38 -「冒険者ギルド、ローズヘイム支部」

「サーズ出身のマサトに、ロサ出身のベルか。ソフィー、どうせ見ているんだろ? 意見を聞かせてくれ」



 マサト達が退出した後、ヴィクトルが1人になった部屋で誰かに呼び掛ける。


 すると、紫色の衣装に身を包んだ赤髪の魔女が姿を現した。


 部屋の端に置いてあった椅子に肉付きのよい足を組んで座っている。


 髪は長く、外巻きにカールしており、その笑みには自信が満ち溢れていた。



「あら、バレてたの?」


「ライトがまたお前が消えたと騒いでいたぞ。サブマスターとしてもっと真面目に務めを果たしたらどうだ?」



 ヴィクトルの指摘に、ソフィーは露骨なため息をつき、両手を肩まで上げてやれやれと首を振った。



「呼んでおいてお説教? それにギルドマスターへの助言もサブマスターとしての務めじゃないのかしら?」


「はぁ、そうだったな。で、彼らをどう思う?」



 ソフィーはその魅力的な唇をゆっくりと動かす。



「そうねぇ。マサトって男は、正直得体の知れない気持ち悪さを感じたけど、天使のように可愛いベルちゃんは間違いなくギガンティアの末裔ね。なぜローズヘイムに来て元気そうにしていられるのかが不思議だけど」


「やはりそう判断したか。ギガンティアの末裔については、別途調査団をロサの村へ向かわせよう。彼女が本当に王の血を引いているとなると…… 一波乱ありそうだな」



 ギガンティアの末裔は、ロサ村にある戒めの像から離れられない呪いを掛けられているというのは、上層部のみが知る重要な事実だ。


 だが、先代が死んだことでギガンティアの血は途絶えたとされたのも事実。

 仮に子孫がいてもロサから離れないのは変わらないため、管理する重要性も薄まり、忘れ去られてしまっていたというのが現状だった。


 もし仮にギガンティアの子孫がロサの呪縛から解き放たれたとあれば、各地へ行方を眩ました王権支持派が現れ、ローズヘイムに波乱をもたらすことも考えられる。


 今はまだレベル8だが、ギガンティアの血に宿る適性「身体強化:大」と「状態異常無効」は、白兵戦においては大きな脅威となる。


 魔法耐性の適性はないが、「身体強化:大」により大抵の攻撃に耐え抜き、更には「状態異常無効」の適性により、火傷や凍結等の状態異常効果も一切効かない。


 全ての魔法攻撃が、ただの物理ダメージ換算となるのだが、当人への支援魔法バフは効果があるため、支援魔法バフによって最強の戦士となる。


 それがギガンティア一族が王国を築きあげた強さだった。


 それだけではなく、ベルには強力な光の加護までついている。


 このまま冒険者の道を進んだとしても、ランクAに届く英雄クラスの素質の持ち主だと言っても過大評価にはならないだろう。



「でも、私を呼んだのはベルちゃんの事が聞きたかった訳じゃないんでしょう?」



 そうだ。


 本題は残念ながらそこではない。


 ギガンティア一族の末裔も十分過ぎる程の大きな問題だが、分かっていれば対処は可能だ。


 対策を取ることもできる。


 私に不安を感じさせたのは、マサトと名乗る男の方だ。


 水晶には確かにレベル6と表示されていた。


 だが、通常の表示とは異なる文字で表示されたのだ。



「ああ。マサトと名乗った男の方だ。水晶に古代文字が浮かんだのは初めてだ。ソフィー、君はこれがどういうことだと見る?」



 そう、レベル表示も適性も、全て古代文字や古代数字で表示されたのだ。


 エルフとして長年多くの知識を身に付けてきた私でさえ、簡単な古代文字しか解読できない。



「そうねぇ。単純に古代人ロストヒューマンなんじゃないかしら」


「それは真面目な回答か?」


「あらやだ。私はいつでも真面目よ?」


「……そうだったな。で、根拠は?」


「だって彼からは何も感じなかったのよ? 普通、村人ですら多少の魔力を感じるもの。でも彼からは何も感じなかった。何も。それと水晶の古代文字が根拠ね」


古代人ロストヒューマンは魔力を持たないとされる伝承か。一理あるな。この魔導具である水晶も、元は彼ら古代人ロストヒューマンが作った遺物アーティファクトを真似た紛い物だ。これが古代人ロストヒューマンを認識できても不思議はない」


「で、あなたは彼をどうするつもりなのかしら?」


「彼の目的が分かるまで監視を付ける。対処はそれからだ」



 ヴィクトルはそう言いつつ、ソフィーを見た。



「はいはい。そこで私に振るのね」


「彼のように謎めいた男は嫌いではないだろ?」


「ふふふ、そうねぇ。嫌いじゃないわ。ゾクゾクしちゃう」



 ソフィーは性格に難があるものの、禁術の研究によりエルフの国から追放された奇才、ネスの元教え子だけあって、隠匿魔法にかなり長けている。


 この都市に彼女以上の腕を持つ監視者はいないだろう。



「では頼んだ。水晶に表示された古代文字は、王都にある研究所と、私の故郷であるエルフの国へ送り、解析を進める」


「分かったわぁ。じゃあ行ってくるわねぇ」


「ちゃんとライトに伝えてから向かうんだぞ!」



 ソフィーはヴィクトルの最後の言葉を最後まで聞かずに扉から外へ出て行った。



「はぁ…… 仕方ない。ライトへは私から言っておくか」



 ローズヘイムに新たに現れた問題に、ヴィクトルは今一度大きな溜息をついた。


 貴重なBランクパーティである熊の狩人ベアハンターの欠員に、流離さすらいの風の失踪。


 それに暗殺ギルド、後家蜘蛛ゴケグモの不穏な動き。


 ヴィクトルの悩みの種は増える一方だった。




 ◇◇◇




 ―― 後家蜘蛛ゴケグモのアジト ――



 蝋燭の灯りが、蜘蛛の紋章が刻まれたテーブルを照らし、そのテーブルを囲うように3人の人間が座っている。



「緊急の呼び出しとは何事なのぉん?」



 灰色のローブに身を包んだ者が沈黙を破り、その問いかけに黒色のローブを着た者が答えようとしていた。どちらもフードを目深く被っているため、表情を窺うことはできない。



「ギガンティアの末裔誘拐任務を、A5とA11がしくじった。A11は殺され、標的はロサの村を離れた」



 その声は淡々としているようで、内なる怒りを抑制しているような震えを含んでいた。



「どういうことなのぉん? ギガンティアの宮廷魔術師だったビルマは、赤ちゃん達の長年の工作でようやく殺せたんでしょうん? 邪魔者はもう誰もいないはずだったんじゃないのぉん?」



 灰色のローブを着ていた者は、溜息混じりにそうこぼしながら、薄紫色の軽いウェーブのかかった長髪をフードから外に出した。


 赤ちゃんと呼ばれた者は、背中にひし形が縦に2つ並んだような赤い模様が入ったローブを着ている。こちらは終始無言で椅子に座っているだけで微動だにしない。



灰色ハイイロ、貴様の髪は特徴的過ぎる。ちゃんとフードの中に隠しておけ」


「あらぁん。どうせここにはわらわ達しかいないのよん? 隠す必要なんてないじゃなぁい。それより何で失敗したのかしらぁん?」



 黒色のローブを着た者の指摘を気にする素振りも見せず、灰色ハイイロと呼ばれた者は失敗の原因を追究した。


 その灰色ハイイロの態度に、黒色のローブを着た者は沈黙したが、灰色ハイイロが態度を改める気がないことを察すると、渋々原因を話し始める。



「A5の話では、認識阻害の魔法で隠したアジトに、人間とダークエルフの2人組が突入してきたらしい」


「ダークエルフ? それは本当なのぉん? この街にダークエルフが来たなんて情報、これまで聞いたことがなかったわよぉん?」



 ダークエルフという言葉に灰色ハイイロが警戒した。


 この世界では、精霊術に長けたエルフと、魔族の血を引くダークエルフはそれだけで脅威となる存在だ。


 人と比べ生まれ持った才が圧倒的に高く、更には長寿である。


 故に出生率は低いが、生まれる全ての者が一騎当千の強さを持つとなれば話は別だろう。


 そしてダークエルフに限って言えば、その戦闘能力の高さと気性の荒さから、人の世に出てくる者は大抵裏の稼業に手を染めている。


 灰色ハイイロも他の同業者の介入を警戒したのだが、最も警戒すべきはダークエルフではなかった。



「貴様の不安も分かるが、問題はダークエルフよりもう1人の人間の方が重い」


「ダークエルフより問題? 人間が? どういうことなのぉん?」


「その人間はA5の幻術が全く効かず、更にはA11の血の魔剣でも素肌に傷を負わすことができなかったとのことだ。防御に特化した適性持ちかとも考えたが、A11が腹への殴打一撃で再起不能のダメージを負わされたと報告を聞いて考えを改めた」



 灰色ハイイロは言葉を失う。


 聞いた情報だけで判断するのであれば、その人間は怪物の類いでしかない強さを秘めていることになる。


 幻術特化の戦士による幻術が効かず、魔剣でも傷がつけられない防御力を持ち、更には殴打一つでこちらの戦士を再起不能にする攻撃力を持つ。


 これを怪物と言わずしてなんと表現すべきか……


 黒色のローブを着た者、すなわち黒崖クロガケの部下は皆、黒崖クロガケの特殊加護である「適性移植」の能力で作られた存在だ。


 通常、「適性」は生まれる前から授かる才能として、親から遺伝するものが多いが、「加護」は生まれた後に神から祝福されて授かる才能であり、遺伝することはないが非常に強力な能力が多い。



 黒崖クロガケの持つ特殊加護「適性移植」もまた強力な能力だった。



 特殊とついているのは、加護の中でも群を抜いて異能な力であったためだ。


「適性移植」とはその名の通り、その血に宿る適性を移植できる能力である。適性を抜かれた者は死ぬが、移植された側は死ぬことはない。


 A5の「幻術」も、A11の「血の魔剣」もまた、黒崖クロガケの「適性移植」により他者から移植された適性能力だった。


 後家蜘蛛ゴケグモに忠誠を誓う者に黒崖クロガケが力を与えることで、後家蜘蛛ゴケグモは爆発的に勢力を伸ばしていった背景がある。


 黒崖クロガケは話を続けた。



「その人間はギガンティアの末裔と共にローズヘイムへと来ている。直ちにGシリーズを街に放ったから直ぐに見つかるだろう。報告によればその人間は黒髪とのことだ。白髪の娘といればさぞ目立つだろうな」


「話はそれだけかしらぁん?」


「話は以上だ。貴様も何かあれば逐次報告しろ。緊急であれば背赤セアカを動かしても構わん」


「はぁ~い。黒ちゃんもわらわの欲しい適性の件も忘れないでねぇん」


「問題ない。その件にはB2とB16を向かわせている」


「期待してるわぁ~ん」



 灰色ハイイロが席を立ち、蝋燭の灯りの届かない暗闇へと姿を消した。


 背赤セアカは結局一言も発さなかったが、2人は気にしている様子はない。


 黒崖クロガケ背赤セアカを連れて席を立つと、誰に聞かせる訳でもなくぽつりと呟いた。



「ギガンティアの適性を早く手に入れなければ……」



 そう呟いた黒崖クロガケの手は小刻みに震えていた。

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