コミュニティ

砂漠のような荒れた荒野、町であったことを思わせる崩壊したビルや家屋の残骸が果てしなく続く。

遠い過去に起きた争いの残骸であった。

ところどころに常緑高木のナツメヤシが揺れる。


そうした景色の中でひときわ目立つビル群と家屋が一塊になっているところがあった。

そこに今も人が住むコミュニティがあった。


昔は綺麗に上下水道が整備され、何不自由なく暮らせる街であったであろうこの町も、今ではライフラインの機能は止まり、水は一滴も出ない。


網の目に敷設された道路の割れ目からは雑草がたくましく日当たりを求めて顔を出している。

統治するものがいない廃墟......


ここでは百人程の人達がコミュニティを形成し、半ば倒壊した家屋などに住んでいる。

そうした家屋の中の居間らしき空間で親子2人の会話が聞こえてくる。

「お父さん、まだかなぁ」

と少年は誰に言うでもなくつぶやいた。


今日は父親が一週間ぶりに帰ってくる日なのだ。

「そうねぇ、今回はどれくらい貰えたかしら......」

息子のつぶやきも答える母の声も寂しげだ。日が暮れかけている。

この町には食料も水も無かった。


食料や水は外に求めなければ手に入らない。

地面は荒れ果て、まともな作物は生えてこない。


自然と集まったこのコミュニティの男たちは、数時間歩いた先のプラント工場に出稼ぎに行く。

その工場では野菜栽培や水を循環精製している。

だが働いた見返りは安い。


しばらくすると、5、6人の男達がリヤカーを取り囲み

押し合い引き合いしながら町に入ってきた。

「お〜い、帰ったぞ~」

無精髭をたずさえた精悍な体つきの男が周囲に聞こえるように叫ぶ。

「あ、お父さんが帰ってきた」

母子二人は玄関を飛び出し迎えた。


精悍な体つきの男は満面の笑みを浮かべながら、突撃してくる少年を体全体で受け止めた。

「よーし、アレス、ちゃんと賢くしてたか」

「ああ、ちゃんと聞いて、勉強もしてたよ」

「そうかそうか、えらいな、アレス」

「あなた、お帰りなさい、無事でよかったわ」

「マリッサ、待たせたな」

妻のねぎらいに男は微笑んだ。


男の名はクラトス、息子の名には正義の意味を持つ《アレス》と名付けた。


あちらこちらのビルや家屋の中からも人々が迎えに出てきた。

みんな、それぞれの家族が帰ってきた人たちの疲れをねぎらっている。

するとリヤカーグループの内の一人が皆に聞こえるように声を発した。。

「さあ、今週の成果だよ、みんなで分けよう」

リヤカーを覆う麻の布切れを勢いよく剥がした。


荷台には、大小さまざまなペットボトルに水がタップリと入っている。

肉や魚などの食料品がたくさん積まれていた。

それを皆で分ける。


一人がペットボトルを手に取り「こんなに澄んだ水は久しぶりに見たぞ」

この後皆があちらこちらでオイル式のカンテラに明かりを灯し集まって会食し歓談と労いの時間となった。


朝早く起きたアレスは外に出て町のはずれにある丘まで散歩をした。

少し小高い丘の頂上には独特の形状をしたバオバブの樹が独特の存在感を放ち鎮座している。


アレスは小走りになって丘に近づいた。

パオバブの樹は地面から仲良く並んで2本生えていた。

少し上の方で幹が1つに交わり禍々しい模様でねじりあいながら一つの幹になっている。その上は通常のパオバブのそれ以上に大きく禍々しい形で枝葉を伸ばしている。


樹齢2000年とも3000年とも言われるパオバブの樹は、どのようにこの世界の変遷を見てきたのだろうか。


その幹と幹の間の空間にちょこんと座っている少女がいた。

アレスは彼女のそばに駆けつけた。

小柄な身体に肩先まである髪は癖があり内側にカールしている。

「アンリ、おはよう」

あどけない少女の顔が緩む。

「アレスくん、おはよう」

アレスが微笑んで挨拶したそのアンリの背後は崖である。


遠い先まで見渡せた。

その一望できる景色の中の建造物は崩壊したり、もしくは崩壊を免れた家屋もあるが、正式な所有者はいない。


「お父さん、無事帰ってきて良かったね」

「アンリのとこもね」

アイリとは母親同士で仲が良く小さい時からよく一緒に遊んでいる仲であった。

「アレスくん来年だよ、15才になったら働きに行かないといけないね」

「うん......ここ離れるの嫌だなあ、みんなと一緒に居たいなあ」

アレスは過去の楽しかった思い出にふけった。


15才になると男は出稼ぎに行くのが慣例とされている。

そして、労働施設はどこも歩いてかなり遠い距離にあるため、自然と泊まり込みで稼ぐことになる。


ここからだと北のプラント施設なら父クラトスも働く場所だ。一週間に一度帰ってこれる。

遠い所だと月に1度しか自分のコミュニティに帰って来れない者もいる。

都合よく労働施設の近くでコミュニティを作れればいいが、そう都合よく住める家屋がある訳もない。

自然環境が邪魔をしたり劣悪な環境が多く、そうせざるおえないのだ。


このコミュニティがある地区はノニオン地区と呼ばれている。

70%は砂漠化した荒れた土地である。北方向には標高800メートルの岩山がそびえ、岩山の麓に小国ラベリントが統治する都市国家がある。


そこでは山からもたらされる恵みの雨もありラベリント住人の生活用水はギリギリ足りている。



季節が変わり、昼が長く焼けるような暑い季節が来た。

何もしなくても体から汗が出て水分が蒸発していく危険な季節だ。

母のマリッサが独り言を漏らしていた…。

「水が足りなくなってきてる......どうしよう」

それを聞いていたアレスが反応を返した。

「父さん帰ってくるまでまだ5日あるのに」

「全部飲み水にして......足りるかしら」

何気ない母子の会話だが、命の危険に直結する問題である。


身体を清潔にしておかないと感染症や伝染病が蔓延しかねない。この時期全滅するコミュニティもよくある。

近くのコミュニティから援助要請やならず者の強襲にあって全滅する話もよくある。


「アレス~、いるか〜」

外から呼ぶ声。

窓から外を見るとアレスより筋肉質で体格の良い少年が立っている。名はビーオン。同じ歳の友達である。顔は広くて四角い。


やんちゃで体格もよく行動力もあるビーオンには体力では勝てない。アレスは勝てない部分を認めながらもひそかに頭脳では負けたくないと心のどこかでライバル心を持っている。

呼応するようにアレスは外に飛び出した。


「俺んち、もう水がねえんだよ、お前のところはどう?」

ビーオンが深刻そうに話す。

「俺んちもだよ......」

アレスも相槌をうつ。

二人は建物の陰になる非常階段らしきところに座って話しこんでいた。


コミュニティではいつも人数に合わせて、水と食料が分けられる。

水も食料も無くなる時はみな同じだ。

水が確保できないコミュニティは自然に滅びる。


「ヘルツォーク山に水汲みに行こうと思うんだけど、アレスも行かないか?」

ヘルツォーク山の頂付近に湖があるのは有名な話だ。そこに潜む狂暴な獣が湖を守っていることはさらに有名だ。


湖の守り神その名はヘルツォーク、山の名前が先か守り神の名が先かは誰も知らない。


アレスは目を見開き反論する。

「無茶だよ、誰も行って無事だった人はいないよ、でかい獣が守ってて誰も近づけやしないよ」

「ラベリント小国を通らないと行けないし、迂回してヘルツォーク山に行くと二日はかかる、とてもじゃないけどムリだよ」

実際はラベリントを通ると、一日で帰ってこれる距離と山だ。

「そうだよな......」

アレスとビーオンは真剣な面持ちで考え込む。


水が無くなってから動いたのでは遅い。ここで父親の帰宅を待っていたのでは、コミュニティ存続も危ぶまれる。


「それでも水......全然足りないんだ......だからおれ行くよ」

「ちょっと待ってよ、ビーオンのお母さんが許すわけないし......」

「言わずに行くから、アレスも黙っててよ」

ビーオンの真剣さが伝わってくる。

「あーもう、ビーオンはいつだって無茶をするんだから」

行動力では誰にも負けないビーオン。ビーオンのお母さんが若いわりに白髪なのも妙に納得する。


アレスは両手で頭を掻きむしりながら、物事の整理をする。

「わかったよ、俺も行くよ、ビーオン一人じゃ行かせられない」

行動力のあるビーオンだが、そのため一生の別れになるのは嫌だ、俺が支えてやるしかないとアレスは思った。

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