18 -「ガルドラの名も無き里」


 俺たちは、レイアの案内を受けて仲間がいるとされる集落へと向かっている。


 身支度中、ゴブリンが魔法陣から召喚される光景にレイアが腰を抜かしたり、レッサードラゴンの卵に発狂するといったひと騒動があったが、今は冷静さを取り戻したのか、真剣に周囲を警戒しながら道無き道を進んでいる。


 小一時間歩いたところで、レイアが突然足を止めた。



「着いた。ここの大岩の間を通れば集落だ」


「へー。普通の森にしか見えないけど」


「通れば分かる」



 大岩の間を通り過ぎた瞬間、目の前の風景が一変した。


 鬱蒼と生い茂っていた草木が消え、代わりに青々とした草原に畑、それに湾曲した木や蔓が絡まったファンタジー色溢れる木造家が数軒建っているのが見える。



「おおお、雰囲気のある村だな」


「いらっしゃい。待っていましたよ」


「うおあっ誰!?」


「私はこの里の長をしているネス・ロロノアといいます。立ち話もなんですから私の家へ招待しますよ」


「え? あ、はい。どうも」



 いきなり隣に立っていた色白の男に驚いたが、俺の後方に立っていたレイアにも促され、ネスの家へお邪魔することに。


 途中、猫耳をつけた女の子が家の陰からこちらを覗き見ていたので手を振ったら逃げられてしまった。


 生猫耳をもう少し近くで見たかっただけなのに……



「ここへは何の目的で?」


「あー、目的も何も、気が付いたらあの森だったので、俺も何が何やら。あっ、あなたはMEのプレイヤーですか?」


「えむいー? ぷれいやーという言葉も初めて耳にしますね。特定のジョブか、または何かに所属していることを証明する名称か何かですか?」


「近いような遠いような…… でも分からないのであれば大丈夫です」


「ふむ。もしそのような言葉を耳にするようであれば、あなたにお伝えすることをお約束しましょう」


「お、ありがとうございます。助かります」


「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。特にこの里では皆助け合わなければ生きていけないですからね」


「な、なるほど」



 助け合いの部分を強調された気がしたんだけど、気のせいだろうか。


 ネスって人は常に笑顔なんだけど、その本心に黒いものを持っている気がする。


 勘と言うよりは、漫画やアニメでの定番というか、お決まりのキャラ設定からくる予感っていうだけだけど。


 とりあえず、笑顔が決まり過ぎてるイケメンは信用するな! っていうのが俺の持論だ。



「そういえばこの里って、なんて名前なんですかね?」


「この里の名ですか? ふむ、今まで気にしたことがなかったので、特に名は決めていないですね」


「ネス、お前は知らないかもしれないが、皆はネスの里と読んでいる。ネスが興した村だからな。問題ないだろう」


「ほう、私の知らぬところでそんな名がついていたとは」



(ネスの里か……

 聞いたことがないな……

 それにプレイヤーの情報もなし……


 ん、ちょっと待てよ?


 運良くプレイヤーを見つけたとして、よく転生ものの小説であるように、相手が敵対してくる可能性もあるのか?

 ないよね?

 いや、もしやある?

 となると無闇に聞いて回るのもまずいのか?

 でも聞かないと何も分からないし……

 やべ、混乱してきた……)



「どうやら、何かお困りのようですね。ああ、言い難ければ言わなくて結構ですよ。レイアから聞いているかも知れませんが、この里には奴隷だった者が多いですから。過去はそれほど重要ではなく、これから何を成すのかが重要だと考えていますので」


「元奴隷が多いんですね…… なるほど…… 色々お気遣いありがとうございます」


「いえ。お疲れでしょうから寝床を手配しましょう。あなたのことは何とお呼びすればいいですか?」


「あ、マサトっていいます。名乗らずにすみません」


「マサト…… ふむ、分かりました。レイア、マサト君を君の家に招いてもらいたいのですが、構わないですか?」



(え? レイアの家に住むの?)



 突然の発言に驚いてレイアを見てしまったが、彼女は至って平然としていた。


 顔色を変えるようなことではないらしい。



「分かった。私の家はまだ1人だしな。それにマサトと交流があるのも私だけだ、それがいいだろう」


「お願いします。 マサト君、君の配下のゴブリン?で合ってますか? 簡易的な寝床ならあるのですが、そこで良ければすぐ案内できます」


「あ、ああ、ちょっとお待ちを…」


「ゴブ」


「屋根さえあれば十分らしいです。後、今返事をしたこのゴブリンはゴブ郎って名で、このゴブリン達の纏め役です。何かあればこいつに言ってください。多分、言葉を理解できると思うので」


「それは助かります。しかし固有名持ちのモンスターを使役しているとは…… 恐れ入りました」


「そんなに珍しいことなんですかね?」


「少なくとも、私が生きてきた中では、あなたが初めてですよ」


「まじすか……」


「詳しいことは、後で夕飯でも食べながらゆっくり話をしましょうか。彼らは私が寝床へと案内します」


「あ、ありがとうございます。じゃあ、ゴブ郎、後は宜しく」


「ゴブブ」



 ゴブ郎達と別れた俺は、レイアの家に向かった。


 別れ際、狂信ゴブが抱えていたレッサードラゴンの卵を見たネスが、一瞬硬直したような気がしたが、気のせいだろうか。


 いや、そこまで俺も鈍感じゃない。


 この世界の住人感覚だと、レッサードラゴンの卵ですら、目玉が飛び出るほどの驚きがあるんだろう。


 そして、プレイヤーの存在は、恐らく伝説的な存在として認識されている。


 逆に考えれば、伝説的な活躍をしている人物は、プレイヤーの可能性があるということか。



「また考え事か? 私の家はすぐそこだぞ」


「ん? ああ、ちょっとね」



 目の前には、太ももくらいの太さの木々がうねるように重なり合い、その表面を多くの蔦や苔が生えている幻想的な家が建っていた。



(近くで見ると本当に凄い家だなぁ)



 レイアに案内されて、家の中へお邪魔する。



「お前は二階を使え。家具も自由に使って構わない。食事は時間になったら炊き出し場所に取りに行く。何か質問は?」


「え、ああ、そうだな……」



 ネスの里では、結界の外に出て狩りが出来る人は数人しかいないため、食事は住人がその日収穫した食料を持ち寄って炊き出しを行っている。


 ネスの里の住人には役割という名の仕事が割り振られており、里の全員が協力して生きるという体制がしっかりと取られていた。


 仕事は家畜の世話、畑仕事、外での狩りや採取から始まり、炊き出しや洗濯担当等多岐に渡る。



 レイアは結界の外に出れる貴重な1人で、主に里に危険が迫ったときの斥候役として、外の役割が与えられているとか。


 里の全員が、血の繋がってない家族という認識なのかもしれない。


 そう考えると、自然と自分にも何かしてあげられないかなという気持ちが湧いてくる。



「なぁレイア、滝壺に置いてきた剣牙獣の肉ってこっちに運んだ方がいいかな?」


「い、いいのか!? この地で肉は本当に貴重なんだ! それだけじゃないぞ!? ガルドラの剣牙獣は狩ることも困難なモンスターで、街の市場にも滅多に出回らない程貴重な肉だ! 食べなくとも、燻製にして街で売るだけで結構な稼ぎになるぞ!?」



 凄い剣幕で力説されてしまった。



(そ、そうか……

 あの大量の肉は金になるのか……

 そう考えたら尚のことゴブリン達の食料にしておくのは勿体無い気がしてきたぞ……

 水晶も洞窟に置いてきちゃったし。

 一度手数揃えての運搬が必要そうだな)



「わ、分かった。じゃあネスさんに相談して、ゴブ郎に言ってここまで運ばせようか」


「やったぁ! ……あ、その、そうしてもらえると助かる。早速ネスに相談しに行こう!」



 レイアは余程嬉しかったのか、満面の笑みで喜んだが、柄にもなくはしゃいだ自分が恥ずかしかったのか、すぐに冷静な顔を装いつつ、でもチラチラ俺の顔を窺いながら、善は急げと俺を急かした。


 こういう不意打ちの表情が本当に可愛いなぁと思いつつ、俺はネスさんのもとへ向かうのだった。

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