走馬灯



  騎士になりたい。

 己が全てを捧げられる、ただ一人の主に仕える誉れある騎士に。

 最初の願いは、間違い無くそれだった。


 誰かの上に立つ事に、興味など無かった。

 それよりも誇りある者を支え、その者が為さんとする事、その一助に成れたら。

 それはとても素晴らしい事のはず。

 だから俺は、その思いを抱き、太平の世を望む若き王の為に剣を振るった。


 グレート・アルストル島を巡る統一戦争、島外の侵略者共との一進一退の防衛戦。

 度重なる戦いは、俺を一人の英雄にさせ、また一人の将にさせた。


 幾多もの殺し合いの末、戦うべき敵は遂にいなくなり、王の望む太平の世は成った。

 王は俺に爵位を叙し、辺境砦と領地まで与えてくれた。

 自分でも、武芸一つでよく登り詰めたものだと思う。

 本来なら、ここで満足すべきだったのだろう。


 しかし、太平の世は俺を狂わせた。

 戦いに熱中し気付かなかったが、俺の腹はとんでもなく真っ黒だった。


 いざ権力を手にしてみると、他人を意のままに出来る愉快さ、配下の騎士達を従えるのとは別物の優越感に俺は溺れた。

 その時だった。俺の中に渦巻く黒い何かの囁きが聞こえたのは。

 

「あの玉座に座れば、どれだけお前は満たされるのだろうな?」


 ……何だと?

 その問いに、俺は枯れた心を躍らせた。

 

 国一つを思い通りに出来たら、だと?


 そんなもの、俺は知らない。


 そんなもの、味わった事が無い。


 気づけば俺は、新体制に不満ある者や残党の軍に接触し、反新体制軍を纏め上げ、叛乱を起していた。


 しかし結論から言って、俺が玉座に至る事は無かった。


 新たに生まれた銃というものを、俺は侮っていた。

 俺が現役の頃は凹ませるのが精々だったというのに、俺が戦場から離れた数年の間に簡単に鎧を貫く程の進化を遂げた、新式銃が反乱軍を蹴散らしていく。

 

 銃声が鳴り響く度に誰かが屍に変わる。

 その恐怖に呑まれ、前進は後退へと変わり、一刻と保たない内に反新体制軍は何ともあっけなく瓦解した。


 組織的抵抗は最早望めず。

 だが俺は引き際を弁えず、馬を駆って戦い続けた。


 朦朧したのではない。

 俺は、止まらなかったのだ。

 もう、止まれなかったのだ。


 そして俺自身が流れ弾に撃ち抜かれた時、確信した。

 個の武力がものを言う時代は、とうに終わっていたのだ、と。


 こうして俺の叛乱は、ただただ屍の山を作るだけという結果に終わった。


 その後。

 撃たれた腕を押さえ、おめおめと近場の森まで逃げはしたが、血が止まってくれない。


 他の騎士達のように見限ってくれれば良かったものを、最後まで馬鹿正直に従ってくれた我が配下はもういない。


 皆、ここに来るまでに俺の代わりに死んだ。

 俺が、殺してしまったのだ。


(その果てが、こんな無様を晒して死ぬのが、俺の最期か)


 そう思った時だった。

 夜空を照らす月の光を浴び、あの紅き女王が俺の目の前に現れたのは。


 紅き女王は言った。私の配下にならないか、と。


 何故、俺なのか。わざわざ叛逆者を選んだ理由がずっと疑問だった。

 主君を裏切り、その結果死のうとしている俺を、何故かの女王は配下に加えたかったのだろう?


 考えるなら恐らく、今回の一件で叛乱というものに懲りたと考えたのだろう。実際俺もあの時は懲りていた。


 だから、俺は彼女の血を拝領した。

 その瞬間、老いた身体は若々しく皺のないものへと変わった。

 女王曰く、「血族となった元人間は"全盛"の頃の身体を保つ」のだという。


 ともあれ俺は、次こそこの紅き麗しの女王に忠誠を尽くすのだと誓った。


 そうしてかの女王は眠りにつき、俺は言い付けられた通りに女王が目覚めるまで、眠りを妨げる教会の蝿共や他の血族への牽制役を務めた。


 しかしいつだったか、俺の棺をある男が訪ねた。

 男は自分が我が主と同じ真祖である事、その主の力を欲しがっている事、そして主を殺しその力を奪い獲れば、それに相応しい力を与える事を俺に話した。


 俺や女王を殺しに来た教会の蝿共を潰す際に血族の力を振るうから分かるが、この力は俺を狂わせた権力に似ている。

 特に個の強さがものを言う血族という枠組みにおいて、力は権力に直結するのだ。

 だからこそ思ってしまう。


 これ以上の力とは、一体どれ程のものなのだろうか?


 この男の誘いに乗れ、と黒い何かがあの時同様に囁く。

 囁きの通り、男の誘いに乗った俺は前報酬として、彼からの血の拝領を終えた。

 その時、俺は自らの身体の変化と、黒い何かの正体を悟った。


 それは紛れもない俺の本性、内で燃え盛る野心の大火、その意思に他ならなかった。


・・・


 ティア達の戦いを遠くで見守っていたオミッドが、何かに気付いてカーティに問う。


「なあカーティ、なんか焦げ臭くないか? もしかして、何処かが燃えてるんじゃ……」

「確かに。火の手は見当たらないのに、変ですね……いけないっ!

 女王、さっさとそいつから離れなさい!」


 デーヴの目から失われつつあった光が灯った事に気付き、カーティは異常事態を直感しティアに叫ぶ。


「煩いわね、執行官! そうは言っても引き抜けないのよ、腕掴まれてるから!」

「もう、遅いわァァァ!!!」


 自身を貫くティアの腕を掴み、炎を纏った血の大槍を創り、ティアの腹部のど真ん中を直撃させる。

 吹き飛ばされたティアはコンクリート壁にぶつかってようやく止まり、そのまま倒れ込む。


「ティア!?」

「大丈夫です、アレはそう簡単に死ねる存在ではありません。

 それより、不味いです!

 アイツ、何かが引き金になって、とうとう至ってしまったようですから……血族の上位者、公爵デュークの域にまで!」


 カーティが恐怖に震えてそう言ったのに対し、ティアを吹き飛ばしたデーヴは高笑いを響かせ、身に纏う衣装を一瞬で火を従える重厚な鎧へ変えた。

 

「クハハハ!

 ああ、思い出した、思い出したぞ! 

 俺はこの野心の炎を以って、全てを奪おうとした愚者!

 第二の生を受けて尚、抑えきれない野心の業火に呑まれた怪物!

 衝動のままに、頂きを目指す挑戦者なのだ!!!」


 デーヴを中心に炎が荒ぶる。

 荒ぶった火は地を這うように、ゆっくりとその勢いを増しながら周囲を延焼させていく。


「それにしても、だ。全力を乗せた我が槍の直撃を受けて、未だ形を保っているとは……真祖、恐るべし!

 その力、是が非でも我が身に取り込まねば!

 クハハハ!!!」

 

 叛逆の成就が間近に控えているのを確信し、炎を巻き上げて高笑いを上げるデーヴの姿は余裕に満ちたものだった。

 

「クッ、何か出来る事は無いのか、カーティ!?」


 オミッドの必死な叫びに、カーティは一瞬思考を巡らせ、冷静に答える。


「アレは女王の力を求める野心、そして死を超越すべく覚醒した本能により、残る力を全て注ぎ込み、この土壇場で血族の上位者となったようです。

 今までも居ましたから、そういう突然変異体イレギュラー

 しかしアレは今油断しています、とても」

「何でそう思う?」

「周囲に纏わせているあの炎、恐らくあれが奴が公爵になった事で目醒めた力です。

 奴は先程女王の攻撃により、魔力の源たる血を大量に失った。なのに、勝ちを確信してあんな力の無駄遣いをしている」

「それが根拠か」

「はい。

 というわけで、その隙を突いてあそこでのびてる女王を引っ叩いてラウンドを再開させましょう。

 私が奴の相手をします。その間に、あの女王を起こして下さい」

「でもお前、身体は大丈夫なのか?」

「私、化け物の混血ですから。治りは人間より早いんです。多少動く位なら、心配ご無用ですよ」


 そうは言うものの、オミッドは心配げな表情を変えない。

 ならば、とカーティはそれを安堵させようとニッと笑って返す。


「死ぬ気は毛頭無いので、どうかご心配なく!

 何せ私には、この件が終わったら、先輩に協力料として色々奢って貰おうという目論みがあるので!

 その目論み成就まで、何があろうと死にませんよ!」

「……ああ、お手柔らかに頼むぞ!」

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