ラベリント⑷

かくて四人は無事エアーダクトの出口までたどり着いたのであった。

タルタルが排気口のカバーを外し首をひょいっと表に出した。

辺りを伺う......。


後ろにいた三人は足元に転がる分解された羽と、そこに羽が備え付けられていたであろう接合部むき出しの部分を認めていた。

「よし! 大丈夫そうだな」


タルタルは、横穴から地面に降り立った。

ピチャッ!

下水道のようだ、前後に道が続いている。足元に水がチョロチョロ流れている。

三人も降り立った。じめじめしてカビ臭い。

頭頂部には余裕がある。立って歩ける。


長く続く通路を四人は歩く。

やがて下水道も人の通れる場所は行き止まりになって、上方に伸びるはしごが据え付けられていた。


はしごを登り蓋を押し開け四人は表に出た。

朝日が眩しく目がくらむ。ずっと暗いところを通ってきたからだ。

なんとそこはラベリント小国の外であった。

何でもない皆が使う通り道から少し離れた茂みにこの下水道の入口はあった。


ここから目の前に広がる斜面はまがうことなきヘルツォーク山であった。標高は約800メートル、真っすぐ登れば三時間で頂上まで登れる。

岩肌がむき出した麓から斜面は上に向かい、中腹から頂上までは緑豊かなコントラストに変わる。


「これからみんなはどこに行くんだい?」

タルタルが三人に問いかけてきた。

アレスは目の前に広がる景色を真っすぐに見つめ、

「ヘルツォーク山に行きます」

と返答した。


「え~っ! ヘルツォーク山は恐ろしい化け物が住んでいるっていう話しだよ。湖を守っている守り神がいるらしいよ」


「知っています。でもコミュニティに水を持って帰らないといけないんです」

「君たちまだ子供なのに......無茶だよ」

とタルタルは不安げに呟いた。


「大丈夫です、必ず水を持って帰るんです」

アレスの目は決意に満ちていた。

いつの間にか少年はたくましく成長を始めていた。

顔は四角く体格も大きいビーオンも一目置く存在になっていた。


「じゃあ......僕はこの辺で別れるとするか。家に帰るよ」

今となっては誰もタルタルが単なる衛兵だとは思っていない。

ましてこの男が家庭を持ち、家に帰る姿も到底想像できなかった。


「あなたのおかげ助かりました。あなたがいなければここまでたどり着けてませんでした。ありがとうございました」

アレスが慇懃に謝意を表した。


「そんなぁ、かわいいアンリちゃんのためにひと肌脱いだだけよ、お礼なんて......」

タルタルはそういうとアンリの方に駆け寄り、鼻頭をスーッと眼前に近づけた。長い顔がアンリの視界いっぱいに広がる。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと近いって!」

アンリがのけぞり手のひらでタルタルの顔を押し返しながら後ずさりをする。


アレスとビーオンがそれをやれやれと言いつつ温かい目で見つめる。


ここまで来れたのは、タルタルが事前の仕込みをあちらこちらでなされていたからに相違なく、それらは常人では到底できない高度な技量・胆力・知識・戦闘力をタルタルがあわせ持っていたからに他ならない。


タルタルの飄々とした態度に相手は気が抜けてしまう。これは相手をリラックスさせて大事なものから目を逸らさせる作戦の一環なのかもしれない。

逆に仲間だと力まずに最良のパフォーマンスを発揮させられる。


三人はタルタルと別れの挨拶を交わす。

「タルタルさん......(あなたは一体何者ですか?)」

アレスは出そうとした言葉を飲み込み、

「お元気で、また会える日を楽しみにしています」

アレスたちはタルタルに別れを告げ、ヘルツォーク山に向かって歩みだした。


おもむろに山から吹きおろしの風が三人の周囲を通り抜けた。

幾重にも重なる風鳴り音は獣の咆哮かのように聞こえ、アレスは体を震わせた。

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