12 -「見張る者-3日目」

 奴と遭遇してから3日目の朝がきた。


 正直、この森での張り込みは辛い。


 いつどこから魔獣に襲われるとも限らない中、絶えず周囲を警戒しながら気配を消し続けるのは、とても消耗が激しいのだ。


 集中力を保てるのも、せいぜい後1日が限界だろう。


 それ以上は、精神的にも耐えられそうにない。



 この森は、ガルドラ樹海と呼ばれる森林地帯で、北部にはガルドラ連山があり、樹海を囲むように巨大な山々が連なっている。


 ガルドラ連山は、樹海と異なり木々が全く生えていない岩山だ。


 樹海には凶暴な魔獣達が、連山には空の王者であるドラゴンや亜種のワイバーンが生息している。


 ここ一帯をガルドラの地と呼び、この地域に人の住む町はない。


 だから私達のようなあぶれ者が隠れて住めるのだが、普通であればこの地に住むなど考えないだろう。


 いや、考えられないというのが正しい。


 奴が呪文2つで簡単に殺したガルドラの岩陸亀だが、魔術師として対峙するのであれば、本来はベテランの魔術師数人でもようやく撃退できるかどうか分からないくらいの厄介な魔物なのだ。


 硬い皮膚や甲羅により、物理攻撃が通らないだけでなく、魔法耐性も高いせいで魔法も効かない。


 更には毒などの状態異常に対する耐性も兼ね備えているため、消耗戦にも強い。


 ギルドでは、ベテラン冒険者複数人の力と同等とするBランクモンスターとされている。


 しかしその岩陸亀ですら、このガルドラの地では捕食される側なのだ。


 奴らが交戦していたガルドラのジャガーも、ベテラン冒険者と同等の力をもつCランクモンスターだ。


 そんなモンスターが捕食される側として生息しているこの地に、人族が住める訳もない。


 私が身を置く隠れ里は、エルフであり、里の長でもあるネスの隠匿結界によってモンスターに狙われていないだけだ。


 もしネスが死ぬようなことがあれば、隠れ里の皆は数日で魔獣達に食い殺されるだろう。


 そうならないよう、私は全力で不安要素を排除しなければならないのだが……


 状況はまずい方向に向かっていると感じていた。



(どうすれば…… いっそのこと接触するか?)



 童貞であれば籠絡は容易いかもしれない。


 だが仮に同性愛者だったらどうする?


 見た目からしてその線も捨てきれない。



 暫くすると、奴が寝床から出てくるのが見えた。


 昨日までは見かけなかった新しいゴブリンを連れている。



(あの洞窟の奥にゴブリンの巣穴でもできたのか……? それはそれで問題だな……)



 だが、これまでの襲撃騒動を振り返ってみると、奴がゴブリンの軍隊を率いているというのはどうも違和感が出てくる。


 あの洞窟がゴブリンの巣穴に繋がっているのなら、襲撃された際にもっと大量のゴブリンが湧き出てきてもおかしくない。


 いや、むしろ出てこない方がおかしい。


 となれば、奴の配下は数体か十数体程度と見るほうが妥当ではないか。


 それでも、私らにとっては十分な脅威には違いないが……



 その後の奴等は、何かの戦いに向けて準備をしているようだった。


 即席の木の槍を作っては、周囲に穂先を上にして突き立てている。


 緊急時に武器として使うためだろうか。



 ふと視線を感じ、周囲を見渡す。


 すると、私がいる位置から丁度左手、滝壺から流れる小川を挟んだ先の木の上から、私を見ているゴブリンと目が合った。



(なっ!? 見つかった!? 何故!?)



 幸いにも、こちらを見張っていたゴブリンとは距離があった。



(不味い! だが、この距離なら…… 逃げ切れる!)



 そう思い、地に降りたのが間違いだった。



 逃げた先で、大牙獣と鉢合わせしてしまったのだ。



「ブガァアアア!!」


「き、きゃぁああっ!?」



 完全に不意打ちとなった突然の遭遇に加え、至近距離で咆哮を受けたせいで、自分の声とは思えないほど甲高い悲鳴をあげてしまった。


 一瞬でパニックになる。



(ま、まずい…… に、逃げないと……)



 だが、身体は言うことを聞かなかった。


 大牙獣の咆哮は、消耗したレイアの腰を抜かさせるには十分な迫力だった。


 足腰に力が入らず、尻餅をついてしまう。



(い、嫌だ…… し、死にたくない……

 こんな…… こんなところで……

 誰か、誰か助け……)



 大牙獣が、前に突き出したその鋭い牙で私を貫こうと姿勢を落とした瞬間、大牙獣の横腹へ小柄な生き物が突っ込んだ。


 そいつは緑色の肌をしていた。


 紛れもなく私と目が合ったゴブリンだった。


 すると、私は信じられない光景を見た。


 ゴブリンより数倍は体格の大きい大牙獣がよろめき、その横腹から血を噴き出したのだ。



 大牙獣はよろめきながらも、攻撃してきたゴブリンに対し、前方に突き出た牙で反撃する。


 ゴブリンは軽々とその牙を避けると、今度は逆方向から別のゴブリンが大牙獣へ突っ込んできた。


 その攻撃に、大牙獣が悲痛な叫びをあげる。


 そして逆方向から攻撃してきた別のゴブリンを牙で振り払うと、こちらを警戒しながら、よろけつつもジリジリと後退していく。



「……す、凄い」



 ゴブリンが大牙獣を圧倒している。


 それもたった2体で、だ。



 すると突然、大牙獣が奇妙な吠え方をし始めた。



ーーーープォオオオオオ!!



 嫌な予感がした。



ーーブガァア! ブガァア!!



 四方から大牙獣の咆哮が聞こえる。


 そして微かに振動する地面。



(大牙獣が…… 仲間を呼んでいる……?)



 その状況に眩暈がした。


 すぐさま現れる別の大牙獣。


 警戒しつつ距離をとるゴブリン。


 また現れる別の大牙獣。


 今度は逆にジリジリと後退させられるゴブリン。



 私は死を確信した。


 いっそのことなら、痛みなく楽に死にたいと現実逃避した。



 そしてくる死の宣告――大牙獣の咆哮。



「ブガァアアアアア!!」



 1匹の大牙獣の咆哮により、一斉にこちらへ突進してくる他の大牙獣。


 その鋭い牙で串刺しにされ、蹂躙され、喰われる自分を想像した。


 だが、そうはならなかった。


 突進してくる大牙獣達に、それ以上の数のゴブリン達が大牙獣へと襲いかかったのだ。



 その後は激戦だった。



 ゴブリンがやや優勢に見えたが、大牙獣も次々と数を増やしたことで勝敗が分からなくなっていた。


 私を庇うように、ゴブリン達が獰猛な大牙獣達と対峙している。


 エルフ、いや人族全てにとって害悪でしかない野蛮で低脳な種族、ゴブリン。


 この種族が他種族を助けるという話は一度も聞いたことがない。


 ましてや命を賭けて救おうとするなど……


 私は目の前の光景を受け止められず、ただただその行く末を見つめることしかできなかった。

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