30 -「光の救世主」

 岩熊ロックベアの突進に、2mの巨体が宙を舞ったのが見えました。


 鋼鉄製の大盾タワーシールドは歪み、先端に装着されていた大針は折れています。



「ワーグ!? ヒグ!! ……ちっ! フェイス! ラアナ!」



 マーレさんは、わたしを護るように戦ってくれています。


 ジディさんの顔の腫れは大分引いてきましたが、まだ油断は出来ません。


 セファロさんとラックスさんも、マーレさんをフォローしながら、周囲に集まる大量の火傷蜂ヤケドバチを必死に狩り続けています。



「姐さん、フォローは無理だっ! すまねぇっ! こっちはこっちで限界だっ!」



 フェイスさんはラアナさんを護るように火傷蜂ヤケドバチと戦って…あっ



「フェイスさん!? 腕っ!!」



 フェイスさんの左腕が赤黒くなり、パンパンに膨らんでいます。



「ははっ、一発貰っちまったぜ。だーが、こいつらの動きにようやく慣れてきたからまぁ片腕でもなんとかなるさっ! よっと!」


「フェイス…… ごめんっ…… 私を庇って……」


「なぁーに言ってんのっ! ラアナちゃんの為なら腕の二、三本安いもんよ?」


「……ばか。キモい」


「キモいって言葉選び間違ってないっ!?」



 ラアナさんのメイン武器は弓。


 だから接近戦はただですら不利なのに、この大量の蜂……


 フェイスさんを早く治療しないと!



「フェイスさん、こっちに早く! 腕を治療しないと!!」


「パンちゃん大丈夫だって! おれっちシーフよ? 解毒ポーションの使い方くらい分かってるって!」


「でもっ!」



 フェイスさん、きっとまだ何か隠してる…


 あの人、辛いときほど強がるから…



「セファロ! ラックス!」


「な、なんだ?」「何用で!?」


「ここを暫く頼んだよ!」


「え、ええっ!?」「何故っ!?」



 二人の返事を聞くことなく、マーレさんは自身にバフ魔法を掛けつつ、フェイスさんのところへ飛び出していきました。



「うがぁああっ!? あの山姥ヤマンバほんと何考えてんのっ!? ラックス半分頼んまぁっ!!」


「この状況でどこにぃっ!? やっぱり山猿でござったかぁああ! っと、了解ぃいい! 半分任されたぁああっ!!」



 わたし達を囲うように、セファロさんが炎で半円を、もう半円をラックスさんが水で覆ってくれました。


 不思議と蜂達は襲ってきません。



「あ、あんまりこれ長く保たないんだからねっ!? 早く戻ってきてよねっ!?」


「集中ぅうう! 集中ぅううう!!」



 フェイスさんのところへ辿り着いたマーレさんは、その場で周囲に火の粉を発生させて、蜂達を一旦下がらせます。


 その間に動揺するフェイスさんを担ぎ上げ、ラアナさんを連れてこちらに向かって走ってきました。



「セファロ! ラックス! この2人も頼んだよっ!」



 マーレさんはそう言うと、フェイスさんをこちらに投げ、ワーグさんとヒグさんの援護へと向かいました。



「ちょっ!? 投っ!? 危ねぇっ!?」


「あっ…… えっ!? き、緊急解除ぉおおっ!!」



 フェイスさんが、ラックスさんの張っていた水の膜に突撃しそうになりましたが、突撃直前で、ラアナさんがフェイスさんを掴んで止めてくれました。


 そして水の膜がなくなるその時を待っていたかのように、火傷蜂ヤケドバチが突進してきます。



「フェイス殿! ラアナ殿! 2人で半円の護り任せてよいかっ!? 」


「ああ、大丈夫だ……」


「任せて!」



 ラックスさんの頼みに間髪いれず答えて動く2人。



(わたしはわたしの出来ることを最大限しよう……)



 わたしはジディさんの治療を続けつつ、フェイスさんの視診を始めました。



「フェイスさん、背中も刺されてますね……」


「あれっ? そうだったかい? 道理で痛ぇ訳だ。ははっ……」


「フェイス! あなたはっ……」



 わたしはすかさずフェイスさんの背中の服をナイフで切り、赤黒く腫れ爛れた背中に直接8等級ポーションを振りかけました。


 そして解毒魔法も同時に詠唱を開始。



 火傷蜂ヤケドバチの毒は、血と一緒に身体を巡り、組織を破壊する毒とは違い、触れた組織を熱傷させる熱湯毒、言わば沸騰した油と同じだと言われていました。


 つまりは、解毒だけでは焼け溶けた部分は治らないため、解毒と同時に再生魔法も必要だと。


 こういう事態のときに適切な治療ができるようにしておくのがわたしの役割です。


 わたしが必ずギルド資料館で調べものをする理由もここにあったりします。



「悪ぃなパンちゃん…… 大分楽になった。護りは任せろ!」


「はい。任せました!」



 その時、マーレさんの悲痛な叫びが聞こえました。


 声がした方向を見たわたしは……






 ――巨大な熊に突進されて、宙を舞いました。






 そこからのことはあまり多く覚えていません。


 朦朧とする意識の中で、首の曲がったラアナさんに縋り付き、フェイスさんに引き剥がされ……


 わたしを庇って蜂に複数回刺され、ショック状態になったフェイスさんを背負って必死に逃げ回り、ヒグさんが岩熊ロックベアに腸を喰われている光景を見て、絶望しました。



 動くことを諦めたわたしを、何故か蜂達は襲いませんでした。


 まるでもう襲う必要がないと分かったかのように。



 岩熊ロックベアは、ここにいる全員が動けなくなったことを確認すると、再びヒグさんを食べ始めました。


 飛んでくる火傷蜂ヤケドバチの中には、何かの肉の塊を運んでくるものもいました。


 熊が蜂の巣を作り、蜂を外敵から守る。


 その代わりに、蜂は蜜と食糧を提供する。


 それがこの岩熊ロックベア火傷蜂ヤケドバチの関係だったんだぁ、と。



 ボーっと、そんなことを考えていました。



 仲間が熊に捕食されるという事実を受け入れたくないあまり、わたしは現実逃避をしていたのかもしれません。


 でも、まだ諦めてない仲間もいました。



「お、おい熊公! こっち、見なっ!!」



 だ、だめ……


 もう、もう止めて……



「あたいは、ま、まだ…… 死んじゃ、いないよっ! 片脚食らっただけで満足してんじゃないよっ!!」



 お願いだから……


 逃げて……



  「熊なんかに、舐められてたまるかいっ…… 食うなら…… あたいの…… あたいの剣を先に食らいなぁああ!!」


「ダメぇーーーー! 逃げてぇーーー!」



 マーレさんの身体が黄金に輝きました。


 自身の身体能力を一時的に最大限まで高める加護で、マーレさんの奥の手。


 これを使った後は、暫く身動きができなくなる、仲間がいない状況では使えない諸刃の奥の手です。



 マーレさんは残った片脚だけで地面を蹴り、熊へと飛び掛かろうとしました。



 ですが、その瞬間……



 ――ガァアアア!!



 2度目の咆哮が……


 マーレさんはその衝撃に、体勢を崩し、地面に膝を突けてしまいました。



「くっ、せめて一矢報いて… くそ! 動け… もう少しだけ… もう少しだけでいいんだよっ!!」



 マーレさんの身体から黄金の輝きが消えていきます。


 地面を叩いて悔しがるマーレさんを見て、わたしも死を受け入れ始めました。



 みんな食べられて、死んじゃうのかな……


 痛いの…… 嫌だな……



 マーレさんが動けなくなったことを確認した熊は、再び悠々と食事を再開し始めました。



 あの熊に食べられるくらいなら……


 いっそ自分の手で……



 そう考え始めたその時です。


 熊の様子が一変しました。


 まるで何かを警戒するような……


 怯えているような……


 途端に蜂達も騒がしくなり始めます。



 そして……



 わたし達の目の前に、薄紅色に煌めく淡い粒子を身に纏った黒髪の男性が現れました。


 手には刀身が眩いくらい白く輝く、光の剣が。



 その人は、光の剣で飛び掛ってくる蜂を次々に斬り落としていきます。



 そして熊は、その人に狙いを定めたようでした。



 わたしは心の底から助けを求めていたはずなのに、口に出した言葉は異なる意味を持つ言葉でした。



「に、逃げてぇーー!!」



 わたしの叫びが合図となり、熊がその人へと突進していきます。



 ごめんなさい……


 ごめんなさい……


 ごめんなさい……



 わたしは心の中で謝り続けました。


 わたしのせいであの人も殺されてしまう。


 そう思い込み……



 次の瞬間、熊はその人に一撃で斬り殺されていました。



(え……?)



 暫く、何が起きたのか理解できませんでした。



 Bランカー達が、束になっても傷一つ負わせられなかった岩熊ロックベア



 それを一撃で。



 その人は、迫り来る蜂を鬱陶しそうにしながらも、次々に斬り落としています。



 それはとても幻想的な光景でした。



 その人が剣を振れば、その剣線に光の帯が残り……



 その人が身体を動かせば、それに合わせて淡い色の光の粒子が舞い上がり……



 そして光の粒子が空中を舞い踊りながらその人へと吸い込まれていく……



 圧倒的なその光景に……



 神々しさすら感じるその剣舞に……



 誰もが心を奪われていました。



 そして最後の蜂を仕留めたとき……



 わたしは真っ先にその人のもとへ走っていきました。



 自分で何を言ったのか、何を言われたのかは覚えていません。


 でも、その人は優しく微笑むと、そっとわたしの肩を叩いてくれました。


 それだけで、わたしは救われたのだと確信しました。



 光の……


 光の救世主様に……


 救っていただいたのだと……

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