女王参戦

「ティ、ティア……。お前、何で……?」

「え? 何でも何も、早めるから私を呼んだんでしょ?

 もう待ち切れなくって飛んできちゃった!」


 飛んできたというのが比喩表現などではない事は分かるが、何故ティアが時間より早く来て、伝えてもいないこの場所にまで辿り着いたのか分からないオミッドはただただ困惑する。


「ふーん。その様子だと呼んだの、あなたじゃないんだ。

 どーりでおっかしいと思ったんだぁ。あなたの協力者を名乗るあの感じ悪い猟犬、私が何聞いても無表情で「オミッドが呼んでる」しか答えないんだもん。

 て事は、あの時一緒にいたガラの悪そーな狩人の差し金ね」


 うんうん、とティアは勝手に納得して頷く。


「でも、感謝しなきゃね。

 あと少しでも遅れてたら、あなたもそこでくたばってる執行官みたいに死んでた訳だし」

「いやいや死んでませんよ!? 死にかけではありますが、ゲホッ!?」

「あっ、生きてたんだ。じゃあ、オミッド守ってて。死にかけでも出来るでしょ、それくらい」


 ガバッと起き上がり咳込みながらもカーティが抗議するも、ティアはそれに何の興味も示さずにオミッドを託す。


「言われずとも……そのつもりです」

「じゃ、よろしく。

 私、ちょっとアイツに今までのツケ、全部贖わせてくるから」


 ティアはカーティにオミッドを預け、振り返って歩き出す。

 搬入口の鉄扉をぶち抜く程の威力で吹き飛ばされ、土埃の中から現れたデーヴへ向かって。


「……いやはや。ご機嫌麗しゅう、我が紅き君主ティア・ワンプル。いや、元か。ともあれ、随分と久しゅうございます」


 デーヴは既に再生された腕で、恭しく敬礼をする。

 対してティアは腹立たしげにデーヴを睨む。


「挨拶はいらない。貴公が犯した罪、その命で贖え」

「これはこれは。唐突に異な事を申される。

 血族にとって、人間など喰われる存在でしかない。

 腹が減ったから、満ち足りないから、喰らう。

 生き物の性でありましょう? これの何が罪なのです?」

「人間のクセに、骨の髄まで低俗な血族の思想にどっぷり染まったみたいね。呆れて言葉も無いわ。

 ていうか、懲りたんじゃないの? 叛逆とか」

「懲りましたとも。故に今回こそ必ずや成就させるのです! その血を、その力を、是が非でも我が手中に収める為に!」


 言い終えた瞬間に血の大弓を発現させ、弦を弾き絞り血の矢を射掛ける。

 速攻の強弓が迫るも、ティアは涼しい顔で地面を踏む。するとアスファルトが盛り上がり、土の壁が矢を阻む。

 

「そう簡単にはいかんか! ならば、力押しだ!」

「いけない! 防護陣、展開!」


 カーティが近場の地面に聖輪を投げ刺すと、半円の透明な壁がオミッドらを包む。

 それと同時に、雨のような血の矢が降り注ぎ、土の壁を削っていく。


降り注ぐ矢の数は無数と言っていい程で、透明な壁が無ければ自分達は流れ矢で針山のようにになっていただろう、とオミッドは恐怖に震える。


「お、おい!? 守ってくれるのは有難いが、ティアは一人で大丈夫なのか!?」

「今の私では、むしろ足手纏いになるかと。何せあれは、生物の理を超えた、異なる理に愛された化け物ですから」

 

 守りをを維持するのに集中しているカーティには一切心配する様子は無いが、オミッドは嫌でもティアの安否を心配していた。

 だが、それは要らないものだとオミッドは理解する。


 矢の雨の前に崩れ去る土壁。

 それに対し、ティアは一切傷を負う事無く立っていた。


「む、無傷だと……!?」

「これが貴公の力か? 昔より階梯が上がった程度で、簡単に私を倒せる気でいたか? 

 笑わせるな、下郎めが」


 その声はあまりに冷酷で、オミッドが見てきた愉快な性格やお気楽で奔放な雰囲気のティアはそこにはいない。

 そこに立っているのは女王の名に相応しい、荘厳な覇気を纏った生まれながらの支配者だった。


「デーヴ・スティルマン。貴公が行った蛮行、叛逆は度し難く、酌量の余地は無い」


 ティアの指から、赤い血が一滴。

 それは地に落ちた瞬間、周囲を赤く染めていく。


「故に、判決を言い渡そう。

 判決は死刑。私に叛旗を翻した事、後悔しながら死ぬが良い」

「何をッ!」


 再び血の剣を作り出し、デーヴが接近戦を仕掛ける。

 ティアの手には武器は無く、デーヴのように作り出す事もしない。


「ティア、お前も武器を出せるんだろ? 何で出さない!?」

「武器? いらないわ、そんなの。だって私、コレがあるもの」


 オミッドに見えるように握り拳を掲げたティアは、腕を引いて何も無い空を殴った。

 瞬間、衝撃波がデーヴに迫る。


「クッ、こ、これは!? ぐあッ!?」

「隙だらけ! ぶっ飛びなさい!」

 

 正面から受け切ったせいで態勢を崩した所を見逃さず、ティアはデーヴに急接近し後ろに引いた拳をどてっ腹に叩き込む。


「ガアァァァ!?!?!?」

「まだまだッ! こんなんじゃ殴り足りないわ!!!」


 あまりの威力で空中に打ち上がったデーヴに、ティアは地を蹴ってアッパーの追撃を掛ける。


「覚悟しなさい、ボッコボコにしてやるわ! はぁぁぁぁ!!!」


 ティアは空中で身を翻し、正面に捉えたデーヴを力の限り殴り続ける。

 そんな一方的な空中戦が繰り広げられる中、地上でその様を眺めるオミッドが呟く。


「素手であんなに強いのか、アイツ!?」

「血族というのは本来、獲物から得た血と自身の血に存在する、秘めたる力「魔力」という名の異能を行使する化け物。

 しかし、かの女王は別格。なんせその身を巡る血そのものが、高純度の魔力。

 そして、それが巡る身体の能力もまた他の血族とは比べ物になりません。

 私も、伝承でしか知りませんでしたが……あれが、真祖の実力……」

「はぁぁぁ、どりゃぁ!!!」


 凄まじいラッシュの最後を踵落としで決め、デーヴは一瞬で地面に叩きつけられる。

 瞬間、衝撃波が周囲の物を吹き飛ばし、土煙が大きく舞った。

 

「ア……アア……」


 呻きながら、デーヴは立ち上がる。ティアに殴られ所々風穴が空いた身体は徐々に修復されて行き、立ち上がる頃には風穴や殴打跡は完全に癒えていた。


「その再生速度……貴公、どれだけの人間を貪り、どれだけの命を嬲って、その力を得た?

 いや……それだけでこうはならない。

 もしや貴公、私以外の血を拝領したか!?」

「……野望成就の為ならば、手段を選んではいられない。

 二人の王に仕える不忠を犯す事など、とうに痛くも痒くもないのです。

 そも! 恥や誇りなど、人の在り方と共に捨ててきたのだからなッ!」

 

 ティアの細首を刎ねるべく、俊足で襲い掛かるデーヴ。

 対してティアは侮蔑の念を込めた眼差しを向けて、心底絶望したように呟いた。


「助けてやった。だが、何も変わらなかったか。

 ……私には分からないわ、サラ」

「獲った!!!」


 デーヴの剣がティアの細首に迫る。

 しかし、刃先が首筋に触れる寸前で、ティアは拳の甲で剣をへし折った。


「我が剣が……届かない!? ハッ、不味っ、ガァッッッ!」


 至近距離にまで近付いてきた獲物を逃す訳もなく、ティアはデーヴの胸ぐらを掴んで持ち上げた。


「所詮、考えや性根なんてものは、死ぬまで治らないものなのかしら?

 ああ、安心して。自分のやった事の始末くらい、ちゃんと責任取るから」

「な、何を言って、グアァァァ!!!」

「誰が発言を許した? 貴公に許されているのはただ一つ、苦痛を伴った死のみ!

 改める必要は無い。せいぜい惨たらしく、悔いながら死ね!!!」


 首を掴む力を徐々に強くして持ち上げたデーヴを、地面に叩き付ける。

 

「瞬時に再生するなら、再生すら出来ない破壊力をブチ込むまで!

 はぁぁぁ!」


 打ち付けられた反動で跳ね上がったデーヴの腹を、衝撃波を纏ったティアの渾身の正拳突きが貫く。

 

「ガフッ!?!?!?」


 喉から溢れてきた血が、口から吹き出る。

 先程以上の風穴が空き、デーヴの内臓が潰れ、骨がへし折れる。

 風穴から滝のように止めどなく流れる夥しい出血のせいで、再生能力が著しく落ちてゆく。


 血族になって以来、初めての深手だった。

 生前ですらここまでの深手を負った事の無いデーヴにとって、その痛みは心を折る絶望そのものだった。


(また……届かないのか。俺は……)


 目の前が霞んでいく代わりに、思い出そうとした訳でもないのに、生前の記憶が蘇っていく。


 昔、味方の騎士から聞いた事がある。死の間際、本のページをめくるように過去が脳裏に浮かび上がってくるのだと。


 きっとこれがそうなのだろう。

 デーヴは薄れゆく意識の中、そう思いながらもふと疑問を抱いた。


 俺は一体、どうしてこうなってしまったのだろうと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る