19 -「レイアの男」

 喜びを隠しきれていないレイアに引っ張られる形で、俺は拠点に置いてきた大牙獣の肉についてネスさんに相談してみた。



「大牙獣の肉の運搬ですか…… なるほど。お気持ちは嬉しいですが、悩みますね……」


「なぜだネス! 貴重な肉だぞ!? それもただの肉じゃない、霊薬『白蓮草』を食べて育ったガルドラの大牙獣の肉だ! 私も食べてみて分かったが、あれには強力な滋養強壮効果もある! 大量には持ち運べないが、街の闇市で売ればそこそこの金にもなる肉だぞ!?」



 ネスさんには、レイアのように手放しで喜べない何か懸念があるようだが、レイアは声を荒げながらネスさんに詰め寄っている。



「レイア、メリットは私も理解しています。私が気にしているのは、リスクの方です」


「リスクですか?」


「はい。マサト君の提案はとても嬉しいのですが、ここは高ランクモンスターが蔓延るガルドラの地。今は私の結界でなんとか隠れて住むことが出来ていますが、たまに結界を掻い潜り、迷い込んできたモンスターに襲われるといった事故がない訳ではないのです。そして私達にはマサト君のように高ランクモンスターを討伐する力はありません。全ての力を駆使して撃退するのが精一杯なのです。なので、ガルドラの肉の臭いを追ってきたモンスターに、この場所を特定されることを私は恐れています。それが唯一の懸念です」


「確かに…… 大牙獣とやり合った直後に、ワイバーンにも襲われましたし…… 血肉の臭いで追跡されて、場所特定されても怖いですね……」



 ネスさんの懸念も納得できるものだった。



(俺が思うよりこの結界も万全じゃないということか……

 いや、むしろよくそんな状況でここに住めるな……

 ああ、こんな所にしか住むことが出来ないような事情のある人達だったんだっけか……

 うーむ……

 迷惑は掛けたくないしなぁ。

 俺が肉を持ってきたことでモンスターに襲われて村人全滅!とかなったら笑えないな……)



 俺がどうしたものか考えていると、ネスさんが少し驚いた表情でこちらを見ていた。



「………ワイバーン…? そう、聞こえた気がしましたが?」


「ネス、信じ難いことの連続だと思うが、私含めて、マサトもガルドラのワイバーンに襲われた。それは事実だ。だが、そのワイバーンを、マサトは一撃で仕留めてみせた。ガルドラのワイバーンを “一撃で” だ」


「一撃で…… にわかには信じ難い話ですが…… いや、マサト君なら…… そうですね、マサト君なら出来てもおかしくありませんね。いや、出来て当然なのでしょう」



 ネスさんが何やら勝手に納得してるが、なぜ俺なら出来て当然なのか……


 納得した後のネスさんの口元が、一瞬狂気的に吊り上がったのを俺は見逃さなかった。



(……この人、なんか闇を抱えてそうなんだよなぁ。

 気を付けておこう……)



「……で、そのワイバーンの亡骸はどこに?」


「えっと、運べる大きさじゃなかったのでその場に放置してあります。解体しようにも手持ちの刃物が通らなくて断念しました」


「なるほど。ではそのワイバーンと共に運べば大丈夫でしょう。地にいるモンスター避けとして絶大な効果をもたらしてくれるはずです。ワイバーンより上位のモンスターに効果はないと思いますが、ワイバーンの臭いを追ってくるモンスターはこの地にはいないはずです」


「あーなるほど。ワイバーンをモンスター避けに使えるんですね」



 流石ファンタジー世界。


 ワイバーンは素材とかで絶対重宝すると思ってたけど、まさかモンスター避けになるとは。


 しかし、あれを運ぶとなると、拠点にいるゴブ達合わせても人手が足りない気がしている。



「さっそく運搬の準備をしたいのですが、運ぶための荷台とか、ワイバーンを解体できる刃物とかないですかね? ワイバーンを仕留めたときに使った魔法を使えば切断くらいは楽に出来ると思いますが…… その…… 気楽には使えないものなので……」



 正確には、「気軽には使えない」のではなく、「使えない」が正しい。


 もう溶岩の片手斧ラヴァ・ハンドアックスのカードはないのだ。


 だが、素直にそれを教える必要はないだろう。



「分かりました。目星はありますので揃えられると思います。もしものときの警戒を住民全員にさせる必要もあるので、これを機会に住民全員集めてマサト君の紹介もしてしまいましょうか」




 ◇◇◇




 目の前には、見た目の違う人族の皆さん。


 下は赤ちゃんから上は腰の曲がった老人まで。


 特殊メイクをしたような人達が、こちらに顔を向けて並んでいた。



(なんか仮装パーティみたいだなぁ……)



 そう現実味なく考えていると、丁度ネスさんによる紹介が終わるところだったようだ。



「ではマサト君。皆に何か一言でもいいのでお願いします」


「え、あ、はい。えーっと、ここにいるゴブリン共々、精一杯頑張りますので宜しくお願いします?」



 住民達が一様に顔を見合わせている。



(やっぱり人前でスピーチするとか苦手だなぁ…… 他に何か言った方がいいんだろうか……)



 俺が悩んでいると、突然黒耳おかっぱの女の子が満面の笑みで叫び始めた。



「あの人、レイアの男ー! レイアの家に一緒に入るとこ見たもん! レイアと一緒に住むんだよね? ね?」


「なっ!? ネネ! お前何てことを言……」



(レイアの男?俺が?

 うーん、まぁ夜を共にしたのは間違いないし、一緒に住むことも間違ってない……

 ここは素直に肯定しておくべきなのか?)



「ああ、レイアの家でお世話になります…… ってレイア他に男いないよね? そもそも一緒に住んで平気なの? 俺修羅場になるの嫌だよ?」


「なっ!? マサト!? そ、そんな男いる訳ないだろうっ!?」



 動揺するレイア。


 顔が真っ赤であたふたしている。



(経験豊富に見えたんだが、意外に初心なのだろうか……

 女心はよくわからんな……)



 俺たちのやり取りが面白かったのだろうか、レイアの言葉をきっかけに、住民達が突然一斉に笑いだした。



「そうかそうか! へそ曲がりのレイアにもとうとう春がきたか!」


「本当にねぇ。最近頻繁に外に出ていたから心配していたんですよ? でも、男を誑かして帰ってくるなんて、流石レイアちゃんねぇ。ふふふっ」


「ねー! もうやった? もうやったの? 赤ちゃんいつ産まれるー? ネネ、妹が欲しいんだー!」


「そりゃネネ、ちょっと気が早ぇんじゃねーか? がはは」



 レイアは顔面を真っ赤にしつつ、口をパクパクしている。


 しかし、随分とアットホームでオープンな人達なんだな。


 なんだかこういうの、ちょっとほっこりする。


 住民それぞれが有る事無い事言っては、顔の赤くなったレイアをからかっている。


 子供達も、レイアを囲みながらみんな笑顔だ。



「マサト君、これが私達の住む家です。皆、血は繋がっていないですが、家族のように結束は固い。この笑顔を守るために、それぞれが出来る努力をしています。ここはそんな所ですよ。少しは理解してもらえたでしょうか?」


「はい、とても素敵なところですね。レイアが命を賭けて守ろうとしようとするのも分かる気がします」


「その言葉が聞けただけで、私は満足です」



 ネスはいつもの作り笑顔とは少し違う雰囲気の笑顔をしていたように思う。


 見間違いかもしれないが。



「さて、紹介も終わったところで、これからみんなにやって貰いたいことの説明をします。上手く行けば、マサト君が大量の肉料理をご馳走してくれますよ?」



 ネスの最後の一言をきっかけに、談笑する声が一気に歓声へと変わった。


 皆が皆喜び、中には抱き合って喜んでいる人や、こちらを拝みながら泣いている人もいる。


 子供達も手を取りながら無邪気にはしゃいでいる。



(な、なんだこの喜び様は……

 そんな肉に飢えているのか……

 もしゴブリン達が全部食べちゃってたら暴動が起きるぞ……)



 俺は過度な期待に応えられるかどうか不安になりつつ、そうなるように住人を誘導したネスに対し、こいつはやっぱり油断しちゃダメな奴だと確信するのだった。

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