27 -「異世界7日目:熊と遭遇」

 夜明けとともに、レイアを背負って走る。


 とにかく走り続ける。



 当初懸念されたモンスターの襲撃は発生していない。


 むしろ、あれからモンスターに遭遇すらしていない。


 背負われているレイアも、長時間の負んぶ体勢で流石にコツを掴んだのか、休憩を入れる間隔も長くなってきている。



「この調子なら、明日には着きそうだな」


「お、それはいい報告! 頑張りまっせー」



 非常食として剣牙獣の干し肉を食べているせいか、身体から体力が溢れてくる。


 俺は少しずつ走るスピードを上げて、都市への到着を急いだ。



(そろそろ自分の体臭が気になる!)



 今日も走り続けて1日が終わるのかと思ったが、そうはならなかった。


 突如、レイアが声を上げる。



「マサト! 止まれ! 血の匂いがする!」



 すかさずレイアを背中から下ろし、2人で木の陰に身を潜める。



「モンスター?」


「いや、人の血の匂いだ」


「人!? 助けに行か……」


「ダメだ。危険過ぎる」



 助けに行かないと、と言おうとしてレイアに途中で却下された。



 どうするべきか……



 レイアは危険に晒せない。


 だけど、助けに行かないという選択肢も取りたくない。


 きっと助けられるだけの力が自分にはあるはずだから。



「モンスターに襲われてる?」


「恐らくは…… 微かに振動音も感じる…… これは…… 火傷蜂ヤケドバチか……?」



 耳を澄ませていると、人の悲鳴が聞こえた気がした。



「悲鳴が聞こえた! 助けに行かなきゃ! 蛾の方じゃないならなんとかなるはず!」


「ダメだ! ま、待てマサト! 行くなっ!」



 俺は声がした方角へと走り出した。


 ポケットから宝剣を取り出し、いつでも斬りかかれるようにしておく。



 木々を躱しつつ走る。


 次第に大きくなる喧騒。


 蜂が飛ぶときの不快な振動音や怒号や悲鳴、それと……




 ――ガァアアア!!




 獣の咆哮!!




 視界の先には赤い色をした巨大な蜂が大量に飛んでいる。


 大きさは……


 手の平サイズ!?



(げっ…… でかい……)



 それにこの数は、宝剣だけじゃ対処が難しいかもしれない……


 しかし手持ちのカードに広範囲殲滅魔法はない。



(くっ…… 考えてる余裕もねーし……

 ええいっ!

 なるようになるしかねぇ!

 ライフが10切ったら囮召喚して逃げる!

 これで行こう!)



 俺は宝剣の刀身を最大まで伸ばし、それをワイパーのように高速で動かしながら蜂の大群に突っ込んで行った。



 蜂達はすぐさま俺の存在に気が付き、キーキーと鳴き始める。


 そんなのお構い無しに群れに飛び込むと、宝剣に触れた数匹の蜂が、肢体をバラバラにしながら体液を撒き散らした。


 俺は宝剣を持つ反対の腕で、顔を隠しながら走り続ける。



 周囲に点在する、人らしき塊に蜂が集っているのが視界に入る。


 そして、その先に見える巨大な動く岩。


 高さ4mはあるかと思うその大岩は、ゆっくりとこちらを振り返える。


 大岩だと思った部分は、実は背中で、正面から見れば、所々に岩が鱗のようにくっ付いている熊っぽい獣のようだった。


 その獣は牙を剥き出しにしながらこちらを睨んでいる。



(こいつが岩熊ロックベアか?)



 仁王立ちしている熊の先に、血を流して倒れている人が数人見える。


 ふと、血塗れでその場にへたり込んでいた女の子と目が合った。



「に、逃げてぇーー!!」



 その叫びをきっかけにするかのように、巨大な熊がこちらへ走り出す。


 立ち止まっている間も、目障りな蜂を斬り落としてたのが気に障ったのだろうか。



(向こうは殺る気満々か。というか、この殺戮現場やばいな…… 酷過ぎて実感わかないけど。取り敢えず、あいつ仕留めないとだな)



 俺も熊へと走り出す。



 女の子の息を飲む姿が、熊越しに視界に入る。


 熊が四足歩行になったお陰で、女の子の他にも数名息のある人がいるのが見えた。


 全員が驚きの表情でこちらを見ている。



(この世界に来てから驚かれっぱなしだな…… おっと集中集中!)



 後数メートルのところで、熊が俺目掛けて飛び掛かる。


 それを横に回避しつつ、そのまま宝剣の刀身を熊へ突き立てながら後方へ滑らせた。


 相変わらず手応えが全くない。


 しかし、熊の方は違かった。



 飛び掛った勢いそのままに、地面へ突っ込み……


 その衝撃で宝剣で斬り裂いた部分が大きくズレ、血肉を地面へと撒き散らした。



 ――即死。



 まさに必殺の一撃となっていたようだ。



 立ち止まると絶えず蜂が突っ込んでくるので、これを仕留め続けること数分。


 ようやく蜂も居なくなって一息つけるようになる。


 途中一回だけ刺された脇腹がズキズキヒリヒリと痛むが、我慢出来ない程ではない。



 《マナ喰らいの紋章 Lv5 解放》


 《マナ喰らいの紋章 Lv6 解放》



『攻撃力と防御力の基礎値が、それぞれ1上がった』



 紋章Lvが連続で上がった。


 ステータスを確認する。



<ステータス>

 紋章Lv4 → 6

 ライフ 38/40

 攻撃力 27 → 28

 防御力 3 → 4

 マナ : (赤×45)(緑×6)

 加護:マナ喰らいの紋章「心臓」の加護

 装備:心繋きずなの宝剣 +24/+0

 補正:自身の初期ライフ2倍

    +1/+1の修整

    召喚マナ限界突破6 → 7

 *火傷Lv1



 攻撃力と防御力がそれぞれの初期値が+1/+1され、召喚マナ限界が7マナに。


 蜂は100体以上倒したと思うが、得られたマナは(赤×43)。


 1体1マナじゃないのは、個体の大きさとか何か関係するんだろうか。



(って、ライフ2も削れてんじゃん!

 刺されたダメージ1に、後は火傷の継続ダメージかな?

 凄くヒリヒリするのはそのせいか……

 それよりレイア置いてきちゃったけど大丈夫だろうか……


 あ、心配になってきた……)



「あ、あの! ありがとうございます! 助かりました!!」


「……え? ああ、どういたしまして」



 突然話しかけられて我に返る。


 そこにはクリーム色の髪色をしたボブカットの女の子が立っていた。


 涙目になりながら、両手で杖を強く握っている。


 僧侶か何かだろうか。


 白いローブは、血と泥で汚れて酷いことになっていた。



「あ、あの! 回復ポーションを分けてくださいませんかっ!? な、仲間が、瀕死で……」



 最後まで台詞を言う前に、咽び泣いてしまった。



 周囲を見渡すと、既に事切れてる亡骸が目に付いた。


 胸の奥が締め付けられるように苦しくなる。


 回復ポーション程度では、どうにもならない現状を理解しての涙だろう。


 俺は女の子の肩をそっと叩き、まだ息のありそうな人の様子を見て回ることにした。

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