同級生が自殺すると言うので最後にラノベを紹介してみた。

迷い猫

自殺するなら

 夕暮れ染まる放課後、学校の屋上でとある女子が自殺を図ろうとしていた。手入れに時間がかかるだろう長い黒髪が陽で煌めいている。美人という奴は死ぬ瞬間ですらそういうものを気にするのだろうか。

 ドアはガチャリと大きめな音をたてたはずなのに彼女はこちらを気にもしていないようだ。横顔を覗くと物憂げに空を眺めている。妙にその姿も様になっていて彼女の人生の最期として悪くない絵だなと非情なことを考えてしまう。


「あれ、佐藤くん。なんでこんなところにいるの?」


 特段驚く訳でもなく彼女、伊藤静香いとうしずかは僕に尋ねてくる。伊藤はポテンシャルは高いのに大人しくて何を考えているかわからない。そのせいか友達もいないという現状だ。


「なんでって、伊藤が立ち入り禁止の屋上に空っぽな顔して向かっていたからだよ」

「空っぽな顔?」


 生気のない表情で魂が抜かれていると思ったくらいだ。いつもの寡黙な雰囲気とは違っていたので気になったのだ。


「どうして自殺するんだ?」


 伊藤が自殺しようとする理由は何個かは思いつくがどれも憶測で本人の口から聞いてみたいと思った。これは多分、ただの好奇心なのだと思う。


「よくわからない。……むしろ、わからないから自殺するのかもしれない。この世に私がいる必要性も感じないし、未来にも期待できない。だから」

「自殺するのか」


 彼女の言葉が終わる前に続けた僕を睨みつける伊藤に僕は苦笑する。


「そんなのデフォルトでみんなが抱えていることだと思うけど。伊藤みたいな女子でも悲劇のヒロインになりたいものなんだな」

 

 小説でよく見かけるかまってちゃんを現実で見て僕は辟易とする。


「あまり話したこともないのに失礼な人だね、佐藤くんは」

「よく言われる。だから伊藤と同じくらい友達が少ない。それに、もうすぐ死ぬ奴に気を遣っても疲れるだけだ。僕は明日からも生き続けなければいけないからね」


 勿論、普段の僕ならこんな流暢に説教じみたことを誰かに言える訳ではない。だけど相手は数分後には死ぬ人間だから僕は落ち着いて話ができる。


「君って最低だね。私なんかよりずっと」


 涙目になってそう言われる。これくらいで泣かれるとは思ってもいなかったので困る。


「佐藤くんみたいに地味でパッとしない男の子でも死なない理由を教えてよ」


 お返しと言わんばかりに紡がれた言葉を咀嚼する。酷いことを言われているが別に心は痛まない。自分が理解しているからだ。

 難しい質問だなと思いつつ僕は口を開く。


「好きなアニメがあるんだよ。それの続編がまだ先だし、楽しみにしているラノベが来月に発売されるし、見たこともない凄い絵を描くイラストレーターが現れるかもしれない。僕はオタクだから出来ればそんな娯楽を永遠に楽しみたいと思っているから」

「何それ、気持ち悪い」

「まあ、気持ち悪いから伊藤とこんなに話す機会もなかったんだろうな。だけど、気持ち悪いって言われてお金を稼いでいる人気者もいるしな」

「そんなの一握りじゃん。私とは違う」

「なんだわかってるじゃん。伊藤は気持ち悪くないし、美人だから。美人はそれだけで大体のことは許されるし生きやすいと凡人の僕からしたら思うけどな。死ぬのは勿体無いと思うけど止める権利もないから困るよ」


 僕は自分に呆れながら愛想笑いをする。きっと伊藤が美人ではなかったら屋上にすら来ていないはずだ。家に帰ってアニメでも見ていたことだろう。


「実は今読んでいるラノベのヒロインに伊藤が似ているんだよね。あ、ラノベって言うのは萌えが詰まった小説のことで」

「なんなの、君。邪魔して意味わからないことばかり言って」


 こめかみに手をやりため息を吐く伊藤に僕は胸を張って答える。


「ラノベは最高だから生まれ変わったら読んでみてよ」


 この日、僕は自殺をしようとしていた同級生にラノベを紹介してみた。






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同級生が自殺すると言うので最後にラノベを紹介してみた。 迷い猫 @straycat_7

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