43 -「ローズヘイムに拠点購入?」

 トレンの思わぬ提案に、俺は目を輝かせた。


 ベルでもパンでもなく、俺が、である。



「トレンさん、その屋敷っていくらくらいが相場ですか?」



 俺の言葉に、トレンは顎に手を当てて考え始めた。



「そうだなぁ。立地は中流地区で、大通りから少し離れてるから、まぁ静かだけど不便なとこではある。因みにこの店からそう離れてないよ。クランが拠点構えるなら適した土地ではあるね。貴族街に近いと色々面倒なことも多いし。屋敷自体は詳しく見てないからなんとも言えないけど、相場的にあの地区の中古屋敷なら土地付きで2000万Gあれば足りるんじゃないか?」


「思ったより高かった…… パンちゃん、他のクランも拠点買うときこのくらいの出費するもんなの?」


「え!? い、いえ! クラン結成直後でそこまで豪華な拠点は……」


「そうかい? でもあんたのとこのクランにはBランクパーティが少なくとも1パーティはいるんだろ? それなら毎年の返済で最低100万Gはいけるはず。それで20年返済。十分手の届く範囲だと思うけどね」



 毎年100万G以上も稼いでるのか、<熊の狩人ベアハンター> って……


 俺がパンちゃんを見ると、パンちゃんは首を大きく左右に振った。



「そ、そんなに稼いでませんよ!? わたしたち熊の狩人ベアハンターは各地を転々としてましたし、今は、その……」


「ああ、ごめん、大丈夫大丈夫。分かってるから」



 今の熊の狩人ベアハンターは、仲間を2人失ったせいで以前のように狩りができなくなったのが現状だ。


 それをパンちゃんの口から改めて言わせるのは馬鹿者のすることだろう。


 危ない危ない……


 俯くパンちゃんの肩を叩きつつ、俺はトレンに向き直る。



「トレンさんがその屋敷を推したい理由は?」


「お、バレてたか。実は、その屋敷の庭にはなぜかコシの木が生えててね。この店にコシの実を卸してくれてるのもその貴族なんだが、どうやらそのコシの木が、最近実を付けなくなってしまったらしい。それで収入が落ちて屋敷を手放したいとなった訳だ」


「なるほど。で、理由は?」


「……さすがクランリーダーになるだけはあるね。降参だ。正直に話すよ。おれにはコシの木を再生させられる手段がある。それをタダで教えるから、もし成功したらこの店に独占でコシの実を卸してほしい。それが理由だよ」


「本当にそれだけ?」


「本当にそれだけだ。もしかして知らないのかい? コシの実は本当に儲かるんだよ。卸す側も卸される側もね。それに、このままだとあの屋敷にあるコシの木は枯れてしまう。そうなったら困るのさ。うちの店としてもね」


「でも、そんな重要な事実をなんで俺に? コシの木を再生できる手段っていうのも、かなり重要な情報なんじゃないか?」


「重要も重要だよ。これがその貴族の耳に入ったらかなり言い値で買い取ってもらえるだろうね」


「じゃあなぜ?」


「あんたにしかできないからだよ。おれの知識が正しければ、そこにいるギガンティアの血を引く子がいないとできない」


「なっ!?」「えっ!?」



 俺と同時にパンちゃんも「本当に!?」という顔で驚いた。


 ベルは目をパチクリしてるだけで、リアクションはない。


 その姿を見て、俺のリアクションはアホ丸出しだったと後悔した。



「悪いけど、その子が水晶弄ってたときに表示が見えてしまってね。適性がこの地を制定した王族と同じ…… <身体強化:大> に、<状態異常無効>。そして白髪。後は身に纏う王の気品みたいな奴が証拠かな。最後のは勘だけど」


「マジか…… それだけでギガンティアの末裔だと結論付けられるもんなの?」


「冒険者ギルドで何か言われなかったかい? 察しのいい奴ならほぼ確信するはずだけど」



 パンちゃんの方を見ると、申し訳なさそうに頷いた。



「はぁ…… そうだったのか。まぁここの元王族となればそういう事実が伝わっててもおかしくはないのかな。で、再生させるにはどうすればいいですか?」


「それは今は教えられないな。屋敷を購入するなら教えるよ。もちろん購入した後にね。で、どうする? なんならこの店から多少融通してやってもいいけど」



 そんな権限が?と思ったが、どうやらトレンはこの店の店長らしい。


 後から分かったことだが、彼には < 目利き > という商人なら喉から手が出る程に欲しいとされる適性があり、若いうちからコツコツ資産を増やし、ここに店を構えるくらいになったとのことだ。


 一代で店を構えるには才能とたゆまぬ努力がないと実現できない。


 彼の目に隈があるのは、日々睡眠時間を削って仕事に明け暮れているという証拠に他ならなかった。



「うーん、そうだな……」



 買えるものなら買ってしまいたいが、元手をどうするかが問題だ。


 ローンもいいけど、できるなら一括で払ってしまいたい。



 となると方法は、


 ⑴レッドポーションの残りを売る

 ⑵火傷蜂ヤケドバチをペットとして売る

 ⑶マナ封じのペンダントを売る

 ⑷ゴブリン呼びの鈴を売る



 くらいか。



 ⑴はバレたら国に追われる気がするので却下。


 ⑵はパンちゃんにトラウマがありそうだから控えておこう。


 となると⑶⑷。


 これは探り探りやるしかないな。


 こういうときは一番価値が低そうなものから……



「(ゴブリン呼びの鈴、召喚)」



 俺のポケットから、ローブ越しに黒と赤の光が漏れる。



「?」「!?」「?」



(げっ!? 暗がりだとマナの放流見えちゃうのか! 失敗した!)



 トレンは光った部分を見て怪訝な顔をしている。


 パンちゃんは光った部分を見た後、俺の顔を見て目を輝かせている。


 ベルは光った部分を覗き込んでから、俺の顔を見て「何してるの?」という顔をした。



「トレンさん、これを鑑定できますか? ゴブリンを召喚できる古代魔導具アーティファクトです。使い捨てですが忠実なゴブリンを2体召喚できます。因みに召喚したゴブリンは死ぬまで永続的にこの世界に残ります。一時的ではなく永続的に、です」


「!!??」



 俺がゴブリン呼びの鈴をトレンに手渡すと、トレンは目を皿のようにして驚いた。



「な、な、なっ!?」


「と、トレンさん、落ち着いて!?」


「ほ、本物!? どこでこれを!?」



 パンちゃんがトレンを宥めようとするも、トレンは血走った目で訴えた。



「とある遺跡で拾ったものですよ。効果は知り合いのエルフに聞きました。これ、どのくらいの値がつきますか?」


「それが本当なら…… いや、おれの目利きでこれは本物だと分かってはいるんだ…… そうだな…… 少なくとも数百万Gはいくだろう。おれなら300、いや400万Gで買い取る」


「これで400万Gかぁ。ゴブリン1体200万Gか。思ったより値がついた方か」



 だが400万Gでは到底足りない。


 なら……



「仕方ない、これはいくらになります?」



 俺は首から下げていたマナ封じのペンダントを取り出した。


 ペンダントトップは赤い宝石に金の装飾が施されており、赤い宝石の中には、淡い光の粒子が燃える炎のように渦巻いているのが見えた。


 そのあまりの美しさに、ベルとパン、それにトレンまでもが息を飲んだ。



「こ、ここ……」



 ペンダントを手に取ったトレンは、驚き過ぎて上手く言葉を発声できていない。


 一度大袈裟気味に深呼吸して息を整えたトレンは、若干青白く見える顔で話し始めた。



「こんなに小さな宝石に、これほど膨大な魔力が封じ込められたペンダントを、おれは未だかつて見たことがない。これは、間違いなく高値がつくぞ!」


「どのくらい?」


「分からない。だが屋敷が買えるくらいになるのは間違いない。なんならおれがこれを担保に金を融通してもいい。もちろん、差分はちゃんと返すよ。どうだい?」



 まだ7マナ分残ってたけど、まっいいか。


 これで拠点が買えるなら。



「じゃあ、念のためこの鈴もオークションにかけてもらえますか? 代理で」


「代理? ああ、提供元として名を出したくないとかか。それならお安い御用だ。ここには冒険者が下取りにくるときもあるからね」


「じゃあ宜しくお願いします。屋敷の値切りも任せます」


「おいおい、それはちょっと信用し過ぎじゃないのか? 屋敷の値段を偽って中抜きするかもしれないだろ?」


「でも、あなたはやらないでしょ? 目利きのできる優秀な商人なら、ここで俺達の信用を軽視しないはず」



 俺の言葉に目を丸くするトレン。


 暫く沈黙した後、肩を竦めて笑った。



「……はは。恐れいったよ。分かった分かった。屋敷もオークションも全ておれに任せてくれ。期待に添えるよう最善を尽くすよ」


「お願いします。体調にはお気を付けて」


「危なくなったら店のポーション使うから大丈夫だよ」


「それは身体に悪そうだ……」



 俺とトレンは笑いあった。


 勘違いかもしれないけど、トレンとは良き友になれそうな気がする。


 トレンには、何かあればパンちゃんに伝えるようお願いしてある。


 パンちゃんはそのまま宿に戻るらしいので、店の外で別れた。


 購入した大量のポーションを持ちながら、ベルと宿まで並んで歩く。


 日はいつの間にか傾いていた。



「マサトさん、ごめんね」


「何が?」


「店の中で急に呼び捨てして。驚いたでしょ?」


「うん? ああ、少しね。いきなりだったから。でもいいよ。気にせずに好きに呼んで」


「ありがと! じゃあそうするね!」


「うい。でも何で急に?」



 俺がそう聞くと、ベルは夕日を背に白い髪をなびかせながら振り返り、



「えへへ、マサトとパンさんが親しく話してるのを見て意地悪したくなっちゃっただけ!」



 と、頬を赤く染めて微笑んだ。



 12年間、孤独に苦しんできた少女は、マサトとの出逢いをきっかけに、その魅力を少しずつ開花させていく。


 それは紛れもなく恋する少女の顔だった。

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