34 -「暗殺ギルド」

「こいつらはローズヘイムに拠点を置く暗殺ギルド、後家蜘蛛ゴケグモの連中だ。また厄介な連中に絡んだな」



 目の前には、2人の男が縛られた状態で俯いている。


 額に脂汗をかいている大柄の男と、青白い顔をした細身の男だ。


 細身の男がレイアの方を見て恐る恐る話し始めた。



「なんでダークエルフがこんなとこにいやがる… まさか闇の手エレボスハンドの連中か?」


「お前に教えることなど何もない」



 闇の手エレボスハンドとは、各地に支部を置き、暗殺をビジネスとして請け負うとされている大規模な暗殺組織だ。ME本編でもストーリーとして登場するくらいに有名な暗殺組織なので覚えている。実力主義の組織で、色んな種族が在籍していることでも有名だ。因みに後家蜘蛛ゴケグモは聞いたことがない。


 細身の男が質問を続ける。



「隠しても無駄だ。眼を見れば同業者かどうかなんてすぐ分かる。まさか俺たち後家蜘蛛ゴケグモとやり合うつもりじゃないだろうな?」


「仮に私が闇の手エレボスハンドのメンバーだったとして、お前達を恐れるとでも?」


「……俺たちに手を出したことを後悔することになるぞ」



 細身の男は悔しそうだ。


 大柄の男は息をするのも苦しいのか、額の汗が凄いことになっている。



「なぜ…… 斬りつけられて…… ぐっ…… 無傷なんだ?」



 息も絶え絶えに大柄の男が質問してきた。



「さぁ? その短剣よりも俺の皮膚が硬かっただけじゃないかな?」


「ふ、ふざけるなっ! そんなことがっぐぐ…… いづづ」



 実は事前にゴブリンに協力してもらい、防御力のテストをしていたからできた芸当ではあった。


 攻撃力2のゴブリンから短剣で攻撃してもらい、どのくらいダメージが入るのか確かめただけだが、結果はゴブリンがワイバーンを攻撃したときのように、短剣を皮膚が弾いたのだ。


 つまりはダメージを全く受けなかった。


 今の自分の攻撃力と防御力は4/4。


 予想だが、大抵の人間は武器を装備しててもきっと2/2程度。


 少し不安はあったが、予想通り大柄の男が振るった短剣を腕で弾けてよかった。



「質問するのはお前達じゃない。次に余計な口を叩けば容赦しない。よく考えろ」


「はぁ…… ぐっ…… 売女がっ」



 大柄の男が悪態を吐いた瞬間、レイアは剣を一閃し――


 大柄の男の口は、左に大きく斬り裂かれた。



「ぐぁぁあああ!?」



 床に血が飛び散り、大柄の男がうずくまる。



「人質は2人いる。よく考えることだ。お前達はなぜこの娘を攫った?」



 こちらを睨むだけの細身の男に、うずくまる大柄の男。


 レイアは俺を見た。


 俺は頷く。


 拷問行為自体に忌避感はなかった。


 洋画ドラマや映画、漫画では見慣れた行為だし、何より拷問しなければ真実は聞き出せないだろうという認識もあったからだと思う。



 レイアが再び剣を振るい――



 大柄の男の左耳が宙を舞った。



「ヒィイイ!? 耳、耳がぁああ!?」



 大柄の男は恐怖に顔を引きつらせながら、床へ落ちた耳を見る。


 受け入れ難い事実を証明させる痛みが遅れてやってきたのか、大柄の男はその顔を大きく歪ませた。



「私の言葉が聞こえぬなら耳など不要だろう。もう一度聞く。なぜこの娘を攫った?」


「犯して楽しむために、決まってんだろっ!」



 大柄の男が顔を上げ、再び吠える。


 レイアはその男の顔を一瞥すると、剣を横に振り抜いた。


 大柄の男の顔を、眼と眼を繋ぐように切れ目が走る。


 男の眼は二つに割れ、割れた眼球から硝子体しょうしたいが溢れ出す。



「ひぎゃあっ!? 眼、眼がぁあああ!?」



 大柄の男が仰向けに倒れ、もがく。


 その光景を見た細身の男の顔が次第に白くなっていくのが分かった。


 細身の男が折れる。



「わ、分かった! 話すからこれ以上はやめてくれ!」


「嘘はつくなよ? その娘がギガンティア王家の末裔だってことは知ってるんだ」



 俺はすかさず念押しする。


 もちろん盗み聞きして知った内容ではあるが。



「そ、そこまで知ってるなら誘拐理由も分かるだろ? 俺たち後家蜘蛛ゴケグモの幹部は、より強き存在となるため、特別な血を求めている。俺たちのような下っ端は目的を知らされてはいないが……」



 レイアが胡乱な目で男を見た。



「ちょっ、ちょっと待て! 目的は知らされていないが予測はできる! その娘に子を産ませ、その子を生贄に捧げて血の能力だけ取り出すつもりだ!」


「生贄に捧げて、血の能力を取り出す? そんなことが可能なのか?」


「確信はない、が…… 俺たちの幹部、黒崖クロガケなら可能だろう…… そういう特殊な能力を持っているという噂がある……」



 MEには多種多様な効果を発揮するカードも多く存在する。


 能力奪取くらいあってもおかしくはないか。


 それにしても子を生贄とか、鬼畜だな……



「目的は分かった。お前達のこの後の予定を教えろ」


「ロ、ロサから更に北へ行った場所で仲間へ引き渡す予定だった」


「そうか」



 レイアが再び俺を見る。



(きっとこいつらをどうするのか聞いてるんだろうなぁ……)



 普通に考えたら後々面倒なことにならないように命を奪っておくのがセオリーだと思うけど、実際に直面すると少し躊躇してしまう……


 だけどここで慈悲を与えても良いことはないだろう。


 覚悟を決めるしかないか。


 俺は大柄の男の後ろへ回り込み、その男の頭と顎に手を添えた。



「な、何をする気……」



 男が言い終わるよりも早く、男の頭を勢いよく捻り上げる。



 ――ゴギッ



 骨の折れるくぐもった音が周囲に響き、大柄の男は息絶えた。


 手にはなんとも言えない感触が残る。



「き、貴様! 正直に話しただろ! や、約束が違うぞ!」



 細身の男が後ずさりながら抗議の声をあげた。



「解放したところで俺たちを殺しに来るだろ?」


「て、手出しはしない! 約束する!」



 暗殺組織のメンバーを殺しておいて、何もしないことはありえないだろう。


 裏の組織は面子を気にする。


 舐められたら終わりの世界だからむしろ常識のようにも思える。


 するとレイアが驚きの表情でこちらを見ているのに気付いた。


 俺があっけなく人を殺したことがそんなにも意外だったのだろうか?


 レイアの視線の先を追うと、その視線の先には、先ほど殺した大柄の男の死体が。


 そしてその死体からは黒色の光の粒子が溢れ出ていた。



(あ…… これを見て驚いていたのか……?)


 その光の粒子は空中を漂い、俺の胸へ吸い込まれる。



<ステータス>

 Lv6

 ライフ 40

 攻撃力 69

 防御力 4

 マナ : (黒)

 装備 : 心繋きずなの宝剣 +65/+0

 召喚マナ限界突破7

 マナ喰らいの紋章「心臓」の加護

 自身の初期ライフ2倍、+1/+1の修整



(黒)マナが1つ増えていた。



「奴に何をした……!? なんださっきの光は!?」



 人を殺してもマナが奪えるのか。


 まぁそうだよね。


 ここがMEの世界で俺がマジックイーターなら。


 それにしても(黒)か。


 使い道がないな……



「あの光は…… あの光は魔力マナの光だ! それを取り込む…… 魔力吸収マナドレインか…… いや、それとは違う…… あれはもっとこう…… 何だ、何なんだ……」



 細身の男はぶつぶつと分析をし始めた。


 そして今度は細身の男の身体から黒い靄が現れ始め……



「貴様っ!!」



 レイアが男の首を刎ねようと剣を振り抜くも、その剣線は空を切っただけだった。



「……油断したな? この借りは必ず返す。覚えておけ!」



 細身の男が靄と共に霧散する。



「もしかして、逃げられた?」


「ちっ、やられた。転移術だ。そう遠くに飛べはしないはずだが、手掛かりなしに探すのは無理だろう」


「転移術なんてのもあるのか……」


「そんな便利なものじゃない。事前に転移場所と転移元に術式を組んでおく必要がある上に、転移できるのは1人で連続使用ができない。転移距離もせいぜい長くて100m程度だ。発動にも時間がかかる。1つの術式を組むのですら数時間かかるんだぞ? 本当に用意周到な奴だよ」



 どうやらレイアの中では、あの男が使った転移術は相当面倒な部類に入る魔術みたいだ。


 説明していく過程で、あんな面倒くさくて効率の悪い転移術を使う奴が現実にいたなんて!みたいな不満が滲み出ていた。


 恐らく、それを使われて逃げられたことが相当悔しいんだろう。



「まぁ逃げられたものは仕方ないよ。そんな用意周到な奴なら転移先にも何か用意してるはずだし。それよりこの子をロサまで連れて行こうか」


「そうだな。おいそこの娘、もう寝たふりを止めて起きろ。敵は追い払った」



 レイアが思いもよらないことを言い出した。


 すると白髪の子が申し訳なさそうにゆっくりと身体を起こす。



「あ、あの…… ごめんなさい。起きるタイミングが分からなくて…… えっと、あの、助けていただいてありがとうございました」



 白髪の子はおどおどしながらもお礼を言ってくれた。


 どうやら無事なようだ。



「君の名はベルで合ってるかな?」


「は、はい」



 人違いでなくてよかった。



「君の捜索を、ロサの村にいた白くて長い髭が特徴のお爺さんにお願いされてね。水汲みから戻らないからって。運良く見つけられて良かったよ」


「え……」



 ベルは俺の言葉に絶句しているようだった。



「確か名前はビルマだったかな? 家に帰ったらいつもの場所を調べなさいって言ってたよ。なんでも君が探してた大切なものを見つけてしまっておいたからって」


「ビルマ…… 大切なもの……」



 そう言葉を発したベルは、見る見るうちにその大きな瞳から涙が零れ出し、とうとう顔を伏せて咽び泣き始めてしまった。


 どうやら余程怖い思いをしたんだろう。


 可哀想に……


 俺はベルが泣き止むまで背中をさすり続けた。

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