51 -「水魔法」
家の中は物が散乱しており、
その被害は暖炉のある居間に向かっており、
「おーい! 無事かー!? 生きてるなら返事しろー!」
俺の呼びかけにどこからかすすり泣く声が聞こえた。
声の聞こえた方へ向かうと、壊れた暖炉の中に、先ほど助けた女の子と男の子が抱き合うように詰まっているのが見えた。
きっと
もしかしたら、
自分がもしこの子達の立場だったら……
そう考えるとゾッとした。
全身煤だらけになりながらも、なんとか2人を煙突から救助することに成功した俺は、後からやってきたレイアたちに事情を説明した。
「そうか…… 2人が助かったのはよかったが、この農場主は死んだぞ。
「まじか…… それってこの子たちどうなるの?」
「身寄りが他にいなければ孤児院か、奴隷として売られるか。どっちかだろうな」
「そんな……」
「マサト、お前が里親になればいい。もしくは、このまま
「……お?」
「なんだ? 私だってお前の考えていることくらい分かる」
そういいつつも、少し頬を赤くしてそっぽを向くレイアは今日も可愛い。
「ミアの件もあるし、今日の夜にでもここを出発しよう。人攫いみたいになっちゃうけど、手続きに数日取られそうな気もするからなぁ。まぁ2人が良ければだけど」
その言葉に、女の子は、
「わたしなんでもします! だ、だから連れてってください!」
「ぼ、ぼくもなんでもします!」
そんなことを言われたら助けない訳にはいかないでしょう!
「よし! お兄さんに任せなさい!」
「あ、ありがとゴホッゴボ」
女の子が咽る。
手には血が……
「お、おい、大丈夫か!?」
「大丈夫で、す…… たまに出るだけゴホッ、だから……」
俺は不安になってレイアを見たが、レイアは悲しい顔をするだけだった。
この子が煙突から落ちたときにポーションを使ったはずだから、これはポーションでは回復できない類のものか。
「マサト、ネスなら治療できるかもしれない。勿論、ローズヘイムにも治療できる僧侶や薬師がいるかもしれないが。どうする?」
「もしものときはレッドポーションの残りを使って治療する。念のためトレンかパンちゃんに聞いてからここを出ようと思うよ」
俺の言葉にレイアが頷く。
だが、ベルはもっともな疑問を口にした。
「ね、ねぇ、マサトにレイアさん。なんでそんなに急ごうとしてるの?」
言うかどうか迷って、ベルに正直に話すことにした。
「冒険者ギルドを出たあたりから、誰かにつけられてる。1人じゃなく、複数」
「マサト、少し見直したぞ。ちゃんと尾行を察知できていたのか」
「さすがにね」
この世界に来て向上したのは、身体能力だけではないらしいことに最近気が付いたのだ。
耳を澄ませば壁越しにも声が微かに聞こえ、目を凝らせば数キロ先の物も見えたりした。
もちろん、周囲の気配に神経を尖らせれば、こちらに意識を向けている者の気配も僅かだが感じられる。
「そこまで気が付いていたなら話は早い。恐らく1組は
「それって…… わたしのせい……?」
「ベルのせいも何もないよ。俺がマジックイーターである限り、きっといずれこうなったことだと思う。できれば国との戦争は避けたいけど、ミアを連れて行ったことがバレたら危険かもなぁ。はは」
「今日の出来事はすぐ広まるだろうな。だが、敵が行動を起こすのは早くて明日以降のはずだ」
「だな。よし、レイアとベルは宿に置いてある荷物を回収してここで待機、俺はミアと話したらクランメンバーやトレンに話をしてここへ戻るよ」
「分かった」「うん」
「で、えーっと君たち……」
「わたしはプーア。こっちは弟のウィーク、です」
「じゃあプーアとウィークはここを出る準備をしてて、もし俺たち以外の人が来ても隠れてやり過ごすんだ。いいね?」
「わかった!」「はい!」
「よし! いい返事だ! あーあと、下半身が蛇のお姉さんが来ても味方だから優しくしてあげてね」
そうして俺たちはそれぞれ動き始めた。
◇◇◇
―― ミア視点 ――
ラミアの一族に生まれたあたしは、18歳で伴侶探しの旅に出た。
父の顔は知らない。
でも、母は父のことを立派な
あたしもいつかは魔眼にもかからないくらい強い男の人に愛してもらうんだと、子供ながらに夢みたこともある。
ラミアは女しか生まれない種族のため、子を成すためには他の種族の子種に頼るしかない。
でも、ただ子種を取り入れればいいという訳でもなかった。
強い力を持つ子種を取り入れなければ、この過酷な世界ではすぐ淘汰される存在になってしまうだろうことは明白だ。
だからラミアの一族は、強き者の子種を求めて旅に出る。
それがラミアの強さでもあり、この世界を生き抜くために必要な努力でもあった。
ミアは外の世界を知らずに育ったため、世界の敵意に疎い。
そのため、旅先で出会った人間達に追い立てられ、傷つき、弱ったところを捕獲されて見世物小屋に売られてしまうことになる。
ミアは絶望したが、見世物にされるだけならまだ耐えられた。
だが、人間は飽きる生き物。
要求は次第に過激になっていき、ついには野獣との交尾を強要された。
ミアは必死に抵抗した。
魔獣の爪が肌を何度も切り裂いたが、それでもミアは必死に抗った。
そして、魔獣の爪が運よくミアの眼を隠していた拘束具に当たり、わずかばかりかミアの視界が開ける。
それだけでミアには十分だった。
ミアは魔眼を発動し、魔獣を操り小屋を破壊させ、逃げ惑う人間たちにも魔眼を使い、向かってくる兵士達と戦わせた。
だが、王都の守りは堅牢だった。
(逃げられない……)
そう思ったミアは、また見世物小屋に戻るくらいならと下水路に飛び込み、そのまま気絶してしまう。
運よく川の底で目を覚ましたミアは、できる限り地上に顔を出さないようにと、川から川へと身を隠しつつ逃げ続けた。
この時ばかりは、
川底が浅くなり、体を隠すことができなくなったため、ミアは近くにあった森に身を隠す。
長時間水に浸っていたせいで、体温も下がり、身体は弱っていた。
岩を背にしながら日差しを浴びていると、ミアはいつの間にか眠ってしまう。
ふと、ミアは不意に近づく気配を感じた。
「だ、誰だ!? そ、それ以上近づくな!!」
ミアが目を開けると、そこには緑の服を着た黒髪の男が立っていた。
つい条件反射で魔眼を使ってしまったが、その男は魔眼にかからなかった。
「何もしないから取り敢えず落ち着こうか? ね?」
魔眼が効かない?
そんなばかな……
何かの間違いだ…… 何かの……
あたしは目の前の現実が認められなくて、再び、今度は全力で魔眼を発動した。
だが、目の前の男には効かなかった。
夢にまで見たのに。
魔眼が効かない程の強い人に出会えることを夢にまで見ていたのに。
実際に直面してみると、そこには絶望しかなかった。
「多分、それ俺には効かないと思う。理由は分からないけど…… これ以上近づかないから、話だけでも聞かせてくれるかな?」
嫌だ……
嫌だ嫌だ嫌だ……
「あそこに戻るくらいなら…… 死んでやる…… 死んで……」
あたしは魔呼びの口笛を使った。
死ぬ気で、喉が潰れても構わないくらいの全力で。
本来、魔眼はこの魔呼びの口笛と合わせて真価を発揮する能力だった。
魔呼びの口笛で周囲の魔物を呼び寄せ、魔眼で操る。
だが長い年月は魔眼の効かない魔物を多く誕生させた。
そのため、今ではラミア一族でも出番のない能力になっている。
唯一の使い道は、死地での錯乱目的、道連れを狙った自爆行為くらいだ。
そしてミアは後者を選んだ。
だが、ミアは死ななかった。
そして最後に会った人間達も死んでいなかった。
ミアはまだ生きていたことにホッとしたが、また目隠しされている現状に落胆した。
どうせ魔眼が効かないなら、目隠しする必要なんてないのにとも思った。
男はあたしの頬っぺをつねったりしてきたが、一通り聞きたいことを聞くと目隠しを外してくれた。
あたしはまた魔眼を使って逃ることだけを考えていた。
人間は信用できないからだ。
だけど、そう考えて目を開けた先には、今までの怒りが吹き飛ぶくらいの幻想的な光景が広がっていた。
大気中に大量に漂う濃厚な
ラミア一族にとって大地の恵みである
そんな
「……きれい」
あたしは目の前の男、マサトを見て、子を宿すならこのマサトの子種を貰おうと考える。
マサトはあたしにここで待つように言い残し、でかい虫を召喚し、スッチーと名付けた。
スッチーはあたしに懐いてくれているみたいで、なんだか可愛い。
暫くするとマサトが戻ってきた。
大人しく待っていたあたしが意外だったのか、「ちゃんと待っててくれたんだね」と喜んだ。
そして、亜人や魔獣が一緒に暮らす安全な場所へ移動しようとも言った。
人間には何回も騙されてきたのに、マサトの言葉は信用しようとしてしまう自分が不思議だった。
マサトにスッチーごと担がれて人間の住む家まで運ばれると、そこには大蛇の死体が転がっていた。
マサトが「もしかして大蛇とは意思疎通できた?」と聞いてきたので、魔眼で操ることしかできないと言ったら、「その手があったか!」と頭を抱えていた。
入口がボロボロに壊れた家には、人間の子供が2人いた。
なぜか煤を被っていて真っ黒だ。
そういえばマサトも真っ黒に汚れていた。
すぐにマサトは家から出て行ったが、夜にここを発つから待っててとも言った。
人間の子供は、プーアとウィークというらしい。
あたしを珍しそうに見ている。
するとプーアが咳をして血を吐いた。
重病だろうか。
あたしはプーアの身体に触れると、ラミアと
「お姉ちゃん、助かる?」
ウィークが泣きながら聞いてきた。
なのであたしは、
「少しずつ身体から黒いのを取り除いていけば、きっと良くなるよ」
そう答えた。
この子達もあたしを怖がらない。
あたしはマサトの言う理想郷が本当にあるのだと、この時から少しずつ期待するようになっていった。
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