62 -「手を差し伸べる者」
城壁に囲われた要塞都市ローズヘイムには、東西南北、計4カ所の城門がある。
その中でも一際交通量の多い城門は、王都ガザに面した東門だ。多くの商人が連日大量の積荷を運んでくるため、ここに配備される者は仕事のできる奴が多い。
その次がロサ村に面した北門。そして南門、西門の順に少なくなる。だが西門はガルドラの森に面しているため、危険度は最も高く、警備に関する責任も重い。そのため、必然的に南門の仕事が一番楽な仕事となっていた。楽な仕事があるところには、当然楽に仕事をしたい者が集まるのは世の常である。
南門には、門番用の椅子が2つ、城内側と城外側にそれぞれ置かれている。これは門番担当が楽をしたいために持参したもので、本来なら座りながら仕事することは許されていない。だが南門にはそれを咎める者がいなかった。
2人の門番がいつものように世間話をしている。今日の天気の話に始まり、昨日の出来事や噂話しを片っ端から話す。それでも暇で時間が余るのだから仕方がない。だが居眠りはしない。座りながら仕事をしても特に咎められることはないが、仕事中の居眠りはきちんとした罰則があるのだ。楽な仕事を手放すミスは犯さない。その共通認識だけはあった。
「なぁこの先の森に
「ああ。300以上いたらしい。それがどうした?」
「いや、な。それって南門も西門と同じくらい危険ってことにならないか?」
「言われてみれば、確かに……」
「これで警備増員されたらやり辛くなるな〜と思ってな」
「考え過ぎじゃないか? 南門が攻められたことなんて過去に一度もないぞ? それに
「考え過ぎならそれでいいんだけどよ〜。どっかのバカな冒険者が蜂の巣突いてよ、モンスター釣ってくるって可能性もあるんだぜ? 余計なことする奴はそのまま野垂れ死ねばいいんだっての」
「それは同感だな。ま、敵軍が攻めてきたら裁量で城門閉めていいことになってるから大丈夫だろ。いざとなったら締め出せばいい」
「違いねぇ」
彼らにとっては、平和な門番生活が絶対であり、その平和を脅かす危険のある冒険者は敵という認識だった。そしてそれはスフォーチにとって災難となるのだが……
「おい…… 冒険者っぽい格好の奴が走ってくるぞ…… 森の方角からだ」
「本当か? あーあの顔は絶対に厄介事抱えてるな…… どうする? 門閉めるか?」
「あいつの後ろからモンスターが着いてくれば門閉める口実ができるんだが…… ちっ、1人か」
スフォーチは息も絶え絶えに城門へ到着する。目の前の門番が焦っていないということは、追っ手はないのだろう。
「た、助けて、くれっ!」
門番の顔が歪む。
スフォーチはなぜ門番がそんな顔をするのか理解できなかった。いや、考える余裕すらなかったという方が正しい。
「何事だ」
「森に、
門番2人が驚きの表情に変わる。
「嘘を言え! なぜ南の森に蛙共がいるんだ!」
「う、嘘じゃない! お、おれは…… フロン女王陛下の勅命で、調査していたんだ!」
「女王陛下の勅命だと!? ち、勅命書はあるんだろうな!?」
「ち、勅命書……」
勅命書なんてある訳ない。
元々の任務はラミア捜索であり、尚且つローズヘイム側に勘付かれてはいけないという極秘任務なのだ。
そして不幸なことに、極秘任務故に、ガザの兵士であることを証明するタグは持参してこなかった。
自分の言葉を裏付ける証拠が一切ない事にスフォーチは焦る。
「なんだ? ないのか?」
「な、ない…… だが本当だ! 信じてくれ!」
「そんな話信用できるか! もしまだ嘘をつくようであれば牢にぶち込むぞ!」
「そ、そんな……」
スフォーチは頭の中が真っ白になる。
1秒でも早く助けに向かわないといけないのに、目の前の門番は話を聞くどころか牢に入れるぞと脅してくる。
この門番じゃ話にならない……
でも王都まで戻ってる時間はない……
ローズ様に直接話を……
いや……
この門番と同じでおれを疑って終わりだったら?
そもそも会ってもらえるのか?
無理だ……
会って直談判できたとしても、ローズヘイムはガルドラの地への出兵を禁じている……
可能性があるとすれば……
「せ、せめて冒険者ギルドへ報告に行かせてください! 冒険者カードはこれです! おれはパーティ < アンラッキー > のスフォーチです!」
「ちっ、やっぱり冒険者か。余計な面倒持ち込みやがって……」
スフォーチは門番への怒りを唇を噛む事で我慢する。
「……通っていいぞ。だが面倒事は起こすんじゃねーぞ? いいな?」
「は、はい! ありがとうございます!」
門番からカードを受け取ると、再び全力で走る。
門番の叫び声が聞こえたが、スフォーチは振り返らない。
城勤めの兵の冒険者に対する不満を直に感じ、スフォーチは少し悲しくなった。
冒険者ギルドに着くと、スフォーチは一目散に受付へと走った。
突然走って現れた男に、冒険者達が何事かと注目する。
「南の森で!
スフォーチの悲痛な叫びに、その場にいた全員が面喰らった。
「おい、さっき
「俺にもそう聞こえたぞ。
「嘘にしちゃ演技が上手過ぎないかしら? あれで嘘だったら懲罰ものよ?」
「もし本当だとしたらどうなる?」
「そしたら王都と同じようにここも戦争だな。まっ、
スフォーチの話をネタに冒険者達が話し合いを始める。
同時に、スフォーチの要求に対し、ギルド側がどう対応するのか注目しているようだった。
「何か証明できるものはお持ちですか?」
スフォーチは殺した
「こ、この剣と背中についてる薄黄緑色の汚れは
「血、ですか……」
茶色い髪をした受付の子は少し困っているようだった。
それもそのはずだ。
血でモンスターの正体を判別出来る
返り血の染みを見せたところで証拠にはならない。
だが、スフォーチの鬼気迫る訴えに偽りはないと思ったのか、受付は控えめに微笑むと、少々お待ちくださいと言って奥の部屋へ小走りで向かった。
待つ事数分。
先ほどの受付の子が再び小走りで戻ってきた。
「もう少し詳しい状況を聞かせていただけますか? 遭遇した敵の数と、敵が来た方角、それと仲間の方が連れて行かれた場所等、分かる範囲で結構ですので」
スフォーチは正直に話した。
最初に
奴らがガルドラの森側から来たこと。
すると受付の子は、申し訳なさそうに切り出した。
「申し訳ありません…… ガルドラの地で起きた問題に関し、冒険者ギルドが手をお貸しすることはできません…… その…… 本当にごめんなさい…… そういう決まりなんです」
そう言って深々と頭を下げた。
スフォーチの鼓動が早くなる。
仲間が生きるか死ぬかの瀬戸際なのに、何呑気なことを言ってるんだとも思った。
「な、なんでだよ…… 見捨てるのか? おれの仲間は…… まだ生きてるのに…… まだ……」
スフォーチが一歩踏み出すと、その場にいた冒険者達が一斉に立ち上がり、スフォーチに対して剣呑な雰囲気を放ち始めた。
その内の1人が剣の柄に手を当てながら近づいてくる。
「おい兄ちゃん、それ以上は止めときな。そこで受付の姉ちゃんに手を出してみろ。容赦なくその腕切り落とすぞ?」
突然当てられた殺意に、スフォーチはますます混乱した。
なぜ誰も助けてくれないんだ……
そればかりかなんでおれに敵意を向けてくるんだ……
なんで……
おれは助けが欲しいだけなのに……
なんで……!!
スフォーチの絶望が怒りに変わろうとしたとき、スフォーチの肩を優しく叩く者が現れた。
その者は、スフォーチと男の間に身体を滑らせるように自然に割り込ませながらこう言った。
「まぁまぁ、みんなそんなに熱くなんなって。仲間の命がかかってるならこいつも本気なんだろ。その気持ちならみんな分かるはずだろ? な?」
「うっ…… だがなフェイス、この兄ちゃんは……」
「分かってる分かってる。ガルドラの地で起きたことは自己責任ルールだろ? それでも何かしらの理由で仲間が死にそうになったなら、そりゃ必死になるだろ」
フェイスと呼ばれた男は、最初こそチャラそうにやんわり話していたが、次の一言で突然その眼に黒くて暗い何かを宿し始めた。
「……まさかその気持ち、本当に分からない訳じゃねぇだろーな?」
その男の一言で、その場の剣呑な雰囲気が一掃され、代わりに凍てつくような寒さが場を支配した。
だがそれも一瞬で終わる。
「ってことで、おれっちがこの案件は引き取るから安心してくれ。じゃあさっそくギルドマスターに相談だ! っと、デクスト!
「ぇええええ!? またですかぁああ!?」
おれは呆気に取られたまま、男に背中を押され、受付奥の部屋まで連れて行かれた。
受付の子は「こ、困ります!」と何度も止めようとしたが、その男は許可はギルドマスター直々に貰ってるから大丈夫大丈夫と強引に突き通した。
スフォーチとフェイスがその場を後にすると、この一連の騒動に、冒険者達が再び騒ぐ。
「
「適任っちゃ適任だな」
「しかしフェイスの野郎いつからあんな威圧出来るようになったんだ……? 軽くちびっちまったぞ……」
「おれなんて少し大が出たわ……」
「B+を討伐する奴ってのはやっぱり格が違うんかね」
「あの眼は死地を歩いた者の眼だ…… おー恐っ!」
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