38.5 - 「パンの救世主様」
「パンが調合してくれたはちみつ、すんご美味かったぞ〜」
「本当!? やったぁー! ヒグさんに認められれば本物だね!」
「かっかっかっ! 残念だったね、パン。ヒグは、はちみつなら何でも美味い美味いって食べるんだよ。はちみつに関してはバカ舌さね」
「ええー!? マーレさん、そんな酷い!」
「ほっほ。そんだな〜。はちみつは何でも美味いぞ〜」
「ヒグさんまで!!」
――ヒグさんが笑っている。
「パン、いい? 男には、惚れても絶対媚びちゃ駄目よ? むしろ突き放すくらいが丁度良いんだから。覚えておいて」
「えっ…… それ本当ですか?」
「本当よ。百戦錬磨の私を信じなさい」
「あっ、もしかして…… ラアナさんがフェイスさんにする態度も、実は……」
「いやいやいや、ないないない。あれは本心よ」
「え、ええ? じゃあ、相手はどうやってラアナさんの本心を見分けるんですか?」
「それはね、パンが本気で恋したら分かると思う。隠しても自然と態度に出ちゃうから」
「そういうものですか」
「そう。そういうものよ。ふふふ」
――――ラアナさんも笑っている。
「パン先に行ってるぞ〜」
「ごめんね、パン。最後まで守ってやれなくて…… 元気でね」
――――――もうここにはいない、二人の笑顔が、純白の光に包まれて消えて行く。
「ま、待って…… 行かないで……」
必死に手を伸ばす。
届かないと分かっていながらも、二人とお別れしたくない一心で手を伸ばし続けた。
「行かな…… い…… で……」
気が付けば、わたしは宿のベットの上で、天上へ向けて手を伸ばしていた。
涙が溢れ、頬を伝って枕の色を変えた。
「夢……」
溢れた涙を手で拭う。
そして。
また涙が溢れた。
◇◇◇
一通り泣いて満足したわたしは、赤く腫れた瞼をフードで隠しながら、気分転換に外へ出掛けました。
当てもなくブラブラと散歩した後、結局はギルドの資料室に到着。
(やっぱり調べ物してる時が一番落ち着くなぁ)
マサトさんが持っていた紅色のポーションは、3等級ポーションで間違いありませんでした。
資料には、こう記してあります。
『レッドポーション――3等級回復魔法に相当する紅色のポーション。効果:瀕死蘇生。死んだ直後なら、その者の死をなかったことにできる驚異の回復力を持つ、
(
わたしの命一つ程度じゃ、到底足しにならないくらいの代物でした。勿論、一生奴隷として働いたとしても、とても返済できる程度の価値ではないです……
資料には、更にこう記されていました。
『フログガーデン大陸の西、大海を越えた先にある大陸にて、発見の記録あり。古代遺跡より発掘されたそれは、宝石のように、紅色に輝いていたとされる。しかし、この奇跡のレッドポーションが元凶で内戦が起こり、いくつもの国が滅んだ過去があることから、かの大陸では、レッドポーションを「
(
資料を見ながら、終始固まっていたわたしが視界に入らなかったのか、同じように調べ物をしていた冒険者の二人組が何やら会話を始めました。
「そういえばさぁ、
「えっ!?
「それがさぁ、ギルドの報告だと、
「え? ええっ!? ちょっと待って、
「そう。危険も危険よ。その事前情報なしに討伐行ってたら、確実に死が待ってるわよ」
「怖ぁ…… あ、でもそれを討伐したんでしょ?
「私もそう思ってるいたんだけどさぁ。
「本当に!?
「でも、代償も大きかったみたいねぇ」
「代償?」
「
「そっか…… それは辛いね。他のメンバーも重傷?」
「それがさぁ、他のメンバーは無事なんだって。二人も死ぬような激戦で他は無事って、私はなんだか引っかかるんだよねぇ」
「奇襲されて、最初に二人失ったとかじゃないの? 現場じゃ珍しくないでしょ?」
「それもそっかぁ。話によると、
「えっ? 何でそこで
「どうやら、横取り狙ったらしいよ」
「ええっ!? 横取り!?
「あくまで噂だけどね。任務中の横取りは流石にやらないだろうけど、
「そんな上手くいくかなー?」
「まぁ、あくまでも噂よ。噂」
「噂ね。それはそうと、
「討伐依頼っていっても、ガルドラのモンスターは、街道近くとかに出てくるとかないから、討伐というより、希少素材の剥ぎ取り依頼がメインだと思うし、そんなに高額にはならないと思うけど」
「えー、じゃあ何で危険を冒してまでそんなとこまで狩りに行くのよ」
「
「仲間の命賭けてまでやる事じゃないよね。やっぱり仲間は慎重に選ばないと……」
「あんたがそれ言うのぉ? あんたの彼氏、この前何したんだっけぇ?」
「あっ! それは言わない約束でしょ!」
「さぁ、どうだったかなぁ」
「あっ、ちょっと待ちなさい! 待てー!」
そう話をしていた二人組は、バタバタと騒がしい感じで部屋から出て行きました。
わたしは二人が去るのを、じっと黙って待ちました。
(……そろそろみんなとの待ち合わせ時間だ。行かなくちゃ)
マサトさんの手柄が、まるで
その事実に、申し訳なさやら恥ずかしさを感じて、胸がズキンと痛みました。
肩に重荷を載せたかのように、身体がずっしりと重いです。
わたしは痛む胸を両手で抑えながら、資料室を後にしました。
◇◇◇
「全員、集まったか」
ワーグさんが、椅子に座ったみんなを見回しながら話し始めました。
すると、マーレさんが真っ先に応じます。
「少なくとも、マサトのお陰で、身体は健康そのものなんだ。それに、皆、仲間の死が辛いってだけで寝込むような覚悟でやってないさね」
「そうだな」
部屋に、再び重い空気が漂いました。
忘れたくても忘れられない “あの日” を思い出したからだと思います。
「皆に集まってもらったのは、他でもない。マサトに使ってもらった回復薬――レッドポーションの代金について、だ」
ワーグさんの言葉に、みんなの表情が沈みました。
みんな、不安気です。
すると、マーレさんが恐る恐る聞き返しました。
「……で、実際はいくらくらいするんだい?」
その問いには、わたしが答えます。
「わたしが調べてきました」
わたしは先ほど調べてきた内容を全て話しました。
その内容に、みんなの顔から徐々に生気が抜けいきます。
「
「瀕死…… 蘇生……?」
「
セファロさん、ジディさん、ラックスさんの顔が引き攣ります。
すると、フェイスさんが乾いた笑いをあげました。
「はは、改めてそういわれると、とんでもないものを使わせちまったって気持ちになるね〜。でも、パンちゃんの話が本当なら、お金で買えるような代物じゃないって事だろ? これって、助けてもらった対価を払えないってことじゃないか?」
フェイスさんの問いかけに、ワーグさんが頷きます。
「うむ」
そして少しの間を置いてから、ワーグさんは呟くように次の言葉を発しました。
「ローズヘイムで過去に最高額で落札された
「結局、それしか選択肢がないなら仕方ないさね」
「あれ、姐さんが反対しないとか意外だ。こういうことは、真っ先に反対するとばかり……」
「フェイス、あんたももう少し人を見る目鍛えな。あたしだって乙女だよ。死に間際に颯爽と助けに来てくれる王子様に、憧れる気持ちだってまだ残ってるんだよ」
「……乙女」
「あん? 何か言ったかい?」
みんなが、ガヤガヤとそれぞれが不安や不満を話し始めました。
なので、わたしは――
「わたしは、労働奴隷になります。マサトさんの労働奴隷に。大切なみんなの命を救ってくれたから。その恩はちゃんと返さないと」
わたしの言葉に、みんなが驚いた顔をしました。
でも、マーレさんはそんなわたしを見て、大笑いしながら頷いてくれました。
「かっかっか! 良いじゃないのさ! まさか、ここにいる腑抜けの男共なんかより、パンの方が一番肝が据わってるさね」
「腑抜けって、そりゃないぜ姐さん。まっ、マサトっちが助けに来なかったら、全滅していたのは確かだし、レッドポーションを使ってくれなきゃ、ワーグさんや姐さん、それにおれっちやジディちゃんも確実に死んでたのも間違いない。労働奴隷になる覚悟は、おれっちだってもう出来てるよ」
「ほぉ〜、あのフェイスがねぇ〜。因みにあたしは性奴隷でも受け入れるつもりだよ」
「……げ、それは何て拷問」
「ああん? フェイス、さっきからちょいちょい気に触る発言差し込んでくるじゃないのさ。後で覚悟しておきな!」
「な、ほ、本の冗談だって。嫌だなぁ、姐さん、落ち着こう? な?」
マーレさんとフェイスさんはさておき、
踏み倒すことも出来ないことはないですが、その場合は、代償として冒険者としての資格を失います。相手によっては、命を狙われることも……
でも、マサトさんはきっとそんなことしません。
だって、レッドポーションを使わずに売れば、労働奴隷ですら複数買えるだけの代物だったんです。
労働奴隷が欲しくて、わたし達を助けたんじゃないことは明確です。
結局、
みんなは不安気です。
それは仕方ないと思います。
でも、きっと大丈夫。
また、みんなで冒険できるようになります。
だって、マサトさんは――
(もう一度、会いたいな…… 会ってちゃんとお礼を言いたい…… 光の救世主様に……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます