29 -「ガルドラの岩熊」
「この先に不自然な岩場があるぜ?」
フェイスさんが周囲の探索報告をみんなに共有しています。
「どうする?」
「うーむ。警戒しながら進むしかないな」
「久々に腕が鳴るねぇ〜」
フェイスさんの問いに答えるワーグさん。
マーレさんもヤル気十分です。
わたしもついつい肩に力が入ってしまいます。
少し進むと、フェイスさんの言う通り森の中に不自然な岩が増えてきました。
大きさは大小様々で、色は灰色でマーブル模様が入っていて少し不気味です。
更に進むと、2〜3mはあるであろう大岩を発見しました。
恐らくあの大岩が標的です。
みんなもそう判断したらしく、ワーグさんとヒグさんが同時に仕掛けることになりました。
「うむ、敵に気付かれている様子はないな。いつも通りの陣形でいくぞい。先陣は儂とヒグだ」
頷く一同。
ワーグさんとヒグさんは、それぞれ鋼鉄製の
針には強力なマヒ毒が塗られているので、防御に徹しながら敵の動きを鈍くする効果も期待できます。
2mを超える巨体の2人が、ゆっくりと標的へと近づいていきました。
ラアナさんは弓を構え、マーレさんとフェイスさんはいつでも飛び出せるように構えています。
わたし達も、何度か拾ったり叩いたりして確かめましたが、ただの硬い岩だと判断しました。
……ですが、何かあるのでしょうか。
ワーグさんとヒグさんが同時に斧を振り上げ、勢い良く大岩へ振り下ろすのが見えました。
――ガガキィイインッ
2人の斧が、軽い火花を散らして跳ね上がります。
「うむっ!? 想像以上に硬いぞっ!?」
すると、大岩がゆっくりと動き始め……
岩の下の土が大きく盛り上がり、土から体長4mを超える巨大な熊が姿を現しました。
先ほどの大岩は、熊の背中にコブのように付いています。
「そ、そんな…… 大き過ぎる…… まさか、希少種!?」
わたしが調べた資料には、体長2mという記載しかなかったはずです。
背中に大きい岩のコブがあるといった情報もありませんでした。
この時ばかりは、メンバー全員が目の前に現れたモンスターの異様性に気付きました。
あの熊は、稀に突然変異で発生する希少種の類いだと。
そして希少種と遭遇したときの作戦行動は一つ……
「撤退するぞぉーっ!!」
「虫のあんたらも行きなっ! 撤退するよっ!」
ワーグさんが号令を出し、マーレさんがそれに続きます。
通常、希少種だとそれだけで討伐ランクが加算されます。
C+はBランクに、B+はAランクに。
Aランク討伐までいくと、討伐するのに軍隊が必要とされる程の脅威となります。
それだけ希少種は危険だということです。
ワーグさんとヒグさんが
「フェイスっ! 煙幕早くしなっ!」
「姐さんそう急かすなって!」
フェイスさんがワーグさんと標的との間に煙幕玉を投げ込みましたが、標的は目の前に発生した煙幕を気にしてる様子はありません。
それどころか、目の前のわたし達よりも気になるものが他にあるのか、頻繁に鼻をひくつかせながら辺りの様子を窺っています。
「あの熊…… 様子がおかしい……」
煙幕で標的の姿が隠れ始め、ワーグさんが離脱の合図を取ろうとした直後、突然の咆哮に一瞬意識が飛びかけました。
――ガァアアアアアアアア!!!
煙幕は標的が発生させた風圧で霧散。
わたしは無意識のうちに尻餅をついていました。
(う、うそ…… どうしよう……
足に、力が…… 入らない……)
途端、後方から不穏な音が聞こえました。
――ブーーーン……
そして遠くから聞こえる悲鳴。
「う、うわぁああ!? 来るなぁーっ!?」
「きゃあああ!! い、いやーーっ!!」
わたし達でもなく、
「一体何が起きてるってんだい!? セファロ!!」
「もしや… いや、そんなまさか!? だとしたら、だとしたら!?」
「だから何だってんだいっ!?」
「あ、あああの! マーブル模様の岩! 全部! そう全部! 蜂の巣だったみたいだっ!!!」
驚愕の事実にみんな凍りつきます。
フェイスさんが青い顔をしながら、わたし達が受け入れたくない事実を口にします。
「嘘だろ…… じゃあ…… あの大熊の背にある大岩も…… 巨大な蜂の巣、なのか?」
その事実はこの場にいる全員が知っていたはずなのに、この時は誰も口に出そうとはしませんでした。
――
そして、その事実がローズヘイムに記録されていないのには、いくつかの理由がありました。
一つは、ローズヘイム誕生の経緯から、地元パーティはガルドラの地では狩りをしないという風習。
これにより、ガルドラの地への任務は余所者が受けることが多くなり、それ故に死亡率が高くなっていたこと。
通常、死亡率の高い危険地域は、軍隊をもって掃討作戦が取られるものですが、ガルドラの地は生態系が特殊故に放置されてきた地域でもありました。
自然豊かなガルドラの地に生きる生物は、滅多なことではその地から離れません。
つまりは、刺激しなければ付近の都市に被害はないのです。
そして、過去にこの地に軍を進め、ドラゴンの怒りを買ったことで王国が一つ滅んだ事実。
故に、ローズヘイムではガルドラの地での狩りはあくまでも自己責任の範囲としており、ガルドラの地で発生する問題に都市は関与しないだけでなく、軍隊の立ち入りを法で禁止しています。
地元のパーティが探索しないことで情報が更新されず、余所者の死亡率は高くなり――
余所者の生き残りがギルドへの報告を素直にする義理もなく、こうしてガルドラの地における資料は化石となっていったというのが、この悲劇を招いた原因です。
周囲には、いつの間にか大量の
「ワーグ! どうするんだいっ!? あたいら既に囲まれてるよ!!」
「うーむむ…… こっちの熊は儂とヒグが引きつける! セファロ、お主達でどうにかせい! 蜂はお主らの領分じゃろ!」
「うひ!? そ、そんなこと言われてもですね!? 流石に数が多過ぎるというか!? 俺たちは3人のための連携ですし!?」
「やるのかやらないのかはっきりしなっ!!」
「ひぃっ!? や、やりますよ!? やるしかないんでしょこの状況!? お、おらぁ! ラックス! ジディ! 死ぬ気で逃げ道作るぞぉおおお!!」
「りょ、了解でござるぅうう!!」
「あわわわ……あわわわ……」
セファロさん達が急旋回し、来た道を逆走していきました。
セファロさんが前方に火を纏った盾型のシールドを展開し、ラックスさんが周囲を薄い水の膜で覆います。
「ジディ! 何やってのっ! 置いてくぞぉおお!」
「は、はぃいい」
ジディさんが遅れて追従しようとして……
――――ドッ――――
急に横から突進してきた
言葉を発することなく倒れるジディさん。
身体は小刻みに痙攣しています。
「ジディぃいいいい!!」
「ジディ殿ぉおおおお!!」
セファロさんとラックスさんが、ジディさんのもとに駆け付けます。
「ちっ!! フェイス! ラアナ! あんたらはワーグ達を援護しなっ! パン! いつまで腰抜かしてんだいっ! ジディのところまで行くよ!」
「えっ? あ、は、はい!」
立とうとするも、まだ足に力が入りません……
すると駆け付けたマーレさんがわたしを担ぎ上げてくれました。
「ったく! しっかりしなっ! あの子を助けられるのはあんただけなんだよっ!」
わたしがジディさんのいる場所に辿り着くまで1分かかってないはずなのに、ジディさんの顔は見るに堪えないくらい腫れ上がっていました。
もう助からないかも知れない……
でもここで助けることを諦める選択はわたしにも、他のメンバーにもありません。
「必ず、必ずジディさんを助けます!」
「パンぢゃんっ! よ、よろじぐだのむぅううう!!」
「パン殿ぉお!! 何卒ぉおお!!」
わたしは、手持ちの中で最も高価な7等級ポーションを、ジディさんの顔に掛けつつ、ポーションの効果が高くなるよう解毒魔法を重ね掛けします。
「セファロ! ラックス! あんたら男だろっ!! めそめそしてないで死ぬ気でこの子らを守り抜きなっ!!」
「ぅううおおおお! くそ蜂がぁああ!! 全員喰ってやらぁああ!!」
「食してやるぅううう! 絶対に食してやるぞぉおおお!!」
セファロさんとラックスさんは、マーレさんの発破で復活してくれたようで助かりました。
ジディさんを担ぎながら、周囲を飛んでいる大量の
負傷した味方を見捨てないのであれば、わたし達はここでとどまり、敵の数を減らし続けるしかありません。
そして本当の地獄はこれからだということは、みんなの顔色を見れば一目瞭然でした。
この戦いで誰かが死ぬかも知れない……
わたしは不安に押し潰されそうになる気持ちを必死に抑えつけながら、心の中で祈り続けました。
どうか神様、わたし達をお助けください、と。
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