54 -「夜逃げのような出発」

 この世界に来てから一週間とちょいなのに、毎日が激動の連続だ。今日も今日とてイベントが多かった。まだ夜中に危険な森へ出発するというイベントが残っているけども……


 今は風通しの良くなったグリーディ農場の家にて、皆で夕飯を食べているところだ。


 外は月明かりもない真っ暗闇。


 先ほどまで道を走っていた竜車の灯りもなくなっていた。どうやらあの大量にあった鋼鉄虫スチールバグの死骸も全て運搬し終わったらしい。


 流石冒険者ギルドのマスター直々の命令と言ったところか。とても手際がいい。



「おかわりはいっぱいあるからどんどん食べてね」



 夕飯は、家にあった食料でベルが作ってくれた。ベルは幼い頃からビルマと二人暮らしだったらしく、家事全般のスキルが高い。


 プーアとウィークももくもくと食べている。ミアは余程俺が気になるのか、ここへ戻ってきてからというもの、常にこちらをチラチラ見てくる。今も夕飯を食べながらチラチラと。だが、話しかけてくる様子はない。


 夕飯を食べ終わると、食休みも満足に取らずネスの里へ出発することに決めた。


 ネスの里へは、俺、レイア、ベル、ミア、プーア、ウィーク、スッチー、犬3匹で向かう。レイアが何か反対するかと思ったが、なにも言われなかった。



「レイア、周囲に人の気配はないようだけど、どう?」


「大丈夫だろう。少なくとも近くにはいない」


「じゃあ出発しますか」



 それぞれが荷物を担ぐ。


 俺だけ業務用冷蔵庫を背負ってるみたいになっているが、問題ない。チート筋肉万歳。因みにグリーディの家にある食料や使えそうな物を、軒並み持ち運ぼうとした結果だ。


 夕飯中にスッチーがグリーディの隠し財産を見つけたため、これもありがたく頂戴した。約20万G程だったが、ネスの里についたらプーアとウィークに渡そうと思っている。


 ベルがプーアとウィークの手を繋いで歩いているが、食料を満足に与えられていなかった2人の歩みはやはり遅い。このスピードだとネスの里まで一週間以上かかってしまいそうだ。



 すると案の定レイアが、



「マサト、プーアとウィークを背負えないか?」


「さすがにこの荷物の上に乗せるのは危ない気がするなぁ。背負う余裕はあるけど。まぁもう少し森の奥まで行ったら考えがあるから大丈夫」


「そうか。ならいいんだが」



 森の中を暫く歩く。



「ここら辺でいいかな。皆、木蛇ツリーボア召喚するから驚かないでね」


「何!? 木蛇ツリーボアも召喚できるのか!?」


「正確には、木蛇ツリーボアを倒したときに運良く1体だけ召喚できるようになった。というのが正しいかな」


「……相変わらず凄い能力だな」



 暗闇でほとんど表情は見えないけど、レイアがなんとなく驚きながらも笑っていたような気がした。



「あ、ベル! プーアとウィークのトラウマが蘇っちゃうと可哀想だから、ちゃんと手を握っててあげて」


「分かった! プーア、ウィーク、大丈夫だからね? お姉ちゃんを信じて」


「わかった」「うん」



 見た目に騙されるけど、ベルとプーアって大して年齢変わらないんじゃ…… と思いつつも、俺は召喚を行った。



木蛇ツリーボア、召喚」



 緑色の光の粒子が舞い上がり、全長10mはありそうな巨大な蛇のフォルムを形取る。


 その光景を見ながら、夜だとやっぱり目立ち過ぎるなぁとこの召喚のリスクを改めて認識する。


 光は霧散し、漆黒の大蛇が姿を現した。



[UC] ガルドラの木蛇ツリーボア 2/1 (緑)(1) 

 再生Lv1



「あれ、黒色?」


木蛇ツリーボアは周囲の色に溶け込む。今は暗闇に擬態しているだけだろう」


「なるほど。プーア、ウィーク、この蛇さんの背中に乗れるかい?」


「だ、大丈夫!」「ぼくも!」


「よし、じゃあ乗れる人は乗っていいよ」


「じゃわたしも! ミアはどうする?」


「あ、あたしは大丈夫……」


「ミアも疲れたら遠慮するなよ?」


「……うん」


木蛇ツリーボアに乗せるとは考えたな。ロープを持ってきたのはそのためか」


「そうそう。って先に言っておけばよかったか。ごめんごめん」


「このぐらいのことであれば構わない。重要なことを事前に相談してくれれば、な」


「気を付けまっす!」



 ヤブヘビになりそうだったので、俺はそそくさと木蛇ツリーボアの首にロープを縛り付け、それを手綱としてプーア達に持たせた。木蛇ツリーボアの背中には滑り落ちないよう毛布をかけてある。蛇の背中ってツルツルして恐ろしく乗りにくそうな気がしたので、せめてもの対策だ。



(よし、長旅になりそうだから、この木蛇ツリーボアにも名前を付けてあげるか)


木蛇ツリーボア、お前に名を与える。お前は今日から “スネーク” だ!」


「シァアアア!」



 スネークが喜びの雄叫びをあげる。



(つかうるせぇし眩しい!)



 スネークの身体が緑色に輝いた。


 人目につかず立ち去ろうとしてるのにこの体たらくである。



 スネーク 3/2(固有名強化+1/+1)

 ※ガルドラの木蛇ツリーボア



<ステータス>

 Lv8

 ライフ 42

 攻撃力 81

 防御力 4

 マナ : (虹×3)(緑×111)

 装備 : 心繋きずなの宝剣 +77/+0

 召喚マナ限界突破7

 マナ喰らいの紋章「心臓」の加護

 自身の初期ライフ2倍、+1/+1の修整



 宝剣の補正が+77になってるということは、俺の配下が77体になったということになる。


 仮に貴族を相手取って戦争すると、相手はどのくらいの兵士を集めてくるんだろうか。


 大体人口の1〜3%が兵士になるって聞いたことがあるから、ローズヘイムの人口が約8万人だと2400人くらいが妥当か。モンスター蔓延るこの世界だと流石にもっと多い気もする。自国の兵を使わなくても、公爵なら冒険者やら傭兵やらを500人は集めてきそうというのもある。ヴィクトルが冒険者を貸し出さなかったとしても100人以上は敵に回ると見ておいた方が良いかもしれない。そうなるとまだ勝ち目が薄い気もする。



岩熊ロックベアのように、1体いるだけで40〜50人分くらいの働きを見せてくれる強い個体は今のところいないからなぁ。これは強いモンスター狩り続けて取り入れるしかないか)



 マサトはネスの里へ歩みを進めつつも、脳内では次に起きるであろう人間達との戦争シミュレーションを始めていた。


 マサトを先頭に、木蛇ツリーボア、ミアへと続き、最後尾をレイアが歩く。


 その中で唯一レイアだけが、木蛇ツリーボアの通った後にできる “ 跡 ” を見て溜息をつくのだった。




 ◇◇◇




 マサト達が出発した頃、熊の狩人ベアハンター三葉虫トリロバイトはトレンを含めて今後の話し合いをしていた。


「うちのボスはマジックイーターだって? 冗談で言ってる訳じゃないんだな?」


「うむ。儂らが岩熊ロックベアの希少種と大量の火傷蜂ヤケドバチを討伐したというのは実は嘘でな。本当はマサトが全て1人で討伐したのじゃが、本人から口止めされていての…… 」


「あたしらは全員あの場で死を覚悟したのさ。あたしは片足食い千切られて、ワーグは背中から骨突き出してね。でもこうしてピンピンしてるのも全てマサトのお陰さね」


「片足食い千切られた? うちのボスは5等級回復魔法も使えるのか?」


「いえ、マサトさんは3等級ポーションをお持ちだったんです。それをわたしたちに使ってくれました」



 場に一瞬の沈黙が訪れる。



「……は?」



 パンが発した3等級ポーションという言葉に、トレンの思考はとうとう追い付けなくなった。


 トレンは間抜けな顔を晒しながら疑問の声をあげる。



「ち、ちょ、ちょっと待ってくれ…… 3等級ポーション? 本気で言ってるのか?」


「はい。効果は皆さんで実証済みです。見た目も図鑑で見た物と同じでした」


「そ、そうか…… それは、まだ残ってるのか?」


「マサトさんは5本しかないと言ってました。そのうちの3本を使ってくれて…… もしかしたらまだ残ってるかも知れませんが…… その……」


「あ、ああ。大丈夫だ。そんな物を売ろうなんて馬鹿な真似はしないさ。それを少しでも世に出してみろ、命が幾らあっても足りないぞ……」



 その言葉に、この場にいた全員が気を重くした。


 宮廷魔術師でさえ、6等級魔法となる部分欠損回復が限界の状況で、どんな傷でも一瞬で再生させると言われる3等級ポーションを見せるとどうなるか。


 拷問してでも入手先を聞き出そうとする者が現れるだろうことは、想像に容易かった。



「はぁ…… 大物だとは思ったが、伝説上の怪物だったとは……」


「あんたも男なら腹をくくることさね」


「ああ。ここまでの秘密を知っておいて降りることはしないさ。せいぜい稼がせてもらうよ」


「うーむ。そのことなんじゃが、お主には竜語りドラゴンスピーカーの財務全般を担当してもらいたいと思っとる」


「……何? 屋敷の件は確かに任されたが…… 竜語りドラゴンスピーカーの財務全般?」


「うむ。儂らが月々に稼ぐノルマから、屋敷の家賃やら、装備や防具の管理費用やら全ての収入支出管理をな」



 トレンは呆れた。


 むしろ呆れを通り越して考えるのを止めた顔をしていた。


 トレンには、一代で各都市に店舗を構えるという目標があったのだが、ここ数日でそれが酷くちっぽけに見えるようになってしまっていた。


 マサトに付いていけば、未だ市場に出回ったことのないお宝や希少素材の入手も可能だろう。それを元手に事業を拡大するのは容易いかもしれない。いや、トレンの中ではもうそれは目標ではなく、出来て当たり前の通過点となっていた。


 マサト程の人物の下にいて、それくらいのことをできない訳がない。そして、歴史に名を残す程の人物の下でないと出来ない偉業は何か、と。



 この時、この瞬間、トレンに新しい目標ができた。



 マサトはきっとこの後、国を持つ程の人物になる。もしかしたらこの世界を支配するかもしれない。そんな将来有望な人物の下で、財務全般を管理するということが何に繋がるか。



 各都市に店舗を構える?



 そんなことは些細なことだ。マサトのもとで働けば、ゆくゆくは一国の財務大臣。そうじゃなくても有り余る資金と希少商品で、世界を股にかける大商人の頭目にだってなれるだろう。



 自分も世に名を残せるかもしれない。



 その可能性に、その魅力に、トレンは魅了された。



 新たな目標のできたトレンにもう迷いはない。そんなトレンが、竜語りドラゴンスピーカーのメンバーに伝える言葉は決まっていた。



「分かった。だが任された限りは妥協しないぞ? 今後、竜語りドラゴンスピーカーの金回りは全部おれが取り仕切る。いいな?」



 トレンは若くして一代で店を構えた実力派だ。その発言には既に確固たる意志と、それを成し遂げられるという自信に満ちていた。


 トレンの発言に、竜語りドラゴンスピーカーのメンバーは若干気押されたが、新たなメンバーを全員が歓迎した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る