48 -「薪割りの難易度」

「レイアは、この7地区ってどこらへんだか分かる?」


「大体なら分かる。しかしなんで薪割りなんだ? 魔獣を討伐するんじゃなかったのか?」


「いや、Fランク依頼に討伐系がなくてね。郊外なら近くにモンスターいるかなって。そういやモンスターとか魔物、魔獣って皆呼び方違うけど一緒だよね?」


「厳密に区別されている訳ではないが…… 魔物は、その地域の魔力によって突然生まれる知能のない生き物を指すことが多いな。魔獣は動物と同じように子を成し、知能を持つ個体を指すことが多い。モンスターはそれらを含めた総称だが、気にして使い分けてる者も少ないだろう」


「ほ~、なるほどね。解説ありがと」



 グリーディ農場は歩いて数十分した場所に広がる農場地帯だった。


 他の農場と異なり、木の柵で領地を明確に区切ってある。



 周囲を畑と草原に囲まれた道の先には、立派な煙突が特徴的なレンガ造りの家が見えた。


 2階建てで、三角屋根になっている箇所には屋根裏もありそうだ。


 家の脇には薪を保管しておく小屋があり、その横には犬小屋っぽいものが……


 俺たちが家に近づくと、案の定、犬 "達" が吠えながら走ってきた。



(げぇ…… 放し飼いかよ……)



 レイアが腰の剣に手をかける。



「レ、レイアさん? 殺るの?」


「仕方ないだろう。鎖に繋いでおかない飼い主が悪い」


「狂犬病とか怖いし…… 仕方ないのか……」



 俺の苦渋の決断に、レイアが頷く。



「ふ、2人共! 絶対手を出しちゃダメだからね!?」



 そういうと、ベルは俺とレイアの前に出てた。


 犬達に向けて手を広げながらしゃがみ込む。



「ベル!? 危ないよ!?」


「大丈夫!!」



 犬達に飛び込まれたベルは、尻餅をつきながらも噛みつかれている様子はなく、むしろじゃれつかれている。



「ね? 大丈夫でしょ?」


「寿命が縮むかと思った……」


「意外と度胸があるんだな」



 その様子を見ていたのか、家から腹の出た無精ひげのおっさんが出てきた。


 手には鍬を持っている。



「おめぇらぁ、何しにきたぁ」



 訛りのある間延びした声だが、かなり警戒しているようだ。



「薪割りの依頼を受けてきましたー!」



 距離があるので大声で返答する。



「けっ、冒険者共かぁ…… もたもたしてねぇでぇ早よ来ねぇかぁ」



(大分へそ曲がりな依頼主だな……)



 さっさと終わらせてモンスター退治に行こうと話すと、レイアもベルも素直に頷いた。



 家の中に入ると、怒鳴り声が響く。



「このクソガキがぁ~! 煤を撒き散らすなと何度言ったらぁ! こいつっ!」


「ご、ごめんなさい! 痛いっ…… やめて……」



 なんだか嫌なやりとりが聞こえてしまった。


 謝る子供を殴る男の構図が容易に想像できた。



 俺たちが声のした方へ向かうと、



「きゃあ!?」



 ――ドンッ



 悲鳴と何かが落ちる音。


 嫌な予感がして、音のした部屋へ急ぐ。



「お姉ちゃん!!」


「ばかやったかぁ、使えない姉弟め」



 そこには暖炉から灰だらけになってぐったりとしている女の子を引きずり出そうとしている男の子と、不満顔でそれを見下ろしているさっきの男がいた。


 煙突掃除をしてて落下したのだろうか。


 なら怪我をしているはず……



「手当は?」



 俺が男に聞くと、



「必要ねぇ。放っておけばぁ治る」



 どうやらこの男には女の子を治療する気がないらしい。


 レイアの顔を見ると、レイアは腕を組んで溜息をついた。


 これは好きにしろということだろうか。


 ベルは胸の前で両手を祈るように結び、俺を見ている。


 これは「お願い、助けてあげて!」っていうジェスチャーだ。きっと。



「この子に8等級ポーション使いますよ?」


「いいがぁ、払わんぞぉ?」


「いいですよ。勝手に使います。取り敢えず、空気のいい外に運びますね」



 そう言って、男の子の頭をポンポンと撫でると、俺は女の子を抱き上げて外へ向かった。


 女の子は涙を流しながら咳き込んでいる。


 少しだけ目を開けてこちらを見たような気がしたので、「大丈夫。俺が助けてやるから安心しろ」とだけ言うと、意識を失ったようだった。


 外に出てから、草の上へ女の子を下す。


 そして持参してきた8等級ポーションを振りかけた。


 念のため、もう1個振りかける。


 少ししてヒューヒューと鳴っていた呼吸音がなくなった。


 ちゃんと呼吸できるようになったようだ。


 これでダメであればレッドポーションも使おうと考えていたが、どうやら大丈夫らしい。



「大丈夫かい?」



 そう言いながら女の子の肩を揺すると、女の子はゆっくり目を開けた。



「わたし、助かったの?」


「大丈夫だと思うけど、まだ痛いところある?」


「痛いところは、なくなった、みたい」


「そっか、良かった」



 女の子は身体を起こすと、俺の手にあったポーションを見つめた。



「それ、わたしに使ってくれたの?」


「ん? ああ、ポーションね。使ったよ」


「お、お金は……」


「お金はいらないよ。勝手に使っただけだから」


「あ、ありがとう。ございます」



 そういうと、女の子はすぐさま家に走って戻っていった。


 レイアは腕を組みながら、家のドアの横で壁に背をつけてこっちを見ている。


 すると、俺の隣で女の子の様子を不安気に見ていたベルが、何かを決意したかのように話し掛けてきた。



「良かったね。あの子助かって」


「ポーション持ってきてて良かったよ。というかポーション便利過ぎるな」


「……わたし、マサトのために回復魔法習得頑張ってみるね」


「え? どうしたの急に?」


「こういうときに助けになれる存在になりたいなと思って。わたしには光の加護があるみたいだから、きっと回復魔法も習得できると思うんだ」


「そっか。じゃあ応援するよ」


「うん!」



 俺とベルも依頼主と話をするために家へ戻った。



「薪にするための木さぁ、ここからぁ南に行ったぁ森の近くさ置いてぇある。それを30cmくれぇの長さに切ってぇ、4等分にせぇよ。それぇひとまとまりでぇ5Gだ。切った薪はちゃんと小屋さぁ運べよぉ」


「りょ、了解」



 まじか!


 普通、薪割りとか斧で割るだけじゃないの!?


 森にある木を切断して運んでこいとか割に合わなくないか!?


 どうやらその感覚は正しかったらしく、レイアに「ハズレを引いたな」と言われた。


 だが、まぁ元々森に行こうと思ってたからいいだろう。



 南の森はガルドラ地帯とは違うらしく、たまに魔物が湧く比較的安全な森とのことだ。(レイア情報)


 森までは1kmくらいあり、森から小屋への運搬だけで相当な労力だったため、さすがに荷車を借りた。


 壊したら弁償しろと言われたが、貸してくれただけでもよしとしよう。


 因みに100G満たなかった場合は金は払わないと言われた。


 本当に酷い依頼だ……



 森へ着くと、薪用に切り倒されている木を見つけた。


 ただしたった1本。


 どう考えても、これを薪にしたところで100セットには満たない。



「詐欺だ! 訴えてやる!」


「こういうハズレに当たらないように、冒険者達は事前の情報交換を欠かさないものだが」


「そのための酒場併設か! 納得!」


「教訓にするんだな」


「……はい」



 レイアに冒険者のいろはを説かれてしまった。


 ……ん?


 レイアにも冒険者だった経験があるのかな?



「レイアにも冒険者だったときがあったの?」


「さぁな」



 はぐらかされた……


 まぁいいか。



「森に来て魔物も狩ろうって言っておきながら申し訳ないのだけれど、魔物の探索はレイア頼みだったりするから、レイアお願いしてもいい? 俺はベルと薪割りしてるから」


「はぁ……」



 盛大に溜息をつかれたが、これはレイアのツンデレ肯定だと俺の脳内では変換される。



 するとベルが、



「斧がないけど…… 何で薪割りするの?」


「え…… ああ! そうね! わ、忘れてないよ? 何でも斬れる名刀があるから、俺が斬って、ベルが荷車に載せる役ね!」


「じとー」



 ベルに疑いの目で見られてしまったが、ここは宝剣でさっさと切り分けてしまおう。


 宝剣を取り出し、光の刀身を出すと、ベルが目を丸くした。



「え、ええ!? 光の剣!? マサトって、勇者様だったの!?」



 光の剣=勇者という思考はこの世界では普通なのだろうか。


 やんわり否定しておく。


 まるで豆腐を切るように(実際はその感覚すらないのだが)すぱすぱと木を切っていく。


 ベルが拍手しながら感嘆の声をあげてくれるのが少し心地よい。


 あっと言う間に1本分の薪を作り終える。


 10セット分。


 これで50Gか。


 そして荷車が一杯になる。



(くそがっ!!)



「わたしが荷車で農場に運ぶ?」


「それも手間だから木をそのまま小屋まで運ぶってのはどうだろ」


「え? ええっ!?」



 ベルの驚くリアクションが癖になりつつある。


 薪にする木は確か伐採した後に乾燥させないと使い物にならないって聞いたことがあるけど、そこまで考えなくていいよね?


 取り敢えず、1本だけ木を切り倒し、持ち運べるかどうか持ち上げて確認してみる。


 すると意外にも簡単に担げることが分かった。


 そしてまだまだ余裕がある。


 ベルが隣で「すごーい!」と手を叩いている。


 結局、3本担いだところで、これ以上はバランスが取れないと断念した。


 因みにベルが試しにと1本担いだときは逆に驚かされた。


 この木を小屋まで運ぼうか悩んでいたとき、魔物を探しに森へ入っていたレイアが姿を現した。



「お、ナイスタイミング! もう見つけた?」


「見つけたことには見つけたが……」



 珍しく歯切れの悪いレイア。



「魔物ではなく、傷付いたラミアがいた……」



 ラミア……?


 下半身が蛇で魔眼使うあの有名な?



 俺とベルは顔を見合わせたのだった。

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