33 -「異世界8日目:ロサの村へ」

 召喚したシュビラとゴブリン、それと火傷蜂ヤケドバチをネスの里へと送り出し、俺とレイアはローズヘイムへと急いだ。


 勿論、シュビラ達には岩熊ロックベアの肉や火傷蜂ヤケドバチの蜜を大量に持たせてある。


 里の近くに着いたらゴブ郎経由でネスさんを呼び出すとシュビラが言っていたので、多分大丈夫だろう。多分。


 再びレイアを背負って森を走る。




 ◇◇◇




 ローズヘイムへは半日とかからなかったが、ガルドラ方面から新参者が来れば、確実に怪しまれるとのことだったので、ローズヘイムの外壁を遠目に大きく迂回することになった。


 ローズヘイムの都市を囲む外壁は高く、都市へこっそり侵入するのは難しい。まずはローズヘイムの北東にある小さな村「ロサ」を目指し、そこから東門へと続く道へ合流する。



 ロサには、小さな教会と宿屋、それに多くの墓標がある。


 墓標の下にはドラゴンの襲撃により壊滅した王国「ギガンティア」の死者が眠っており、今でもその血縁者や過去を悼む参拝者がこの村を訪れていた。



 俺とレイアは、フードを目深に被り直し、ロサの村へと立ち入る。


 そのままローズヘイムの東門へと続く道へと抜けようとすると、白くて長い立派な髭が特徴的な老人に声をかけられた。



「そこのお二人方、待たれよ」



 ……。



 やっぱり突然フードローブ姿で村を横切ったら不審者以外の何者でもないよね!?


 呼び止められちゃったけどどうすんの!?


 と、レイアの方を窺うも、レイアも想定外だったらしく表情が固まっていた。



「北の小川付近に娘がおらんかったか? 水汲みから戻ってこんのじゃ」



 なんだ……


 人探しか……


 ってこの危険な世界で娘一人で外に出歩くって危険過ぎやしないか?


 俺がその娘の身を案じ始めると、レイアがすかさず返答した。



「いや、見てない。私達は先を急ぐので失礼」


「そ、そうか。引き止めてすまんかった」



 先を急ぐレイアと、不安そうな顔付きで肩を落とす老人。


 俺は我慢できず老人へ声を掛けた。



「その娘さんっていうのは、どのくらいの年齢? 見た目の特徴は? 以前にも帰りが遅くなったことは?」



 俺が老人に質問すると、レイアは驚きの表情で勢いよくこちらを振り返った。


 老人も一瞬驚いたが、直様質問の意図を汲み取り表情を明るくした。



「名はベル。歳は12だが、歳の割に大きい子じゃ。見た目はそんなに幼くは見えん。白髪で長髪。服は白地に緑の刺繍が入っておるものを着ておったと思うんじゃが……」


「まぁそれだけ分かれば十分かな? レイア、ちょっと探してくるから宿で待……」



 宿で待っててと言おうとしてレイアに胸ぐらを掴まれた。



「お前は何を考えてるっ!? なぜ面倒事に自分から首を突っ込む!? なぜ!? なぜだ!?」



 怒っているような悲しんでいるようなどっちとも取れる表情でいい詰められた。


 レイアには昨日迷惑をかけたばかりなだけに何も言えない……


 俺が何も言えずにいると、レイアは溜息をついて下を向いた。



「今回が最後だぞ……」



 レイアってなんだかんだで面倒見がいい。


 見た目とのギャップに萌えそうだ。


 いきなり険悪そうな雰囲気を漂わせた俺たちに老人はあたふたしていたようだが、俺が大丈夫と声をかけるとホッとした表情を見せた。



「もしベルに会えたら伝言もお願いしたいんじゃが」


「いいですよ。何て伝えればいいですか?」


「帰って儂がいなかったらいつもの場所を調べなさい。ベルの大切にしていた物を見つけてしまっておいたから。とだけ」


「分かりました。忘れてなければ伝えておきます」



 すれ違いになったときのための伝言かな?


 そういえばこの老人はベルって子の何だろうか?



「すみません、お爺さんのお名前は?」


「ああ、名乗らずすまんかった。儂はビルマと申しますじゃ。ベルの育ての親じゃよ」



 育ての親って言うことは親類とかではないんだろうか。


 ビルマさんに村で待つように言うと、教会の隣の家にいるからいつでも訪ねてきてほしいと言われた。


 レイアと共に来た道を戻りつつ森へ入る。



「さて、何か召喚して手分けして探させようか」


「その必要はない」


「え? なんで?」


「それらしき娘を連れて行く者達を森で見かけた」


「ええ!? それ俺教えてもらってないよ!?」


「教えたら首を突っ込んでいただろ?」


「お、恐らく……」


「だから教えなかった。その者達とは距離も離れていて、向こうはこちらに気付いていないようだったしな」



 何というニアピン。


 というかこの感じだと誘拐だろうか。

 だとすれば早く助けに行かないと。



「分かっている。早く助けに行きたいのだろ。だがお前は肝心なことを忘れているぞ」


「肝心なこと?」


「そうだ。相手は人だ。お前は人を殺したことはあるのか?」


「な、ないですね……」


「人を殺す覚悟はあるのか?」


「あーそうか…… そうだよなぁ。そうなるよなぁ。ここファンタジー世界だし。よし! 分かった。覚悟しとく」


「……本当に大丈夫か?」


「ダメだったらフォローよろしく」


「勝手な奴め……」



 まぁ恐らく大丈夫だと思うけど、覚悟だけはしておこう。


 レイアの案内で森の中を走ること数分。


 突然レイアが止まった。



「この先に見える木の上に小屋がある。そこに目的の娘と、男が2人いる」


「……どの木の上?」


「認識阻害の魔法がかけられているから普通には見えないが… 本当に見えないのか?」


「見えないっす。そして認識阻害魔法を解く術は身に付けておりやせんぜ。そういう呪文や遺物アーティファクトは存在した気がするけど」


「そうか。お前にも苦手なものがあるんだな。マジックイーターも万能ではないということか……」



 ネスの里もそうだったけど、認識阻害の魔法って主流なのだろうか……


 この手の対策を早く考えておいた方がよいのかもしれないな。


 対策とか思いつかないけど。



「で、どうやって助けるつもりだ?」


「正直、そこまでは考えてなかったんだよね。まさか誘拐されてると思わなかったし。レイアは相手を眠らせる魔法とか使えたりしない?」


「使えないこともないが、認識阻害の魔法を使うような手練れに効果があると思わない方がいい。レジスト(魔法抵抗)される可能性の方が高い」


「じゃあ正面から乗り込むかぁ…… 火傷蜂ヤケドバチくらい護衛に残しておけばよかったなぁ。失敗した」


「なぜそこですぐ正面突破ということになる!? 私が敵を引きつけたり他に方法があるだろ!」


「んなレイアを囮にできる訳ないだろ。レイアを危険に晒すくらいなら一人で突撃した方がマシだよ」


「なっ……」



 レイアは急に顔を赤くして黙り込んでしまった。


 今の発言に顔を赤くするような要素はないと思うんだが……



「仕方ない…… 私が後ろからサポートする。無理はするなよ? と言っても意味がないことはもう理解しているが……」



 なんだか少しずつレイアの発言に棘が増えている気がするのは気のせいだろうか。



 俺はレイアと共に小屋のドアの前まで近づく。


 すると小屋の中の話し声が聞こえた。


 どうやらこちらには気付いていないようだ。



「やっと薬が効いたか…… 手間取らせやがって。それにしてもあんたの幻術が効かない奴なんているんだな」


「稀に…… な。それより、薬の分量は間違えてないだろうな? 殺したら俺達が逆に殺されることになるぞ」


「心配すんなって。慎重にやったから眠らせるのに時間がかかっちまっただけだよ」


「ならいいが。後、この娘で本当に合ってるだろうな?」


「俺も心配性だが、あんたも大概だな。心配しなくてもこいつがロサ・ギガンティア王家の末裔だってのは確かだよ。あの家系の血筋は全員身体のデカい白髪だからな! くははっ」


「よし。使いカラスは既に送り出してある。俺達はこいつを担いで次の合流地点まで行くぞ」


「おいおい、もう少し休まさせてくれよ。むしろちょっとくらい摘み食いしても罰は当たらんと思うがねぇ」


「それこそ止めておけ。お前はこいつの利用価値が分からないのか?」


「身代金じゃねーのか?」


「没落したギガンティア家に金など残ってないぞ。奴等の財は遺族への賠償金で消えたとされるのは有名な話だ」


「生憎歴史には興味ないんでね。金じゃねーってんなら何だ? 隠し財産があるって話でもねーんだろ?」


「これは俺の予測でしかないが、俺はこいつの血筋に価値があるとみてる」


「血筋だと? 白髪でデカイ以外に何が… まさか、あんたの幻術が効かなかったことと関連があるのか? そうなると、あの与太話が本物だってことになるぜ?」


「そうだ。そうでなければこいつを誘拐するだけの価値はないだろうよ」


「んだよ…… そういうことなら手を付けねー方がいいわな。ま、見た感じ確実に処女だろうしな」


「そういうことだ。分かったなら出発するぞ」


「へいへい」



 あ、ヤバい聞き耳立ててたら相手側が出発するようだ。


 移動される体制になる前に動こう。



 俺は小屋のドアノブに手をかける。


 どうやら鍵がかかっているみたいだが、そのまま強引に引き開けた。


 ドアの鍵止めの部分が弾け飛び、大きな音を立てる。



「誰だっ!?」



 小屋の中には黒ずくめの男が2人と、気を失っている白髪の少女が1人。


 手前の男は大柄で力のありそうな体格に対し、奥にいる男は細身だ。


 黒ずくめの男達が一斉に刃物を取り出して身構えた。


 俺は無言で手前の1人に近付いていく。



「くそっ!」



 危険を察知した大柄の男は、咄嗟に右手に構えていた血のように赤い短剣で斬り付けようと動く。


 俺は敵の剣撃を気にすることなく相手へと踏み込んだ。



「ぐっ!?」



 相手の短剣が咄嗟に伸ばした俺の左腕を薙いだ。


 何かが当たった感触はあったが痛みはない。



「なんだとっ!?」



 短剣で斬り付けたにもかかわらず傷一つ付けられなかったことに驚く男。


 その男に向けて俺は右ボディフックを手加減気味に放つ。



「ぐはぁっ!?」



 男は身体をくの字に折りながら小屋の壁へ激突して蹲った。


 きっと肋骨数本いったに違いない。


 すると突然身体に異変が起きた。


 視界が少し歪んだ程度だが。


 細身の男へと振り向くと、男は眼が飛び出さんばかりの表情でこちらを凝視していた。



「な、なぜ効かない!? 」



 驚いている細身の男の後ろに黒い影が突然現れる。



「うぐっ!?」



 細身の男が倒れると、その男の背後にはレイアが立っていた。


 一体どうやって移動したのだろうか……


 レイアは眉間に皺を寄せながら不機嫌そうに話し始めた。



「マサト、お前に色々と聞きたいことができた。……が、まずはこいつらの尋問が先だな」



 誘拐犯と思わしき2人を前に、俺とレイアは恐らく違う意味での溜息をついた。

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