ラベリント ⑵
一方、留置場の中のアレスとビーオンは......
二人は疲れ果て、半ば眠りこけていた。旅の疲れと痛みと喚き疲れ、二人は重なるように眠っている。
アレスは辺りの静かさに目が覚めた。静かすぎて感覚が研ぎ澄まされ、何かの小さい物音に反応してしまったのだ。
檻があるここ地下一階は広い収監スペースになっていて左右に二部屋ずつ檻が用意されている。
留置所つまり被疑者・容疑者をとどめる施設らしい。向かいに二つの檻が見えるが誰も入っていない。
看守一人がこの留置部屋の入口横の机で腰を掛けうつらうつらとしている。
アレスは体の打撃痛をこらえ立ち上がり、鉄格子に触れてみる。
鉄格子の接続部分や錠前、素材もしっかりしたものだ。
裁判か何かで出されるタイミングはどうだろうか?体調不良を訴えてみてはどうか?頭で脱出法を色々考察してみる。
あまり長居はできない......アンリのことも気になる、無事でいてくれてるのか。
しばらく考えにふけっていると、外に気配を感じた。ドアの向こうに息を殺したような人の気配を感じた。
アレスはドアを凝視した。よく見ないとわからない程度で扉が内側に開いていく。
そっとこちらをのぞきこんだ顔はアンリだった。
すぐそばで看守が机にふせて寝息を立てている。
アンリは眠っている看守を観察する。
そのアンリをハラハラしながらアレスが見守る。
(鍵を奪わなくちゃ)
看守の身体のどこに付けているのか鍵は見当たらない......
看守の体をまさぐると確実に起きてしまう。
(いっそ、ひと思いに......)
アンリは護身用ナイフに手をかけた。
落下防止の留め具を外し、グリップを握る。
鞘から抜いたナイフは短いながらも部屋の明かりに照らされ鈍い光りを反射している。
看守は頬が机に沈み込むかのように突っ伏して熟睡している。
アンリは看守の背後に立ちナイフを両手に持ち頭の上に掲げた。
(このまま首のあたりに突き刺せば......)
想像すると血しぶき飛び散るおぞましい光景が目の前に現れた。
アンリは自分の想像したことが恐ろしくなって後ずさりして尻餅をついた。
すると、看守の胸元辺りに首飾りのような物がぶら下がっているのが見えた。
(鍵だ!首にぶら下げていたんだ。)
暗くて見えにくいが机の端から下に垂れ下がっている。
アンリは四つん這いになって、ぶら下がっている紐を切りに近づく。
ナイフを紐に当てこする。生暖かい男の鼻息がアンリの頬を撫でる。
臭い!
(なんでいつもこんな気持ち悪いことばかり......)
うまく紐が切れた。スルッと落ちた鍵を手でキャッチする。
「何をしている」
後ろに男が立っていた。
「キャッ!」
アンリが驚きの声を発し、また男の声も相まって看守が目を覚まして顔を上げた。
後ろの男がアンリの首をつかもうと手を伸ばした。
アンリは後ろを振り向かず四つん這いの姿勢のまま、檻のほうに地面を蹴って飛びのいた。
手に持つ鍵を同時に檻に放り投げた。
アレスは檻の隙間から手を伸ばし鍵をキャッチした。
倒れこんだアンリは振り向いた。
男の手がアンリをつかみかけている。
アンリはとっさに護身用ナイフを取り出し男の手の平を切り払った。
「うっ!」
男はうめいてうずくまる。
後方から起きた看守がアンリに襲い掛かる。看守は腰に備えたロングソードを鞘から抜くとアンリに襲い掛かる。
「こんな女、一撃で!」
腰を地面に落としているアンリはとっさに護身用ナイフで防御の姿勢をとった。
看守の剣撃がナイフを通した先のアンリを襲う。
振り下ろされるロングソードとナイフ二つの刃が合わさった瞬間アンリの手からナイフは弾かれくるくる回りながら後方に飛んだ。
アンリめがけて振り下ろされたロングソードの刃はナイフをはじいたが、アンリには到達しなかった。
あいだに入ったアレスが腕で剣撃を受け止めていたのだ。
深くアレスの左前腕部に食い込んだ刃、看守は歯ぎしりをし、ロングソードを引き抜きにかかる。
アレスはもう一方の手で看守の腕をつかみそれを阻止する。
(引き抜かれると、もう一撃で終わる)
防戦一方かと思った矢先、ナイフの切っ先が看守の前腕部を切り裂いた。
目覚めたビーオンがとっさにナイフを拾い加勢に来たのだ。
堪らず看守はロングソードを落とし一歩引いた。
「大丈夫か、二人とも!」
ビーオンが叫び、護身用ナイフを看守に向ける。
手を切られた男と腕を切られた看守が横並びでアレスたちと対峙した。
衛兵と看守はそれぞれダガーを取り出し片手で構える。
ここまでは彼らの油断が招いた幸運のようなものであった。
ここからは互いに傷を負っている状態だが、がっぷり四つの戦いになる。
相手に油断はもうない。
「お前ら3人はここで死刑執行だ」
男がうめくように言った。
「いくぞー」
看守の号令と共に襲い掛かってきた。
男はビーオンに襲い掛かる。
ビーオンはダガーをかわし、横に飛びのく。
ダガーは振り回しが早く、かわしたところにまたダガーの切っ先が飛び込んできた。
ビーオンはそれを護身用ナイフの刃で受け止めた。
看守のほうもダガーでアレスに襲い掛かる。アレスは素早い身のこなしで刃をかわすが素手では防戦一方だ。
壁まで追い込まれたアレスはダガーの攻撃から逃げ場が無くなった。
「ええいっ!」
看守の後ろからロングソードをまっすぐに構えたアンリが雄叫びと共に突進してきた。
「ズブブブ......」
鈍い音と共に男の腹を貫通した。
「うぐふっ!」
アレスは男の腹から飛び出した切っ先を見つめた。一瞬安堵し、すぐさまビーオンに目を向けた。
ビーオンは短いナイフの刃でダガーの攻撃を受け止めていた。
力強い男の攻撃にさすがのビーオンも押されている。
護身用ナイフだと攻撃を受け止めても力が出しにくい。やられるのも時間の問題だ。
アレスが二人に近づいてこぶしで男に殴りかかった。
男はビーオンの腹に足蹴りを食らわせると同時に切っ先をアレスにむけ、反撃体制に入った。
まっすぐにのばされたダガーの切っ先は、うまくかわしたアレスの頬をかすめた。
アレスのこぶしはクロスカウンターよろしく男の左頬を強襲した。
一瞬時が止まったようだった。
ビーオンがいち早く動き出し護身用ナイフを男の横腹に突き刺した。
「ウッ!」
男は崩れ落ちた。
この瞬間も看守を突き刺したままのアンリはロングソードを握り体を震わせていた。
戦い終わってアレスとビーオンはアンリに近づいた。
「もういいよ、アンリ、助かった、ありがとう」
アンリの持つロングソードのグリップをアレスが持ち直し、看守の腹から引き抜いた。
絶命していた看守は支えを失い崩れ落ちた。
アンリは絶命した看守を見て肩を震わせ膝からへたり込んだ。とめどなく涙があふれ、息を詰まらせ嗚咽した。
14才の少女が初めて人を殺した瞬間だった。
生きるため、仲間を救うため彼女は正しいことをしたが、その結果を受け止めるには少女にはまだ早すぎた。
四階の長い廊下を衛兵が見回りをしていた。
「コツッ、コツッ、コツッ......」
アンリのいた客室で歩みを止める。
おもむろに鍵を差し込みドアを開ける。
「ん~、なんだ、今日きた女の子いないじゃないか」
トイレ、シャワー完備の部屋のため、出ていくはずはない。
部屋に入って中を見回す。
部屋を出ると、足早に五階に向かった。
五階の『所長室』のプレートが取り付けられたドアをノックする。
時刻は夜中12時を回っていた。
所長室のドアをノックし
「所長、夜分恐れ入りますが、お聞きしたいことがございます」
すぐさま目覚めた所長は起き上がり、ナイトガウンの合わせ目を正しながら返答した。
「何事だ?」
「客室の女が居なくなっています」
「何、ムガールの女が?」
所長は急いで制服に着替え、四階客室に向かった。
客室に入った所長は、
「おい、女を取り調べしていたもう一人の......顔の長い尋問官はどこだ?」
「えっ、知りませんが......」
見回りの衛兵は不意の質問に不思議そうな顔で返事をした。
「知らないことはないだろう、お前らの仲間だろう......」
「えっ、私どもの知らない顔でして......てっきり所長の新しい付き人か何かだと思っていましたが」
(しまった、嵌められた)
「今すぐ、緊急配備だ、中隊長を呼んで来い!すぐに庁舎を封鎖せよ、誰も外に出すな!」
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