35 -「戒めの銅像」
俺とレイアはベルを連れてロサの村へ戻る。
「道中に再襲撃がなくて一先ずは安心したけど、この村に留まるのも危険じゃないかな? 丁度、俺たちはローズヘイム行く予定だし、一緒に同行しようか?」
俺の提案にレイアが顔を顰めたが、レイアが口を開くよりも早くベルが応じた。
「あ、あの…… せっかくのお誘いですが、その、ごめんなさい…… わたしはこの村から離れられないんです……」
凄く申し訳なさそうに断られてしまった。
まぁいきなり身を隠すために家を空けて都市へ行こうと言われても厳しいのは分かるけど、命には代えられないだろう。
「あのお爺さん、えっとビルマさんだったね。ビルマさんも一緒に安全な場所に身を隠すとかできないかな? それとも何か家を空けられない理由があったり?」
俺の質問に、ベルは悲壮な表情をしながら、何かを言おうとして止めてを繰り返している。
「言いづらいことかな? 一先ず君を心配していたビルマさんに顔を見せて安心させてあげよっか。その後に相談して決めるでも遅くないと思うよ」
すると、再びベルが涙を浮かべながら話し始めた。
「それは…… できません。できないんです」
できない?
どういうことだろうか?
「ん? ビルマさんに会いたくないってこと?」
するとベルが急に大きい声をあげた。
「ビルマは! ご、ごめんなさい。ビルマは…… その、もうこの世にはいないんです……」
……。
…………。
…………………えっ?
「一週間前に、息を引き取りました……」
(何それちょっと怖い……)
でも確かに会ったんだけど……
俺とレイアは驚きのあまり眼を見開いたが、人違いということもあると質問を変えた。
「じゃ、じゃあ俺たちに話し掛けたのはこの村の別の住人とかじゃ…… 人違いじゃない?」
首を左右に振るベル。
そしてこう言った。
「長い白髭の老人は、この村に1人だけです。それに、教会の隣はわたしとビルマの家です……」
ゾクゾクっと鳥肌が立つ。
レイアはいつの間にか俺の腕を後ろから抱くようにしてくっついている。
「この状況で、冗談とかじゃ…… ないか」
冗談かと思ったが、ベルの表情は真剣で冗談を言ってるとは思えない。
「本当にマサトさんが会った人がビルマなら…… いつもの場所……」
そう言い残すと、ベルは教会の方へと走っていった。
「なんか怖い話になってきた気がしたけど、これって多分いい話だよね?」
「し、知らん! 私に聞くな!」
「レイア、意外にこの手の話だめなんだね」
「うるさいっ! そ、それより追うの、か?」
「もちろん。偽物の可能性もまだ捨てきれないし。ちゃんと最後まで面倒みよう」
よく考えてみれば、MEにはスピリットやら幽霊やらその手のモンスターも数多く存在する世界なのだ。
死後に彷徨う人型の霊がいても不思議ではない。
不思議ではないが……
元暗殺者なのに幽霊が怖いという意外な弱点を知ることができたのは良かった。
いつも毅然としているレイアが怖がる姿は正直可愛い。
古びた教会へと行くと、ベルは奥にある祭壇の前でしゃがんでいた。
俯きながら何かを胸に握りしめている。
俺が近づくとベルは立ち上がり、こちらを振り返った。
その顔は涙で濡れていたが、不思議と悲しんでいるようには感じられない。
「マサトさん…… わたしはマサトさんが会ったのがビルマだって信じます。ビルマが助けを、呼んで…… くれたんだって……」
ベルは手に持っていたペンダントをこちらに見せてくれた。
「これはわたしが持っていた唯一の宝物なんです。でも数日前になくしちゃって…… それにこれがあった場所はわたしとビルマしかしらない秘密の隠し場所…… だから、わたしはビルマがマサトさんを助けに呼んでくれたんだって、信じます」
そういうとベルは微笑んだ。
「そ、そうか。俺たちが会ったのは幽霊だったのか…… ま、まぁそういうこともある、のかな? じゃあこのままローズヘイムに行く?」
俺が再度ローズヘイムへと誘うと、再びベルは顔を曇らせた。
「ごめんなさい…… わたしは、この村を出れないんです」
……。
この流れ……
実はベルも地縛霊でこの地から離れられないとかいうオチじゃないよね?
「それは…… 何かこの地に未練があったり…… とか?」
「……えっ?」
ベルが少し驚いた顔をした。
するとレイアが……
「じょ、成仏しろっ! 死んだ奴がそうそう現れてたまるかっ!」
そうか。
レイアは暗殺者故に、殺した相手が霊になって現れる可能性を否定したいのか。
「ち、違います! わたしは死んでませんっ! わたしがこの村を離れられない理由はそういうことじゃないんです……」
ベルは生身の人間みたいだ。
露骨にホッとしているレイアがなんだか愛らしい。
「その理由を教えてくれるかな?」
「はい……」
ベルがこの村から離れられない理由。
それは、ギガンティア王国がドラゴンにより壊滅させられた時代まで遡る。
ドラゴンの襲撃で家族や住まい、職を失った多くの民が絶望に暮れた過去の話――
都市としての機能をなさなくなったギガンティアでは、当然のように略奪が横行し、食べ物にありつけず飢餓する者も増え始めていた。
自分達の力ではどうにも出来ないと判断した民は王に助けを求めた。
だがドラゴンの襲撃を恐れた王は、民を見捨ててギガンティアから逃げてしまう。
民は絶望し、多くの者が逃げた王を怨みながら飢餓や疫病で死んでいった。
どの世でも最初に割りを食うのは弱者からである。
だが今回に限ってはそうとは限らなかった。
王国の民の中に、
それは戒めの像と呼ばれる、呪いのアーティファクト。
民はこのアーティファクトでギガンティアの血を呪うという復讐に出た。
決してこの地からギガンティアの血を持つ者を逃がすものかと。
そしてギガンティアの血は呪われることになる。
それは戒めの像から離れられないという呪い。
その血が濃ければ濃いほどその呪いは強くなる。
戒めの像による呪いはとても強力だった。
そして――
呪いによりギガンティアの血を受け継ぐ者が次々に謎の死を遂げる。
命の危険を悟った王族は、ありとあらゆる手を使って原因を追求した。
そして辿り着いた一つの原因。
当初、まだ息のあった王族達は戒めの像を壊そうと躍起になったが、それは闇雲に死者を増やすだけの事態となった。
時の経過と共に王の血を受け継ぐ者が死んでいき、そのまま王の血は絶たれると誰もが考えた。
だが、王の血は絶たれなかった。
1人の少女が、王国の跡地に立つ戒めの像へ、罪への許しを祈ったことがきっかけで事態は変わる。
祈りにより呪いが弱まったのだ。
だが少女がその土地から離れたり、祈りを途絶えさせると、呪いは再び猛威を振るった。
この時より、ギガンティアの血は土地に縛られることになる。
世間では、民の呪いによりギガンティアの血は途絶えたとされているが、実際はベルのように、許しを乞うだけの日々を過ごしている末裔が存在していた。
だがそれもベルが最後の1人となる。
「だから… わたしはこの村から離れられないんです……」
ベルは悲しそうにそう語った。
「でも、それってベルちゃんが生まれる前の話だよね? 親の罪を子が背負うっていうのはなんか違う気がするなぁ」
俺の言葉が意外だったようで、ベルは困った顔をした。
「で、でも…… それがわたしの一族の罪でもありますから……」
「うーん。ひとまず、その像まで案内してもらえるかな?」
ベルに案内されて村の端にあった像へ向かう。
「なんか…… 気持ち悪い像だね、これ」
「ああ、悪趣味なデザインだ。見ていて虫唾が走る」
ベルが贖罪のため毎日祈りを捧げている像に来てみれば、そこにはニタニタと笑っている悪魔が人間の頭部が積み重なった上に胡坐をかいている像だった。
「そ、そんなこと言ったら、罰が当たりますよ!?」
像を前にして悪態を吐く俺とレイアに、ベルが慌てている。
ベルはこの像に命が握られてるから、当然のリアクションか。
それにしても、これどう見てもアーティファクトだよな。
アーティファクトなら壊せると思うんだけど……
「この像って、誰か壊そうとした人とかいたりする?」
「……はい。過去に何人かいたみたいですが。この像に危害を加えようとした人は皆、苦しみ悶えながら死んだみたいなんです。それ以外にも、この像を動かそうとした人達が呪われたり……」
「まじか…… なんて危険な像なんだ」
壊そうとしたり、動かそうとしたら呪われるのか……
触れたら発動する系の能力でもあるんだろうか。
うーむ。
だとしてもアーティファクト破壊呪文なら大丈夫な気がするんだけどな……
「でも、この像がある限り、ベルちゃんはここから離れられない訳でしょ?」
「……はい」
「そんでもって、ベルちゃんを誘拐しようと
「……はい」
うん、これはやるしかないね。
多分、マジックイーターの俺なら多少ダメージ受けても死なないし大丈夫だろう。
「この像、壊そっか」
その一言を聞いてベルは驚き焦り、レイアは驚き怒り狂った。
「だ、だめです! マサトさんわたしの話を聞いていたんですか!? 死んじゃうんですよ!?」
「マサト!! こればかりは許可できないぞ!!」
「ま、まぁまぁ落ち着いて。多分、大丈夫だって」
「多分!? 多分でお前は命を懸けるのか!? お前はどこか抜けているところがあると思っていたが、ここまで大馬鹿者だとは思わなかったぞ!!」
レイアが完全にぷっつんきちゃっていて話にならない感じになってしまった……
失敗した……
俺が次の句を継げられずにいると、レイアの顔が悲痛な顔に変わっていった。
「私は…… 私はお前がいなくなると困るのだ…… 分かってくれ…」
「ご、ごめん……」
レイアの想いはありがたいけど、でもここでやらなきゃベルは多分死んでしまう。
そして死なない自信が俺にはある。
助ける方法もある。
ならやるしかないでしょう。
<ステータス>
Lv6
ライフ 40
攻撃力 68
防御力 4
マナ : (黒)
装備 :
召喚マナ限界突破7
マナ喰らいの紋章「心臓」の加護
自身の初期ライフ2倍、+1/+1の修整
[SR]
マナ : (赤)
マナ生成(赤)
生贄時:マナ生成(赤x2)
耐久Lv1
(赤)マナはある。
(赤)マナがあれば、手持ちの
[C] 粉砕 (赤)
ただし、このデッキに
これを使ったら後はシュビラ頼みになってしまう。
でもこのタイミングで出し惜しみしてベルを見殺しにする理由にはならない。
因みに破壊Lv3というのは、耐久Lv3以下のアーティファクトを破壊できるという意味だが、強化呪文とかがかけられてない限り、大抵のアーティファクトは耐久Lv3以下なので恐らく大丈夫だろう。
レイアには悪いけど……
俺は俺を信じて突き進むのみ!
「レイア、俺はこの像を壊した程度じゃ死なない。俺を信用できないかい?」
「そんなっ! ず、ずるいぞ…… そんな言い方……」
言葉が尻窄みになっていくレイア。
これは肯定ととってしまってよいだろうか。
なんだかそのうちレイアに愛想を尽かされそうだな。
もっといい言い回しが思いつけばよかったんだけど、女性経験乏しい俺には難易度が高かった。
ベルは俺とレイアのやりとりをあたふたしながら見ている。
「ベルちゃん。大丈夫。ちょっとだけそこで見ててね」
「え!? あの!? だ、だめ……」
俺はベルが制止しようとするのを無視して像へ向けて左手を伸ばし、詠唱を開始した。
「 ≪ 粉砕 ≫ 」
赤色の光の粒子が左手に収束し、目の前の像の表面が赤く光り始める。
そしてまるで中身が空洞だったかのように、ボロボロと崩れていった。
その光景を、息を飲みながらじっと見つめるベル。
レイアはローブを深く被って俺の後ろに立っている。
像が完全に崩れ去り、ベルが口に手を当てて不安な顔で俺を見たので、俺は少し大げさに微笑んだ。
「ね? 大丈夫だって言ったでしょ?」
ベルはそのまま地面に座り込んでしまった。
「な、なんで……?」
「うーん、詳しく説明はできないんだけど、こういうアーティファクトは大抵正規の破壊呪文で壊せるもんだから、っていうのじゃ理由になってないか」
その後、腰を抜かしたベルを背負って家まで送ったが、そのままベルを置いて村を出る訳にもいかず、様子見も兼ねてベルの家で一泊することになった。
像を壊した影響は、今のところは何もない。
レイアはあれから口を聞いてくれないので少し困ってはいるが。
ベルが用意してくれた慎ましい夕飯を食べながら、俺はベルを安全に匿うならネスの里しかないよなぁとなんとなく考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます