11 -「見張る者-2日目」

 奴らはすぐに見付けることができた。


 それもそのはずだ。


 こんな危険な場所……


 大牙獣のテリトリー近くに……


 更には、魔物達が水を飲みにやってくるような水場に拠点を作り、あまつさえ火を起こして炊き出し。



(考えられない!

 奴らは死にたいのか!

 こんなもの、魔物達に襲ってくれとアピールしているようなものだ!


 ……いや、待てよ。


 それが狙いか?)



 マジックイーターは、命を奪った上で、その命の源――魔力マナを喰らうという。


 であれば、魔物を敢えて誘き寄せるというのも筋が通る。



(ここに生息する魔物は敵ではないということか……

 ふざけた奴らだ。

 しかし、ゴブリンを配下にするとは。

 ゴブリンなど、戦力になるどころか足を引っ張るだけの存在だろうに。

 それより、最初よりもゴブリンの数が増えている気がするが……)



 昔から、ゴブリン種は1匹見たら100匹はいると思えということわざがある。


 奴の配下も何百、いや何千という配下がいるのかもしれない。



(恐ろしい……

 だが、寝床にしている洞窟は確か行き止まりだったはずだ。

 ゴブリンの巣穴がどこにあるのかも突き止めなければ……)



 食事を終えた奴らは、滝壺へ近づき、おもむろに服を脱ぎ、水浴びをし始めた。


 綺麗好きなゴブリンとは珍しい。


 ゴブリン達を見張っていたマジックイーターもまた、服を脱ぎさり、滝壺へと入っていった。


 胸部には “マナ喰らいの紋章” が見える。



(やはり見間違いではなかった!

 奴はマジックイーターだ!)



 男の身体は見慣れていたが、奴の身体はやはり異質に見えた。


 傷一つない綺麗な肌に、均衡のとれた筋肉。


 そして皮を被ったナニ。



(クックック……

 可愛らしいものだな!)



 奴等は身体を滝壺で洗い終わると、各々が日当たりのよい岩の上で寝転び始めた。


 無防備過ぎる。


 だがこれも魔物を誘き寄せるための罠なのだろう。



「ガァルァアア!!」



 案の定、餌に釣られてジャガーが近くの茂みから飛び出してきたのが見えた。


 全裸のゴブリンが餌に見えたのだろう。


 一番近くにいたゴブリンへと走る。


 しかし次の瞬間、私はゴブリンの行動に驚かされた。


 逃げる素振りを見せず、全裸のまま身体を丸めてジャガーへ突進して行ったのだ。


 予想外の展開に、ジャガーもゴブリンを警戒して飛び避けたが、無策だと分かると再度ゴブリンへと飛びかかった。


 だが、全裸のゴブリンは急所を腕で守っているため、中々しぶとい。


 他のゴブリン達は、この隙に各自が武器を手に取り、マジックイーターを守るように態勢を立て直した。


 まるで長年訓練された軍隊のような動きに、思わず見入ってしまった。



(これが…… ゴブリンの動き…… か?)



 ゴブリンは弱小種族だったはず。


 そして、自分勝手で横暴、同種族の仲間の命すら無下に扱う下等種族だ。


 自分の命を即座に犠牲にする判断や連携など、ゴブリンが独断で出来るとは到底思えない。


 だが、奴等はそれをほぼ阿吽の呼吸でやってのけた。


 一瞬の躊躇いもなく。


 まるで自分達が使い捨ての駒だと分かっているような行動だ。


 私は言い知れぬ怖さを感じた。



「全員でジャガーを攻撃! 生かして返すな! 見ゴブ2を救え!!」



 突然の号令にビクッと身体が硬直する。


 私は、内心冷や汗でいっぱいだった。


 先ほどまで、奴のナニを可愛らしいと嘲笑っていたのにだ。


 それだけの気迫が、奴の号令には含まれていたのだろう。



(気迫だけでこのプレッシャー…… 化物め……)



 号令を受けたゴブリンの行動は素早かった。


 各々が全速力でジャガーへと突進する。


 あるものはジャガーの正面へ、あるものはジャガーの両サイドへ回り込んだ。



「糞猫がぁあああ!!」



 奴の怒号が木々を震わせた。


 ジャガーも怯んだのか、その場で硬直している。


 すかさずゴブリンの1体が火の玉を放ち、逆サイドからもう1体のゴブリンが飛び掛かる。


 ジャガーは、向かってくる火の玉に驚き、避けようと瞬時に飛び退いた。


 だが、退路に先回りしたゴブリンに斬りつけられ、甲高い悲鳴を上げた。


 その後、ジャガーは更に突進してきたゴブリンに腹を槍で貫かれたが、まだ致命傷にはいたっていないようだった。


 もがくように暴れるジャガー。


 すると、マジックイーターが凄い勢いで突っ込んでいった。


 一瞬何が起きたのか分からなかった。


 次に奴を見たときには、奴はジャガーの首元に腕を回して締め殺そうとしていた。


 負傷していたとはいえ、仮にも凶暴な “ガルドラのジャガー” を、だ。


 それを全裸で羽交締めにし、絞め殺すなど……


 その一連の光景は、私に息をするのも忘れるくらいの衝撃を与えた。


 奴の胸元では、ジャガーの魔力を喰らった紋章が、まるで生物の心臓のように、鼓動のリズムに合わせて淡い輝きを放っていた。




◇◇◇




 奴等がジャガーを仕留めた後、私は身を隠せる簡易的な寝床を木の上に作り、そこから奴等を見張ることにした。


 見張りを再開すると、丁度マジックイーターと2体のゴブリンが、滝の横の崖を登っている姿が視界に入った。



「……正気、なのか?」



 あの崖上からはガルドラ樹海の中層にあたり、生息する魔獣が更に凶暴になる。


 有名なのは、ガルドラの大牙獣とガルドラの爬虫竜。


 どちらも個々の強さは、複数のベテラン冒険者で討伐可能なBランククラスだが、どちらも知能が高く、群れで狩りをする習性があるため、討伐ランクはB+として扱われる凶暴な魔獣達だ。


 いや、岩陸亀を簡単に倒すような奴ならB+ランク相手でも大丈夫なのだろうが……


 因みにAランクまでいくと、討伐に軍隊が必要とされるくらいの危険度となる。



(奴は何か中層に目的があるのだろうか?)



 すぐ思いつくところとしては、最高級の食材として取引される魔獣「虹鼠」、霊薬の調合薬として価値の高い「白蓮草」あたりか。


 前者は爬虫竜、後者は大牙獣の好物であり、それぞれがその生息領域をテリトリーとして群れている。


 爬虫竜も大牙獣も、そのテリトリーを侵さなければ遭遇することはない。


 逆に言えば、そのテリトリーを侵せば、奴等はテリトリーの外に出てくる可能性が高くなる。


 仮にも奴等の好物を持ち帰ろうものなら……



「ちっ! 余計なことを!」



 私は舌打ちしながらも、奴の背中を睨み付けることしかできなかった。




◇◇◇




 待つこと数時間。



ドボォオオオン!!


ーーバダァァアアン!!



 崖から滝壺へ、マジックイーターとガルドラの大牙獣が飛び込んだ。


 嫌な予感が的中した。


 大牙獣がテリトリーから出てきてしまったのだ。



「その獣を陸に上げるな! そのまま全員で仕留めろ!!」



 大牙獣は泳ぎが不得意なのか、水面を前足で叩いて必死に泳いでいる。


 そこへゴブリン達が石や木の槍で攻撃し、大牙獣を陸へ上がらせないよう対応している。


 私でも知らない大牙獣の弱点をつく、上手い策だと感心したが、問題はそこではない。


 滝壺から上がったマジックイーターは、ゴブリンの槍を手に取ると、そのまま大牙獣の口へ突き入れ、一撃で倒してしまった。



(こんなにも簡単に大牙獣を倒すのか……)



 しかし、大牙獣がテリトリーを出てまで追ってきたとなれば、他にも奴を追って下層まで降りてきた大牙獣がいるかもしれない。


 これは死活問題だ。


 今すぐ里へ戻り、警戒を促したい衝動に駆られたが、今は奴等の動向を探るのが先だろう。


 濡れた服を脱ぎ、全裸になった奴の後ろ姿を睨め付ける。


 ふいに奴の綺麗な尻が目に入り……


 少しムラついた気持ちが湧きあがった。



「クソッ! なぜこんなときに…… 奴なんかに欲情を……!」



 生命の危機を感じさせるような畏怖すべき存在を前に、魔族の血が刺激されたのだろうか。


 暫くご無沙汰だった性欲の復活に複雑な気持ちを抱きつつも、私の眼は奴の尻を凝視し続けた。

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