49 -「ラミアの叫び」

「ラミア? 下半身が蛇の?」


「……そうだ。恐らく見世物小屋から脱走でもしたのだろう。先に言っておくが、助けるにしても匿っておく場所がないからな?」



 俺の顔を見てレイアが釘を刺してきた。



(まぁ場合によっては助けるけど……)



「じゃあ取り敢えず見に行きますか」


「ラミアってどんなだろう? 楽しみ!」


「はぁ……」



 俺とベルの浮かれ具合に、レイアがまたため息をついた。


 森を少し進むと、岩を背にして青色の髪をした、下半身が蛇の女性が横たわっていた。


 髪はショートカットで、ボーイッシュな印象があるのに、胸はそこそこ大きく、なんともギャップがある。


 俺たちが更に近づこうとすると、レイアが止めた。



「ラミアは魔眼を使い、幻覚を見せる。恐らくマサトには効かないと思うが、もし幻覚にかけられたと判断したら、思いっきり殴るから覚悟しておけ」


「は、はい」



 幻覚の初期療法が思いっきり殴るとか、本当にそれで合ってるんだろうか……


 ま、まぁ心して掛かろう。



 レイアとベルは木の陰に隠れ、俺だけがラミアに近づくことになった。


 ある程度近づいたところでラミアが目を覚ます。



「だ、誰だ!? そ、それ以上近づくな!!」



 俺を見るや否や、ラミアの眼の色が青から赤に変わった。


 その瞬間、少しだけ俺の視界が歪む。


 本当に少しだけ。一瞬。



「何もしないから取り敢えず落ち着こうか? ね?」



 俺に何の変化も見られなかったのが予想外だったのか、ラミアは一瞬顔を引きつらせると、再びこちらを睨み返した。


 ラミアの眼が先ほどより強く光る。


 再び視界が少し歪んだが、それだけだった。



「多分、それ俺には効かないと思う。理由は分からないけど…… これ以上近づかないから、話だけでも聞かせてくれるかな?」



 ラミアの顔が青くなり、全てを諦めたように脱力し始めた。



「あそこに戻るくらいなら…… 死んでやる…… 死んで……」



 俺の話を全く聞いていないどころか、何やら物騒なことを口ずさみ始めた。


 目は虚ろで本格的にやばい感じがする。


 すると突然、ラミアが大きく息を吸い込み……



「マサト、不味い! そのラミアを止めろ!!」



 ーーーキィィィイイイイ!!!



 耳をつんざくような高音が周囲の木々を、そして森全体を震わせた。



「いぃっ!? な、何!? 何が起きた!?」



 レイアとベルが俺のもとへ駆けつける。


 ラミアはどうやら気を失ったようだ。



「レ、レイア、このラミアは一体何を……?」


「魔物を呼んだ。ラミアの叫びは他の魔物を呼び寄せる。流石に魔獣までは効果がないといいが……」



 魔物を呼んだのか……


 なるほど……


 あの台詞の後でってことは、自爆玉砕覚悟の足掻きだろう。


 すると、微かな地響きを感じた。



「何か来るぞ! 気を付けろ!」


「まじかー…… この地響き、嫌な予感しかしないなぁ。 取り敢えずベル、このラミア頼んだ」


「え!? わ、わかった!」



 ベルがラミアの前で長剣を構え、レイアは岩の上に登り周囲を警戒している。



「ちっ! よりによって鋼鉄虫スチールバグか! マサト! 出番だ! あの虫は硬くて私らでは手が出せない! 頼んだぞ!」


「うげぇ!? なんだこの量!?」



 岩を登ると、小屋がある方角の反対側から、地面が見えなくなるくらいの数のデカイ団子虫みたいな生き物が、大群でこちらへ向かってきていた。



「ベル! もしあの虫が近付いてきたら、決して上に乗らせるな! 奴らは攻撃こそしてこないが、1体1体が重い上に大群でのし掛かってくる。飲まれたら圧死するぞ!」


「わ、わかった!」



 魔物狩るって言ったけど、いきなりこんな大群はいらなかったー!


 つってもやるしかねーか……



「うおおおおおおお!」



 俺は宝剣を抜くと、光の刀身を最大まで伸ばして鋼鉄虫スチールバグの群れに突っ込んでいった。


 宝剣を鋼鉄虫スチールバグの這う地面すれすれを滑らせるように振り回す。


 すると面白いように鋼鉄虫スチールバグが真っ二つになっていく。


 だが死んだ鋼鉄虫スチールバグの上を、後から来た鋼鉄虫スチールバグが次々に乗り上げて突き進んでくるので進行スピードがあまり落ちない。


 こういうときは本当に広範囲魔法があれば!と思うがないものは悔やんでも仕方がない……


 今はとにかく宝剣を振り回す速度を上げるのみだ。


 俺は無心で宝剣をワイパーの様に振り回して鋼鉄虫スチールバグを殲滅していく。


 その甲斐もあり、なんとかラミアのいる岩までは行かせずに食い止められている。



「ベル! 野鼠の群れが来る! 噛まれるな!」


「え!? 今度は鼠!? わかったー!」



 今度は南東の方角から野鼠の群れが……


 早く鋼鉄虫スチールバグを片付けて助けに行かないと……



 鋼鉄虫スチールバグを斬り捨て続けること数分。


 数の少なくなった鋼鉄虫スチールバグが引き上げていくのが見えた。



「ベル! レイア! 無事か!?」



 急いで岩の上へ駆け上がると、そこには鼠の返り血を浴びた2人が立っていた。



「はぁ…… はぁ…… なんとか…… 守りきったよ……」


「これくらいなら問題ない。それより、鼠の群れの中に一角兎も何匹か混ざっていた。回収して夕飯の足しにでもするか? 野鼠もちゃんと処理すれば食べれるが、流石に量が多いな」



 肩で息をしているベルに対し、レイアは、もう肉を食べることに意識が向いてしまっている。



(レイアは本当にお肉大好きだな……)



 俺もお陰で大量のマナをゲットできたから、皆が無事ならよしとしよう。



「っと、それよりもラミアを起こそう。ちゃんと話をしないと…… あ、もしまた叫ぼうとしたら腹パンチで……」


「そうだな。目隠しも念のためしておこう」



 ラミアに目隠しをした後、俺はラミアにポーションを振りかけた。



「ラミアさーん、起きてー」



 頬っぺたをつねる。



「起きろー。起きるんだー」



 更につねりあげる。



「い、いひゃい! いひゃいー!」


「よし、いいかい? ちゃんと俺の言うことを聞くんだ。いいね?」


「ひゃい! ひゃい! いひゃいぃー!」



 俺は手を離す。



「また叫ぼうとしたら腹パンチするからね? いい?」


「………………」



 ラミアは悔しそう口元を歪めている。



「君の傷はさっきポーションで治したから完治してるはずだけど、まだ痛むとこあるかい? 頬っぺた以外で」



 俺の言葉に怪訝な顔をするラミア。



「痛むところはない、でいいかな? じゃあ次の質問。君はなんでこの森にいるの?」


「………………」



 だんまりか……


 俺はラミアの頬っぺたを再度つまんだ。


 ビクリとラミアの肩が跳ねる。



「君はなんでこの森にいるの?」


「に、逃げてきた…… 人間から……」


「どこにいる人間から?」


「……ガザ」


「ガザ?」



 俺が聞き返すと、すかさずレイアが補足してくれた。



「ローズヘイムの東にある王都の名だ」


「へぇー。そこからどうやって逃げてきたの?」


「……川を下ってきた」


「あーなるほど」


「ラミア、お前はガザで何をしていた? そして何をして逃げてきた? 答えろ」


「ちょいちょいストップ! レイア言葉キツすぎ!」



 俺の言葉にレイアが少しムッとしたが、ラミアはちゃんと質問に答えた。



「見世物小屋に入れられて…… 我慢できなくて逃げてきた……」


「やはりか……」


「見世物小屋? レイア何か知ってるの?」


「珍しい魔獣や奇形児を見世物にするだけでなく、亜人や魔獣との性行為ショーや、解剖・解体ショーとかも平気でやる腐った連中だ」


「それは…… 想像以上に酷い連中だな……」



 命を弄んで殺すことを見世物にして金を取る団体か……


 やべーな……



「お、お願い! 見逃して! も、もうあそこには戻りたくない! 戻るくらいなら……」


「大丈夫大丈夫。って人間の言葉は信用できないかもしれないけど。取り敢えず目隠し外すから魔眼かけないでね?」



 俺はラミアの目隠しをそっと外す。



「あ……」



 ラミアの前にいる俺は、ラミアにはどう見えたのだろうか。


 いや、少なくとも普通の人間に見えなかったに違いない。



 何故なら……



 こうしている今も、殺しまくった鋼鉄虫スチールバグの死骸から溢れ出した緑色の光の粒子が、光の帯を引き連れながら空気中を漂い、俺の胸へ次々と吸い込まれていっているのだから。

 


 ラミアの青い瞳には、緑色の光を身に纏った黒髪の男が映っていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る