53 -「シュビラとネネ」
マサト達がギルドで初依頼を受けようとしていた丁度その頃、ゴブリンの女王シュビラはようやくネスの里に到着しようとしていた。
「やっと着いたのだーー! ふぅ…… われは疲れたぞ……」
まるでそこに隠匿結界があると知っていたかのように、シュビラは結界の前で立ち止まった。
そしてそのシュビラが来ると分かっていたかのように、ネスが姿を現す。
「いらっしゃい。待っていましたよ。しかし、良くここだと分かりましたね」
「われとゴブ郎は意識が繋がっておるからの。実際には見えていなくとも、なんとなく分かるのだ」
「それは興味深い……」
「解剖しても理解はできぬよ。だから邪な考えをするでないぞ?」
「ええ、決してそのような誤ちは犯しませんよ」
お互いが作り笑顔で応戦し合う。
「食えない奴よの」
シュビラが息を吹き出すように短く笑った。
ネスの案内で全員が里の中に入ると、住人が総出で出迎えてくれていた。
「皆の者、われのためにわざわざすまないの。苦しゅうないぞ」
シュビラの物言いに、住人達が顔を見合わせる。
「なんだぁ、あのちんちくりんは? 」
「うぉおお! なんですかあのプリティーな子はぁああ! かわいすぎませんかガルさぁああん!」
「ポチうっせぇ! 分ぁったから耳元で吠えるなぁ!」
「あらやだぁ。あんな可愛い子が新しい住人さん? 里が華やかになるわねぇ」
「ネネくらいの歳かのぅ。まだ小さいのに可哀想じゃ」
住人達の無遠慮な発言に、シュビラの機嫌が少しずつ悪くなり……
「ムキーーーー!! 好き放題言いおってぇーー!! 誰じゃぁああ!! ちんちくりん言ったのはぁああ!!」
激怒するシュビラを微笑ましく見守る住人達。
「皆さん、あまり彼女をいじめないであげてください。こう見えて、彼女はこのゴブリンを統べる女王ですよ」
「いじめられてなんぞおらん! それにこう見えては余計なのだ! われはどこをどう見ても見る目美しいゴブリンの女王シュビラぞ!」
シュビラの発言に、住人達から暖かい声援が飛んだ。
「シュビラちゃん可愛いー!」「シュビラちゃんこそ女王の中の女王だー!」「頑張れー!」「困ったことがあれば何でも言ってくれよー」
その声援に脱力するシュビラ。
すると猫耳の女の子がシュビラのもとへ走っていき、
「シュビラちゃんシュビラちゃん! 特別にネネの宝物見せてあげるね!」
シュビラを強引に連れ去った。
それを住人達は微笑ましく見守る。
「さて。ゴブ郎は、予定通り新入り達に担当の割り振りを」
「了解、ゴブ」
ネスの指示でゴブリン達が動く。
ゴブリン種とはとても思えない程の規律と強さを秘めたゴブリンが、里の労力、戦力となり里を守る。
そしてゴブリン達は日に日に増える。
役割を与えられたゴブリン達がそれぞれ持ち場に移動する様子を、ネスはほくそ笑みながら見つめていた。
◇◇◇
ネネに引き摺られるような形で、洞窟まで連れてこられたシュビラ。
見た目は幼いが、仮にもシュビラはゴブリンを統べる女王である。
そのシュビラが弱い訳はない。
シュビラならネネの手を簡単に振り解くこともできたが、シュビラはそうしなかった。
それはシュビラが元から優しい性格をしているという訳では全くなく、むしろ本来のシュビラはもっと冷酷な思考の持ち主だったのだが、召喚主であるマサトの影響を大きく受けていたため、比較的温和な性格へと変化した故の行動であった。
「いい加減にせい! 小娘!」
「小娘じゃなくてネネだよ! シュビラちゃん!」
そんなやりとりをしながら、2人は洞窟の中へと入っていく。
「じゃーん! 大きな卵! 凄いでしょ! ネネもう少しでお母さんになるんだよ!」
シュビラは、レッサードラゴンの卵がここにあることなど最初から分かっていたが、
「何じゃと? そなたが産んだのか? それは凄……」
「やだなぁー! シュビラちゃん! ネネはこんな大きな卵産めないよー? もうシュビラちゃんってば可愛いーねー♪」
「ぐっ……」
少しの優しさを見せたことで、ネネのペースに巻き込まれていくのだった。
「でもこの子、中々殻から出てこないのー。恥ずかしがり屋なのかな?」
「殻を割ればよかろう」
「シュビラちゃん! そんな乱暴なことしたらメッだよ?」
「………………」
「返事は、はいっ! です! はいっ!」
「……はい」
「よろしー! じゃあシュビラちゃんも卵温めていいよー!」
「(雛よ、早よ卵から出てこんと火で炙って喰うぞ)」
「シュビラちゃんなんか言ったー?」
「われは何も言っておらんー」
シュビラの脅しが効いたのか、卵にヒビが入り、中から蜥蜴の顔をした生き物が顔を出した。
「わ! わ! 生まれた! 生まれたよー!」
「生まれたようじゃな。どうやらレッサードラゴンの雛のようじゃ」
「この子は男の子かな? 女の子かな?」
「雌じゃないかの」
「じゃあ名前はレネちゃんで決まりー! ネネの妹のレネちゃんー!」
「そ、そうか。よかったの。レネよ」
「キューン」
レネは「だからまだ出たくなかったのに……」とでも言いたげに鳴いた。
レネ 1/1 (固有名強化???)
※レッサードラゴンの雛
シュビラ達が合流したことにより、ネスの里の人口は以前の倍になっていた。その半分はゴブリン達だが、ゴブリン達は畑の開墾作業や外部への食料調達など、人手を必要とする作業や危険を伴う作業に大いに貢献している。そして何より住人からの信頼も厚い。
なんとかネネから抜け出したシュビラは、ネスの家で今後について話し合っていた。
「そなたが何を考えているかは知らんが、いずれここは戦地になる。そのための準備をわれはしようと思うが、異存はあるかの?」
「いいえ。お力になれることもあるでしょう。困り事があれば言ってください」
あたかもそれを知っていたかのように振る舞うネスに、シュビラが目を細めた。
「随分余裕じゃの?」
「マサト君がこの里に来た時点で、この里の運命は決まったようなものでしたからね。心の準備は出来ていますよ」
「ほぅ。この地下にあるものもその準備の一環かの?」
シュビラの発言に、ネスが少し意外そうな顔をした。
「バレていましたか。上手く隠せてると思ったのですが、私の隠匿魔法もまだまだのようですね」
「ここ一帯は
「
「侮るでないぞエルフよ。われはただのゴブリンではない。全てのゴブリンを統べる、ゴブリンの女王ぞ」
小さな胸を張り、自信満々に自己主張するシュビラ。
「ゴブリンへの認識を改めなければいけませんね。いや、この世界にいるゴブリンと同じ種族だと思うことの方が間違いなようだ。マサト君が召喚するゴブリンは、私の常識にはない別次元の種族だと認識を改めますよ」
「賢い判断だの。事実、われ含め、旦那さまの召喚したもの全ては、同じ次元の存在ではない。数多に存在する次元の中でもより優れた個体を召喚しておるようじゃからな」
「数多の…… 次元……」
シュビラの言葉に、ネスの雰囲気が劇的に変わった。その顔には狂気的な喜びに満ちた笑みが浮かべられている。
「そう焦るでない。われはこれ以上知らぬが、そなたが旦那さまへの協力を惜しまねば、そなたの望みは叶うかも知れんの。旦那さまとそなたの望みは違えど、その道筋は同じように思える。これからも精進して旦那さまに尽くすがよいぞ」
幼女らしからぬその威厳ある態度に、ネスは自然とこうべを垂れた。
「私とマサト君の目的のため、私の全てを捧げて奉仕すると誓いましょう」
「もちろん、われの望みにもしっかり応えてもらうぞ?」
「あなたの望み、ですか?」
「そう。われの望みは旦那さまにこの世界の王となってもらうことだの。そしてわれはこの世界を統べる女王となる。そうすれば、そなたの目的も果たせよう。われは部下の
シュビラの言葉に、ネスは微笑みをもって回答とした。
マサトの与り知れぬところで行われたこの取引は、この後もマサトに伝わることはなかった。
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