潜入

ごろつく岩肌と砂まじりのツートーンの地肌を蹴るように歩く二人の姿があった。

ビーオンは背中に小振りのリュックを背負っている。腰には、鞘に収まった西洋剣をぶら下げている。


父が留守をいいことに黙って拝借してきた。父は仕事で不在、母に言って行かせてくれる訳でもなく

書き置き一枚置いて少々の食料と剣・小銭を携えて家を出た。


一方、アレスも書き置きを置いて出てくるとき、ショルダーバッグに水・食料、それと父の物入れに入っていたダガー(短剣)を拝借してきた。両刃仕様の戦闘用だ。

脇に差して上着で隠している。


「どこまで来たかなあ、そろそろラベリントが見えてくるはずだけど」

とビーオン。

アレスが歩きながら横のビーオンを見やり訪ねる。

「着いたらどうするつもり、迂回してたらヘルツォーク山まで2日は伸びそうなんだけど」


はるか遠い前方に標高約1000メートル級の山がうっすらとそびえる。

中腹より上は青い色合いだ。


やがて、ラベリント小国が姿を現してきた。

小国とはいえ、人口40万人ほどの人たちが暮らしている。

敷地面積は中核都市並みに広いため迂回するとなると気が遠くなる。


近づくと街並みというよりも町全体を覆い隠す石造りの防御壁が左右に大きく広く高く聳える。



その壁を大きくくりぬいてはめ込んだ城門が固く閉じられている。

その城門横を全身甲冑をまとった衛兵二人が直立不動で立っている。

更にその横に人が二人ほど通れるくらいの通用門がある。

なんと、そこでは町に入るための検閲がなされている。

見える範囲では検閲官は3人衛兵が二人ほどだ。


様々な風貌の人たちが検閲を通って中に入ろうと、行列を作っている。

二人はよく見える位置まで来ると、しばし唖然としてその光景を見やった。


この世界ではどこの国家に所属しているかによって人種を区別する習慣があり、それに従うとラベリント人は40万人いることになる。


また、新しく加わることはかなり特殊な事情でないとなかなか認められない。

ラベリントに入るものはみな大きな手押し車やリヤカー、大きなリュックを背負ったりと様々だ。


ビーオンはおもむろにアレスの方を向き、心臓側の胸に逆の手を置き、敬礼のポーズをとった。

「作戦会議だ、アレス参謀どの」

「まったく調子がいいんだから......」



城門を前にして唖然とした二人だったが、まずは一旦腰を据えられる場所を探すことにした。

辺りを見回していると、見たことのある後姿が目に飛び込んできた。

その後ろ姿はきょろきょろ、ふらふらしながら歩いていた。

肩先にかかる髪は先端が癖毛で内巻きになっている。


アレスがそれに目を止めた。

「アンリだ」

「え、こんなとこにいるわけ......」

とビーオンは言いながらアレスが指さした先に目を向けると、ちょうどこちらを向いたアンリと三人の視点が交差した。


「いたー、二人見つけたー」

アンリが叫ぶと同時にこちらに駆けてくる。

「えー、なんでアンリがこんなとこに」

と二人が同時にハモる。


三人は削れた岩肌がひさしのように伸びて雨もしのげそうな場所があったのでそこで腰をおろした。


「もう、二人がいなくなって大変だったんだよ、お母さんたちがどうしようどうしよう、て......お父さんも仕事でいないし......心配だし寂しいし......もう、私も心配だから探しに出てきちゃったじゃない、か弱い少女なんだから早くお家まで届けてよね」


アンリは饒舌にまくしたてた。彼女は家を出るとき、「ちょっとその辺探してくる」で半日の道のりを速足でここまで追いついているのだ。か弱いどころか意外と健脚だ。


「私、絶対こっちに向かうと思ったの、水汲むのならヘルツォーク、そのためにはラベリント小国を突破する道しかないと思ったの......で、どうするの」

ラベリントの城門を横目にして二人に返事を促す。


「考え中さ」

ビーオンが城門の方を向きながら答えた。

「もう、検閲もあって部外者が入れるわけないじゃない」

「だから、アレス参謀と作戦会議するとこだよ」

二人はアレスの方を向く。

アレスは二人のやり取りを見ながら考えを巡らせていた。


「まず......捕まってみないか?」

アレスが一言、二人を見やる。

「え、何言ってんの、捕まったら終わりじゃん、泥棒でもするの?でもその前に入れないよ?」


侵入者を検閲するラベリント小国の通用門、そこに入ろうとする関係者、商人たちで行列ができている。

その通用門に向かって息を切らせながら走ってくる少女がいた。

「はあ、はあ、はぁ......ドサッ」

通用門まで来ると体力の限界が来たかのように検閲官の目の前で倒れた。

行列の人たちがどよめく。


「お、おい、こんな所でぶっ倒れないでくれよ」

検閲官が倒れた少女に上から声をかける。

それを追ってくる二人の姿は二人とも片手に剣を持つ。

「やっと追いついたぞ」筋肉質の大柄な男が少女の元に駆け付け、少女を抱き上げる。


「おい、こら、いつまで寝てるんだよ!」

男は力強く少女をひっぱたいた。

「お前は高かったんだから、その体でもっともっと稼いでもらうんだからな」

もう一人の男は、ダガーを振りつつ周囲をけん制している。

男の言葉を聞いていた行列の人たちはさらにどよめいた。

こんな少女を......なんてひどい...... 方々で小声が漏れ聞こえる。


「親分に文句あるなら、俺が相手するよ」

子分がダガーを振りかざし周囲を威嚇する。


「何をしている」 

衛兵二人が駆け付ける。

少女が男を振りほどき衛兵にしがみついた。

「助けてください、この人たちに買われた奴隷です」

また、周囲がどよめく。どよめきは行列後部まで届き、やがてフォーメーションを変え、行列が回りを取り囲んだ。


どういうこと......奴隷だって......かわいそう......人身売買......

完全に男二人は悪者になり、衆人環視の中で衛兵二人と対峙する構図となった。


「なんだ、お前ら文句あるならかかって来いよ」

筋肉質は甲冑をまとう衛兵にけしかける。

「少女を物のように使って私利私慾を満たすなど決して許されない、崇高なラベリントの法の裁きを受けよ!」


衛兵二人は持っていた長槍を戦闘モードに構えた。

ラベリントに危害を及ぼしかねない者については部外者も裁きを与えられる。

衛兵に挑むチンピラ二人はまさにその対象である。


衛兵は長槍を筋肉質に向け身構える。

筋肉質も衛兵に対応して剣先を衛兵に向ける。

二人の歩幅が近くなり槍先と剣先が触れるや否や、掛け声とともにまず筋肉質がとびかかった。

衛兵はそれをかわし、すれ違いざま槍の柄で筋肉質の後頭部を殴った。

飛び込んだ勢いが加勢して男は地面に熱いほおずりをする。

衛兵の後ろ姿を好機とばかりに子分がとびかかる。


ダガーを持つ手を勢いよく伸ばし、衛兵が振り向く瞬間に

「グサッ!」

ダガーは鎧の境目にうまく差し込み脇腹辺りに差し込んだ。

もう一人の衛兵が加勢して柄で子分を薙ぎ払った。

数メートル後ろに吹き飛ぶ。

まだ立てないでいる筋肉質を後ろ手に逃げられないようにつかみ、検閲官に一言。

「縄を」

検閲官が筋肉質をきつく縛る。


刺された衛兵はダガーを引き抜き槍の柄で倒れている子分を思いっきり殴打した。


衆人は歓声を上げ、胸をなでおろした。

悪漢二人は、ラベリントの法の裁きを受けるため留置されることになった。

少女はけがの治療と証人として扱われる。

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