57 -「アンラッキー」

 兵士の詰所に戻ったスフォーチは、羊皮紙にペンを入れながら皆に報告の結果を共有した。



「それは、なんつーかご愁傷様だったな……」



 他人行儀におれの肩をポンポンと叩いたのは、同期のバラックだ。同じようにおれに同情の目を向けている詰所の仲間が数人この場にいる。確かにこいつらの代表として顔面を蹴られたのは素直に同情されよう。おれもおれが可哀想だと思う。


 だが、女王はこう言った。失敗したらおれに関係するもの皆縛首だと…… 多少ニュアンスが違かったかもしれないけど、本質は間違ってないと思う。


 バラックが羊皮紙を覗き込んでくる。



「さっきから何書いてるんだ?」


「おれに関係する者リスト」



 おれの問いに何言ってんだこいつ?みたいな顔をするバラック。



(今に見てろ、そのアホ面を絶望で染めてやるっ!)



 はた迷惑なことに、スフォーチはもうヤケクソだった。



「おまえに関係する者のリスト作って何すんだ?」



 リストを書き終わったおれは、その羊皮紙をおもむろに皆の前へ突き出してこう言った。



「女王様は言った。ラミアを無事に見つけて対処できなければ、おれに関係する者全て縛首にすると…… そしてこれがその関係者リストだぁあああ!」


「はぁああああ!!??」



 詰所内は絶望と何してんだという怒りの声で溢れかえった。


 こうしてスフォーチ含め以下5名が、ラミア捜索隊として王国を発つことになる。



< ラミア捜索隊 >

 ・スフォーチ

 ・バラック

 ・アンハー

 ・ピレス

 ・イルフェ



「おまえ…… イルフェはまだ入ったばかりの新人だぞ?」


「知らん。女王様のご命令だ。文句があるなら女王様に言ってくれっ!」



 イルフェはこのメンバー唯一の女性兵士で、つい先週専属されてきたばかりの新人だ。茶色のおかっぱ髪が特徴的で、目は前髪で隠れて見えない上に、よく俯いているのでなんだか陰気臭い。


 初対面の印象はあまりよくなかったけど、話してみると意外にノリの良い奴だった。どうやらただの人見知りのようだ。顔は意外と可愛いけど、身長は153と小さめで、何より出るとこが出てない。残念。


 そして適性は <鵜の目> という珍しい残念適性だと聞いた。水中でよく見えるっていう適性らしい。因みによく見えるだけで水中で呼吸できる訳じゃないし、ガラス製の水中眼鏡でも代用できてしまうので、確かに残念適性だと皆で慰めたりした。



「わたしなら大丈夫だよ。みんなで郊外へ捜索とか、ちょっとわくわくするね!」



 イルフェの前向きな回答に、おれはドヤ顔でバラックの肩を叩く。



「なんでおまえがドヤ顔なんだよっ!!」


「バラック、おまえもいい加減諦めろ! 現実を受け入れるんだ! おれたちはもうやるしかないんだ!」


「く、くそっ…… 開き直りやがったか!」



 おれとバラックはいつもこんな感じである。


 バラックは灰色の髪色をした短髪で、そこそこのイケメン。適性も <剣術上達:小> と効果は低いけど需要のある適性持ちだ。身長175で、兄貴肌。正直頼れる男だと思う。


 因みにおれは身長168で茶髪、顔は平凡そのものだ。と、思っている。適性は <走力強化:中> と人よりかなり速く走れる。報告役にされたのもそれが理由だった。


 アンハーは、小デブ。長く伸ばしたこげ茶のくせっ毛が鬱陶しい男だ。適性は <石頭>。身長170。天然で抜けてるところがあるけど、暗算が得意というチグハグな才能を持っている。見た目通り食事にはうるさい。


 ピレスは、眼鏡をかけた細身の男で、適性はない代わりに9等級回復魔法を努力で習得した勤勉家だ。緑色の髪は少し長め。身長177と背もそこそこ高い。筋肉をつけたら意外にイケメンの類いに入るんじゃないのか?とたまに思う。母子家庭で家が貧しいので、稼いだ金を家に入れてるという苦労人でもある。なんだか巻き込んでしまって申し訳ない気持ちになったりならなかったり……


 その5名で王都ガザを出発。まずは王都の下水先にある川へ急ぐ。


 その前に冒険者ギルドでパーティ登録するのも忘れてはいない。因みにパーティ名は「アンラッキー」にした。



 *パーティ名 : アンラッキー

 *パーティランク : F

 *パーティメンバー :

 ・スフォーチ、Lv31、ランクE

 ・バラック、Lv34、ランクE

 ・アンハー、Lv26、ランクF

 ・ピレス、Lv25、ランクF

 ・イルフェ、Lv20、ランクF



 おれたちは兵士であって冒険者じゃないので、冒険者ギルドに加入してない兵士も意外と多い。おれとバラック以外は皆初登録となったのでFだ。


 最初は乗り気でなかったバラックやアンハーも、カモフラージュとしての冒険者パーティ登録を終えた頃には浮かれ初めていた。バラックは元々冒険者に憧れていた口だから分かるが、アンハーも乗り気になるとは意外だった。ピレスは任務を受けたときもあまり表情を変えずに、深々と受け止めていたので様子はさほど変わらない。



「流石に下水の近くだけあって臭いんだな……」


「アンハー吐くなよ? 下水と川の合流地点はもっと臭いぞ?」


「これくらいの臭いで吐くわけないんだな! イースド産の青カビチーズはもっと臭いんだな」



 アンハーはお勤めで稼いだ金を食事に全振りするくらいのグルメだ。



「それならいいけど。おれは正直もうきつい…… 誰かが吐いたら貰いゲロする自信がある」


「おいおい、情けねーなぁスフォーチ。そういや、下水と川の合流付近にはウォータースライムが多く出没するらしいから皆気をつけろよ?」



 おれは下水の悪臭にノックダウン寸前だ。臭いのダメなんだよ。本当に……


 バラックは皆に警戒を促す。さすが頼れる男。


 するとイルフェが疑問を口にした。首を少し傾げながら、人差し指を頬につけるポーズが少し可愛いらしい。



「でも、なんでウォータースライムなのかな?」



 その疑問にピレスが答える。



「スライム族は消化できるものならなんでも溶かし、自身の栄養として取り込むことができます。ですがウォータースライムは水中で生きるために進化したスライムです。綺麗な水中には栄養とすべき不純物が少ないのでしょう。故に、下水等の汚い水に餌を求めて集まる、またはそこを住処として繁殖すると言われています」



 ピレスは普段喋らない代わりに、こういううんちく話になると途端に饒舌じょうぜつになる。



「えっ!? じゃあウォータースライムはわたしたちのうんち食べてるの!?」



 イルフェの発言におれたち全員がなんとも言えない顔をする。するとイルフェは自分が恥ずかしい発言をしたと思ったのか、顔を真っ赤にして下を向いて黙ってしまった。


 それからは、本当にどうでもいい話をしながら目的へと歩き続けた。



「なぁスフォーチ。川と下水の合流地点についたのはいいが、これからどうするんだ?」



 バラックがもっともな質問をしてきた。



(どうしよう。正直何も考えてなかった。)



 するとアンハーが天然らしい一言を放つ。



「イルフェの適性が役に立つと思うんだな。<鵜の目> で川の中を確認しながらなら、ラミアが川の底に隠れてても見つけられるんだな」



 その発言に真っ先に反応したのはイルフェ自身だ。こいつ何言い出してんのっ!?みたいな顔をしている。



「やだよ!? この川うんちまみれなんだよ!? その中に顔を入れて目を開けたら病気になっちゃうよ!?」


「……うっ。じゃ、じゃあ何か他に案を出してほしいんだな」


「王都で水中眼鏡買って全員でやるんだったらわたしも諦めるけど……」


「そ、それは嫌なんだな……」


「なんで自分が嫌なこと人にやらせようとするの!? 信じられない!!」



 珍しくイルフェが怒っている。


 アンハーが助けを求めているが自業自得だろう。あれは誰でも怒る。バラックがまぁまぁと仲介している間に何か案を考える。



「……ピレス、どうしたらいいと思う?」



 考えても思いつかないときは仲間に頼る!


 するとピレスは、



「ラミアといえど、王都近く、更にはこの不衛生な川に留まるとは考え難いです。上流は街に近付く上に、下水に逃げたラミアは上流を登る体力もないはず。ではあれば下流へ逃げると思います。川沿いを歩いて何か痕跡が見つかればいいですが……」



 ピレス最高!

 ピレスを連れてきて正解だった。



「そうだね。じゃあ川沿いを確認しながら行こうか」



 おれたちは鼻をつまみながら下流を目指す。悪臭がなくなり、川の色も大分綺麗になった辺りで一旦休憩することになった。


 アンハーのお腹がギュルルと鳴ったのをきっかけに、皆で持参したパンや干し肉を齧りながら簡単な食事を取ることにした。


 すると、何を思ったのかアンハーが川の方へ歩き始めた。



「おいアンハー! 川に近付き過ぎて落ちるなよ!」



 バラックがアンハーの身を案じる。アンハーはどこか抜けてるところがあるから心配なのだが、アンハーは余計なお世話だと思ったらしい。



「そんな間抜けじゃないんだな!」



 川の中を覗き込むアンハー。恐らく食べられる魚でも探してるんだろう。


 皆がアンハーを見守りながらパンを齧っていると、突如水面から何か飛び出し……



「ぴぎぃっ!?」



 アンハーの顔面にぶつかった。


 それと同時にアンハーの頭部が跳ね上がり、アンハーはそのまま仰向けに倒れた。



「アンハー!?」



 全員で武器を取り出し、アンハーのもとへ駆けつける。


 アンハーの先には、30cmくらいある大きな水の塊がぷよぷよと動いていた。



「ウォータースライムだ! 皆アンハーの仇を取るぞ!」


「ああ!」「やりましょう!」「アンハーの仇!」



 おれがそう言うと、皆がそれに乗っかった。


 それを聞いたアンハーはむくりと起き上がり、



「……勝手に殺さないでほしいんだな。石頭の適性のお陰で助かったんだな」



 ほんのり赤くなったおでこをさすりながら、アンハーも剣を取り出した。仮にも兵士だ。この程度の魔物でビビるような鍛え方は誰もしてない。


 おれは素早くウォータースライムの背後に回り込み、川への退路を断つ。



「実戦練習も兼ねてLvの低いメンバーから順に仕掛けよう! ウォータースライムは中央に見える核を傷つければ倒せる!」



 Fランクの魔物であれば、Lv20を超えるおれたちなら単騎でも倒せる。というより、その程度の技量が最低限ないとアローガンス王国の兵士にはなれない。


 イルフェ、ピレス、アンハーとそれぞれ順に仕掛けていくが、中々仕留めることができない。



「ぷよぷよのボディで、剣の軌道がずれちゃう! 難しい……」


「外しましたか。やはり実戦となるとイメージ通りにいかないものです」


「はぁはぁ…… もう少しだったんだな。手元が少し狂っただけなんだな」



 敵の反撃を受けないようにヒットアンドアウェイで攻撃離脱をしているため、一撃で仕留めなければならない。


 バラックがそれぞれにアドバイスを投げる。



「イルフェは剣を振るう力が弱い。長剣じゃなくて短剣か細剣レイピアに変えた方が良さそうだな。ひとまず剣を振るよりも突き刺すように攻撃の仕方を変えてみたらどうだ? ピレスはもっと肉食って体重ウェイトを増やした方がいいな。剣に身体が少し振り負けてるぞ。アンハーは逆に少し痩せろ。この程度で息上げて…… もしかして太って弱体化したんじゃないか?」



 仕方ない。不甲斐ない仲間に代わっておれが倒そう。


 スフォーチは脚に力を込め、上半身の力を抜いて剣をだらりと下げた。


 唯一の適性である <走力強化:中> を最大限有効活用しようと編み出した必殺の剣技だ。


<走力強化:中> で強化された足の踏み込みで一気にウォータースライムへと接近する。


 踏み込んだ反動で地面は大きく抉れていた。


 おれは上半身を振り子のように捻って剣をウォータースライムへと滑らせる。



「必殺の ≪ アンダースラッシュ ≫ !!」



 下からすくい上げるような剣線に、ウォータースライムは核ごと真っ二つになる。そしてその身体をゼリーのように地面に撒き散らした。



「どやー!」


「スライム相手に剣技スキル使って自慢するなよ…… 見てるこっちが恥ずかしくなる」



 スフォーチ以外の全員が呆れた顔をしていた。きまりが悪くなったスフォーチは軽く咳払いをすると、真っ二つになったウォータースライムの核を拾って戻ってくる。


 ウォータースライムの核は、素材買取所ならg(グラム)単位で買い取ってくれる。といっても一匹につき1〜2G程度だが…… まぁそれでも小さめのじゃがいも1個くらいにはなる。安月給の兵士には無視できない収入だ。



「このパーティで倒して手に入れた魔物の素材は、パーティ用の共有資産としよう」


「そうだな。俺もそれがいいと思うぜ」


「もっといっぱい狩って夕飯を豪華にするんだな」


「あの程度の魔物だと、数十匹以上狩らないと夕飯にすらならないですね」


「ねぇ皆、この旅の目的が代わってきてるよ」



 こうしておれたちの冒険は始まったのだった。

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