴の首級をあげよ!」


「ゴブ!!」



 シュビラの命令で土蛙人ゲノーモス・トードを包囲していたゴブリンが一斉に襲い掛かった。


 丸腰のモストンへ次々にゴブリンが攻撃を仕掛けるが、どういうことか斬撃による有効打を与えられずにいた。


 紅蓮ゴブの火魔法攻撃も、相手の体勢を崩すのみで傷すら負わせていない。


 その間も、穴からは次々に土蛙人ゲノーモス・トードが飛び出してくる。



「あの皮膚と粘膜は厄介だの。奴に斬撃と火魔法は相性が悪い。取り敢えず、嫌な予感のした武器は壊しておいて正解だったようじゃな」



 武器を失ったモストンは、迫り来るゴブリン達に対し素手で応戦している。そのお陰でゴブリン達の被害はまだない。


 一方で、モストンは武器を壊されたことに激しく動揺していた。



(なぜだぎゅ! なぜだぎゅ! 王から授かった至高の武ぎゅがぁああ!?)



 モストンが所持していた大鉈は、ガルドラ連山の地中に眠っていた紛れもない希少武器アーティファクトだった。


 斬りつけた相手に、< 朽ちゆく心臓の呪いカース・オブ・ザ・ロットハート > という強力な永続ダメージを与える能力を持っていたが、シュビラに粉砕された今では、その効果を知り得る者はいないだろう。


 モストンが迫り来るゴブリンの攻撃で致命傷を受けなかったのは、ひとえに適性 < 身体強化:小 > < 外皮強化:小 > と、土蛙人ゲノーモス・トードが持つ種族適性である < 皮膚粘膜 > の恩恵が大きい。かく言うゴブリン達も、全員が3/2以上という高パラメータである。希少武器を失ったモストンの攻撃程度で死ぬ事はないが、こちらからの有効打も与えられず、状況は均衡しつつあった。



 武器を失った混乱から復帰したモストンは、自分の周囲に自軍の土蛙人ゲノーモス・トードの死体が積み上がりつつあることに気が付いた。


 穴からは絶えず土蛙人ゲノーモス・トード達が飛び出してくるが、尽くをゴブリン達に殲滅されていっている。その光景に、ゴブリン達の異常な強さに、モストンは戦慄した。



(こ、このゴブリン共の強さはなんだぎゅ…… 何でこんなに強いんだぎゅ!?)



 このままではジリ貧だと焦ったモストンは、もっと大群で一斉に襲い掛からねば勝機はないと判断した。



「ぎゅぎゅぎゅぎゅぅぅううう!!」



 モストンの叫びとともに、背中にある無数のイボが黄金色に輝き始める。


 事前に異変を感じていたシュビラに動揺はなく、ゴブリン達もシュビラからの思念により既に警戒の構えを見せている。シュビラの眼には、モストンの背中に濃い魔力マナの放流がはっきりと視えていた。



「 ≪ アースギュエイク ≫ 」



 モストンが詠唱とともに両手を勢いよく地面へ叩きつけた瞬間、モストンを中心に地面が四方に割れ、鋭利な岩盤が次々に隆起し始めた。


 数体のゴブリンがその鋭利な岩に貫かれ絶命する。地上に出ていた土蛙人ゲノーモス・トード達の方が、ゴブリン達よりも甚大な被害が出ていたが、モストンが気にした様子はない。ゴブリンが警戒態勢に入っていなければ、ゴブリン達の被害も甚大なものになっていたことは間違いないだろう。



「ぎゅぎゅぎゅ、今だぎゅ! 総攻げぎゅだぎゅぅうう!!」



 モストンの命令を聞き、大小様々な土蛙人ゲノーモス・トードが穴からうじゃうじゃと這い出てくる。


 ゴブリン達は態勢を立て直し、土蛙人ゲノーモス・トード達を穴へと押し戻そうとするが、次々と頭上を飛び越えて上にのしかかってくる土蛙人ゲノーモス・トード達に、逆にゴブリン達が圧死されて数を減らしていく。



「ぎゅぎゅぎゅ、ぎゅ様らもこれで終わりだぎゅ」



 モストンが勝ち誇る。


 だが、劣勢のはずのシュビラもまた勝ち誇った。



「そなたの運もここまでの様だの。われの勝ちじゃ!」



 シュビラの勝利宣言直後、ゴブリン全員が光に包まれ、各所からゴブリン達の鬨の声があがる――


 気付けば、朝ぼやけの空には数多の魔力マナの粒子が輝き、光の帯を引きながら何処かを目指して漂っていた。



 不安気にこの状況を見守っていた里の者達の眼には、幻想的な空に昇る日の出とともに、突如輝きに包まれたゴブリン達が、神に加護された光の戦士に見えたのだった。

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