63 -「意外な戦力」

「駄目だ。例外は認められない」



 木製の机を挟み、冒険者ギルドのギルドマスターであるヴィクトルと、クラン < 竜語りドラゴンスピーカー > のメンバーであり、Bランクパーティ < 熊の狩人ベアハンター > のフェイスが一歩も譲らず睨み合っていた。



「冒険者ギルドが冒険者を見捨てるのか?」


「何を言われても判断を変えるつもりはない。ガルドラの地で起きた問題に、冒険者ギルドは関与しない。それがローズヘイムと冒険者ギルドとで結んだ契約だ」



 その契約は、ギガンティア壊滅という悪夢から学んだ教訓であり、この都市が抱える闇でもあった。


 しかしそれでもフェイスは食い下がる。



「あんたなら何かやりようはあるだろ!」



 フェイスが机をバンッと叩く。


 その音にスフォーチの心臓はドクリッと高鳴った。


 場に張り詰めた空気が漂う。


 スフォーチは胃に穴が空きそうな痛みを感じながらも、無事にバラック達を助けに行ける方向に話が転んでほしいと心から願っていた。



 暫く続くと思われた睨み合いだったが、意外にもこのやり取りを先に終わらせたのはヴィクトルの方だった。



「……やりようはある。だが、それは冒険者ギルドとして協力するのではない。あくまでも私個人として、だ。いいな?」


「ああ。それで構わない」



 ヴィクトルの言葉にスフォーチは歓喜した。



(や、やった! これで皆を助けに行ける!!)



 ヴィクトルは机の鈴を手に取ると、左右に振ってリンリンと鳴らす。



「失礼します。お呼びでしょうか?」


「至急ソフィーとライトを呼んでくれ。それとロアを」


「分かりました。共鳴の鈴を使っても?」


「構わない」


「分かりました。急いでお呼びします」



 共鳴の鈴とは、二組で一つの効果を発揮する魔導具アーティファクトである。片方の鈴を鳴らすと、もう片方の鈴も鳴るというものだが、効果範囲内にいないと共鳴しない上に、数回使用すると壊れてしまう。消耗品としては非常に高価な魔導具アーティファクトとなるため、冒険者ギルドでこのアイテムの携帯を義務付けられている者は少ない。



「私からはこの3名を付けよう」


「たった3人!?」



 おれは咄嗟に叫んでしまった。


 多くを望んでいた訳じゃない。


 でも3人は余りに少ないと思ったのだ。


 相手は何百もいるかも知れないのに……



 そこまで考えてようやく気付く。



 誰が見ず知らずの他人のために、大切な仲間を死地のような場所に送り出したいと思うのか?


 助けに協力してくれるだけでも感謝すべきじゃないのか?


 もし逆の立場だったら、おれは助けに協力しただろうか?



 答えは自分でもすぐ分かった。


 だからすぐ謝罪ができたのだと思う。



「す、すみません…… 協力していただけるだけでもありがたいのに……」



 フェイスが優しく肩を叩く。



「そう卑屈になるなって。困った時はお互い様だ。感謝の気持ちがあるなら…… そうだな。後で同じように困っている奴がいたら手を差し伸べてやればいい」



 フェイスとスフォーチのやり取りを一瞥したヴィクトルは、短い溜息を吐いた。



「何か誤解しているようだが…… 私が指名した3人は、私が個人的に命令できる者達の中での最高戦力だ。この冒険者ギルド、ローズヘイム支部のサブマスターであるソフィーは元AランクでLv100超え。その秘書であるライトは齢14でLv60超えのBランクだ。ロアはこの支部での受付担当ではあるが、元々は冒険者だ。Lv70超えで森や視界の悪い場所での戦闘、索敵に優れている。これでも不満があるのか?」



 元Aランク!?

 Lv100超え!?

 それに全員がLv60超え!?


 王都にもAランク冒険者は数人しかいない。Lv100を超えた者も同様に数えるほどしかしらない。


 そして知りうるその全ての者は、王族の側近として専属雇用されたり、貴族のお抱え騎士になっており、庶民の些事に首を突っ込むことはほぼなかった。一般兵にとっては雲の上の存在だ。


 おれが驚きのあまり言葉を失っていると、代わりにフェイスが返事をした。



「十分過ぎる援軍だな。助かる」



 ヴィクトルが頷く。



「純粋に頭数がほしいのであれば、竜語りドラゴンスピーカー独自・・にメンバーを募ればよい。そして君達が勝手・・どこかへ・・・・足を運ぶのであれば誰も止めはしないだろう」


「ああ。そうさせてもらうよ」



 フェイスとスフォーチが部屋を出ようとすると、ヴィクトルが再び呼び止めた。



「待て。今裏を取っているところだが、ボンボ・ローズが傭兵を大勢率いて森へ出兵したという話もある。ボンボはつい先日、マサトを指名手配しようと冒険者ギルドに依頼してきたばかりだ」


「何!? ボンボが傭兵連れて森へ行ったというのは噂になってたが…… まさかマサトっちを指名手配!?」


「無論、冒険者ギルドとしてその要求は拒否した。だが拒否した直後に私兵で脅されたよ。全く、冒険者ギルドに対して武力で脅迫するとはな…… 愚かな男だよ。しかしマサトの後を追った可能性も捨てきれない。向かう方角が同じなら鉢合わせもありうる。用心しておけ」


「あのボンボの野郎…… でもまぁ、マサトっちは大丈夫だな。正規の軍隊相手でも負ける想像ができない男だ。あんたがマサトっちとどういう取引をしたのか知らないが、今回は本当に助かった。また何かあったら相談に来る」


「迷惑だ。こういう相談にはもう来ないでもらえると助かる」



 この数時間後、スフォーチは竜語りドラゴンスピーカーのメンバー7人と、冒険者ギルドの職員3人、それにグレイフォックスの3人を連れて仲間の救助へ向かうことになる。




 ◇◇◇




 スフォーチが土蛙人ゲノーモス・トードに襲撃される数時間前――



「ボンボ様、レンジャーが移動の痕跡を見つけたようです」


「でかした! すぐそこへ案内しろ!」


「ハッ!」



 ボンボとボンボお抱えの私兵21名、そこにローズヘイムと王都ガザで集めた傭兵163名、計184名はマサトとベルを捕らえるため、ガルドラの森を捜索していた。


 ボンボは雇った手練れのレンジャーがマサトの手掛かりを見つけたと聞き、喜々として現場へと向かう。



「どこだ! その痕跡とやらは!」


「ここですぜ閣下。ここに野営の跡がありやす。数日前のものでやすが、閣下の言ってた時期と一致しやす」


「いいぞ! お手柄だ! 任務が成功したらお前の報酬を弾んでやる。はっはっは! つけられていると知らずに間抜けな奴め!」


「ありがとうごぜいやす! でやすが一つだけ懸念が……」


「なんだ、言ってみろ」


「蛇が通ったような跡が2つあるんでやすよ。他にも犬の足跡が数匹分」



 レンジャーの言葉にボンボが怪訝な表情をしたが、ボンボが答えを出すよりも早く他の傭兵が話に加わった。



「もしかしてその蛇の足跡ってのは、ラミアじゃねーか? ほら、数日前に王都で見世物小屋にいたラミアが暴れて脱走した事件があっただろ」


「確かにそのラミアがこの森を目指してきてもおかしくはないな」


「だがなんで標的と一緒に行動なんかしてんだ?」



 傭兵達の会話を聞いていたボンボが突然叫んだ。



「奴らはグルだ! あのマサトが脱走の手助けをしたに違いない!」



 最初は呆気に取られた傭兵達も、現場の証拠と照らし合わせ、そうかもなと頷き始めている。



「なぁ、竜語りドラゴンスピーカー鋼鉄虫スチールバグを大量に討伐したって話があっただろ? あれってまさか……」



 ボンボの中で、マサトに関わる不可解な功績の種が次々に明らかになっていく。



「お前達、これは相当な手柄だぞ…… 急激に成長したクラン < 竜語りドラゴンスピーカー > のリーダー、マサトは王都ガザにいるラミア脱走を計画した張本人だ。そしてラミアを得たマサトは、ラミアの持つ魔眼で魔物を操り、討伐して自らの手柄とした! そうに違いない!」



 ボンボの推理に、傭兵達が騒めく。


 だがボンボの推理にはまだ続きがあった。



「ラミアを得たマサトが次にやることは何か…… 僕は知っている。あいつはドラゴンをラミアで操り、ローズヘイムを襲わせる気なんだ!」



 その発言にさすがの傭兵達も驚く。


 傭兵の1人が問いかける。



「しかしなんで都市を襲わせるんです?」



 ボンボは得意げな表情を見せると、自信満々に言い放った。



「都市を再び襲うドラゴン、そしてその窮地に颯爽と現れ、ドラゴンを討伐することで英雄となるマサト。ドラゴンを退けた奴に、国は多大な報奨金を払うだろうよ。これが筋書きだ!」



 ボンボの結論に傭兵達に動揺が走る。


 懐疑的な表情を見せていた者達も、次第にボンボの考えに同調する者が増えてきていた。



「そんなまさか……」


「一歩間違えば都市が一つ消えるんだぞ?」


「それは可能なのか?」


「ありえない…… とも言い切れないな……」



 その反応に手応えを得たボンボは、自分の推理が正しいと信じ込んでいく。真実は全く異なるのだが、ボンボはマサトを悪に仕立てあげられれば何でもよかったとも言える。


 その頃ローズヘイムでは、ティー・ローズがボンボ出兵の事実を知り激怒していたが、ボンボがそのことを知ることはなかった。

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