58 -「異世界11日目:カエル」

 苔むした巨大な木々が鬱蒼と茂る道無き道を、人族と巨大な蛇、ラミア、虫、犬が列をなして移動している。


 追っ手を警戒したマサト達は、夜通しの行軍を行っていた。


 皆、緊張しているのか、まだ疲労は見られない。疲労が目に見え始めるのは今夜あたりだろう。そしたら早めに夜営するつもりだ。


 幸い、スネークのお陰でプーアとウィークも怪我なく移動できているので、距離は大分稼げたはず。モンスター襲撃もなく、今のところは順調だ。


 木漏れ日を浴びて緊張が和らいだのか、夜は私語を慎んでいたベルがマサトに質問を投げかけた。



「これから向かっている里って、どんなところ?」


「うーん、他の里とかを知らないから比較できないけど、狼人や犬人や猿人やらが楽しくワイワイやってる里かな。皆が皆、生きるために協力し合ってる感じ」


「そうなんだぁ。そんなに色んな種族の人見た事ないから楽しみ!」



 俺の言葉に、プーアとウィークも反応して目を輝かせた。


 ローズヘイムは王都ガザより亜人への風当たりは強くないようだが、亜人嫌いで有名なアローガンス王国領というだけあり、亜人の数はかなり少ないらしく、ベルやプーアも興味があるみたいだ。


 そしてミアもその話が気になるのか、こちらをチラチラ見ながら話に耳を傾けている。



「そういえば、ミアの生まれた場所はここから遠いの?」



 俺の問いかけにミアは少し眉をひそめた。


 この質問もタブーだったのだろうか……

 少し気まずい沈黙が流れる。



「無関係な人間には教えない」



 ストレートに拒否られてしまった。

 悲しい。



「おっと…… そうだよね。無神経だった! ごめんごめん」



 俺が謝ると、今度はレイアがこちらを見て眉をしかめたが、レイアが何か言うよりも早くミアが言葉を繋いだ。



「お、夫になってくれるならいいけど?」


「……え?」



 一瞬何を言われたのかわからず、思わず聞き返してしまった。


 今度はベルも眉をしかめ、レイアにいたっては既に怒りの表情だ。



「あ、違う! ちゃんと子種をくれるなら教えてもいいってこと!」



(言い直されたら余計に酷くなった!)



 ミアの爆弾投下にレイアとベルが噛み付く。



「ラミア! 貴様何を言っている!」


「な、なんでマサトの子種…… 子を授かりたいの!?」



 ミアは2人の勢いにビクッと驚き肩を竦めたが、レイアとベルの睨みに負けて理由を話し始めた。


 曰く、ラミアは種族特性として女しか生まれない代わりに、子には夫の適性を色濃く引き継げるらしいとのこと。故に強い夫の子種を求めて旅に出るのだと。そしてミアの目標は “魔眼の効かない相手” を見つけることであり、マサトがまさに適任者だったということだった。



「そんなことでマサトを渡せるか! マサトは私のモノだ!」


「そうだよ! マサトはそんな簡単に…… え? レイアさん、今マサトを私のモノだって言わなかった?」



 レイアの言葉に今度はベルが反応する。レイアは顔を真っ赤にしてあたふたしている。



「い、いや違う! これは、その…… こ、言葉の綾だ! マサトが私のモノの訳がないだろう!」


「じとー…… 事実はそうでも、本心がポロッと出ちゃったって感じがするんだけどなぁー」


「な、何を根拠に…… なあ、マサトも何か言ってくれ!」



(おいおい…… ここで俺に振りますかレイアさん。意味が分からないパスですよそれ。どう処理すればいいんですか……)



「俺はまだ誰のモノでもないけど、結構来るもの拒まずなところはあるかもしれない」



(こんな俺でもハーレム作りたい欲求は人並みにあるんだぜ!)



 だからなんとなくちやほやされてるっぽいこの世界に愛着が湧いている。チート能力もあるし夢のようだよ。本当。



「来るもの拒まず……」



 誰かがポツリと呟いたが、誰が呟いたのか分からなかった。




 ◇◇◇




 ガルドラ森林地帯を囲むように広がるガルドラ連山の地中、光の届かないその場所には、高さ10m程の巨大な空間が至る所に点在している。


 それは大半が長年の侵食により自然発生した鍾乳洞や、マグマによってできた結晶洞窟だった。


 その中でも一際広い空間には、シャンデリアのように黄金色に輝くクリスタル “金色竜晶” が一面に垂れ下がり、光の届かないはずの地下空間を幻想的に照らしている。


 その空間の中、少し小高い丘の上には王座らしき椅子があり、体長3m程の巨大なカエルが腰を下ろしていた。


 名を赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キング。フログガーデン北西にあるガルドラ連山の地中を住処としている蛙人フロッガーの亜種で、土蛙人ゲノーモス・トードの王である。


 土蛙人ゲノーモス・トードは、うすい褐色の腹と、灰褐色-黒褐色のまだら模様が背中にあるのが特徴のトード種だ。最大の特徴は背中に並んでいる大小のイボで、このイボには他の種族にとって悪臭に感じる粘液が詰まっている。同種族には魅惑的なフェロモンに感じられるため、悪臭が強ければ強いほど魅力的なオスとされる。


 オスは興奮するとギューギューと低く鳴く性質があり、オスの身長は1m程。メスはオスより大きく2m程になる。


 昆虫が好物で、岩を溶かして食べる岩喰い虫メガコツブムシ(体長20〜30cm程)を、主食兼住処拡大の道具として養殖している。その利用法を考案したのが現在の土蛙王であり、岩喰い虫メガコツブムシの養殖に成功する前までは2000〜3000程だった勢力も、今では8万程にまで膨れ上がっている。


 赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングは、背中のイボが魔力マナを帯びて石化し、赤銅色の宝石サンストーンに変化した変異種だ。冒険者ギルドでは、通常種を基準として希少種がランク+1、変異種はランク+2とするほど、その個体が持つ能力は強力なものになることが多い。


 土蛙王も、種族で唯一7等級の土魔法が使える強者で、岩喰い虫メガコツブムシの養殖を発明した知恵者でもある。


 しかし、そんな土蛙王にも悩みがあった。


 それは、勢力拡大とともに拡張し続けてきた洞窟が手狭になってきたことだった。


 岩喰い虫メガコツブムシも万能ではないため、全ての岩盤や鉱石を溶かせる訳ではない。その結果、残された拡張先はどれもリスクの高いものになってしまったのだ。


 まず一つ目の候補は森林地帯。ここには天敵となる木蛇ツリーボアや爬虫竜が生息しており、敵の数も多い。爬虫竜に一度見つかれば執拗以上に付きまとわれることは必須だ。そして二つ目の候補は連山表層だが、ここにはワイバーンやドラゴンの住処があるので問題外である。定期的に生贄を捧げれば見逃してもらえるかもしれないが、奴らの支配下に下るくらいであれば蛇種と全面戦争した方がまだマシといえる。地下へは岩喰い虫メガコツブムシでも溶かせない強硬な地層が邪魔で抜けられないため、三つ目の候補として、人間の住む地上への勢力拡大を計画していた。



「王、人里からの畏怖、消えた、本当ぎゅす。新たなエリア、進行可能ぎゅす」


「やはりそぎゅか…… これは好機と見るべぎゅだな」



 つい最近までは、土蛙人ゲノーモス・トード達はガルドラの東にある人間の住むエリアに近づくことができなかった。


 なぜかは土蛙王すら分からなかったが、本能がそれに近づくことを拒絶していたのだけは理解していた。そのため、今までは三つ目の候補である人間の住む地上は断念していたのだが、ここに来てその問題がなくなったのは幸運だった。


 土蛙王は、蛇や爬虫竜と戦うよりも、人間と戦った方が勝ち目があると考えている。


 土蛙王はその醜い蛙の顔に醜悪な笑みを浮かべると、目の前でこうべを垂れながら両手を地面に着けている部下へ命令した。



「東と南の地上へ斥候をおぎゅれ。南には西の地下ぎゅう路を使って迂回してぎゅけ。まだ人間のでかい要塞には近ぎゅくなよ。あれの攻略はまだだ」


「ゲロ、ギュー!」



 赤銅宝石の土蛙王サンストーン・キングの命令に、部下の土蛙人ゲノーモス・トードは喉の下にある鳴嚢めいのうを膨らませた独特な敬礼で応えた。



「ぎゅぎゅぎゅ…… これでまた一族を倍に増やぎゅる…… ぎゅぎゅ」



 黄金でできた籠から手頃な大きさの岩喰い虫メガコツブムシを一匹取り出すと、両耳まで裂けた巨大な口でパクリと丸のみした。



「そろそろ岩喰い虫メガコツブムシにも飽ぎゅた。つぎゅは人間もありぎゅな」



 喉元の鳴嚢めいのうを右手で摩りつつ、岩喰い虫メガコツブムシの舌触りを楽しむ。土蛙王にとっての至福のひと時だ。


 天敵のいない地中での生活が長い彼らは、洋服を着るという文化がない。そのため、王含めほぼ全ての土蛙人ゲノーモス・トードが生まれたときのままの姿で洞窟内を闊歩している。中には岩喰い虫メガコツブムシの外皮や地上から拾ってきた落ち葉で身に纏う者も稀にいるが、それは極一部だ。


 基本、彼らはありのままの姿でいることに価値を見出している。特に背中のイボの大きさ、数、香り、美しさは彼らの種族でのヒエラルキーを決定する重要な要素となっており、衣類でそれを隠すということをタブーに感じている者も多い。


 土蛙王の前に、一際イボの大きい土蛙人ゲノーモス・トードが姿を現した。体長が3m程あり、その大きなイボから発せられる臭いに、周囲のメスがギューギューと唸りながら目をとろけさせている。



「お呼び、でぎゅか」


「トードン、早ければ明日、東の人間の住処を襲撃ぎゅる。準備を進めろ」


「何人で、攻めまぎゅか?」


「1000で足ぎゅるだろうが、すぎゅ反撃されても厄介だな。2万で攻めろ。制圧したらそのまま周囲を封鎖し、南にある要塞へと地下を掘ぎゅ進め。分かったな?」


「ゲロ、ギュー!」



 土蛙王の右腕となる大イボのトードンは、土蛙人ゲノーモス・トードの希少種で、レア適性 <身体強化:中> を持つ強者だ。だが頭の回転が若干鈍く、土蛙王はトードンが去ると直ぐさまトードンの側近を呼び出し、作戦の概要を伝え直すのだった。


 自分と同じくらい知恵の回る者が同種族にいないことを嘆きつつも、だからこそ今の地位が安泰であるとも考えられる。先ほどのトードンも隙あればこの王の座を狙ってくるだろう。



「強者が複数住むには、この地中は狭すぎゅる。そろそろ住処を分けるべぎゅだ」



 通常であれば、種族に生まれた希少種は王になるに相応しい力を持っており、土蛙人ゲノーモス・トードもまた希少種を王に据えてきた種族だった。


 現に8万まで人口は増えたが、その過程で生まれた希少種は、先ほどのトードンの他、数える程しかいない。その中でも強い力を持つ2人を、土蛙王の右腕、左腕として従えてはいるが、彼らにとってもこの住処は窮屈なはず。


 これから爆発的に勢力を拡大するには、住処を分けてそれぞれに統治させる必要があると土蛙王は考えていた。そのためには人間の住処を奪う必要がある。


 再び岩喰い虫メガコツブムシを口に放り込みつつ、土蛙王はこの後の計画を頭の中で組み立てるのだった。

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