「私」が生まれた日
何度、夢に見た景色だろう。
降り注ぐ暖かな光。青く澄み渡る空の下、緑一色の草原に木陰で寝息を立てていた
視界には銀髪を風に靡かせた少女が立っていた。
「あっ、起きた」
土埃で服や顔を汚した少女が、寝ていた私を覗き込んで笑みを浮かべ言う。
そこで私は理解した。
また、私はあの頃を俯瞰して夢に見ているのだと。
「あなた……誰?」
「私? 私はサラ、サラ・A・ハウル。
こんな身なりでも、ハウル公爵家の御令嬢よ。
貴方は?」
起き上がった私の隣にサラが、何の警戒心も無く座った。
私はそれに動揺しながらも答えようとしたが、この時の私は名乗る名前など無い。
他の血族や人間からは、女王とだけ呼ばれてはいたが。
「私……私って、何?」
「プッ……アハハハ!
何って何よ、哲学じゃあるまいし! あー、面白い! 気に入ったわ、貴方!
で、名前は?」
冗談を言ったつもりはないし、そもそもこの頃の私にユーモアへの理解は無い。だというのに、サラは私の返事に爆笑した。
可笑しな人間だな、という第一印象は今も変わらない。
「名前? ……無い」
「無い事は無いでしょ!? 貴方普段どんな呼ばれ方してるのよ……」
あの時の私に、個体名は無い。
無いものは答えようがない。だから代わりに自分を指す呼び名として、こう答えた。
「女王」
「は?」
「いや、だから女王……真祖の」
「あ〜、真祖のね。ハイハイなるほど……って、えぇ!?」
約二百二十年前。
長きに渡るグレート・アルストル島を巡る統一戦争が終戦を迎え、狩人と呼ばれる一部の王国貴族らは秘密裏に今尚続く人間と血族との戦いを本格化させた。
これはその少し前の事。
私は、後に連盟を創設した初代連盟長となるサラと出会った。
「し、真祖とはね……。びっくりしたけど、貴方敵意は無いわけ?」
「特に……?」
「あっそ。じゃ、問題無いわね。
でも、名無しは面倒ね。一々女王なんて大仰な名前で呼びたく無いし……」
敵意が無いという言葉を簡単に信じて、サラは思考を違う事に回した。
こう見ると、昔から彼女の肝は据わっていたのかも知れない。まあ、ただのお人好しなだけな気もするけれど。
「そーねぇ。
私が好きな響きの名前と吸血鬼の単語を捩って……ティア・ワンプルなんてどうかしら?」
「それが……私の、名前になる?」
「うん。少なくとも、私は貴方をそう呼ぶわ。
よろしくね、ティア」
蒼い瞳が私を捉えて、優しく微笑む。
この日、この瞬間、ティア・ワンプルとしての私がこの世界に生を受けたのだ。
そう、彼女の笑顔が告げてくれた。
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