ヘルツォーク ⑶

この先数メートルしか道がない行き止まりの頂上のはずなのに、ここはしっかり足で踏みつけられ、けもの道以上に踏み固められていたのだ。

アレスがこの登り口を見たときに感じた違和感はこれだった。


3人はルーベンを縛り上げたまま登り口を登る。

登った先の平らな地面に鍵穴の付いたハッチが添えつけられている。

ルーベンから借りた鍵を差し込む。


カチャッと音がした。ハッチを開け、アレスが覗き込む。降りた先のスペースに気配は感じられない。

アレスが降り立ち、ビーオンに手で合図をした

ルーベンはビーオンによって引っ張られ、足側から穴の中に落とされた。

アレスが受け止め、その後二人も降りてきた。

アンリは念のためルーベンを縛った縄を確認する。太腿には包帯が巻かれている。


三メートルほどの空間の行き止まりにもう一つの扉があった。

鍵穴はない。その代わり天井の角にカメラが備え付けられている。

アレスはそのカメラにルーベンの姿を映し出した。


そしてルーベンから譲り受けた?ミドルソードを腰の鞘から引き抜いた。

後の二人もそれに倣う。

カメラの先の人達がどういう反応を示すのか.....。


しばらく待っていると、《ガチャリ》と音がして扉が内側に開いた。

そこには体格のいいスキンヘッドが立っていた。歳は50半ばというところか。

後ろには兵士らしい男が数名構えている。


男が無防備にルーベンに近づく。

「おー、ルーベン、どうしたんだ、怪我が酷いじゃないか」

それを遮ってアレスが言い放つ。

「まて!話しが先だ」

スキンヘッドの男が鷹揚に言葉を返した。

「おいおいおい、仲間を傷つけてくれて、あんまりじゃないか、無礼を詫びるのが先じゃないか?

アレスはミドルソードを構えたまま返す。

「こっちの仲間もお前らの《ペット》に引っ搔かれて重傷なんだ。なんで水を汲んだだけで襲われないといけないんだ?首輪でつないどけよ!」

アレスの空威張りが場の緊張を高める。後ろの兵士たちの剣を握る強さが増した。

(ここでひるんだら分が悪くなる、頑張るんだ)


スキンヘッドの男も望むところと切り返してきた。

「おい、小僧!ここは私有地なんだ。誰かれと入れるとこじゃないんだよ」


アレスは頭をフル回転させ、負けじと言い返す。

「恵みの雨を独占されて、人が死んでいってるのに、そんな理屈通るわけないだろ!」

スキンヘッドの男はアレスの後方にいるルーベンを苦々しく見やった。

どこまで喋ったんだ、とでも言いたげだ。


「チッ.....で若者、用事は何だ」

「知れたこと、この場所の解放だ、この水場を『名もなき者』に明け渡してもらう」

アレンは自分の口から打ってでた言葉に驚いた。

「なんだと.....」


このスキンヘッドに勝つための言葉を考えて話していたら、とんでもない言葉を発してしまったようだ。

「はあっはっはっ!湖を開放しろだとぉ、それは無茶な相談だ。俺らは雇われてここを管理しているに過ぎない。相手が違うんだよ」

更に兵士が緊張を増し、身構えた。


スキンヘッドの男があきれたような顔をし、剣を下した。

「だが.....面白いやつだな、あの怪物をペットといい、雨が.....なんだ独占されただと、挙句この場所をもらうだと、どれだけの悪漢ぶりなんだ、いや、今の時代に正義も悪もねえか!」

最後はアレスに共感するかのセリフになった。


アレスはひるみそうになるのを堪えた。

「なんとでも言え、全部当たってるから言葉も無くなったか?」

スキンヘッドは戦いをくぐりぬけてきた男である。戦いをするべきか否かの判断は大局に立って判断できた。

(こいつ、小僧のくせにこの度胸はなんだ?)


「ハッハッ~、分かった、俺の負けだ、俺の名はバレンティン・マドラソだ」

周囲の空気は一気に緊張感がほどけた。バレンティンは続けた。

「何が望みだ。ここの土地はラベリント小国のものだ、残念だが渡すわけにはいかない。.....ただ.....気持ちは分かる」

共感の態度まで取られるとなんだかこそばゆい。


バレンティンは剣を鞘に納めた。

三人も自己紹介をした。

バレンティンはラベリント小国との請負業務をしているだけだ。

「俺らの立場も分かってほしい」

妙にへりくだって言われると、アレスも対応に困る。

「い、いえ、水を汲んで持って帰りたい.....と」

最後はしどろもどろで言葉になっていない。

後ろの二人も拍子抜けした。


「がーっはっはっ!面白いやつだ、タルタルが気に入ったのも無理ないわ!」

「えっ?タルタルさんを知っているんですか?」

バレンティンはスキンヘッドと体格の良さからくる風格に似合わず、相好を崩して言った。

「あいつはうちの諜報部員だ、その節はうちの仲間が世話になったなぁ」

アレスは申し訳なさそうに、なんども頭を下げて照れたようなしぐさをする。


「こちらこそ.....彼は命の恩人です」

「あいつは本来非情な人間なんだが、気にいった者にはああやって一生懸命にしたりする、面倒見がいいところもある」

アレスは研究所員の死にざまを思い出し、非情な一面がよくわかった。


バレンティンは後ろを振り返り、周囲の者に聞こえるよう大きな声で告げた。

「さあ、この人達が無事水を汲み帰れるように、ヘルツォークの動きを一時停止しておくれ」

大きなモニター画面の前にいた、研究者らしきものが返事をして、パネル操作を始めた。


モニターは五つありそれぞれ別の場所を映している。

ヘルツォークの様子や湖全体の様子、そのほかの位置を映しているのが見えるが、浄水システムの様子かもしれないとアレスは何気に思った。


全体を眺めると施設は広く、鉄やステンレス素材で出来ており、よくあるコントロール制御施設といえる。あちらこちらにコンソールパネルが置かれ、キーボードと小さいモニターもいくつもある。扉がいくつもあり、色々なところに通じて更に広いことがうかがえる。


バレンティンに返されたルーベンは小言を言われている。

「このやろう、なんでもべらべら喋りやがって......」

「痛っ!親分.....申し訳ありません.....」

「早くメドベッドに乗って来い!」

三人が関心の目をバレンティンに向けた。

(メドベッド⁉)

バレンティンが愛想よくこちらを向いた。

「おー、そうだ、あんちゃんの肩も治してあげないとなぁ、あいつの爪は鋭くて長いから.....」


ルーベンと連れ立って、ビーオンがメドベッドのある部屋に入っていった。


バレンティンは誰もいなくなったところで独り言を言った。

「ただ、若い子がメドベッドに二回も入って、どれだけ副作用があるか......まあ、悪くない副作用だがな」


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