ヘルツォーク ⑵

頂上への登り口の裏手に張り付いた。ここならヘルツォークにも姿は見えない。

小一時間じっと待っただろうか.....

頂上から降りてくるものがいた。腰にはミドルソードをぶら下げている。


三人は素早く背後をとり腕をねじ上げ口を塞ぎ、登り口の裏手まで誘導した。

後ろ手で縛り、口にはさるぐつわをくわえさせる。

「ん~ん~」

「まさか行き止まりの頂上から人が下りてくるなんてどういうことだ?」

ビーオンが不思議そうにしている。


「それを詳しく聞こうじゃないか」

いで立ちはただの平服のようで身分がはっきりしない。普通ならラベリント人がこんなところにいるはずもない。ふつうなら.....。


アレスは平手で加減せず思いっきり男をひっぱたいた。

男は仰天したようだ。さらにダガーの切っ先を首筋に持っていく。

「ちゃんと喋らないと命はないぞ!」


14歳の少年にしては凄みがあり隙がない。

男は慌てて首を上下に動かした。


さるぐつわを下へずらす。

アレスが質問する。

「この上に何がある」

「い、言えない、喋ったら殺されるよ」

何かにおびえている。

「それより、お前ら、早くここから逃げたほうがいいぜ、お前ら『名もなき者』が一つの国を相手にしたら惑星全体から追われることになる。万に一つも生き残れない」


「バシッ!」

アレスの容赦のない平手がさく裂した。

(こいつがおびえる怖い雇い主よりも俺のほうが怖いと思わせないといけない.....)


ビーオンの顔から表情が消えていた。

『名もなき者.....』

どこかの正式な国家や地域に所属していないアレス達は誰に対しても自分を証明するすべはなく、信用に値するバックボーンがあるわけでもない。

アイデンティティが欠落した何者にもなれない人間。そんなところか.....


それを『名もなき者』と呼び、わずかな日銭と物品で利用し使い捨てる。


アレスは腰のダガーを引き抜いた。

膝を折ってしゃがんでいる男の腿をめがけて刃を下向きに構えた。

「お、おい、そんな無茶やっ辞めろよ、な、なぁ.....」

男の声が震えてきた。彼にとってどちらの選択をしても地獄が待っているに違いない。


(どうする.....やるか.....?)

心優しいアレスにとってこのような非情は当然辛いことだ。しかし自分の行動如何によって周りの人々の運命が左右される。一歩間違えばこの二人も自分のために命の危険にさらすことになる。


この二人への強い思いを込めてダガーの切っ先を男の片腿に突き刺した。

《グサッ!》

厚い肉の感触がアレスの心をざわつかせる。

「うげぇぇ~~、ひぃ~痛い痛い、たっ、助けてくれ.....何でも話すから」

アレスは一気に引き抜いた。

《ブシュー!》


周囲に血しぶきが飛び散る。

「あ、アレス.....ちょっ......」

二人は仲の良い親友の残酷な一面を見て、動揺している。


「わわわっ、分かった、なんでも喋るから.....殺さないでくれ.....」

男がアレスにすがりつき懇願する


「じゃあ、質問に答えろ! この上に何がある?」

「わわわ、言ったことみんなに言わないでほしい」

都合よく両方からよく思われようとする意地の汚い根性だ。

「上に何がある⁉」


次第にアレスもイラついてきた。

「コントロール施設への入口なんだ。水の管理や怪物のメンテナンス、エネルギー補給などをしている…わわわっ…ほんとに.....喋ったこと言わないでくれ。お願いだ…」

彼が恐れているのは、死よりもむしろ『名も無き者』に落ちることかも知れない。


「お、おい、アレス…コントロール設備って…」

ビーオンとアンリはアレスの方を向いて驚きの表情を表す。

アレスは軽く頷き男に続きを促す。

「まず、お前らは何者だ?」

「お、俺たちは、バルバラ一家だ。国家の都合悪い事を裏で代わりに請け負ったりするのが俺らの仕事だ。いわば闇の請負人さ。ここもラベリント小国の所有物だ。ラベリントに請け負って管理している。俺は連絡係のルーベンだ」

アレスは初めて聞く言葉を復唱する。


「バルバラ一家.....バルバラ一家は何人家族だ?」

男は苦笑し、

「一家と言ってもほんとの家族じゃねえよ、同じ思いを持ったものが集まり、力を強くする。国家の支配に抗って交渉し、国家の要望を満たし、金や物品を稼ぐ。そうだなぁ.....今は500人位いるんじゃねえか?」

バルバラ一家の話しをするときは得意げだ。


アレスは生きることもままならない今の時代にこのような組織だった行動が保てていることに驚きだった。

「次に、水の管理について教えてくれ」

男は、ときおり恨めしい顔をしながらゆっくり話しだした。


「この山に降る雨はすべて受け皿で受けられて、浄水パイプを通ってラベリント小国に流れ込むように作られている」

「つまり、この山自体が人口の山ということだな」

アレスが確認する。もうすべて分かっているかのようだ。

「そ、そうだ、なぜ知っている」


「なんだってー!ここが人口の山だって⁉」

ビーオンとアンリがさらに驚く。

オーバーアクションは主催者冥利に尽きる。


アレスの違和感はまさに山に一つも水場がなかったことだ。

山が水を含めば、どこかで岩清水の場所があったり細い水場、渓流など何かしらあってもよさそうなところが一つもなかったのだ。


「山に降る雨は受け皿に流れ込むだけで、一つも山に沁みない。おそらく山の下半分が岩場・ガレ場なのもこれが原因なんだろう。自然を育むための要素がないのだから」


アンリが納得の表情をした。

「確かに水場は一つも無かったわ」


「大きな山は上昇気流をもたらし、周囲の空気(水分)をどんどん取り込み雨雲を形成する。それを見込んで人口の山を作り、雨・水を独占し支配構造を完全にする。


この山が無ければ、もっと俺たちの住む場所に雨が降っていたかも知れない」

「じゃあ、小さい川の一つくらいあったかも知れないね」

ビーオンも愕然としている。

「なんと恐ろしいことを考えついたもんだ」

「このためにどれほどの人たちの命が犠牲になっているか.....考えたらゾッとするわ.....」


アンリとビーオンも悲しみに暮れている。

ビーオンがポイントをまとめる。

「まあ、圧倒的に循環している水自体が足りていない事実はあるが.....」

アレスも嫌というほどこの星の特徴は知っている。


「雨が降り、川ができ、多くの人に行き届けば、都合よく人々を支配できない、てわけか」

ビーオンがポイントをまとめる。


メドベッドの副作用なのか、アレスの脳はかなり目覚ましい進化を遂げているようだ。


「次は怪物についてだ。どういう仕掛けだ?あれは何だ」

ルーベンは諦めたように滔々と説明を続ける。

「ヘルツォークは山を作った時に水源を守るために一緒に作られたらしい。約500年前に」

「500年も前に⁉」

ルーベンは頷きさらに説明を続ける。

「遺伝子を組み替えてそれぞれの生物の良いところを掛け合わせてクローン技術で作られた人工生命体だ。行動パターンもプログラムされている。人間が近づくと襲うようにプログラムされている」

アレスは説明を受け、頭で思考を前進させてさらに尋ねる。

「プログラムは書き換えられるのか?」

「出来る、科学技術の知識を持った者ならな」


アレスの質問は敵地布陣の質問に移る。

「ここにはそのような者がいるんだな?この中には何人いる?」

「この中でバルバラ一家に所属する科学者たちが日々雨水と怪物の管理をしている。ここにはバルバラ兵士6人あわせて15人の構成だ。ラベリント人はこのことを誰も知らない」



「敵は14人だ.....兵士は6人科学者8人というところか」

「どうする、アレス」

3人は向かい合って話している。

アレスはまず、基本の流れを確認するように二人に言う。

「水を持ちかえる目的だから.....それだと、ここを制圧して怪物の動きを止めて水を汲み持ち帰る流れになる.....」

制圧さえ出来れば、先ほどの下水道を通れば早く着く。


「ただ.....バルバラ一家という.....のが気になる」

ビーオンは肩口の爪傷も気にしていないように、

「攻め込んで怪物を止めさせないと」

時間があまり残されていない。暑い中、人々は体力を奪われ命の危険にさらされる。自分たちだけではない。コミュニティにはもっと小さい子供も、弱い体の人もいる。


アレスは考え込み、ルーベンの方を振り向いて尋ねる。

「おい、ルーベン、ここのボスは誰だ!」

「バレンティンだ、バレンティン・マドラソという」

続く



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