ヘルツォーク⑴

ごろついた岩山を登る三人、岩屑がガラガラと積み重なったガレ場は傾斜もきつく足をとられ、登るのに難儀する。

低山ではあるが、それでも険しい山だ。


ときおり三人は点々と生息する高山植物のジャイアントセネシオから水分を取りながら登る。


ジャイアントセネシオは水分を多く含む物質の入っている実がなる植物である。

幹は太く樹皮が幾重にもめくれあがっている。2メートルを超える高さに成長し、上から細い枝が四方八方に伸び、花を咲かせ実をつけて重みで人の高さまで垂れ下がる。


その実は丸く実り、中に芳醇な香りの液状胚乳がタップリ入っており、登山者の水分とミネラルを補ってくれる。

昔の科学者が登山者用にと品種改良したものらしい。


三人は強い日差しを避け、岩の陰で一休みしていた。

「コミュニティの人たち、だいじょうぶかなあ、飲み水たりてるかなあ」

ビーオンがつぶやく。


「この季節は、どれだけ水があっても毎年足りなくなるもんね」

アンリが三角にひざを折りビーオンのほうを向く。


熱い季節、うだるような暑さは水の足りていない人々の命を容赦なく奪う。

「病気になってもだれも見てくれない、国家に所属しない俺たちは何の手当も受けられず、労働力だけがむしり取られていく、大人の人はみんな嘆いてる......いつも聞かされてた」


アレスの父の職場でのけが治療など、自分たちに必要な時だけは手当をするが......。


アレスはセネシオの実にダガーを突き刺し、穴をこじあけながらつぶやく。外皮は繊維質に覆われ分厚い。


こじ開けたセネシオの実をアンリが受け取る。

アンリは実を上に持ち上げ、口で受ける。中の液状胚乳がアンリの口に注がれる。


「美味しい!ほんのり甘くて、水分タップリね、体に沁みるおいしさね」

アンリがあどけない笑顔をアレスに返す。


鼻筋が通りふっくらしたほっぺで笑顔を作られると、タルタルの気持ちも分からなくもない、と妙に一人納得していた。

アンリは水の入っていた空の保水バッグに余った液状胚乳を流し込んだ。


やがて三人は中腹をすぎて森林に入り、自然の豊かさを実感する。

気温はぐっと下がり、上にも下にも植物が生え、小さな昆虫が辺りをうろつく。


木の上には、猿のような黒々した生き物がのんびりとこちらを見ている。

その周りを小鳥が飛び回る。二羽の小鳥がくるくる飛び回って追いかけっこをしている。


森が深くどこまでも伸びる樹木を見上げていると荘厳な何か、入ってはいけない神聖な感覚を受ける。

地上から眺めているときはこのように森が深いとは思いもしなかった。


傾斜はだいぶ緩やかになり、細く続くけもの道をかき分けながら、山頂を目指す。


ただ、この森は何かが違っていた。

アレスは森に入ってから違和感をずっと感じていた。

理由は分からないが、ここにはあるはずのものがないのだ。ここまで、ずっと......


「カアッ、カアッ、カアッ」カラスのような鳴き声が周囲にこだまする。

号令よろしく辺りにいた大小様々な鳥たちが一斉に飛び立っていた。


傾斜を登り切って平坦な草原にたどり着いた。

「着いた」

誰ともなく安堵して吐いた言葉だった。


視界は広がり緑の草木が全体を覆う。そして前面に大きな湖が広がっていた。

水面は太陽の光を乱反射してまばゆいほどだ。

湖の向こうにはさらに小高い山頂に続く登り口が続いている。


何か違和感を感じる......だがどうやらここが目的地のようだ。

湖には白鳥が毛づくろいをしながらのんきにプカプカ浮かんでいる。


湖の真ん中には円錐形の物体が放物線上に数本浮かんでいる。何となく水生植物だと思った。


「きれいな景色ね~見晴らしもいいし、守り神なんて嘘だったのね」

アンリは空の保水バッグを取り出し水を汲もうとした。

その時!

突然眼の前の円錐形が動き出した。周りに大きく波を立てて沈んでいた部分があらわになった。

その物体は立ち上がり、口を開け大きな咆哮を轟かせた!


咆哮の衝撃波によりまわりの木々が揺れる。

とげがいくつも張り出た甲羅を背負い体は下半分は湖に浸かっている......巨体である。

皮膚は両生類のそれのようだ。

肉食の動物特有の前に張り出した口元は鋭い牙を持ち、簡単に噛み千切られそうだ。


威嚇をするかのようにもう一度咆哮を轟かす。

咆哮の空気を伝わる衝撃派が圧倒的だ。

三人の全身は咆哮の空気を伝う衝撃波で後ずさりする。


次に両手を高々と上げ、両手10本の爪がみるみる伸びてきた。10センチほど伸びたであろうか。

つまり亀をベースに肉食動物のいいところを掛け合わせたような《怪物》だ。

「こいつがヘルツォーク!」

アレス、ビーオンはそれぞれダガーとロングソードを振り出し身構えた。


アンリもそれに習って太ももの刃渡り15センチの護身用ナイフを取り出し身構える。

「おい、アンリ......やめとけって」

ビーオンがたしなめる。

アンリが申し訳なさげに二三歩後退する。


ヘルツォークが湖に波しぶきを作りながらこちらに突進してきた。


足の腿は太くどっしりした感じだが、意外に早い。

おそらく身長三メートル程か。


こちらに近づきざま長い爪を振り下ろしてきた。

「ゴウッ」

風切り音が鳴る。

二人が左右に避ける

続けざまもう一撃爪を振り下ろす。

「おわあっ!」

ビーオンがとっさにかわす。


ビーオンに狙いを定めたのか、連続で爪を振り下ろしてきた。

かわしきれず、ビーオンは剣で爪を受け止めた。


ヘルツォークの爪はビーオンの剣に止められ指の間に剣が入った。

「⁉」

固い皮膚は剣を通していない。

しかしビーオンも力ではヘルツォークに負けていなかった。


すぐさま反対の爪がビーオンを薙ぎ払った。肩口に爪攻撃をくらい、数メートル横に吹っ飛んだ。

「ビーオン!」


ヘルツォークはアレスの方を向き、次はお前だとばかりに咆哮を上げる。

ダガーを構え、ヘルツォークと対峙した。


ヘルツォークがアレスに突進してくる。

近づいて爪を振り下ろす。

アレスは反対がわに身をかわす。

ヘルツォークが向き直り爪攻撃の体制に入る。


(防御したらビーオンと同じ目にあう)

だがヘルツォークは爪を振り下ろさなかった。代わりにアレスめがけて咆哮を上げた。

かわす体制だったためアレスは足元が泳いでいた。

そこに接近状態での咆哮の衝撃波は、アレスを直撃し体を軽く浮き上がらせ後方に流されて尻餅をついた。

万事休す!

「ガキーーン」

アンリが脇腹に護身用ナイフを突き立てていた。

刃先は少し食い込んだようにも見えたが、次の瞬間左ひじによるエルボー攻撃であっけなく吹き飛んだ。

「アンリッ!」


隙が出来たのでアレスは立ち上がり間合いを取った。

(この怪物は戦闘能力が高い、単なる野生動物なんかじゃない)


「痛っー」

ビーオンが立ち上がり、右腕をおさえた。

爪痕が深い。

ビーオンもヘルツォークの背に向かって構えた。

(皮膚が固すぎて攻撃が効かない......どうすれば)


正面に立つアレスは後ずさりする。

ヘルツォークは間合いを詰める。

また後ずさりする。

アレスの後ろに先ほど上がってきた道が現れた。斜面が下に下っている。

アレスはその斜面に降りた。


「ガルルルル............」」

ヘルツォークは唸りを止め、あきらめたのか踵を返して、今度はビーオンの方に向かっていった。


(なんだ、今のは......こちらを背にして帰っていくなんて)

またアレスは違和感を感じていた。

「ビーオン、アンリ!斜面に逃げろ!」


アレスのとっさの提案を受け入れ、二人は斜面に逃げ込んだ。駆けつけたヘルツォークは斜面に逃げ込んだ二人を見る目から先ほどの鋭い光は失われ、何もなかったかのようになんと湖に引き返していったのだ。


アンリとビーオンは目を合わせ両手で不思議そうなそぶりをした。


斜面を回り込みアンリとビーオンに合流したアレスは、二人に言葉をかけた。

「大丈夫か」

ヘルツォークは湖に帰っている。


「どうなってんだ?」

「どうやら、湖周辺までしか行けないらしい」

「じゃあ、追いかけてこないんだな」

「そのようだ......弓か何かあればいいのだが......ちょっと考えよう」

アレスが考え込む......


「ビーオン、肩......手当しましょう」

ビーオンの肩口の傷が深い。

アンリが携行バッグから包帯を取り出した。

昨日、体を修復した医療施設の部屋で拝借してきたものだ。


アレスは二人を見やり顔を上げ湖の方を伺った。

ヘルツォークは最初の位置に最初にいた形に戻っていた。

(そうか!)

アレスは何かを理解した。何かが間違っている時は分からなくも、まったく別のことを検証することで、点と点が結びつき、見えなかった線が姿を現すものである。


(この森もあの怪物も......そしてあの登り口も......)


「あの登り口の上に何かあるかもしれない......」

アレスは湖の向こう岸のさらに頂上に続く登り口を指さした。

「えっ、何......何?」

アンリの頭には?マークがたくさん浮かんでいる。

「なーるほど、そういうことかあ」

ビーオンが納得したようだ。

「えっ、ビーオンも分かったの」

「あ、当たり前じゃないか、アレス参謀の考えはいつもお見通しさ」

声が若干うわずっている。ビーオンは嘘が苦手だった。


「みんな、この斜面を回ってあの登り口の裏手に行くぞ!」

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