37 -「異世界9日目:意外なチート」

 異世界9日目。


 俺はベルとレイアを連れてローズヘイムへと出発した。


 ベルの旅支度はとても早かった。


 というよりほとんど持ち歩くような物がなかったという表現の方が正しい。


 少しの着替えと、家にあった残りの保存食と水筒、それにお金を持参しただけだ。


 昨日の死人のような表情から一変、今では表情が生き生きしているように思える。


 腰あたりまで伸びた白く綺麗な長髪に、12歳には到底思えないプロポーション。


 将来とても美人になるだろう。


 既に美少女の枠から飛び出ているようにも思える。


 一方、レイアは昨日から機嫌が悪い。



(どうしたものか……)



 ロサの村からローズヘイムへはそんなに時間がかからなかった。


 門番には予め決めておいた生い立ち設定でなんとか切り抜けた。


 ベルもローズヘイムに来るのは初めてのようで、見えるもの全てに眼をキラキラさせている。


 その隣で俺も武器や防具を売っているファンタジーっぽい露店や建物に眼を輝かせていたから、他人のことをとやかくいう権利はないのだが。



「マサト、まずはギルドへ行って身分登録をしてこい。その後、素材の依頼確認を忘れるな。私は入れないから先に宿で待っている。場所が分からなければ誰かに聞けば分かる」


「了解。せっかくだからベルも一緒に行こうか」


「はい! ギルド楽しみです!」



 レイアは俺とベルのやりとりを横目に一人でさっさと目的の宿へと歩いていってしまった。



(やっぱりなんか不機嫌だよなぁ……)



「レイアさん、なんだか怒ってます……? わたしのせい、ですよね……」


「ベルのせいじゃなくて、俺の態度のせいだと思うよ…… 後で何か買ってあげたら機嫌直してくれるだろうか……」



 昨日は「ベルちゃん」と呼んでいたのに、今は「ベル」と呼び捨てにしているのは、ベルにちゃん付けしないでほしいとお願いされたからであって、急激に関係が狭まるイベントが夜に起きた訳ではない。


 俺はベルと共にギルドへと向かう。


 ギルドの扉を開けると、夢にまで見た光景に心を奪われた。


 ギルド内は、扉から正面がカウンターになっており、左側には依頼書が大量に貼られたボードと二階へと続く階段がある。そして右側にはテーブルがいくつも並べられている。


 カウンターから料理の注文ができるらしく、テーブルには酒やつまみが並び、見るからに冒険者っぽい格好の人達がグループ毎に集まって談笑をしていた。



「すげー、これが冒険者ギルドか」


「本当に、凄いですね! なんだかワクワクしてきました!」



 完全にお上りさん丸出しの台詞が良くなかった。


 そんな2人を見た冒険者の1人が、さっそく絡んできた。



「なんだなんだ? 黒髪に白髪のお上りコンビかよ! ここはいつから見世物小屋になったんだ? おい聞いてんのか?」



 ギルドで不良に絡まれるセオリーイベントか!


 こいつ倒しちゃっていいんだろうか。


 いや、まだ嫌味言われただけだ。


 手を出されたら返り討ちにしよう。


 先に手を出して怪我させて慰謝料とか請求されても厄介だし。



 相手が手を出してくるのを少しワクワクしながら何も言わずに待っていると、絡んできた男を止める声が上がった。


「おーい兄ちゃん、そこらへんで止めときな? この人はおれっち達の恩人だ。今度絡んだら熊の狩人ベアハンターが黙ってないぜ?」



 茶髪のチャラ男に邪魔され…… いや、助けられてしまった……



「なっ! くそっ、なんだよ。熊の狩人ベアハンターの連れかよ…… つまんねぇ」



 絡んできた男は悪態を吐きながらテーブルへと戻っていく。


 そのテーブルに座っている数人がこちらを睨んでいる。


(……もしかしたら人相が悪いだけかも知れないけど。だがまぁ、これは無視しておいた方が良さそうだな)



「マサト! 待ってたぜ! というか待ちくたびれたぜ」


「えーっと、ちょっと名前思い出すから待っててくださいね……」


「ひどっ!? お、おれっちだよ、おれっち!」



 昔懐かしいオレオレ詐欺か! 少し違う気もするけど…… と思いつつも必死に思い出す。



「あ、思い出した! フェイスさんでしたね! 無事にローズヘイムに戻れたようでよかったです」


「そ、そう、フェイスっす。冗談とかじゃなくてガチで忘れてたのか…… それはそれで凹む! で、ここへは依頼探しに来たのかい? おれっちで良ければなんでも手伝うぜ?」



 どうしようか。


 いや、フェイスさんに聞いた方が早そうだな。



「手持ちの素材の依頼確認と、ギルドへ登録しに。あ、この子はロサの村にいたベル。訳あって一緒に旅することになったんで、どこかで会うことがあれば目をかけてくれると嬉しいです」


「依頼確認ね! おれっちに任せなさい! それにこの美少女はベルちゃんと、おれっちはフェイス、宜しくね」



 フェイスはとても自然にベルと握手している。


 フェイスはチャラいけど、顔が広そうだから、ベルが困ったときに助けになってくれるだろう。



「こちらこそ宜しくお願いしますね!」



 ベルは頭を少し横に傾けつつ、満面の笑みでフェイスに返答した。


 ベルの白い髪がふわっと舞い上がり、扉の隙間から溢れた光が反射してキラキラ輝いている。



(やばい、この子可愛いというより天使だ)



 フェイスもそう思ったのか、ベルの笑顔を見て一瞬固まっていた。


 こちらの様子を見ていたギャラリーからも、「おおっ」だとか「か、可愛いっ」「惚れた!」とか野太い声の歓声が聞こえる。


 硬直から復帰したフェイスは、どうやら本来の目的を思い出したらしく、俺とベルに一言断ると他のメンバーを呼びに外へ飛び出していった。


 そう言えば、ワーグさんから素材報酬を渡すって言われてたんだった。


 召喚術があればお金は稼ぎ放題な気がするから、特に気にしてないけど、まぁいいか。


 俺は気を取り直して、ギルドの受付へと向かった。



 そして立ち止まる。



 空いてる受付は3つ。


 左は、160cmくらいの身長で猫耳の可愛い系の受付さん。こげ茶のショートカットで癖毛なのか所々が跳ねている。胸は小ぶり。犬歯が特徴的な子だ。こちらをニコニコしながら見ている。


 真ん中は、170cmくらいの身長で巨乳のおっとり系の受付さん。垂れ目でブロンドの髪を束ねて右肩に垂らしている。


 右は、165cmくらいの身長で、青色の内巻き気味のボブヘア。胸はそこそこ。そしてジト目である。



 ギャラリーから「あいつ立ち止まったぞ」「究極の選択だよな」「俺はセリアちゃんを選ぶに今日の晩飯賭けるぜ」「ロアちゃんの可愛いさが一番だろ」「ノクトちゃん選んだら殺す」となんだか盛り上がり始めてしまった。



(立ち止まるんじゃなかった!)



 受付の人も俺がどの窓口に行くのかこっちを見ている。



(か、帰りたい……)



 一瞬、ベルに任せようかとか情けないことも考えたが、ここは自分の心に素直になろうと決めた。



 俺の向かった先は……





 向かって右の、ジト目が可愛い子!!




 ギャラリーからは、「ノクトちゃんかぁー!」「あーくそっ! 見誤った! 俺の晩飯が!」「あいつ分かってねーな。ロアちゃんの良さをよぉ。まぁライバル増えなくていいけど」「俺のノクトちゃんを…… あの野郎、殺す」って、一部物騒な奴が混ざってないか……


 俺が受付テーブルまで近づくと、ジト目の受付の子が先に声を掛けてくれた。



「ようこそ冒険者ギルド、ローズヘイム支部へ。何かご用ですか?」



 ジト目の子は眉一つ動かさずに淡々と口上を述べた。


 だがそれがいい……


 予想通りで少し嬉しくなる。



「あのー、登録がしたいんですが。俺とこの子、2人」


「はい、分かりました。ではこちらの用紙に必要事項を記入お願いします。登録には1000Gが必要です。別途代筆が必要であれば100Gで承ります」



 この世界の通貨単位は、Gゴールドで統一され、紙幣はなく、貨幣が流通している。


 リアル世界との相場観は1G=10円くらいだと思う。


 貨幣の種類は以下だ。


 1G=鉄貨

 10G=銅貨

 100G=大銅貨

 1000G=銀貨

 1万G=金貨

 100万G=白金貨



 手持ちはネスから貰った金貨3枚だから、3万Gだ。


 ベルの分も支払えるから問題ない。


 この世界の文字が読めるか不安だったけど、用紙を見て安心した。


 がっつり日本語で書いてある。



「ベルは読み書きできる?」


「はい! ビルマに教わったので大丈夫です!」


「おっけー。じゃあ、これね」



 俺は用紙をベルにも渡し、2人で並んで記入し始めた。



 -----------

 名前:マサト

 年齢:25

 性別:男

 種族:人間

 出身:サーズ

 ジョブ:なし

 習得魔法:なし

 -----------



 これでいいのかな?


 出身で記載したサーズは、予めレイアと相談して決めておいた設定だ。



 サーズとは、ロサの村の更に北へ行った地域のことで、その地域一帯は作物の育たない不毛の地が続いている。この地に住む民族は、モンスターの狩猟で生計を立てる戦闘民族が主であり、外部の人間に対する敵愾心も強い。そのため、目的なく訪れる人間はいなく、今では国の支配が及ばない無法地帯の一つとなっている。


 つまりは、この出身と偽ってもバレないということだ!


 とはいえ、少し緊張しながら用紙を提出する。


 受付の子が用紙を見て、そして俺をジト目で見つめてきた。



「虚偽の記載は重罪ですが、嘘偽りありませんね?」


「は、はい。大丈夫です」



 一瞬動揺してしまったが、どうせバレやしまい。


 大丈夫だ。


 大丈夫…… だよね?



 ベルも丁度書き終わったようで、受付に提出した。



「では、お二人ともレベルと適性を調べますので、こちらの部屋へお越しください」


「……え?」



 ジト目の子にカウンター裏の部屋へ案内される。


 レベルと適性?を調べるとか事前にレイアから聞いてなかったんだけど、大丈夫なのだろうか……


 部屋には、モノクルを掛けた痩せ型の男性が座っていた。


 銀色の長髪を束ねていて……



(あれ、耳が長い……)



「いらっしゃい。新人さんだね。ようこそ冒険者ギルドへ。歓迎するよ」


「はい、宜しくお願いします」


「宜しくお願いします!」



 ジト目の子が、銀髪のエルフに用紙を渡した。



「ほぅ、サーズ出身とロサ出身か。珍しい客人だね」


「は、はぁ」


「そんな警戒しなくとも詮索はしないよ。私達、冒険者ギルドの誓いを破らなければ、ね」



 この世界のエルフは皆こんな感じなのだろうか。


 ネスといい、なんというか含みを持たせる言い方が好きみたいだ。



「それではさっそく君達のレベルと適性を調べてみようか。この水晶に手で触れてくれるだけでいいよ」


「分かりました」



 ステータスではLv6だけど、あの水晶にはなんて表示されるのか、少し楽しみではある。


 銀髪のエルフは、水晶を覗いた後、首を傾げた。



「おや…… 故障かな? 念のため、この別の水晶にも触れてくれるかな」


「は、はい」



 どんな表示が出ているのか気になる。


 故障と錯覚するくらい飛び抜けて強い数値が出ちゃってるとかだろうか?



「……どうやら魔導具の故障ではないみたいだ。今までにレベルや適性を調べたことはあるかい?」


「い、いえ。今回が初めてです。何か悪い結果が出たとか、ですか?」



 手に汗かいてきた。



「ああ、心配させてすまない。レベルは6、適性は表示が崩れていて読み取れないだけなんだが、こういう表示は初めてでね。取り敢えず、適性はなしにしておこうか」


「は、はぁ」



 なんだか拍子抜けしてしまった。



「レベル6って高いんですか?」


「非戦闘民ならそのくらいのレベルだよ。駆け出し冒険者にあたるFランクでレベル10くらいかな」



 低っ!


 俺のレベル低っ!


 というか戦闘民族の多いサーズ出身でレベル6って胡散臭さ満載なんですけど!



 そんな俺の心配を余所に、銀髪のエルフは大して気にした様子もせず、ベルへと話しかけた。



「今度は君の番だよ。この水晶に触れてもらえるかな」


「はい!」



 ベルが水晶に触ると、水晶が眩く光り輝いた。


 銀髪のエルフも、扉でこちらの様子を見守っているジト目の子も息を飲んだのが分かった。



「こ、これは…… レベルは8だが、適性が…… < 身体強化:大 > に、 < 状態異常無効 > ? それに強力な < 光の加護 > も付いているようだ」



 ……。


 俺よりレベル高い上に、チート適性か!


 さすが王の血筋と言いたいところだけど、これってギガンティアの末裔だってバレやしないだろうか……


 ベルは喜んでいいのか分からず、あたふたしながら銀髪と俺の顔を交互に見ている。


 まぁ俺はレベル6で適性なしだしな。


 遠慮するよね。



「君は、名をベルと言ったね? ご両親の名を教えてもらえるかい?」



 あ、完全にバレてる。


 ベルがこっちを見たが、ここで首を横に振る訳にもいかず…… 縦に頷く。



「あ、あの…… 物心ついた時から両親はいませんでした」


「そうか…… 詮索はしないと言っておきながら失礼なことを聞いてしまった。すまない。お詫びと言ってはなんだが、今回の君達の登録料はタダにしておくよ」



 えっ!


 登録料タダにするとか、そんな権限がこの人にあるの?


 実は偉い人とか?


 俺の疑問が伝わったのか、銀髪のエルフは軽い自己紹介を始めた。



「私はこのローズヘイム支部のギルドマスターをしている、ヴィクトル・マリー・ユーゴだ。これからは冒険者ギルドの一員として頑張ってくれたまえ。勿論、君が気にしている通り、エルフだよ」



 色々心が見透かされていた!


 ギルドマスター自ら新参者の鑑定か。


 敏腕そうだ。


 結局、登録料がタダになっただけでこれ以上の詮索はされなかった。


 俺とベルは、受付から冒険者用の身分証明タグを受け取り、依頼書が大量に貼り出してある掲示板へと足を進めた。

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