53.5 - 「いつぞやの紐の正体」
日が沈み、皆が寝静まった頃、里の中を小さい黒い物体が、ぴょこぴょこと移動している。
その黒い物体は、ゆっくりと扉を開けると、家の中へ入っていった。
――それから数分後。
「んがぁ!?」
という、イビキにも寝言にも聞こえる悲鳴が、皆が寝静まった里にひっそりと木霊した。
――翌日。
眠そうに欠伸をする一匹の狼人――ガルが、自分の尻尾を撫でながら歩いていた。
「あれぇー? ガルさん、浮かない顔してどうしたんですかぁー?」
「ポチかぁ。最近、嫌な夢ばぁっか見てよ……」
「嫌な夢ですかぁ。どんな夢です?」
「尻尾の毛を毟られる夢なんだがぁ……」
「それは怖い夢ですね……」
「心無しか、本当に尻尾の毛が少なくなってる気がしてよぉ」
「そんなまたまたぁ〜。夢が現実に起きる訳ないじゃないですかぁ〜。ガルさん、きっと疲れているんですよ。尻尾の抜け毛がこれ以上増えないように、ちゃんと食べて、ちゃんと運動してくださいよ?」
「バァカにすんじゃねぇ。ちゃんと運動してるっつうの。だが、まぁ肉は最近食ってねぇな…… そのせいか?」
「きっとそれです!」
「そうか、そのせいか」
――数日後。
目に大きな隈を作ったガルが、ポチの前に痩せ細った尻尾を見せた。
「おい、ポチ。これ見て見ろ」
「う、うわぁっ!? ど、どうしたんですか!?」
「どうもしねぇ。ただ、前に言った悪夢がまだ続いてんだぁ…… 夜、寝まいと起きていても、少し意識が落ちた瞬間に襲ってきやがる…… おれぁ、もうダメかもしれん……」
「え、えええ!? そ、そんなぁ!? ……ん? あ! ちょ、ちょっとその尻尾良く見せてください!」
ポチがガルの尻尾を手に取り、マジマジと観察し始めた。
「これ…… 実際に毟られてません?」
「……なぁにぃいい!?」
「寄生虫なら虫がいるはずですし、精神的な理由での抜け毛なら、毛自体が弱ってるはずなんですが…… 見た感じ、虫もいないし、毛艶も良くて弾力もあります。後、抜け方が…… 過去に毛を毟られた犬人のそれに、似てるなぁと……」
「んだぁとぉ!? くっそがぁ! 誰かがおれぁの自慢の尻尾を毟ってやがぁるのかぁ!」
「多分…… で、どうします?」
「んなぁことぁ決まってる! 取っ捕まえて白状させらぁ! ポチ、お前も手伝え!」
「やっぱりそうなりますよねぇ。分かりましたよぉ」
――その夜。
再び黒い物体が、音も立てずに家の中へ侵入してきた。
それを寝たふりで待つガルと、ベットの下で息を潜めるポチ。
黒い物体はガルのベットの前で止まると、徐にガルの尻尾へと手を伸ばし始めた。
その瞬間――
「捕まえたぁーー!」
ベットの下からポチが飛び出し、その黒い物体目掛けて飛びかかった。
「おらぁ! 観念しやがれぇ!!」
ポチの叫びを合図に、ガルが勢いよく飛び起き、自分の尻尾を毟ろうとしていた犯人へと目を向ける。
するとそこには――
「きゃーー! ごめんなさいーー!」
頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ女の子――黒髪に黒耳を生やしたネネがいた。
「なっ!? ネ、ネネ? ここで何してやがる!」
「えっ? ネネさん?」
「ガルの綺麗なしっぽの毛で、ブレスレット作りたかったのー!」
「な、なんだぁ…… そうならぁ最初からそう言ぇやぁ……」
「……うぅ、ごめんなさいー」
「はぁ、毛繕いしたぁときに抜ける奴で良けりゃ、幾らでも分けてやらぁ」
「ホントー!? やったぁー! ガルありがとー!!」
「はぁ、一件落着ですかね」
――更に数日後。
「ネネ、こんな朝早くにどうした? 飯ならないぞ」
「にゃー! 違うー! これ、お守り! レイアにあげる!」
そこには、紐で作られた腕輪をレイアに渡す、ネネの姿があった。
「ガルさん…… あれ……」
その二人を遠巻きに見つめながら、微妙な顔でガルへ問い掛けるポチ。
「ポチぁ、何も言うな……」
「はい……」
レイアの腕に巻かれるブレスレットが、自分の尻尾の毛だということに、一抹の気恥ずかしさと、若干の気不味さを感じるガル。
そして、その事実を知ってしまったが故に、レイアに対して罪悪感を抱くポチ。
だが、ガルにはもう一つだけ、今となっては誰にも言えない隠し事があった。
(まさかぁ、レイアへのプレゼント用とはぁなぁ…… 失敗したなぁこりゃ…… そんなもんに抜け毛使うたぁ思わねぇだろぉ、普通…… 抜け毛ならぁ何でも良いだろぉよぉと思ってケツの毛も入れたなんてぇ、口が裂けても言えねぇよなぁ…… はぁ…… 言えねぇよぉ……)
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